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ラクラバル

 就寝前に問題が起きた。

 さすがにサーシャ達4人全員で1つのベッドには収まらない。

 「じゃあ私はご主人様のベッドで同衾しましょうか」

 サビーネがさりげなく爆弾投下しました。

 「ベッドなら余ってるぞ」

 「ご主人様の無聊を慰めるのも奴隷の役目だと教わりましたが」

 いえ、別に大丈夫です。自分で自分を慰めていますので。

 こら、何を言わせるのか。

 「いや、一人寝で大丈夫だ」

 サビーネの目は真剣だ。

 オレから視線を外すとサーシャと何やらゴニョゴニョ話し出した。なんだよ。

 「確かにおかしいよなあ」

 カティアまでなんだ。

 「世の中にはいろんな嗜好の人間がいるけどさ」

 「幼い子供じゃないとダメだとかー?」

 「男じゃないとダメとか見たことあるぞ」

 カティア、それにラクエル、それは酷いな。

 「あ、やはりあの仮説が正しいのでは」

 サーシャがなにやら重大な決意をした顔をしているんだが。

 「金髪碧眼で髪はロングのストレートの美人じゃないとダメなのでは?」

 「確かにあの美人には反応してたけどな」

 ブルティエンヌに跳んだ時の金髪神官のことか。つか随分とピンポイントだな。

 いや、確かにタイプでしたけれども。

 「サビーネさんほどの器量でもダメならどうすればいいんでしょうか?」

 一体、なんの話だ。

 「ご主人様、悩みがあるようなら話してみたらー?ほら一応あたしってば神官でもあるんだしー」

 ラクエルにオレが悩み相談だと?

 何をだ?

 「若くしてたたないとかー?小さくて恥ずかしいとかー?まだ生えてないとかー?色々悩むだけ損だよー?」


 その夜はもちろん一人で眠りました。結構マジで泣いていたのは内緒だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 そこに色はなかった。

 白いようでもある。だが見える範囲では何もない。


 そこに音はなかった。

 耳の奥で痛みにも似た感覚が僅かに残っている。


 そこに匂いはなかった。

 それなのにイヤな匂いがあるような気がしてならない。


 そこに風はなかった。

 それなのに肌には空気が重たくのしかかる感覚が残っていた。


 目の前には机がある。円卓だった。

 大きいような気がする。

 小さいような気もする。

 1箇所にだけコーヒーカップが置いてあった。

 色がない筈なのに。

 円卓は黒いのだと何故か覚った。

 コーヒーカップの中身はホットコーヒーなのだと何故か覚った。

 幻のように芳しいコーヒー匂いがあるようであり。

 ないようでもある。


 立派な椅子に座り来るのを待つ。

 誰が、来るのを、待っているのか?

 誰が、来るのか、知っているようでもあり。

 誰も、来ないのを、望んでいるようでもあった。


 いつもの席に座る。

 円卓を見回す。

 誰もいない。

 誰も来ない。

 

 いや、彼は最初からいたのであった。

 見たくないから、見えていなかっただけだ。

 彼はオレに問いかけてくる。

 「君の行動は理解しがたい」

 「ゲームバランスに気を配って指輪を使うのを躊躇する一方で」

 「日本刀だけは手放さない」

 「いや、手放せない」

 「保険がなければ先に進めない」

 「ゲームの中の出来事だと知っているのに」

 「義憤に駆られて暴走もする」

 「現実を気にする様でもあり」

 「その実ゲームに没頭している」

 「どこで線引きするかは気分次第」

 「どこで妥協するかも気分次第」

 「一貫性がない」

 「でも筋が通っているようにも見える」

 「巨大な力を恐れ遠ざける賢者か」

 「巨大な力を無駄にする愚者か」


 何を言いたいんだ。

 「現実世界で最も成功を享受している男」

 「それなのに最も不自由な男」

 「まるで子供のような男」

 「そして無防備な男」

 「自らの危うさを知らない哀れな男」

 「故に幸せな男」


 成功?

 何を以って成功と言えばいいのか。

 不自由?

