道案内
なんか旨そうな匂いがしていた。何だろう?
ジャイアントクラブはその姿を大きく変貌させていた。
茶色だった甲殻は真っ赤になっている。
どうやら火精サラマンダーで焼かれたようだ。
大きな鋏は地に落ち、脚は全てもがれていた。巨大な甲殻は穴だらけだ。
お見事。
だがこれはいかんな。
夕飯をまだ食っていないんだからその匂いはやめて。
【知覚強化】で嗅覚も強化されちゃってるのが悔やまれる。
さっさと片付けてラクラバルに帰りたい。
思わず【アイテムボックス】の中に携帯食料を探す。残っていなかった。
昨日のうちに食い尽くしてしまい補充し忘れたのはオレの大いなるミスだ。
(全員、無事か?)
(あ、はい)
(大丈夫ー)
(おうよ)
(問題ありません。男の子も無事です)
念話で無事を確認したらゴーレムが落とした魔水晶を拾う。そこで何か光るものがあった。
赤っぽい鉱石だ。鑑定しないと分からないがドロップアイテムなのだろう。ラッキー。
死体、というか岩塊には利用価値がないのでカニの方に行く。
ジャイアントクラブの魔晶石はもちろん回収する。
ドロップアイテムはない。そこまで幸運は続かないか。
甲殻は穴だらけだ。当然ながらデカい。無傷で持ち帰れたら何かに利用できそうだったんだがなあ。
大きな鋏も細切れになっている。その切断面から旨そうな匂いが漂っている。たまらん。
【転移跳躍】してライネルに行ってもいいのだが門番に誰何されるのも面倒だ。
アントンが潜り込んだ穴のあった場所から隣の坑道に跳ぶ事にした。
転移系の魔法は初めてだったようで「今の、何?」とか聞いてくる。小さい子らしい好奇心旺盛な反応だ。
「魔法、だな」としか答えようが無い。
やや速度を落としてライネルの集落へと坑道を戻っていく。
途中でドワーフ族のパーティに遭遇するのを期待していた。無論、この子を預けてさっさと町に戻りたいからだ。
法則は見事に働いて遭遇しない。全く困ったものだ。
そしてその問題が起きた。
「・・・おしっこ・・・」
自然の摂理には逆らえない。
ここは男同士、オレも付き合うことにした。
アントンとオレは適当に坑道の窪みに狙いを定めて並んで立った。
すぐに水流が岩を叩く音が坑道に響く。
ちょうどいい。少し話をしておくか。
「どうして坑道ではぐれたんだ?」
「・・・だってさ、つまんないんだ・・・」
「アントン。遊び相手はいるのか?」
「・・・いない・・・」
「どうしてだ?」
「だって、みんなオレを特別扱いするんだもん」
本気で悲しげな声になっていた。悪いこと聞いちゃったかな。
「自覚しろ。お前には特別な力がある。だがそれはお前だけのための力じゃない」
不思議そうな目でオレを見てくる。
「一族のため、家族のため、仲間のためにその力を使うことだな。そうすれば友達を作るのも簡単だ」
そういうオレは現実世界の友人は壊滅したけどな。
「そして仲間の力を信じて頼ることだな。冒険をするにも1人だけというのは心細かっただろ?」
「・・・うん・・・」
「お前さんには特別な力がある。だがその力を活かすには仲間を、友達を見つけるこった。まあ覚えておいて損は無いぞ」
用を足し終わるとオレは余計な事を言いたくなった。
「好きな子はいるのか?」
とたんに表情が硬直する。分かりやすい奴め。
「い、いるよ」
「自分を大きく見せようとしない事だな。自信を持つのは悪くないが過信するなよ」
キョトンとした目でオレを見てくる。しまった。
「おっと、ちょっと難しかったか」
「じゃあさ。おじさんは仲間の誰が一番好きなの?」
こら。
子供のクセになんという爆弾を投下しやがりますか。
「そうだな。誰が一番好きなのか、自分でも分からないからいつも一緒に冒険をしてるのかもな」
もう誤魔化すのに必死だ。
「ライネルまでもう少しだ。家に帰ろう、な」
再びアントンをサビーネに乗せて集落へと急いだ。
結局、集落に到着するまでドワーフのパーティに遭遇しなかった。
こうなったらメシくらい食わせて欲しい。
広場に戻ったらドワーフが数人まだ残っていた。
見覚えのある白髪のドワーフがチェインメイルを着込もうとしていた。このドワーフ、名前はレナートさんでしたっけ?
