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香油

 今日はサーシャ達を先に浴場に追いやった。

 色々と考えておきたい事が増えてきている。その上に得ておきたい情報もあったりしてもうね。

 自分の性分とはいえ抱え込むと碌な事がない。


 先に現実世界の確認といこう。

(C-1、D-2)

《はい。ナノポッド運用状況は問題なし。代謝廃棄物の回収も確認》

《外部接続の状況は進展ありません》

《環境評価は随時継続中。蓄積データから逸脱するデータ項目があります》

 なんだ?

(概要でいい。何があった?)

《痛覚です。これに伴いナノポッドにて医療ナノマシンの導入が為されました》

 ちょっと待て。

(痛覚に反応があったのはゲーム内でのこと、ではないのか?)

《はい。現実の肉体にもバイタルリアクション過剰反応により反応があります》

《擬似的にダメージがあるものとナノポッドが判断したものと思われます》

(問題はないのか?)

《はい。運用上全く問題ありません》

 ナノポッドは元々が医療ポッドと多くの機能が重複している。

 むしろ医療ポッドの機能を全て網羅している商品が当たり前になりつつある。

 それだけに医療ナノマシンが投入される状況も異常事態とは認識されないのが普通だ。

 でも気になっちゃうんだよな。


 ゲームと現実を行き来できないのに。

 その境目が曖昧になっているような気がする。

 その上オレは不自由を強いられたままだ。むしろゲーム内のことはスムースに事が進んでいく。

 厄介事も増えてきてるけどな。


《マグナス少尉は毎日30分ほど、ここ数日は昼頃に来ています。生体反応記録を確認しているようです》

 そうか。

 あの部屋から遠隔でデータをやり取りするにはオレのパスがないと出来ないから直接来てる訳だ。

 アナログな事を。

(補充物資は届いているのか?)

《問題ないようです》

 今は実験的に反物質を活動エネルギー源とした新型ナノマシン群を1系統投入しているが。

(反物質欠損モニター結果は?)

《長期データ1水準のみですが良好です。計測では欠損が見られません》

《ノイズの発生も認められません。長期スパンで検証は行ってますが中間報告ではデータ欠損となるボイドはありません》

 長期データを取る意図は全くなかったんだが。

 結果がいいだけに現実に戻ってやりたい事ができないってのは痛い。

《先ほどナノポッドに従来のナノマシン用補充物資の供給がありました》

《従来型ナノマシン群の欠損率に変異が見られます。ボイド発生比率の変動差が大きいようです》

 なんですかそれは。

(推測はできるか?)

《長期に亘るバーチャル・リアリティへの接続が最も有力ですが確証はありません》

《もう1つはマスターの肉体ですが、脳の活動期に全般的に活性化していることと相関している可能性があります》

 分からんなあ。潜航以来、ゲーム内の出来事が影響しているのだとしても理由としては弱すぎるだろう。

《脳内神経の反応速度は26%以上の向上、筋反射反応速度は19%から28%以上の向上が見られます》

(そんなにか?)

《元々の人体が持つ能力と比較すると許容範囲です。出力規格の平均からは外れますが》

 簡単に言えば神経過敏状態が続いているのに人体は平衡がとれているという不思議現象が起きているのだ。

 現実の肉体は一体どうなっているのやら。

(引き続きデータ収集を継続しろ)

《了解》

《了解》

 支援AIのC-1とD-2との今のやり取りを思い返す。胸のモヤモヤが消えてくれない。

 マグナス少尉は優秀な男なのだろうが期待できるのか確信は持てない。

 こっちからではどう動こうと限界がある。

 なんとかして貰いたい。


 次は例によって【遠視】と【遠話】で各所を見て回る。

 ホールティでは思わず丹念に周囲を見てしまったが異変らしい異変はない。活況な様子が見えるだけだ。

 あの殿下の様子は変わっていない。どこかの迷宮を行軍中のようだ。

 何をやっているのやら。


 大きな異変があったのはドネティークのデラクシル帝国の玉座らしき場所だった

 玉座に座る老人の姿が見えた。豪奢な服を着込んでいるのだろうが照明がやや暗く豪華には見えない。

 その憔悴したような佇まいは国家の頂点に立つ人物のように見えない。手に持っている王笏だけが妙に光を放っている。

 これが皇帝なのか。

 彼の傍に佇むのは2つの黒い影だ。

 全身が黒一色の鎧兜だが光を反射しないので金属鎧に見えない。

 片方の兵士は堂々とした威丈夫で剥き出しの戦槌を杖のように持っている。

 もう片方の兵士はすらりとした細身で短槍を持っていた。

 共にいつでも使える状態である。

 皇帝の腹心なのかね。近衛兵にしては地味に見える。

 よく見回すと似たような格好の兵士が何名かいるようだ。皇帝の前で畏まる2人を囲んでいた。

 皇帝の前で跪いている2人は無言のままだ。

 そして以前いたスペルガードはいない。


 跪いている人物のうち片方は以前に玉座の傍に立っていた王族らしき男だった。

 もう片方は見たこともない平凡な男に見える。粗末な平服のままだ。

「その者がそうか」

 玉座の主人の言葉はしわがれていてよく聞き取れない。抑揚もなく感情の色が何もない。

「左様です、陛下。必ずや皇国の礎となりましょう」

「息子よ。そなたの忠義心は必ず報われるであろう」

 一体何が始まるんですか?

