表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/87

大トンネルへ

 唸るように聞こえるのは洞窟特有の風の音だ。

 トンネルはオーガでも余裕で通れそうな程に高い。大声を上げたらどんな反響が起きるものやら。

 道行く馬車はみなドワーフの集落との交易が目的だ。

 当然ながら彼らとの交易でこのトンネルを通る以上、魔物に襲われる可能性は高い。

 護衛を雇わなければ無事に辿り着くことは難しいだろう。

 追い越していく馬車はいずれもが傭兵らしき者が護衛についていた。

 オレ達に向ける視線も厳しい。中には怪訝な表情をするのもいる。

 移動速度が尋常じゃないってこともあるんだろうな。


 徒歩で行き来するのは冒険者くらいのものだ。

 あとは集落へと向かう様子のドワーフ達が多い。背負ってる荷物の量は半端ない。

 トンネル内部の通路は石造りにされていて整備されている。坂あり、カーブありだが、駆け抜けるのに不都合はない。

 所々で水が染み出て床を濡らしているが滑ることもなかった。

 壁は全部石版で固められていて土壁が露出している箇所は全くない。

 このトンネルを作ったドワーフ族の仕事だ。

 シンプルでありながら微妙な曲線を組み合わせて崩落を防いでいる。装飾は一切ないのに美術品のようにも見える。

 こういった所はドワーフに妥協がない。


 (前方から反響音、戦闘のようです)

 (匂いはどうだ?)

 (一番新しい匂いはドワーフだと思います。戦っている相手の匂いは風向きが逆なので分かりません)

 (風精を先行させるよー)

 ラクエルが何事かブツブツと呟いている。探索結果はすぐにもたらされた。

 (魔物は大きいコウモリが5匹、ドワーフ3人を襲ってるみたいー)

 暫くすると谷のような場所に出た。地下を流れる川が流れているのだ。

 谷を通じて魔物が入り込んでくるのだろう。前作でもこういった箇所があった。

 川を渡している石橋の真ん中で3人のドワーフが戦っている。得物を振り回す様子が遠目に見えた。

 1人が長槍、1人が弩弓のようだ。

 (1人が怪我してるみたい。動いてないねー)

 (魔物を排除するぞ。ラクエル、治療は任せる)

 魔物のコウモリはダイバーバットのようだ。コウモリのくせに重量級で体当たり攻撃をしてくる魔物になる。

 前作でもよく戦った相手だ。無論この洞窟で、である。


 両手にショートソードを持ち【収束】を念じる。大してMPは吸収できないだろうが些少であっても回収しておくべきだろう。

 急降下で攻撃を仕掛けようとしたコウモリの片翼がいきなり吹き飛んで地に堕ちた。サビーネだろう。一撃で殺せなかったのは都合がいい。

 太っている胴体に剣を突き刺して息の根を止めながらMPの回復を図る。

 ついでに状況を見回す。

 カティアが盾を使って怪我をしているドワーフを庇うと、ラクエルが治療を開始しているのが見えた。

 2人のドワーフも仲間を庇うようにカティアの両脇を固める。

 ラクエルを狙って急降下してきたコウモリをサーシャが迎撃した。

 ダガーで一閃。

 いや、左右で交互に一閃ずつだった。

 ハンドスピード、速くなってるよね?

