強行偵察
帝国側が実効支配している大トンネルの方だが意外にも魔物に遭遇しなかった。
【姿隠し】を解呪して堂々と先を進んでいったのだが、所々でオークが肉を貪る姿を見かけることがあった。
まあ全部撫で斬りにして排除してしまう訳ですが。
連中が食っていたのはバグベアの上半身だった。魔物を食料にしているってことか。
彼らが魔物を排除してそれを食糧にする。合理的だ。
確かにオークやらヘルハウンドやらオーガやらの腹を満たすのなら大トンネルの中の魔物を食糧にするのが手っ取り早い。
実際に狩りの現場に遭遇した。
ヘルハウンド2匹をけしかけるオーク5匹の集団だった。ダークエルフも1匹いる。
バグベアは3匹。明らかに劣勢だった。
一気に乱入する。
両手にショートソード2本を構えて【収束】と【粒子加速】を念じる。MP吸収も兼ねてまとめて排除しよう。
何も指示してなかったが真っ先に面倒そうなダークエルフが討ち果たされていた。
胸の辺りに大穴が開いている。サビーネの矢はダークエルフを貫いてバグベアをも半ば貫きかけていた。
明らかに威力が上がっている。
オーク5匹のうち派手な羽飾りを身に付けている2匹がオークシャーマンだ。バグベアから距離を置いていたのが運の尽きだった。
背中を見せていたオークシャーマンはオレとサーシャに一撃で屠られた。
バグベアの脚に噛み付いていたヘルハウンドの首にカティアがクレイモアを叩き込む。一発で斬首だ。
そのまま瀕死のバグベアに2撃を与えて止めを刺した。
残っていたヘルハウンドがオレ達に気がついた。でも遅い。
右手の剣で左前脚を半ば切断し、左手の剣を腹に捻じ込んだ。
叫ぼうとした犬の首元に矢が突き刺さって大穴を開け声を奪いついでに命をも奪っていった。
体を反転してみたら残っていたのは瀕死のバグベア2匹だけになっている。
オーク3匹はラクエルが剣で排除していたのは【感覚同調】で分かっていた。あとは瀕死のバグベア2匹。
1匹はオレが引き受けた。脚を潰してじっくりとダメージを与えていく。
MP吸収で十分潤った所で止めを刺す。
もう1匹はカティアが相対していた。素手で。
わざわざ格闘戦に持ち込むとか男前すぎるだろう。半死半生のバグベアならば問題はなさそうだ。
カティアに向けて放たれた拳を軽くいなすように回避するとバグベアの丸太のように太い腕を左手で抱え込んだ。
右の掌底がバグベアの肘を叩く。その一撃で肘が砕ける音が響いた。
バグベアの肘のあたりで皮が破れて骨が飛び出した。開放性骨折までさせたのか。
組み手で教えた立ち関節なんだが試してみたかったのだろう。
オレでは真似できないな、これは。体格が違いすぎる。
バグベアが怒りの咆哮を上げる前に喉元に蹴りが飛んだ。つま先がエグい角度で食い込む。
奇妙な音が聞こえてそのままバグベアは息絶えた。
うむ。
前作でグレーデンがヒルジャイアントを素手で屠った悪夢が思い出される。
熊人族と虎人族の違いはあるんだけどな。ソックリですよ。
「すごいです」
サーシャも驚愕の強さだ。普通こんな戦い方はしないもんだが。
「いけるいける」
カティアも得意気だ。人間の規格から外れて始めているがいいのか。
だが何かが引っ掛かるんだよなあ。
何だろ。
そこから暫く駆けて行くと古そうな支道を見つけることができた。
入り口から相当荒れている。刻まれていた文字は”グレア”とかろうじて読めた。
食糧を供給するために魔物狩りをしている連中も込みで狩り場になるかも知れない。
地面に手を当てて【ダンジョンポイント】を念じておく。中に入って探索を進めるのは後回しだ。
さらに大トンネルを先に進む。
オーク数匹の集団に出会うが全部斬り捨てた。少数でオーガやヘルハウンドの支援がないのだから楽勝だ。
次に到達した支道入り口は”ジアリアニ”だ。地面に手を当て【ダンジョンポイント】を念じる。
違和感はまとわりついたままだ。少し気持ち悪い。
大トンネルを先へと進む。
ダークエルフが率いるオークの10匹ほどの集団を強制排除した時にふと気がついた。
人間が、いない。
ここまで帝国側の戦力に人間の姿がなかったのだ。
おかしい。
気がついていなかったのもおかしいけどな。
どういう事なんだろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そういえばイズマイルの町に潜入した時も人間が少ない印象があった。
それにあの殿下とやらは戦力を回して貰ってないのを嘆いていたような。
帝国の内部事情に俄然興味が沸いてくる。
情報をとるならここでやっている探索と魔物狩りを中止せねばならない。狩場を独占している間はちょっと勿体無い。
考え事しながら進んでいたが、その間に遭遇したオークはサーシャとカティアだけで片付けている。
(篝火が見えるよー)
かなり広い場所に出た。
折り重なるように下り坂が眼下に続いていた。天井の岩盤は明らかに掘って削ったように平滑になっている。
だがそれも長年に渡り手が入ってないからだろう、天井には光苔がビッシリと生えている箇所がいくつか出来ている。
眼下には露天掘りの鉱山のような光景が広がっていた。あちこちに松明の明かりが見える。
遠い距離なのだがオーガの巨大な影は見間違えようがない。
宿営地みたいな風情だ。
ラクエルに確認を取る。
(どれだけの数がいるか分かるか?)
