敵本拠地
支援AIに指示を出し終えたタイミングでちょうどサーシャ達が戻ってきた。
感想は表情が語っていた。満喫したことだろう。
サビーネだけはまだ困惑しているみたいだ。
部屋に戻った彼女達は昨日と同じ作業に入る。
サビーネは縫い物の続き、サーシャもその手伝い、カティアは防具の手入れである。
ラクエルだけが少し様子がおかしい。
「どうした?」
「いやー精霊付きの建物は初めてだったのよねー」
「ここがそうなのか?」
「そ」
建物に付く精霊と言えば座敷童だっけか。
いや、ブラウニーだね。
「話しかけられてちょっとビックリしたよー」
「問題はあるか?」
「何もしなくていいよー」
悪戯が好きじゃなかったか、ブラウニー。
「この宿は当り。それだけは間違いないねー」
「そうか」
そういうものなんだろうか。
再度【遠視】と【遠話】を念じる。
【ムービングポイント】を仕掛けた兜を見ると、長い廊下を歩いている様子だった。
建物の外の空は暗い。にも関わらず尖塔が見えた。
塔そのものが僅かに光っている。何かしら魔法儀式を行っているのだろう。
殿下とやらが入室した部屋は王宮らしき建物の一角のようだ。豪奢ではあるものの家具の類は少なくやや寂しい部屋だった。
空虚、な感じがする。
「話にならぬ!聞けば陛下は教会に神託を求めに行ったきりで戻っておらぬそうではないか!」
「ルシウス殿下、王宮内ですよ」
「余だけではない。アレクセイ兄上までもだぞ!」
部屋にいたのはあの神官戦士の女だった。彼女の後ろにはダークエルフも随伴している。
「ラシーダ。ならば教会へ先に行って様子を見てきてくれ」
神官戦士の女は目礼だけを残して部屋を出て行った。
「ゲフラ、着替えを手伝え。兄上の所へ行く」
「これから、ですか?」
「内々に文句を言わねば気が済まぬわ」
ダークエルフは殿下とやらから鎧を外していく。
身軽になった殿下はクローゼットから礼服らしきものを取り出して着替えていった。
鎧は兜とともに机に置きっ放しだ。
「そなたも来い。随伴が誰もおらぬでは様にならんわ」
「はい」
ダークエルフを伴って上着を羽織っただけで出て行ってしまった。
これはチャンスなのか?
それとも罠?
どうなんだろう。
もし運命の神様がいるのだとしたら、挑発、なんだろうな。
「全員、すまないが今やっている事は後回しにしてくれ。少し出かけるぞ」
安い挑発に容易く乗ってしまうのもまたオレの悪い所だ。でも改める気はない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ラクラバルの喧騒を抜けて町の外に出ると満天の星空が見えていた。
いい感じだ。夜の冒険も悪くない。
「サビーネは【半獣化】はするなよ。これから敵地に潜入する」
サーシャとカティアが【半獣化】していく。普段ならサビーネに渡す突撃槍も出番なしだ。
オレも魔法を順次かけていく。
【知覚強化】【知覚拡大】【身体強化】【代謝強化】【自己ヒーリング】【魔力検知】【念話】そして【気配断ち】を念じる。
全員で輪になって手を繋ぎ【感覚同調】を念じた。
【野駆け】は今日は必要あるまい。代わりといってはなんだが【気配断ち】を念じておいた。念には念を、だ。
【遠視】と【遠話】でドネティークの城門側から様子を見る。
夜空をバックにいくつもの尖塔が浮かんでいるかのように淡い光を発していた。
視点を転じて【ムービングポイント】を仕掛けた兜を見る。
窓から差し込む外からの光で部屋の中は確認できた。光源は窓の外から見えている尖塔である。
兜は鎧とともに机の上に放置されたままだ。そして部屋には誰もいない。
