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迷子

 それから5日が過ぎた。

 やっていた事と言えば大トンネルの探索、それに魔物狩りだ。

 例の古い坑道を中心に魔法陣を探し回り、5日の間に8つの魔法陣を発見していた。

 無論、魔法陣は1つも潰していない。

 やはりガーディアン相手に戦うには慎重になってしまう。

 コンスタントにバグベアと戦えるのも大きな理由だ。なんだかんだでタフだし色々と試すこともできる。

 最近オレは格闘戦もやるようになった。

 目的はカティアに格闘戦を見せる為だ。

 さすがに毒持ちのヘビやアリの類に格闘戦はしないが。

 オレ達が見つけた坑道で目新しい魔物と遭遇しなかったが、色んな魔物と遭遇できたのは僥倖と言えた。

 特にサビーネとの連携を深める為にはいい経験になったことだろう。

 昨日あたりからカティアも格闘戦に興味を示し始めていた。

 ゴブリンやマッドエイプといった人間に近い形態の魔物は格闘で倒すようにしている。

 サーシャやラクエルまでゴブリンを相手に格闘を演じるようになってしまっていた。

 まあこれも一種の流行なんだろう。

 試しにオレとバグベアで1対1の格闘戦をやったことがある。

 頭の位置に膝があるデカい相手だ。

 苦戦した。拳を何発か喰らったが、脚間接を壊して転げた所を、頭を蹴って止めを刺すことができた。

 それに触発されたカティアも1匹残したバグベア相手に格闘戦を挑んだりした。

 力技でなんとか殴り倒したが、鎧に込められた能力を使いこなすきっかけを掴んだように見えた。

 いい傾向だ。


 宿に戻ってからはオレと組み手をするのが日課に加わっている。

 オレは曾祖父から教えてもらった格闘術は柔術だ。

 これをベースに前作で『剛腕』のグレーデンを相手に腕を磨きあっていた。

 グレーデンは総合格闘技をやってたようでベースは空手とレスリング。

 戦闘スタイルは完璧に打撃中心のストライカーだった。

 お互いを練習相手にして格闘術を磨いたものだ。

 総合格闘技、となれば様々な格闘術を取り入れる事になる。

 ディフェンスを磨くのに必須なのだ。

 オレは柔術をベースに空手、レスリング、柔道、ムエタイ、ボクシングのエッセンスを加えていった。

 無論、全てをマスター出来るわけではない。

 自分に合う戦闘スタイルを築くこと、それにディフェンスの強化が主だった。

 グレーデンは体格が大きかった上にフィジカルが強かったので、まともにやりあって勝てることはなかった。

 それでもそこそこ対抗できていた自負はある。


 カティアの体格はグレーデンよりやや小さいが、パワーファイターでフィジカルが強い所はよく似ている。

 格闘を教えなくてもそこそこ強いだろう。

 だが彼女が着込んでいる鎧のポテンシャルを発揮させたいのなら格闘術は教えておきたい。

 例えオレの方が格闘戦では弱いのだとしても、だ。

 組み手初日からいきなり吹き飛ばされそうになって泣けた。

 オレにキャラ作成させんからだ、運営めぇ。 


 サビーネとサーシャの縫い物は着実に進んでいる。

 オレの分はもう十分揃ってしまっていた。出来はかなり良い。

 彼女達の分を縫うにあたっては多少のオシャレをしてみるよう薦めてみた。

 針仕事の出来不出来は良く分からないのだが、技術を持っているのであれば高いレベルを目指すべきだろう。

 ラクラバルでは飾り糸が安かったので追加で購入、それに奮発して貝殻のボタンも何セットか購入していた。

 楽しげに針仕事をする2人は傍で見ていて心地よい。


 ラクエルは相変わらずマイペースな様子だが、支配している精霊の数が増えているのは確実なようだ。

 今どうなっているのか聞いてみたが全部召喚してみないと数を把握できないのだとか言いきりやがった。

 「友達だから用事もないのに呼ぶのはちょっとねー」とか言ってるし。

 戦力把握ができていないのはパーティを率いる身としては痛いのだが、こいつには「言えない」があるからなあ。