アントンを急拵えの鞍から降ろす。ちょっとだけ涙目だが叱られる覚悟は出来ていたのだろう。
大きな声で一言。
「ご、ごめんなさあい!!」
ちょっと舌足らずな感じがまた子供らしい。
広場にいたドワーフ達は無言だった。
白髪のドワーフはその場に鎧を放り出してアントンに近寄ってくる。傍目にも恐ろしい顔つきだ。
アントンの頭に手を置くと。
抱き締めた。
「・・・よう戻った。良かった」
広場には暫くの間、子供の泣き声が響いていた。
アントンは別のドワーフが酒場に連れて行くようだ。
白髪のドワーフがオレ達の目の前に進んでくると一礼してきた。
「先ずは礼を言わんといかんかの。アントンを見つけて連れ帰ってきてくれて助かったわい。ありがとう」
反射的に返礼してしまう。ああ、腹が減ったなあ。
「それにしても・・・随分と見つけるのが早かったようじゃの」
それはいいから。メ、メシが食いてえ。
「たまたまでしょうね」
跳びたい。問答なんかしていないで今すぐラクラバルに跳んで夕飯が食いたい。
「見つけた様子を聞いておきたいんじゃが」
またそんな時間がかかりそうな事を。付き合っていられるかっての。
「明日またここに来ますけど?」
そう、明日でいいじゃん。無事に戻ったんだからそれでいいじゃん。
「困ったの。あの子をどう叱ってよいのか分からんのでなあ。それに報酬はどうするかね?」
真面目か。あんたまで真面目か。適当にそれらしい訓示でいいよそんなの。
「報酬ですか。坑道で魔物を倒して十分に得てますから」
ああもうさっきのカニは食っておくべきだった。甲殻類は大抵旨いって言うじゃない。毒に当たっても解毒できるんだしさ。
「おお、そうじゃ。メシの用意がしてあるんじゃがの。食っていかんか?」
「ありがたくいただきます」
なんでそんな大事なことを最初に言ってくれなかったんだ。
酒場の一角で白髪のドワーフとテーブルを囲んでメシを食った。
肉、肉、肉だ。
それにイモ。そして肉に戻る。
素朴だが暖かい煮込みをドワーフと競うように流し込んだ。
オレの貧相な味覚がフル回転していた。空腹を満たすのにがっつくのは良くないんだろうけどな。
サーシャは普段やや食が細いんだがよく食ってる。【半獣化】を解いたサビーネも普段の落ち着いた所作が消えていた。
カティアは普段通り健啖そのものである。さっきから食事しか見てない。
だがオレの目の前にいる白髪のドワーフの食いっぷりはカティアと同レベルだ。
坑道に行ってない筈だが。
ラクエルだけが自前の食い物で腹を満たしている。どうやら干ブドウにレモンだ。周囲の大食いにはまるで興味を示さない。
カティアだけが食べ続ける横で話が始まった。白髪のドワーフは食事に未練を残しているようだが
ドワーフの片手にはエール酒がある。オレにまで勧めてくるがさすがに断った。
外見はまだ未成年なんだし自重する。
一応、問われた事には正直に答えていく。自ら進んで話さないことがあるだけだ。
未踏破の古い坑道を見つけていた事には眉をひそめられたが気にしない。冒険者なのだから稼ぎ場所の秘匿は不思議ではないからだ。
アントンを襲っていたのが魔法陣のガーディアンであった事には相当驚いていた。
オレ達のような若造がキマイラを倒した事は半信半疑のような雰囲気もあったが、聞き取る事が最優先のようだ。
魔法陣のことは聞かれなかった。だから話すこともなかった。
「悪いがその古い坑道だけは確認しとかないといかん。案内は頼めるかの」
「明日でいいですか?」
「無論じゃ。泊まるところは用意しておくが」
ここで宿泊か。宿がいいんですけど。
「明日ここに来ますよ。どうせ坑道で魔物を狩りに行きますから」
「そうか・・・そうじゃな。おおそうじゃ、冒険者ギルドにも礼がいるかの」
しまった。
そこまで考えていなかった。
あまり目立ちたくはないんだが。
苦笑するしかなかった。
「最後になったが改めて名乗っておこうかの。ワシはこのライネルの集落の長でレナートじゃ」
「シェイドです」
席を立つと握手を残して酒場を辞することにした。
酒場にも坑道から戻ってくるパーティが顔を出すようになっていた。近場を捜索していた連中なのだろう。
酒場の天幕を出た所で何かが叩かれるような音がした。そして呻くような声も。
男の子なら耐えるんだ、アントン。
アントンの尻の運命や如何に。
オレに出来ることなんて祈ることだけだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さすがに翌日は寝坊した。間違いなく午前様だったしな。