「ラクエル、跳んだらすぐに【姿隠し】だ」
「はーい」
【転移跳躍】を念じる。思惑通りに進んでくれることを願うことも忘れなかった。
部屋の中に跳ぶと同時にラクエルの用意していた【姿隠し】が構築されたようだ。
「はい。いつでもいけるよー」
「うむ」
机に放置してある兜に近づくとサーシャを手招きする。
「こいつの匂いだ。追えるか?」
「あ、はい」
匂いをサーシャに確かめさせている間に廊下側の様子を探る。どうやら誰もいないようだ。
扉に手を当てて【ダンジョンポイント】を念じておく。
「ここはどこなのでしょう?」
サビーネはやはり真面目か。
「さっきも言ったが敵地さ。それも本拠地だろうな」
「えっ」
「心配するな。戦闘をする気はない」
少しずつ扉を開けていく。さすがにいい職人を使っているのだろう。音が殆どしないが、全く音が出ないってことではない。
大きな音が出るか出ないか、ギリギリを攻める緊張感がたまらん。
「今はラクエルの魔法でオレ達の姿は傍からは見えない。声もだ」
「それで潜入、ですか?」
「まあな。物を盗む訳じゃない。ただ帝国の内情を知っておきたいからな」
盗むのは情報だ。知りたい。識りたいのだよ、サビーネ君。
「それで戦闘はする気はない、ですか」
「そうだ。周囲を警戒してくれよ」
廊下に出た。僅かな光しかないのだが【知覚強化】で視覚が鋭敏になっている。移動するのに支障はなさそうだ。
「匂いは左右のどちらにもありますね」
「古い方から頼む」
「あ、はい」
廊下を進んでいくと所々に明かりが灯っている。ランタンの光ではなく全部魔法の光だ。
王宮ならではの贅沢だろう。
廊下の角には護衛の戦士がいる。鎧兜も盾も立派で新品にしか見えない。間違いなく近衛兵だ。
兜の面を上げて視線を左右に動かし周囲を警戒しているようだが、こちらに気がつく様子を見せない。
サーシャが廊下を曲がって回廊を渡っていく。周囲の建物から島のように孤立する円形の建物がそこにはあった。
入り口には2名の衛兵。だがもちろんオレ達には気がつかない。
中に入ると中央には天井から布地が垂れ下がっている。何かあるのだが、ここからだと何も見えなかった。
回り込んでみると先程【遠視】で見えていた玉座だ。
そこからいくつもの段差を経て謁見の間、ということなのだろう。
その先には更に多くの侍臣が入れそうな広間へと続いて屋外になるようだ。
屋外はまるで運動場のように広い。ここで閲兵したら気持ちよさそうである。
玉座がよく見えそうな角度を選んで柱の1つに手を当てて【ダンジョンポイント】を念じる。
一度屋外に出て周囲を見渡すと、尖塔の位置は玉座の有る位置から見て対称となっていないようだが。
普通は王宮を魔法から守護するように配置するのが定番だ。
塔は淡く光を放ち続けている。どこかで大規模魔法を執り行っているのだろう。
玉座の間に戻る。
「サーシャ、匂いでどんな奴がいたか分かるか?」
「あ、はい。人間が多いですけどダークエルフとバードマンもいますね。あと分からない匂いがあるんですが」
ふむ。恐らくは蟻人族の奴だろう。
つかバードマンの匂いを知ってたのか。
「バードマンの匂いは知ってたか?」
「はい。奴隷商人同士の市で見かけました」
「そうか・・・サーシャ、分からない匂いは2人分あるか?」
「あ、えと、はい。でもご主人様はどうして分かったのですか?」
「分かった、じゃないな。知っていた、だな」
サーシャの頭を少し撫でてやる。
「その匂いも覚えておけ。アントマン。蟻人族の匂いだ」
不思議そうな表情でオレの顔を見返してきた。かわええ。
おっと、まだ探索中だ。