 コウモリさんは片翼を失うと同時に腹を裂かれて地に堕ちた。

 ドワーフさんの長槍が止めを刺す。あぁ貴重なMPがぁ。


 コウモリが2匹、今度はオレに向けて同時に襲い掛かってくる。急降下爆撃2連だね。

 身構えて迎撃しようと待ち構えていたら1匹は両翼を残して胴体が蒸発したように見えた。

 サビーネの放った矢は穴を穿つどころか胴体を消失させてしまったようだ。

 いい戦果だがMPの供給源が減ってしまった。

 もう1匹はオレの目前に来るまで引き付ける。僅かに体を捌いてコウモリをやり過ごした。

 その合間に剣の柄頭でコウモリの胴体を叩きつけておく。

 地面に激突してたコウモリの片翼を剣で削いで飛べなくしてやると、じっくりと止めを刺してやる。

 我ながら鬼畜の所業だ。

 仕留め終えたら最後の1匹を探す。だが手遅れだった。

 カティアに踏みつけられたコウモリが足元にいた。ナイスだ。MPが稼げるか、と思ってたら。

 弩弓を持ってたドワーフが鉈に持ち替えてコウモリの頭を叩き割っていたでござる。

 思っているようにならないことも多いよね。MPの収支は【収束】を念じた分と比較してマイナスだ。


 魔石を回収しながらドワーフ達に近づいていった。

 ラクエルに声をかける。

 「動けそうか?」

 「大丈夫そうだよー」

 ドワーフ達3人のうち怪我をしていたドワーフは女性のようだ。こういう所で出会うのは実に珍しい。

 前作でもプレイヤーキャラでもない限り、外を出歩く女性のドワーフを見ることは稀だった。

 ドワーフの女性は、そのままだと男性と見分けがつかない。髭だって生えている。

 胸板は男女とも筋肉が盛り上がっているので胸を見て大まかに判別することもできない。

 だが彼女達はオシャレだ。

 豊富な髪の毛や髭は細かく編みこまれているのが普通だ。加えて未婚の成人女性は飾り糸を編みこむのが通例である。

 既婚女性は帯状のリボンで編んだ髪の毛や髭を束ねることが多いらしい。

 この女性のドワーフは装いからすると既婚者のようだ。


 「助けて頂きかたじけない」

 なんか時代がかった言い回しで男のドワーフに礼を言われた。

 こっちは目礼で返す。

 「すみませんでしたのう」

 女のドワーフにも礼を言われたのでこれにも目礼で返す。一言だけ添えておこう。

 「冒険者ですから」

 男2人で女の肩を担いで歩き出そうとした。

 「どうにか橋を渡ればなんとかなる。母者、堪えてくれ」

 「傷は塞がっておるようじゃ。ちゃんと歩けるじゃろ」

 「!?」

 傷を治したラクエルは知らん振りだ。

 「あ、まだ魔物がいるみたいです。ちょっと遠いですが」

 サーシャが警告を発する。有耶無耶にするにはいいタイミングだ。

 「早く橋を渡り切るぞ」

 ドワーフ達も走り出した。だがその速度は遅い。

 (サーシャとカティアは先導しろ。速度は合わせてくれ。残りはオレと後詰めだ)