朝飯は普段よりゆっくりと摂った。気分が乗らないのだ。
きっと熟睡できなかった所為だ。きっとそうに違いない。
そう不貞腐れてもみたが時間は残酷に過ぎてしまうのであった。
仕方が無いよな。
アントンにも偉そうな事を言ってる手前、行かねばなるまい。
ライネルの集落に転移して酒場に顔を出してみたらやはり酒盛りが始まっていた。
祝いの席みたいに騒いでいるのだが。
意味が分からない。
「何か祝い事ですか?」
「ああん?ここの子が戻ってきたってんでな!めでてえじゃねえか!」
ただの理由付けでしたか。
レナートさんの姿がないので広場に行ってみる。
広場の中心にレナートさんはいた。昨日は見なかったフル装備姿でまだ兜は被っていない。
一緒に演説してた時に同席していた希少種のドワーフ女性と話し込んでいるようだ。
周囲は数人のドワーフが真剣に話を聞き込んでいるようである。
昨日に比べるとまだ人数が少ない気がする。
「どうも。レナートさん」
「おお、よう来たな」
レナートさんの得物は戦斧か。厚みが半端ない。まさに割るためにある武器だ。
「レナートさんが行くので?」
「ここの長じゃからな。この目で見ておかんと気が済まんのでな」
ドワーフは男女共に外見で年齢が分かり難い。一定年齢以上はみんなゴツくて毛深いのだ。老齢とは思えない鍛えられた身体に見えるが長なんでしょ、この人。
「こちらの方々がそうなのですか?」
「うむ。おお、こちらはヴェーラ。隣のズミイールの精霊使いじゃよ」
希少種のドワーフ女性か。
もの静かに見えるが威厳を感じる。いや、半ば威圧されてるような感じがする。
「シェイドです」
取り急ぎ目礼で済ませた。優雅に返礼されてちょっと驚いた。動きに無駄が無い。
「今日はワシとヴェーラが同行する。案内は頼むぞ」
案内だけで済めばいいんですがね。
「そうですか・・・アントンはもう大丈夫なんですかね?」
「うん?まあ平気じゃろ。散々絞られたようじゃがの」
耐えろよ。耐えるんだアントン。
叱られているうちはまだ大丈夫。
本当に怖いのは無関心になってしまうことなんだぜ?
「探索に行ったパーティはもう戻ってきているんですか?」
「まだ近場を回っておった連中だけじゃな。冒険者のパーティは残り1つじゃ。ドワーフは足が遅いのでな、まだ半分も戻っておらん」
坑道内で夜通しですか。
「全部戻るにはあと2日ほどはかかるじゃろ」
「それはまた長くかかるんですね」
「坑道は広いでな」
レナートさんは坑道へと歩きながら会話を続けていく。
ヴェーラさんは口数が少ない。オレを注意深く観察しているのが分かる。
オレだけでなくサーシャ達にも視線を投げかけているようだ。
坑道の入り口で気が付いた。
ドワーフの足に合わせて坑道を進んでいたら移動に時間がかかり過ぎる。
(サビーネ、ドワーフ2人を乗せて走れそうか?)
(乗せるのは問題ありません。さすがに遅くなりますけど)
サビーネの肩に手を置いて【身体強化】と【代謝強化】をやや強めて追加していく。
(すまないが頼む)
(はい)
器用に4つの脚を畳んで座りドワーフ達が乗りやすいようにした。
「乗ってください」
「大丈夫かの?ワシ等は重いぞ」
「時間が惜しいんですよ。承知して貰いますから」
ここは少し強く押してみた。
臨時の持ち手をロープで拵える。サビーネにドワーフ2人が乗るとロープで固定しておいた。
「口は開けないで下さいね。舌を噛みますよ」
注意をしておくと全員に念話で指示する。
(今日は道案内だ。速度は落とせよ)
オレがいつもの通り【ライト】を念じ、ラクエルが光精ウィル・オ・ウィスプを召喚する。
サーシャに目配せすると駆け出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
途中で出会ったロックワームは文字通り蹴散らせて素通りした。
2つのドワーフのパーティに遭遇し、アントンが戻った事を告げて先を進んでいく。
ドワーフにとっては相当速く移動しているのだろうが、普段のスピードに慣れてしまっていると明らかに物足りない。
道案内なんだから仕方ないのだが【転移跳躍】したくなってくる。
やや時間をかけてアントンが潜り込んだ抜け穴に到達した。
「ここですね」
サビーネから降りた2人のドワーフがアントンの入り込んだ穴を調べ始めた。
「ようもまあこんな場所をすり抜けたもんじゃな」
さすがにレナートさんはあきれ顔だ。