(オークは20匹ってとこかな?オーガは2匹だねー)
微妙な数だな。
(ダークエルフが1匹。ヘルハウンドはいないねー)
(風精は見つからないか?)
(あまり長く見てると危ないかもー)
ダークエルフが複数いるのであればあそこを何事も無く突破するのは難しかっただろう。
だが1匹であれば虚を突けばなんとかなる。
強行するか。
(ラクエル、【姿隠し】を。ダークエルフを先に片付けるぞ)
ラクエルが精霊語で短く呟くとカーシーが出現した。しかも2匹いるし。
増えてるじゃないの。
ヘルハウンドに比べたらやや小さいが、近くで見るとさすがに大迫力だ。
それに普段は呪文の効果を得るのに実体化させることはなかったがどうした?
(ダークエルフを先に片付けるならこの子達にやらせたいけどー?)
(大丈夫なのか?)
(うん。片付けたら戻るように言い聞かせたら大丈夫ー)
いや、MPは平気なのかって意味なんだが。
黄のオーブと魔晶石を渡す。
(回復しとけ)
(あ、ありがとー)
カーシーは2匹、オレ達の目の前で姿を消した。
(じゃあやるか)
正面から堂々と挑もう。オークは問題にならないだろう。
オーガ2匹も連携をとられなければ負けることはない自信がある。
そう。
最初に倒すべきはオーガを隷属させているオークシャーマンだ。
天幕がいくつか並んでいる所に突っ込んだ。
目標はオーガ2匹。オークシャーマンは近くにいる筈だ。
両手にショートソードを抜いて【収束】と【粒子加速】を念じる。
行く手を邪魔していたオークの頭上に剣を撃ち降ろす。オークが左右に両断されていった。
確かに威力が上がっている。いい感じだ。
オーガの足元にいたオークシャーマンがオレ達に気がついたようだがすぐに撃ち果たされていた。
サビーネの放った矢が胸元に突き刺さり大穴を開けていた。ナイス判断。
もう1匹いたオークシャーマンはサーシャに襲われ首を刎ねられオレ達に気がつくことなく屠られた。速いよ。
カティアは座り込んでバグベアを喰らっていたオーガの背中に駆け上がっていた。
首元を後ろからクレイモアを全力で撃ち込んだ。両手持ちでフルスイングである。
咆哮が聞こえていた。オーガのものではなくカティアのものだ。
オーガの首が地面を転がっていく。スローモーションで転がっていく様は現実感がない。
いや、ゲーム世界だから現実じゃないんだけどさ。
オーガ相手に一撃とか怖すぎる。さっきのバグベアといい何か掴んだようだな。
オレも負けていられないな。
立ち上がろうとするもう1匹のオーガに一気に迫る。目の前に巨木のような足がある。
両足の踵に裏から剣を連続で叩き込んだ。
立ち上がったばかりなのに尻餅をつく。可愛そうだがオレ達の勝利パターンに嵌まったな。
皆で囲んで全身を刻み始めた。
立ち上がろうと手をつこうとすれば手首を、片膝を立てようとすれば足首を、次々と攻撃して回る。
サビーネも弓矢から突撃槍に持ち替えて囲みに参加してきた。地面に倒れ込んだオーガの周囲を回りながらチクチクと刺している。
その度に肉塊が削がれていく。嫌味で地味な攻撃だがジワジワと効くな、これは。
横たわったまま両手を振り回すオーガだが繰り返されるヒット&アウェイの前で徐々に勢いを失っていく。
大きく腕を振り回したがその所為で隙が生じていた。
ラクエルが腹に剣を突き入れた。オレもオーガの右脇から剣を突き込む。
すぐに剣を抜いて距離を置く。オレ達がいた場所をオーガの右拳が通り過ぎた。
反対側では体を支えていた左腕にサーシャとカティアが攻撃を加える。上半身を起こそうとしていた所で絶妙のタイミングだった。
再び上半身が地面に叩きつけられた。腹筋で支えきれなかったようだ。
そこからはオーガがもう立ち上がる事はなかった。
サビーネが突撃槍でオーガの頭に大穴を開けて止めを刺した。
オーガやオークシャーマンから回収すべきものを漁っているとカーシーが戻ってきた。
1匹が口に咥えているのはダークエルフの首だった。その美貌は血にまみれて無残なことこの上ない。
ラクエルが額に浮かび上がっていた魔水晶を回収するとカーシーは2匹とも消えていった。
役に立つなあ。
きっと無音で接敵して後ろから襲ったんだろうな。
オレ好みではある。
「オークが散らばってますけど狩りますか?」
サビーネが静かに確認してくる。真面目だな。