 念話で指示しておく。放っておくわけにもいかないだろう。

 橋を渡りきる直前にオレの耳にも羽の風切り音が聞こえていた。

 地下を流れる川の上流も下流も暗くてオレの目では何も見えない。見えるのはオレ達の周囲で明るく照らされている範囲だけだ。

 ラクエルが弓を構えて矢を放ち始めた。ちゃんと見えてるんだな。

 戦果は当然ながら分からない。

 最後尾で盾を構えているサビーネが渡り切ったのと同時にオレの目にも見えた。

 コウモリだ。

 群れていた。

 数は分からない。とにかく数が多かった。


 猛速度で襲ってくる魔物の群れをトンネルに飛び込んでやり過ごす。

 コウモリ達はトンネルにまでは入ってこようとしなかった。

 オーガでも行き来できそうな大きさのトンネルだが、飛び回るには狭すぎるのだろう。

 「助かったようじゃな」

 「・・・ここからは大丈夫ですかね?」

 送っていけとか言わないでね。

 「その先、ここから遠くない所からワシ達の集落へのトンネルがある。ビラーゴの氏族のものじゃよ」

 「なるほど」

 「できれば御礼代わりに歓迎したいが」

 えっと。

 アルコール漬けになる外見15歳プレイヤーの姿を想像してしまった。

 現実世界でもオレは酒は苦手なのだった。

 「いえ、我らは冒険者ですから。先を急ぎませんと」

 「そうですか・・・では戻る時にでも立ち寄ってくだされ」

 「では」

 互いに一礼すると、オレ達は再び駆け出した。


 暫くすると確かにトンネルに支道があった。

 本道に比べたら小さなトンネルだが、それでも馬車2台が並んで通れそうな立派なもので、全て石壁にしてある。

 そのトンネルの入り口には何やら大きな文字が刻んであった。

 支援AIが立ち上げた仮想ウィンドウには”ビラーゴ”と表示されている。

 この先がドワーフの集落なのだろう。

 壁に手を当てて【ダンジョンポイント】を念じておく。

 冒険者ギルドに掲示されていた情報によれば、この大トンネルから分かれて集落へと続くトンネルは4つある筈だ。

 この大トンネルから掘られている坑道は今のところはない。

 だが4つのトンネルから坑道がいくつか掘られている。

 そこから魔物が沸いて出てくる可能性は高い。

 間違いなくウッドは出てくる。

 鉱石と魔石を触媒にして発生する魔物もいるから油断はできない。

 それでもドワーフの集落があるのであれば、その近くは非常に安心できる。

 坑道を掘っているのは彼らドワーフであり、発生する魔物は日々彼らに駆逐されているからだ。


 おっと、先を急ごう。

 少し先に進むと大トンネルは徐々に下っていった。

 途中、右側に階段があった。徒歩で往来する者のためのショートカットだ。

 馬車はスイッチバックのように大トンネル内を進んでいくが、徒歩であれば階段の方が当然速い。

 階段を進んでいった。

 さらにもう1つ、階段でショートカットをして下りていく。

 鋭敏になっている触覚がやや湿った空気を感じていた。同時に熱気も感じる。

 嗅覚では水の匂いを捉えている。

 暫く進んだらその正体を確かめることができた。

 温泉だ。

 しかも風呂場のように温泉を満たすプールがある。

 大浴場だ。源泉かけ流しだ。

 どういった仕掛けなのか、ある程度換気ができているようだ。それでも湿気が凄い。

 どこから沸いたものか、小さなカエルやガニがいたりする。

 そんな場所であっても土壁であることをドワーフ族は許さない。

 お湯の湧き出し口から排出口に至るまで、ちゃんとその経路を確保しているようだ。

 どうやているのか興味深い。


 知りたい心を抑えて先へと進む。

 程なくするとまた別の支道がある。その入り口に記された文字は”ド・ラーガ”となっていた。

 ここでも壁に手を当てて【ダンジョンポイント】を念じておく。

 これで残り2つか。


 次の集落へのトンネルまでは結構時間がかかった、体感時間で1時間程度って所だろう。

 その途上で馬車の列2つと冒険者らしきパーティ4つとドワーフ住人のパーティ3つを追い越した。

 速度違反だよなあ。

 次の支道の入り口に記された文字は”ズミイール”だ。

 これまでの支道のトンネルと様子が違っていた。壁を覆う石版が継ぎ接ぎのようになっている。

 補修してあるのだ。大規模な戦闘があったからな。

 前作でもいくつかのトンネルは改修が続けられていたものだ。

 やはりここでも壁に手を当てて【ダンジョンポイント】を念じておく。


 次の集落へのトンネルまではすぐに到達した。体感時間で10分程度って所だ。

 この区間はずっと緩い上り坂になっていたのだがまるで苦にならなかった。

 何気にすげえな。

 馬に乗って旅している感覚だ。サビーネが加入した効果なのだろうが、相乗効果凄すぎだろ。

 次の支道の入り口に記された文字は”ライネル”だった。

 壁に手を当てて【ダンジョンポイント】を念じておく。

 この先はまだ奪還しきっていない区間になっている筈だ。

 ちょうど先行して冒険者らしきパーティが松明を持ってトンネルの奥へと進んでいくのが見えた。

 ここからが本番だろう。


 先へと進む。3つほど冒険者パーティを追い越していく。

 またショートカットの下への階段があった。しかも連続で、だ。

 かなり下へと潜っていった所で広い場所に出た。

 それに天井が高い。

 オーガどころかジャイアントでも立っていられそうな高さだ。

 それに大きな柱がいくつかそそり立っている。

 これらは町にある尖塔に近い役割を担っている筈だ。

 【魔力検知】で柱の表面に刻まれている紋様に魔素が込められているのが見えた。

 【ライト】の位置を上げていくと天井は岩盤になっている。

 巨大な空間は壁も全て強固な岩盤になっているようだ。床だけには人工的に作られた石版が嵌め込まれている。

 床は平滑で光を美しく反射していた。石に含まれる細かな鉱石が星のように煌いていて美しい。


 ここは間違いなく地下ドワーフ王国の中心地があった場所だ。

 前作では何回かここで戦っていたような記憶がある。

 かなり体の大きな魔物が何匹も暴れるだけの広さがあったため、かなり大規模な戦闘があった筈だが。

 明確な記憶は残っていない。忘れっぽいな、オレって。

 (サーシャ、ここはオレが先行する)

 (あ、はい)

 柱に沿って進めばトンネルの続きがある筈だ。かなり距離があったように思う。

 でもあっという間に着いちゃいました。ほんの5分といった所だろう。

 探索がサクサク進むのはありがたい。

 だがこの広場、どんだけ広いんだよ。

 そこから岩盤の壁沿いに右回りで広場を回っていく。1箇所に祭壇らしき土台があったがそれだけだ。

 魔物にも遭遇しない。

 1周して元の場所に戻るとまたトンネルの先へと駆けていった。

 