 深く突っ込んで聞くのが憚られるのだ。

 それでもいくつか分かっていることがある。

 ラクラバルは精霊使いにとっては結構良い環境の町のようだ。

 夜中に起きてみると、ラクエルが猫精霊のケットシーとなにやら話し込んでいた。

 二本足で直立する猫にもビックリだが、その猫に話しかけられたのもビックリだった。

 「ごきげんよう、いい夜ですね」

 オレにもそう喋ったのを聞いた。夢現だ。

 夢のような夢じゃないような。

 ラクエルにケットシーが何を司る精霊なのか聞いてみたら、唯のおしゃべりなのだとか。

 情報通、らしい。

 戦闘には役に立たないが、おいしい飯が食える情報を貰えているのだとか。

 あと古く繁栄している町には必ずいるそうなのだ。

 前作にいなかったんだよな、ケットシー。

 いたら楽しかったことだろう。


 【遠視】と【遠話】の成果は芳しくない。

 進展がまるでなかった。【ムーブングポイント】をかけたダガーが放置なのが最も腹立たしい。

 その一方で緑のドラゴンの姿が確認できないのは不気味だった。

 怖いもの見たさって事もあるんだろうが、どこかでオレを狙って襲ってくるんじゃないか、という恐怖はどこか付きまとっている。

 小心者と言わば言え。距離を置いているってだけで安心できるのだ。

 殿下とやらはまたも坑道らしき場所に戻って戦っていた。果たして何をやっているのかは未だ不明だ。


 現実世界の方はどうか。

 芳しくはない。

 というか毎日マグナス少尉の姿を見かけるようになっているのだが、何をやっているかは不分明だ。

 予測だけはできる。オレの生体モニターから覚醒の方法を模索しているのだろう。

 飽くまでも好意的に考えて、であるが。

 本当に技術仕官として優秀であるのなら、オレのこの状況を打破して貰いたい所だ。

 期待はするが期待し過ぎはしない。


 そんな順調とも停滞とも言える進捗状況の中、1つの騒動が目の前で起きていた。

 いつものように古い坑道で魔物狩りをこなし、ライネルの集落で情報を得ようと立ち寄ったのだが。

 集落中が大騒ぎになっていた。

 何事か。

 話し込んでいる石工らしきドワーフ達を捕まえて聞いてみる。

 「何が起きたんですか?」

 「ん?お前さん達は冒険者か?」

 「まあそうです」

 「是非とも協力して欲しいんじゃが頼めるか?」

 「えっと。何がなんだか」

 「酒場の子供がいなくなったんじゃよ」


 広場というには狭い場所は人でごった返していた。

 当然非常に騒がしい。

 半分以上はドワーフだが冒険者らしきパーティもいる。

 【知覚強化】により強化された聴覚がいくつかの声を拾う。どうやらライネルの出入り口が封鎖され冒険者達も足止めされたようなのだ。

 当然ながら不満の声が多く聞こえてくる。

 広場の中心で1人の白髪のドワーフがテーブルの上に立ち、大鍋を金槌で盛大に鳴らしたかと思うと大声を張り上げた。

 「ちょっと静かにしてくれ!重要な事じゃ!」

 さざなみが静まるように話し声が収まるとさらに1人のドワーフが机の上に立つのが見えた。

 希少種だった。

 栗色の髪は緑と赤の飾り糸を編みこんであるようだ。女性なのだろう。

 ドワーフの希少種らしく遠目にもその姿は美しく見えるが、それ以上に威厳を感じた。

 周囲のドワーフときたら彼女の登場と同時に畏敬の眼差しを集中させたものだ。

 「ズミイールのヴェーラです。大事なことです。聞き逃すことのないように」

 周囲のドワーフの雰囲気が一層引き締まったようだ。

 彼女の言葉を継いで白髪のドワーフが大音声で語り始める。

 「ドワーフの子供が1人、行方が分からなくなっておる。酒場の息子のアントンじゃ」

 一瞬、ドワーフ達の呼吸が止まったようだ。

 えっと。酒場の息子ってまさか。

 「冒険者の方々にも協力願おう。ワシの名はライネルの長でレナートじゃ。本来ならば冒険者ギルドを通すのが筋じゃが時間がない。報酬も定めておらぬが事情が事情なのじゃ。従って貰おう」