 平服の男の両肩を黒一色の兵士が押さえ込んだ。

 別の兵士達が鎧兜を持ち寄ってきている。黒一色のものだ。

 片足にブーツを履かせたその瞬間。

 絶叫が響き渡った。

 兵士達は鎧を次々と男に装着させていく。絶叫は兜を装着させるまで途切れることがなかった。


 再び静寂を取り戻した玉座の間には新たな黒一色の兵士が横たわっていた。

 皇帝が王笏を一振りするとその兵士は何事もなかったように立ち上がった。

「余に仕える新たなる僕、か。大儀であった」

 皇帝が玉座を離れ退出していく。

 新たな兵士を含めて10名の黒の兵士が付き従っていった。

 実に不気味な光景に見えた。まるで葬列のように。


 残された男が振り返る。薄暗いがその顔はハッキリと見えた。

 やはり以前に玉座の傍に佇んでいた男だ。やはり王族だったのか。

 そして近寄ってくる人影が3つ。

「これで10名、ですか」

 そう声をかけたのは凄まじい程の美形だった。声の感じでは男だな。

 髪は銀の総髪、つまりダークエルフだ。

「まだ10名、だな。皇帝守護騎士団は定員までまだ2名足りぬ。余にとってもこれは不服だ」

 イラつくように言葉を吐き捨てていった。やけに尊大だな。

「教会の様子はどうなのだ?」

「ラシーダ殿が連れ出した呪戦神官は5名とのこと。これ以上の戦力低下は帝都防衛にも支障が出ます」

 答えた男もまた神官であるようだ。細かな紋様の縫い取られた肩布は神官、しかも高位であることを示していた。

「それも陛下が親征なされば問題にならぬ。だがそれも見込みは薄いのであろう?」

 残る1名は老齢の男だった。やたら煌びやかな服を着ている。

「元老院としては介入できませぬ。今すぐにでもグレゴリー殿下へ、との声も多うございます故しばらくお待ちしては?」

「待てると思うか?ルシウスの才覚は知らぬが竜黒騎士リカルドがあ奴には付いておる。ホールティ奪還でもされては目も当てられぬわ!」

 一旦言葉を区切ると沈思黙考し始めた。

 傍にいる3名も声をかけられない。

 

「アレクセイはルシウスに援軍を出すと思うか?」

 互いが互いの顔を探るような構図になった。不意を突かれたのだろう。

「否。アレクセイ殿下にも大軍を動かす余裕はありませぬ。動かせたとしてもドラゴンの支配領域を迂回せねばなりませぬ故」

「是。直接ホールティに海路にて軍を向かわせることはできるかと」

「是。但し少数精鋭を取り急ぎ転移させる事になるかと。占領地を統治するのにどうしても戦力が必要です。大軍は動かし難いでしょう」

 なんか好き勝手言ってるようにしか聞こえないな。

 それよりも何だ、あの殿下とやらは嫌われてるように聞こえる。

 ルシウス殿下、でしたっけ?

 後継者争いでもやってるんですかね。


「皇帝親征にあたり統帥権代行騎士はグレゴリー殿下以外に選択肢はございません」

「そして陛下自身が親征するのであれば帝都にて執政権代行となりうるのもグレゴリー殿下以外に選択肢はございません」

「今は時間が殿下の味方となりましょう」

 三者三様で持ち上げる意見だが肝心のグレゴリー殿下は不服だったようだ。

「迂遠なことだ。余の性には合わぬ」

 舌打ちが聞こえるような雰囲気だった。

 いや、舌打ちして言葉を継いだ。

「皇帝守護騎士団の戦力があれば如何なる要塞であっても征服が叶うであろうに。余の意を汲む者がどこかにおらぬのか」

 おい、その発言は危険じゃないか?