 次の支道の入り口に到達した。入り口に記された文字は”ベウザ”となっている。

 壁に手を当てて【ダンジョンポイント】を念じておく。

 この坑道の中はドワーフの集落はまだない。

 冒険者ギルドの情報では、中の坑道にいる魔物を駆逐するためにドワーフの戦士達が常駐している筈だ。

 ちょうどドワーフが坑道から出てきたので声をかけてみる。


 「ども。調子はどうですか?」

 「??おお、冒険者の方か。そうさな、魔物は相当減ったじゃろ。魔法陣はまだ全部潰しきれておらんがな」

 「坑道も掘ってるんですか?」

 腰にメイスもぶら下げているがドワーフの背中にツルハシもあった。坑夫なのだろうか。

 「新たに掘った先で質のいい石炭がとれておるでな。深い場所では魔物もおるが銀鉱床もある。見逃す手はないでな」

 坑道掘りながら魔物も狩ってる様子だ。

 一石二鳥って言っていいのか、それ。

 「大トンネルの先の方の様子はどうなんでしょう?」

 「うむ、ワシは2つ先の”リド”までしか行っておらぬが、”リド”の先の地下河を挟んで帝国の奴らと睨み合っておる筈じゃ」

 うん。その情報もあったな。

 どっちかと言うと魔物の情報が欲しいんですが。

 「最近、オーガが襲ってきたのを撃退したとも聞く。バグベアなどは毎日のように遭遇するぞ」

 バグベアか。

 そこそこ強力な魔物も出るようだ。

 「この先でも魔法陣は潰しているんですか?」

 「まあいくつかは成功しとるようじゃがな。いくつかの冒険者達は返り討ちに逢っておる」

 魔物を召喚する魔法陣を潰すのは別に難しいことではない。

 魔法陣に魔力を供給する元になっている物を破壊するなり無力化するなりで十分だ。

 だが魔物を召喚する魔法陣は例外なく罠が仕掛けられている。

 ガーディアンがいるのだ。

 前作では中ボス的な扱いだった。

 大抵は魔法生物であり、たまに従属させた魔物が相手になっていた。

 魔法陣を維持するだけの実入りも期待できるが、全滅しかねない相手になる可能性も高いので、賭けの要素が大きい。

 「ではこの先は魔物が多いってことですね」

 「無論じゃ、若いの。死に急ぐのは感心しないぞ」

 「気をつけておきます」

 まあ若造の外見だしね。忠告はありがたく頂いておこう。

 深く一礼すると大トンネルの先へと進んだ。


 順調に次の支道まで到達できるか、と思っていたら魔物に遭遇しました。

 (天井に何か張り付いているよー)

 ラクエルの警告が早めにあったので不意打ちは回避できた。それはいいが。

 天井から襲ってきたのは大きなアリだ。どう見ても20匹以上は確実にいる。

 なんじゃこいつらは。

 前作では見なかったアリだな。斑模様で黒地に赤のストライプ、人間並みの大きさがある。

 (足は止めるなよ!)

 念話で注意を促すと両手にショートソードを持ち【収束】を念じる。

 数が多いからそこそこMP回復ができそうだ。


 サーシャが真正面から突っ込んだ。危ないなあ、とか思ってたら急に左右へ細かくステップするとアリ共の間隙を駆け抜けていった。

 アリ3匹の首が落ちていた。うわ、速いよ。一瞬、残像が見えたような気がする。

 カティアも続いて突っ込む。低い姿勢からクレイモアを大きく横に薙いで足元のアリに上から盾を叩きつけた。

 4匹が脚を失って動けなくなり、1匹が盾に潰されている。

 やべえ、オレの獲物が凄い勢いで減っていく。

 オレも群れの真ん中を突っ切っていく。斬撃を首に、胴体に、次々と撃ち込んで行った。MPが少し回復できた、ような気がする。

 そのまま走り抜けてアリ共の方向を振り返って見るとサビーネが突撃してきていた。

 いや、単に群れの中を駆けていた。

 何匹かのアリが蹄で踏みつけられ、何匹かは蹴飛ばされてしまっている。

 アリ共を蹂躙していた。迫力が凄い。

 はっきり言って怖い。

 彼女が駆け抜けた後、まともに動けているアリは3匹しか残っていなかった。

 またもやMPの回復に失敗だろ、これは。

 しかも残った3匹にラクエルと再突撃をかましたサーシャが襲い掛かっている。

 あっという間に全滅だ。

 まだ蠢いて瀕死のアリが3匹だけいたので剣で止めを刺していく。まあ慰め程度にはMP回復できただろうが。

 それでも収支はマイナスだろう。

 (各人、アリの死体には近づくなよ)