 冒険者の中から不満の声が出そうになっていたが、仲間が制止する様子が見えた。

 「今日はライネルの子供達にゴブリン狩りを体験させる日じゃった。引率の大人達もいたんじゃが、アントンはいつのまにかいなくなっておった」

 白髪のドワーフは周囲を凄まじい眼光で睨み付けていく。ドワーフ達の緊張感も高まっていくようだ。

 「アントンは先祖返りじゃ。言わんとするところは皆も分かるかと思う」

 ドワーフ族として希少な精霊使いの少年、か。

 失うとしたら確かに大変な損出だろう。

 「門衛を除いて全員で捜索に行くぞ。ズミイールにも助勢を頼んでおる。気を引き締めてかかれ!」

 ドワーフ達からは無言の頷きが返っていく。声に出していないのに空気が震えるような錯覚を覚えた。

 「皆の者、装備を整えて坑道を片っ端から当たれ。必ず5名以上でパーティを組め。捜索先は鉱床じゃ」

 再びドワーフ達が頷く。重圧で押し潰されそうな雰囲気だ。

 「では動け!」

 号令一喝、ドワーフ達の多くはは無言のまま装備を整えるために家路に急ぐようだ。

 ドワーフのみで既に編成されていた幾つかのパーティが坑道へと駆けて行く。

 冒険者のパーティだけがその場に取り残された。


 「サーシャ、ここの酒場で見たあのドワーフの男の子だ。匂いは覚えているか?」

 「あ、はい。なんとか分かると思います」

 「そうか。これも縁だ、捜索には協力するぞ」

 他の冒険者達の動きは鈍い。そりゃそうだ。

 本来ならばもう夕刻なのだ。宿に戻って体を休めたい所だろう。白髪のドワーフに文句を言い募る者も出ていた。

 だがこの集落も冒険者ギルドには便宜を図っているのだ。冒険者の立場として不満はあるのだろうが協力すべき事案だろう。

 冒険者達の姿の中に狼人族の姿は見かけなかった。獣人族は人馬族しかいないようなのだ。

 エルフも2人だけしかいない。探索が得意な種族が少ないのは何気に痛い事態だろう。

 「・・・ドワーフでしかも精霊使いの才能があるとはいえ子供だ。急いだほうがいい」

 サーシャ達の思いもオレと同じようだ。

 堅い表情のまま強く頷き返してきていた。


 坑道に向かうにあたって再度魔法にMPをつぎ込んで強化していく。

 【知覚強化】【知覚拡大】【身体強化】【代謝強化】【自己ヒーリング】【魔力検知】【念話】【重力制御】そして【野駆け】だ。

 そして相乗効果を大きく得るために【感覚同調】を強めにして念じておく。

 MPがごっそりと減るのが自覚できた。黄のオーブをまとめて2つ取り出して回復させておく。

 坑道の入り口でサーシャには念入りに匂いを確認させた。この場合は匂いを追って確実に行方を捕まえる事が肝要だ。

 「・・・多分、これです。追えます」

 「よし。出来るだけ急ぐぞ」

 サーシャを先導にして坑道へと駆け込んでいった。

 入ってすぐに凄まじいスピードになっていた。


 速い。速すぎる。

 先行していたドワーフ達はあっという間に全て抜き去っていた。

 オレ達が速いってのはいいんだが心配な事もある。

 サーシャに念話で確認を取ってみる。

 (この速さで匂いは追えるのか?)

 (速さは問題ないです。それより匂いが掠れるように薄れてます。坑道に水が多い所為なんですけど)

 (急がないと匂いが消えそう、なのか?)

 (はい。もう少し速く走れそうですけど・・・どうしましょう?)

 もう少し、か。

 どんだけ速くなるのやら。でも皆の意見も聞かないとな。

 (うん。もっと速くても大丈夫ー)

 (いけるぜ)

 (問題ありません)

 満場一致ですか。サーシャはもちろん、ラクエルも、カティアも、サビーネも、高揚した精神状態にあるようだ。

 これを挫くような指示が出来よう筈もなかった。

 (オレも大丈夫だ。速度を上げてくれ)

 (はい)

 サーシャの姿勢が更に前傾姿勢になったように見えたかと思ったら。

 これまでにない速度で駆け始めた。


 オレでは追従できそうにない、と最初は思っていたが、結構追いかけていけるものだ。

 以前と同じく100m全力疾走の感覚なのだが明らかに速いし疲れもしない。

 坑道で折り返すようにカーブしている所ではなんと壁を走った。

 このオレが、だ。

 最後尾はサビーネだ。そうでないと彼女の蹄が跳ね上げる石の欠片で酷い目に逢うことだろう。

 後方から小石が跳ね返るような音が断続的にしていた。

 それに坑道を走っているのだから当然ではあるが魔物にも遭遇している。

 ゴブリン、ロックワーム、アリの魔物のマッド・ドリリーニ。

 全部、まともに攻撃していない。吹っ飛ばしたり蹴飛ばしたりはしていたが基本無視して先を急ぐ。

 鉱脈への目印が見えた、と思ったらサーシャから念話が飛んでくる。

 (減速します)

 減速したと言っても相当な速度で支道へ急角度に曲がっていく。

 サビーネが曲がりきった段階で再び速度が上がる。

 だがここで問題が起きた。

 (前方からバグベアの匂いです!)