「アントマン?そいつらも南の方にいる種族だっけ」
カティアは蟻人族は知っていたか。
「知ってるか?」
「たまに人間も襲うような奴らだしね。群れてくるから厄介だよなあ」
「蟻人族は嗅覚も鋭い。肌は硬いし力も有る、だが魔法は使えないし耐久力は意外と少ない種族だな」
「・・・詳しいんですね」
「たまたまさ」
サビーネがまた疑問の目でオレを見ている。
誤魔化し続けるしかないよなあ。
「サーシャ、アントマンの匂いは避けろよ。彼らならオレ達の存在に気がつく可能性は高い」
「あ、はい」
「最初の部屋に戻るぞ」
再び役に立ってない衛兵の前を素通りして戻っていく。
「サーシャ、もう1つ匂いが向かっている場所を追ってくれ」
「はい」
サーシャが先導して廊下を進んでいく。
巡回する衛兵とも出会ったが彼らもオレ達に気がつく様子はない。
1つの扉の前でサーシャが警告を発する。衛兵の目の前だからドキドキしてしまうが、もちろん彼らには聞こえちゃいない。
「匂いはこの中です。それにさっきのアントマンらしき匂いもあります」
間が悪いな。
とはいえ閉まった扉を開けて中を覗ける訳ではない。
場所さえ確認できればいいか。
「そうか。ではこの辺りを一通り回ってみるか。先導はオレがやる」
「あ、はい」
先程の王座の間から外の広場に出た。王宮の全容を見渡せる位置まで歩く。
広場がまたやたらと広かった。サッカー場が並んで5つ分くらいはありそうだ。
そんな広さも狭く見えそうなほど王宮らしき建物は広大だった。翼を広げた鳥のようにも見える。
建物の造詣は一度映像観光で見たエル・エスコリアル修道院のようだ。画一的な重厚な建物に宗教色を感じさせるドームが調和している。
昼間に見てみたい光景だ。思わず地面に手を当てて【フィールドポイント】を念じてしまった。
観光じゃないんだけどこれもオレの業ってものだろう。
周囲の尖塔を見回すと淡く光っていた筈が魔法式が読み取れそうなほどに光が増していた。
そして天空に響くかのような咆哮が聞こえている。
聞きなれた怒りの咆哮。
「オーガ、だな」
カティアも同意見だったようだ。それに場所もそう遠くあるまい。
「行って見よう、サーシャ、先導してくれ。ラクエルはまだ風精は使うなよ」
「あ、はーい」
【シルフィ・アイ】を唱えかけていたラクエルを制止する。
ここが帝都であるならばダークエルフもまだいるかも知れない。【姿隠し】はいいが他の精霊魔法はオレ達の存在を感知されかねない。
慎重に行かねば。
叫び声はまだ続いていた。
場所は王宮の東に接続されているドーム状の建物だった。
扉はない。古代の宮殿のような石柱が並んでいるだけだ。
まるで闘技場のようだった。建物の中心に向けてすり鉢のように傾斜があり、石製の長椅子が階段のように設置されていた。
天井は見事なアーチで支えられている。よく見ると天井そのものに魔法式が組まれているのが見えた。
その天井に巨大な咆哮が反響していた。
中央の円形に広場に咆哮の主がいた。
オーガだ。
太い鎖で両手を、両足を、そして首を拘束されていた。鎖は建物の壁から伸びている。どこかに巻き取る仕掛けがあるに違いない。
鎖はオーガが暴れる力にも耐えるだけでなく、より締め上げるように巻き取られていった。
オーガの咆哮は徐々にか細くなっているようだが。
「サンドマンの眠りの魔法。それも3人がかりだねー」
ラクエルには何が起きているのか見えていたようだ。
オレ達がいる場所からちょうど反対側にダークエルフが3人いる。その後ろにはローブ姿の魔術師が何人もいた。
オーガを大人しくさせて何を始めようというのか。