 そう指示だけしておいてアリの死体を調べてみる。なるだけ死体からは顔を背けながら、だが。

 苦無の先で色々とつついてみた。甲殻はそれなりに硬い。そして何よりも軽い。

 軽く押しても全く凹む様子を見せない。甲殻は加工したら何かしら使えそうだが、この手のアリには毒があるのが定番だ。

 蟻酸は怖いのである。

 胴体の尻尾の先には毒針が無い。ということは口から蟻酸を吐くタイプだろうか。

 まあ何もさせなかったから分からないんだが。

 死体から離れると【物体引寄】で魔石を回収する。

 あとドロップアイテムに水晶が3つあったのがせめてもの救いだった。


 アリの死体は放置して先に進んだ。

 大トンネルはその形状が不定形になり始めていた。岩盤の壁が剥き出しである。

 幅広の路上も所々で石畳が痛んでいる。コケないか心配だが【野駆け】が効いている。躓く兆候すらない。

 サーシャならドジっ娘よろしくコケる姿は様になると思うが。


 邪念を中断する形で念話が飛んできた。サーシャだ。

 (あ、ご主人様。バグベアの匂いです)

 待ってました。

 (バグベアは4匹いるよー)

 うん。いいね。

 MP回復の生贄にはいい数だろう。

 (オレ1人で片付ける。手を出すなよ)

 普通に考えたら1人で相手をするような魔物ではないのだが。

 確信があった。こいつら相手ならできる、と。

 これは不遜であり過信なのか。

 これは冷静な判断によるものであり自信なのか。

 やってみたら分かることだ、悩むまい。

 両手にショートソードをおれぞれ持ち【収束】を念じる。

 赤い魔法式が浮かんでいく。その赤みが濃くなるように【収束】を強めていく。

 1匹たりとしておろそかにはしない。

 真面目に丹念に屠るつもりである。


 4匹固まっていたバグベアの頭上に【ライト】を移動させてMPを少し足してやる。

 思惑通りに意識が上を向いたその瞬間。

 手近にいた1匹の両膝を裏側から剣で貫いてそのまま膝関節を断ち切った。

 倒れていくバグベアを盾に次の獲物の後ろに回って太ももに数撃、剣で切り付けた。

 振り返って前屈みになった所で右手の剣を目に突き刺してやった。

 トンネルにバグベアの咆哮が響く。

 大きなトンネルなのだが結構耳に痛い音量になった。

 剣を引き抜き思い切りバグベアの胸板を左手の剣で突いた。

 サックリとぶ厚い皮を引き裂き、筋肉の層を貫いて、脈動する何かの振動が手に伝わってくる。

 心臓か。

 手首を半回転ほど捻ってやるとバグベアは新たな咆哮を上げた。耳元だったんでちょっとビックリだよ。

 うるさいので喉元に右手の剣を叩き込んでやる。一気にそのバグベアは地面に沈んだ。

 拳を振り降ろそうとするバグベアが2匹、同時に迫っていた。

 その2匹の間隙に突っ込んで攻撃をやり過ごすと、またもバグベアの背後から剣を撃ち込んでいく。

 面白いように、思い通りに戦況が進んでいた。負ける気がしない。

 その2匹も足元を削るように攻撃を当てていくとまともに動けなくなっていった。

 最初の1匹と合わせて半死半生のバグベアが3匹、地面を転がって悶絶していた。

 いや、咆哮を上げながら怒りを振りまいていた。

 腕をなんとか振り回して攻撃しようとする。

 どうにか立ち上がろうとする。

 いずれも無駄に終わった。

 死角側からゆっくりと攻撃を加えていってMP回復をさせていく。まあ嬲り殺しだ。

 バグベアの咆哮が途絶えるのにさほど時間はかからなかった。


 魔石も当然回収していく。

 ドロップアイテムもあった。恐らくは透輝石だ。やや緑色の箇所もある。

 宝石ではないが、なかなか美しい鉱物だ。

 ありがたく拾って【アイテムボックス】に放り込む。

 魔物の死体を一瞥することなく指示を出しておく。

 (待たせたな、先に進むぞ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