 サーシャの警告に呼応してカティアがサーシャの前に出た。

 盾は背負ったまま、クレイモアを両手で持っている。一撃の威力を上げる構えだ。

 オレも両手にショートソードを抜剣すると【収束】を念じる。赤い魔法式が剣に浮かんでMP吸収の能力が発動する。

 そしてそれだけに留まらせない。

 攻撃力に上乗せするよう、MPを全力で注ぎ込む覚悟はとうに出来ていた。

 【粒子加速】を念じる。剣に黄色の魔法式が浮かんだ。加電粒子が剣の表面を疾駆して空気を僅かに電離させる。

 僅かに異臭が感じられる。オレの力量がまだ未熟な証拠だ。本来ならば剣から加電粒子は殆ど漏れないのだが。

 それでも十分な威力を得られている筈だ。

 オレも駆ける速度を上げていく。先行するサーシャを、カティアを追い抜いていった。

 オレ達の先で光る【ライト】がバグベアの姿を捉えた。

 何匹いるのか、確認する間もなかった。

 最初のバグベアは脚の間をすり抜けた。2匹目は脇の下を潜るように。3匹目は屈んでいたので背中を駆け上がって行った。

 4匹目は肩に足をかけて飛び越えた。

 その間に2つの剣で与えた斬撃は7つ。

 大ダメージを与えている事は疑いようがない。吸収したMPが甚大であったことが知覚出来ていた。

 4匹目に与えたのは一撃だけだが首元に深く撃ち込んでいる。一撃で仕留めてはいないだろうが瀕死にはなっているだろう。

 止めは後続のサーシャ達に任せておく。

 サーシャ達がどのような戦果を上げたのかは分からない。知る必要もなかった。

 再びサーシャを先頭にした元の隊形に戻っている。誰も落伍者はいなかった。

 全員がバグベア達を後に残して先を急いでいる。

 オレの指示も必要ない。言うまでもない事だったのだ。


 (止まって下さい!)

 サーシャの制止は突然だった。

 実に速度を落とすのも一苦労だ。制動距離がどうしても要る。

 サーシャが坑道を慎重に歩いて戻っていく。いつになく顔つきが真剣だ。

 こういう顔もいいな、と不真面目に見ていたらサーシャが岩盤の下を見回し始めた。

 「この窪みの下ですね」

 【ライト】を岩盤に寄せると窪みがあった。影になっていたら穴があるのも分からないだろう。

 「風が通ってる。うん。穴が隣の坑道に繋がってるみたいだねー」

 ラクエルが風精で穴が貫通しているのを確認したようだ。

 しかし、だ。

 よくこんな所を通ったな。

 「精霊使いなら風が抜けてるのも分かるんじゃないかなー?」

 「そうか。そうだな・・・ところで通れるのかな?」

 「サーシャちゃんでも無理ー」

 ダメか。ならば【転移跳躍】で行こう。

 「全員集まれ、跳ぶぞ」

 穴の向こう側にいる風精シルフを目印にして【転移跳躍】を念じた。


 そこは今日も探索を行った古い坑道のようだった、光苔が照らす光はかなり明るくなっている。

 「・・・私達の匂いも残ってます。今日通った所ですね」

 サーシャは周囲を丁寧に調べ始めた。

 「匂いを把握しました。こっちです」

 再び駆け出すとすぐに凄まじい速度になっていた。

 

 イヤな予感はなんで良く当たるのだろうか。

 【ダンジョンポイント】を残しておいた場所を通過したのに傍にあった筈の魔法陣がなくなっていた。

 魔水晶を嵌め込んだ3つの石版のうちの1つが無くなっている。

 まさか。

 まさか、ね。

 あんのガキ、魔法陣から石版を外して無力化しようとしてトラップ作動させやがったのか!

 サーシャに駆けるのを止めさせて何が召喚されたのか、匂いを確認させる。彼女の顔面は蒼白だ。

 「・・・キマイラだと思います」

 「・・・急いで匂いを追うぞ」

 多分、今までの最高速度が出たと思う。

 それだけオレ達全員が必死になっていた。

 誰もが心のどこかで子供を可愛いと思ってるもんなんだろう。

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