 何を以って不自由と言えばいいのか。

 定義から始めるべきではないか。

 知ったことかよ。

 「実に興味深い」

 「だが意味はない」

 「だからこそ問いたい」

 「現実にも」

 「幻想にも」

 「区別ができなくなったとしたら」

 「現実に絶望したら?」

 「幻想に絶望したら?」

 「どこに救いを求めるのか」

 「何もせずに終わってしまうのか」

 「それとも何か新しいモノを生み出すのか」


 知るかって。

 オレはただやれる事をやるだけだ。

 やりたい事をやるだけだ。

 出来もしな事をさも出来るように思わないだけだ。

 音が反響する。聞こえない音が。

 光が反転して黒く染まる。色が見えない筈なのに色が分かった。

 体の奥底から喪失する感覚を残して風景が消えていく。


 そこには最初からオレしかいなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 起きたのは夜中だったのだろう。

 不貞寝した振りをしていたのが、そのまま寝てしまっていたようだ。

 部屋には僅かに蝋燭の火が残っていた。

 2つのベッドが大きく膨らんでいた。

 どうやらサーシャとサビーネが一緒のベッドで寝ているようだ。

 カティアが1人寝か。

 ラクエルは起きていた。睡眠時間が短いからもう起きていたようだ。

 窓際で椅子に座って目を閉じてあの首飾りを手で弄っている。

 精霊と会話しているのは疑いようがない。

 その表情は性別を感じさせない不思議な雰囲気を纏っていた。

 ちょっと近寄りがたい。


 それにしても、だ。

 久しぶりに変な夢を見た。

 奇妙な出来事が続いていたからなのか。

 夢見が悪くなっても不思議ではないが。

 次は是非ともいい夢を。

 二度寝といこう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 その後、夢は見なかった。

 最後に起きたのがオレだったらしい。サーシャ達はそれぞれに出立の準備を始めていた。


 サーシャ達がオレを見る目は普段と変わっていない。あんなことがあったのに。

 オレも引き摺ったりなんかしない。そこまで狭量じゃないし。クソッ。

 べ、別に恥ずかしいことじゃないんだからな!


 普段どおりに宿の朝飯を食って宿を出る。

 広場で水筒に水を補給しに行った所で異変が起きていた。

 死体が転がっていたのだ。

 既に見物人も集まっている。

 死んでいるのは男だ。肌着1枚の薄着で両手両足に枷が嵌められていた。

 手首と足首の先は鬱血していて顔もまた同様だ。

 その顔は奇妙なことに笑っていた。

 恍惚の表情だ。

 そしてその腹に1枚の羊皮紙がナイフで固定されている。


 支援AIが仮想ウィンドウを立ち上げて翻訳していく。

 ”誅殺”

 書いてあるのはそれだけだった。


 「あ、ご主人様。この男ですが以前追跡した2人組の片割れですね」

 ああ、あの時のか。

 ゲートでオークと一緒に行き来していた奴だ。

 剣士のほうは冒険者ギルドで捕えてあった筈だが。

 こっちはもう1人の方なのだろう。

 誰の仕業なのか。

 恐らくは盗賊ギルドだ。

 彼らは裏稼業を様々な形で仕切っている。それだけに厳しい掟があるのだと聞いた。

 裏切った者への制裁が苛烈になるのは想像に難くない。

 オークやオーガを引き込んでフェリディそのものを危うくするのは盗賊ギルドにとっても好ましい事態ではなかったのだろう。

 そして見せしめ、という訳か。

 おっかない。


 見物人を尻目にさっさと水筒に水を汲むと町を出る。

 転移のオーブにラクラバルの道標を突き刺すと一気に跳んだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 そこは古びた城壁に囲まれた町だった。