「殿下」

 さすがに老齢の男が嗜めた。

 危ういなあ、この王子様は。

「もう数日でオーガやヘルハウンドも一定の数が揃います。殿下直属の派遣軍の編成も進んでいるのです。焦ることもありますまい」

 直言にも不服そうな顔を正そうともしない。

 いるんだよなあ、こういう上官が。

 マグナス少尉もたまに口を滑らせていることがあるよ。


「余は自室に戻る。明日までに転移のオーブは魔術師共に必ず数を揃えさせておけ」

 それだけ言い残すとさっさと玉座の間を去っていく。

 慌てた様子でダークエルフが追いかけていった。たなびく髪の毛まで優雅で尚且つ乱れがない。

 残された2人は互いに嘆息すると愚痴をこぼし始めた。

「元老院も選択しかねておる。どう選ぼうとも悪くなることはあっても良くなる事はあるまい」

「それほどに、なのですか?」

「こう言ってはなんだが国家の大事を神託に左右されておる現状はどうにもならぬ」

「その神殿も腐敗の温床ですからな。おっと、私に言えた事ではありませぬな」

 互いに苦笑する。

 嫌な笑い方だ。政治が関わるとなんでこういった笑いになるのだろう。

 不思議だ。


 解呪すると目の前にサーシャがいた。足音を消して接近してくんな、ビックリするだろうが。

 首を傾げる所作は相変わらず可愛いらしい。だが今日はいつもと違っている。

 ああ、違っているのは香りのせいかもな。

 ラベンダーの香りが淡く漂ってきている。

「早速ですが付けてみました」

 サーシャだけでなく皆がいつもと違って見える。香り補正ってあるの?

「ブレンドの奴もあっただろう。あれは付けなくていいのか?」

「明日以降のお楽しみー」

 ふむ。

 気分転換になったようだし効果はあったか。

 たまには探索も戦闘もしないで休息日があってもいいんだろうな。


 浴場から戻って見たら部屋の中はラベンダーの香りで充満していた。

 うわお。

 匂い一つで部屋の印象もまるで違う。

 女の子の部屋みたいだ。

「ご主人様はどの香水になさいますか?」

 サビーネの格好はメイド服だ。普段の格好をしていない。

 サーシャもまた同様だ。

 わざとやってやがる。この小悪魔共め。

 そんな誘惑にこのオレが負けるわけないだろうが。

 負けるはずがない。

 いかん、視線が外したいのに外れない。

「お前が選んだ奴でいいぞ」

「こだわって頂きたい事なんですけど」

 ここでも真面目か。

「ではオレが選んだ奴でいいぞ」

「かしこまりました」

 サビーネは花が咲いたかのような笑顔を見せてくる。甘い印象の美人顔なんだが目がやけに真剣だ。

 なんだろうな。

 この教育されてる感じ。

 誘導されまくりじゃねえか。

 確かにご主人様らしくないんだけどさ。冒険が主体なんだし仲間ってことでいいじゃないか。

 ラクエルはまたニヤニヤしてやがるし。

 サビーネが加入してからちょっとオレの立場が更に弱まったような。

 気のせいに違いない。

 気のせいだ、多分。

 そういうことにしておこう。

 カティアとの組み手は匂いに気が散って指導に身が入らなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日は晴天でした。そのくせ気分が重い。

 ジエゴの爺様かあ。

 依頼、なんだろうか。

 まあ行ってみるしかないんだけどな。

「サーシャ、匂いは大丈夫か?」

 香油の匂いは薄れているんだろうか。匂いがキツイようだと探索時には控えるべきだ。

「あ、もう消えてますね」

 匂いに慣れすぎて気が付いていなかったりして。

 サーシャに限ってなさそうだよなあ。

 ラクラバルの町の外に出ると指示を出しておく。

「まずはホールティに跳ぶ。まだ【半獣化】はしなくていいぞ」

 そういい残すと【転移跳躍】を念じる。

 面倒な事が起きないことはもっと強く念じておいた。


 ホールティの町の門の前は出撃していく軍勢が列を為していた。軍装はまちまちだが正規兵ばかりだ。

 政治絡みもあるのだろう、軍装が派手な連中が多い。

 役に立っているんだろうか。

 町の上空は何かが飛んでいる。ペガサスだ。

 もちろん騎乗している軽装の騎士がいる。弓矢と長槍で武装するペガサスナイトはやっぱり格好良いな。

 前作ではプレイヤーでペガサス騎乗を許されたのはほんの数名であったと記憶している。

 ユニコーンナイトに至っては1名だけだ。

 竜騎士であるドラゴンナイトの称号に人気が集中していた所為で大きな偏りがあったのだ。

 そのドラゴンナイトにしてもゲーム最盛期で100名いなかっただろう。

 正しくレアな存在だ。


 ホールティの町中は急速に整備されつつある。石を組んだ新しい家がもう出来てたりする。

 ドワーフの石工が町の至る所で大活躍だ。

 塔が3つ並んだ場所まで喧騒は途切れることなく続いていた。

 見覚えのある天幕の中を覗き込むとジエゴの爺様を簡単に見つけることができた。

 できたはいいが何やら難しい顔つきで話し合いの真っ最中だった。

 ハッキリと言えば怒号が聞こえているのだ。

 何を殺伐としているのやら。声をかけ難いだろう。


 そんなオレに気が付いてくれた人がいる。

 エルフのニルファイドさんだ。フェリディの冒険者ギルド以来だ。

 一旦席を離れて天幕の外に出てきた。

「おお、もう来てたか」

 そう言うとオレの肩を叩いて天幕から離れるように促してきた。

「少し別の場所で腰を据えて話をしておきたいがいいか?」

 それはいいんですがね。

「依頼ですか?」

「依頼、というか相談だな」

 苦虫を噛んだような顔つきになった。何か問題でも抱えているのだろうか。

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