「放っておけ。この先に進むのに邪魔な奴だけ相手するだけでいい」
そう言い残すと天幕の中を見てみる。
人間がいたような形跡がまるでない。どう見てもない。
バクベアの死体がいくつか積まれているだけだった。オークやオーガ達の食糧なのだろう。
周囲を見回しても人間の食糧になるようなものがあった形跡はない。
やはりおかしいよな。
疑念は尽きないが先へ進もう。
大トンネルの続きは曲がりくねった登り坂の先にあった。
再び【ライト】を念じる。
オレ達を追いかけてくるオークは皆無だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
遂にオーガも各個撃破ならば問題ない所までになったか。
さすがに2匹同時に正面衝突では心許無いのだが、オレ達5人であればなんとか切り抜けられそうな気もする。
なにより戦闘時の機動力がより活かせるようになってきているばかりか、各人の判断が速くなってきているのだ。
オレの指示もイラネ。
いや、大事なことは事前に概略言うようにしてますけど。
今もまたラクエルの【シルフィ・アイ】でオーク4匹を見つけた、と念話が飛んでくる。
サーシャがダガーを抜いて加速する。一番近くの1匹の首が飛ぶ。
カティアも続いて速度を上げる。立ち上がった1匹の頭に蹴りが入ってありえない角度に曲がる。
オレも刀を抜き撃つ。棍棒を構えようとする1匹だがあっという間に首が飛ぶ。
サビーネも突進してくる。逃げようとした1匹に追いつくと突撃槍が胸を貫き四肢を残して四散した。
無駄がない。
そして魔石を拾うこともない。事前にオークは無視して先行することを指示してあるからだ。
目的はただ大トンネルの探索。出来るだけ先に進んで【転移跳躍】できるポイントを作ることだ。
やることが単純かつ明確でいい。
次の支道は”ジルドラ”そして次が”ファーゴ”だ。
オークにしか遭遇しない。順調に進みすぎて怖いくらいだ。
だがいずれ困った事態に遭遇するものだ。
地下の裂け目に架かる橋に至ったものの、そこには今まで見なかった光景があった。
手前に見える橋の袂には1匹のオーガ。しかも全身に鎧を着込んでいた。
問題なのはもう1匹の方だ。紛れもなくケルベロスだ。
両方とも【隷属の首輪】が嵌っている。ご丁寧にケルベロスは全ての首に嵌めてある。
そして恐らくは人間の戦士達が十数名。装備はバラバラで重戦士、軽戦士、槍兵、弓兵といった所だ。
ローブ姿の魔術師らしき奴も2名。ダークエルフも2匹。
かなり本格的な戦力が揃っている。
念のため岩盤の壁に手を当てて【ダンジョンポイント】を念じておく。
まだ距離は遠いが全体を見渡せるので見張るには都合がいい。
遠い方の橋の袂を見ると2つの巨大な影がある。
(これ、ゴーレム???)
ラクエルが風精を通じて見ているものが何なのか【感覚同調】を強めてオレも見てみる。
2体とも間違いなくストーンゴーレムだ。足元には魔術師らしき奴が2名。
大きさの対比で言えば小型のゴーレムだ。それでもバグベアよりも一回り大きい。
そして例の黒一色の騎士らしき影もある。その隣にはホーリーサインを首に掛けた神官戦士らしき奴がいた。
(ラクエル、【シルフィ・アイ】は解呪しろ。光精も戻せ。【姿隠し】の用意を)
オレも【ライト】を解呪する。
橋の方から差し込んでくる光と大トンネルの光苔を頼りに慎重に近づいていく。
「【姿隠し】も大丈夫ー」
「よし、ゆっくりと近寄っていくぞ」
しかし異変は既に起きていた。
橋の袂にいた連中の一部が慌しい動きを見せる。
【知覚強化】している聴覚は歩きながらこちらに近づいてくる連中の会話を拾っていた。
「気のせいじゃないのか?」
「絶対だ。何者かが迫っている」
「何も動きは見えていないぞ?」
会話をしている奴等の姿が見えてきた。
ダークエルフが1匹にローブ姿の魔術師らしき奴、それに軽戦士が2名だ。
「いる。神託が告げている。見えていないだけだ」
こいつは魔術師じゃなくて神官か。
しかも神託を神域ではない場所で受けることができるとは高位であることは間違いない。
神聖魔法ならば精霊魔法の効果を打ち消す呪文がいくつか存在する。
既に呪文を完成させたまま移動しているのだとしたら。
しまった。
「誰だ!」
軽戦士の誰何がサーシャに向けて放たれた。