「これは私の方からも叱るべきでしょうか」
ヴェーラさんは渋い顔になっている。恐らくは彼女がアントンの師匠ってことなんだろう。
「まあそれは戻ってからじゃな」
オレが案内した穴に顔を突っ込んでいたレナートさんだが、オレの危惧していた質問をしてきた。
「お前さん達、どうやって向こうに抜けたんじゃ?こお穴では狭いじゃろ」
「まあそこは秘密ってことで」
「・・・精霊魔法でトンネルを掘ったのですか?」
ヴェーラさんはラクエルを見ていた。精霊魔法には地精ノームの力を借りて穴を穿つ呪文があるからだ。
でもそれは正解じゃないんですがね。
「まあそこも秘密ってことで」
視線がちょっと痛い。
「向こうに行きたいが・・・遭遇する魔物はこっち側より厄介そうじゃの」
古い坑道に出現する魔物は厄介な相手の数が多い。
バグベアは全くいない。
代わりにイエローガブーンバイパーが多く出現する。マッド・ドリリーニも多くてしかも群れて襲ってくる。
ゴブリンにコボルトもいることはいるが、遭遇するのがやや少ないのは魔物の食物連鎖の底辺だからなのだろう。
頂点に立っているのは恐らくロックスキンク。盲目の巨大トカゲで滑らかな鱗は石のように硬く、倒すのはバグベアよりも遥かに困難だろう。
オレ達は倒すのに問題ない。ドワーフならば力技であの天然装甲は粉砕できることだろう。
「オレ達が通れる穴を掘ってしまうと向こう側の魔物もこっち側に来るようになりますよ?」
一応、意図は確認しておかなくちゃ、な。
「どうせ魔法陣は潰さねばならん。放置しすぎて強い魔物が徘徊するようになっても困るのでな」
ふむ、それも道理だ。
「では穴を掘り進めましょう」
ヴェーラさんが何やら精霊語で呪文を唱え始めた。一瞬で地精ノームが現れ岩盤に溶け込むように消えていった。
壁が凹んだかと思うと大穴が開いていく。【トンネル】の呪文だ。
呪文の早さといい効果の大きさといい申し分ない。精霊使いとしてかなり修練を積んでいるのだろう。
さすが師匠ってことか。
そこからは徒歩で魔法陣のあった場所を案内した。
大きな一枚岩に3つの窪みが残されている。
ガーディアンだったストーンゴーレムの残骸はそのまま残っていたが、ジャイアントクラブの死体は一部の殻を除いてなくなっていた。
一晩でこれだ。残された殻の中からネズミが何匹か逃げ出すのが見えていた。
「ここの坑道は暫くの間、冒険者達の良い狩場に提供することになるじゃろ、お前さん達にも期待しておるぞ」
やはりそうなるのか。
冒険者の立場からすると秘密の狩場だったんですけどね。
彼らドワーフに不利益な行動をとる訳にもいかない。痛し痒しだ。
全部探索し切れていないのが残念ではある。
ここで既に見つけてあった魔法陣は8つ。そのうちの1つは昨日潰したからあと7つか。
狩場を荒らされないうちに潰しておくべきだろう。報酬は魔法陣を構築する魔水晶や魔結晶だけで十分だ。
「まあオレ達には期待し過ぎないで欲しいですけどね」
もう遅いのかもしれない。悪目立ちじゃないから多少はマシというのが救いだ。
「じゃあ戻りますか?」
「うむ。すまんが目印を作っておく。暫し待ってくれ」
トンネルを掘った入り口に大き目の石を置いてどこからか取り出した輝石を嵌め込んで行く。
その手並みには逡巡がまるでない。お見事。
再びサビーネに2人を騎乗させるとライネルへの帰途についた。
【転移跳躍】で時間短縮したい所だが手の内は見せたくない。
アントンには見せちゃってるけどな。
緊急性がないなら敢えて見せることもない。
帰り道では魔物に遭遇することはなかった。
いくつかのドワーフのパーティにアントンの無事を伝えながら戻っていった。
ライネルの広場でレナートさん達とは別れることにした。
報酬はもちろん貰う事ができたんだが。
別れ際に渡された報酬は宝石だった。銀細工の枠に嵌め込まれている石は鮮やかな赤い光を放っている。
ルビーだろうか。猫の目のような文様が石の中央を縦断している。恐らくはキャッツアイ効果だ。
魔力は全く感じない。だがこれほどの宝石であれば高位のマジックアイテムの素材に十分使えそうだ。
結構大きいし報酬としては破格だろう。
「これ、いいんですか?」
思わず確認しちゃいましたよ。
「宝石ならまだあるし足りなければ掘りにいけばええ。あの子を授かった幸運と引き換えにはならんのでな」
実に有難い申し出なのでそのまま頂いておくことにする。
まだ高位の付与魔法は使えそうにないが、先々の楽しみが増えたようだ。