鎖が緩められるとオーガの巨体は地上に倒れ伏してしまう。オーガの周囲をオークが取り囲むと革製らしき首輪を嵌めているようだ。
これはあれか。
【隷属の首輪】で奴隷化させようとしているのか。
ローブ姿の魔術師らしき者が2人、首輪に何かを嵌めこんでいるようだ。恐らくは魔晶石か魔水晶だろう。
【魔力検知】の目で見ると強力なマジックアイテムの存在が知覚できた。
下にいる魔術師の手元だ。大きな物を持っているように見えないから恐らくは指輪だろう。
天井の魔法式が色を変えながら輝きだした。
周囲の柱にも魔素が埋め込まれているのが分かる様になっていた。この建物そのもので魔法式を構築させているようだ。
駆式が宙に描かれるように漂いだしている。高位の魔法でなければ起きない現象だ。
オーガの首輪に魔法式が組み込まれていく様子が見えていた。
長いようで短い時間が過ぎると下にいる魔術師が高らかに声を上げる。
「よし、これで良いであろう」
いつの間に傍にいたオークシャーマンに何かを手渡していた。見たことがある首飾りだ。
「こ奴はそなたに任せる。よく言い聞かせて勤めを果たせ」
オークシャーマンはその外見に反して恭しく頭を垂れると首飾りを受け取り自らの首に掛けた。
「今日はあと何匹いるのだ!」
彼は大声で上の段にいる魔術師達に問いかけた。
「首輪があと2つ分、オーガはあと4匹、ヘルハウンドはあと2匹、ワーバーンがあと1匹です」
「魔晶石が足りぬ。あとオーガ1匹で今日は終わりにするぞ」
「了解です。ではこいつは眠りから目覚めさせます」
上にいた魔術師がダークエルフに合図を送るとダークエルフ達が呪文を紡ぎだした。
眠りの魔法を解除しているようだ、鎖も一気に緩められていく。
オーガの手足から鎖に繋がれた手枷足枷がオーク達に外され、覚醒したオーガは自由の身になった。
だがこの魔物は新たな枷によって縛られているのだった。
卑小なオークシャーマンに隷属することになった哀れなオーガがそこにいた。
悲しげにも聞こえる呻き声を残してオーガはその場を去っていく。
「恐ろしい光景ですね」
サビーネの声は震えているようだ。
サーシャも、カティアも、そしてラクエルも表情が硬い。
確かにオーガは恐ろしい魔物であるが、捕らえられて使役される様を見てしまうと同情を禁じえない。
サーシャ達を戦闘奴隷として使役しているオレも大概なんだが。
酷使してないだけで原罪はオレにもあったりするんだよなあ。
観客席らしき一角で地面に手をついて【ダンジョンポイント】を念じておく。
高い魔力が行き交う場所だと【遠視】も【遠話】も成功し難くなるかもしれないがこれも念のため、だ。
「ここはもういいだろう。次へ行くぞ」
王宮の方に向かうと右手に庭園が見えていた。広いのはもちろんだが背の高い植物の壁で迷路を形成しているのだった。
ナイス。
死角が多い場所であるのなら最初に潜入するポイントとして最適だ。
地面に手を当てて【フィールドポイント】を念じる。
そうだな。
今日の所はこの辺りでいいだろう。
「ではラクラバルに戻る。跳ぶぞ」
サーシャ達が集まると【転移跳躍】を念じて一気に跳んだ。
ラクラバルの宿に戻るとさすがにサーシャ達は疲れている様子だった。
戦闘はなかった。
だが敵地に潜入となると、知らない内に緊張感を伴うから精神的負担は思っている以上に大きくなるものだ。
サビーネは律儀に縫い物の続きをやろうとしたので早めに寝るように言いつけた。明日以降の冒険に響いたら困るしな。
そしてフカフカなベッドに潜り込む。
ゲームではあるにせよ、充実した1日であったことは間違いない。
気分良く眠りについた。