 フェリディの町をはるかに越える規模がある。尖塔の数は8つ、全て城壁と一体になって建設されていた。

 見覚えのある構造だ。間違いない。


 ラクラバル。

 この町からクレール山脈の大トンネル。

 ここが前作では最もプレイヤーで賑わった場所だった。

 なんだかなつかしいような気がする。


 城壁の外にまで人で賑わっている様子だ。こんな所は前作と同様だ。

 オレ達が転移してきた傍でも他のパーティが転移してきていた。

 町の中からは煙がいくつも立ち上っている。

 少し離れた木陰の下の地面に手を当てて【フィールドポイント】を念じた。


 城門前には身分確認の門番達が常駐する見張り小屋が4つある。

 それだけ人の出入りが激しいということだ。

 左の列2つは馬車の列が並んでいたので、右のほうへと進む。

 冒険者ギルドの担当者らしき爺様にプレートを確認してもらうと町の中へと繋がる城門をくぐった。

 その先にあったのは。

 まさに喧騒そのものだった。


 いきなり両脇には馬たちのいななく鳴き声が響く。

 町の中心へと続く道の両側には倉庫が続く。そこを抜けたら宿屋と商店を中心にした市街地だ。

 至る所で何かしらの屋台があって様々な物を売っていた。

 無論、旨そうな匂いの食べ物も多種多様である。

 残念、朝食はもう済んでいる。


 宿が立ち並ぶ地区を抜けたら冒険者ギルドらしき古い建物がある。かなり大きい。

 入り口付近で何やら叫んでアピールしているのは傭兵団の勧誘だろう。3人ほどが冒険者相手に熱弁を奮っていた。

 はっきりいって迷惑な話だ。うるさいだけなんだがなあ。


 冒険者ギルドの先には広場だ。見覚えのある教会と政庁が見えた。

 装備がバラバラな30名ほどの集団が何やら話を聞いている。傭兵達だ。

 大トンネル内部はそこそこの規模で戦闘が可能だ。

 通路は馬車が5台並んでも余裕で通れる幅があった筈だ。

 大トンネルの途中には枝分かれで多数のトンネルがあり、坑道や地下の町へと続いている。

 前作のゲーム開始時点でこのトンネルはドワーフ達の支配下にあったが、トンネル最深部から湧き出た魔物の群れの前にドワーフ達は一掃された。

 その支配権はオレがゲーム離脱前には奪回できたのだが、トンネル最深部にはいくつもの魔物召喚の魔法陣が残っていた筈だ。

 大トンネルは常に魔物が跳梁跋扈する場所を提供し続けていたのだ。


 「冒険者ギルドに行く。あと冒険者登録は全員済ませておくか」

 「全員、ですか?」

 サビーネはいつも真面目に聞き返すんだな。

 だがそれが心地よくなってきているオレもいる。

 「ダメなのか?」

 「いえ。ただご主人様がいるのであれば不要では?」

 「まあそうなんだろうがな。オレの代わりに魔石を買い取りに行ってもらうこともあるだろうしな」

 それに身分確認にも使えるし。

 ギルドの入り口で警護していたのはやたら目立つ金髪の女性エルフだ。当然だが凄い美人。

 警護になってない。なかなか男前の冒険者がナンパしてる。

 ただの人間の男に落とせるとは思えないのだが。

 つか警護の邪魔しちゃダメだろ。

 誰何なしで中に入れたので良しとするけどさ。

 中は意外に狭い。そう感じるほど人が多いだけなんだが。

 それに酒の匂いも凄い。まだ嗅覚の強化はされていないってのに。

 酒場ときたら最早恒例のドワーフの酒盛りだが、ここでは派手にやっていた。

 盛況、に過ぎる。


 カウンターはさほど混んでいなかったのでオレ達の順番はすぐに来た。

 プレートを作って貰ってる間にカウンターの壁に掲示してある羊皮紙を見ていく。


 文字に視線を合わせると支援AIが即座に仮想ウィンドウを立ち上げた。

 ”大トンネル踏破状況”

 そう書いてある羊皮紙の下に壁の端から端まで多くの羊皮紙がつないである。

 トンネルの地図だろう。

 その上にはさらに大きな文字で掲示がある。


 ”転移のオーブ求む。銀貨12枚で買取り中”

 高騰してるような気がする。


 トンネルの地図に視線を戻して読んでいった。

 所々に注釈も付いている。実に細かく記入してあるらしく、中にはカウンター越しでは読めないものもある。

 なんて不親切な。

 とりあえず確実な事は、全て奪還できていないことってだけだ。

 「ご主人様、手続きは終わりました」

 サビーネの声かけで地図を読むのを止めてカウンターの担当に金を支払った。

 銀貨24枚。

 リストバンドの分を含めても登録料は高い気がした。


 依頼を提示してある壁も覗いてみる。

 結構な数の護衛任務依頼がある。やってもいいんだが、戦闘経験にはなり難いからスルーしておく。

 地上の魔物討伐依頼もある。その多くが傭兵からのものだった。

 傭兵団に取り入って稼ぐのはいい手なんだが、当たり外れが怖い。

 やはりトンネル内部だな。

 トンネル内部のドワーフ集落からの魔物討伐依頼は少ない。

 受けるならこの辺りがいいのだが。

 だが今日の所はこっちもスルーしておく。

 トンネル内部に【ダンジョンポイント】を作りに行くのが先だ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ラクラバルの城門を出ると広い街道が山へと続いている。

 その街道に数多くの馬車の列が往来している。

 この世界で交通状況を気にしなくちゃいかんのか。正直、面倒だ。


 「今日も移動は普段通りでいく。【半獣化】を始めろ。ラクエルは【シルフィ・アイ】だ」

 サーシャが、カティアが、サビーネが【半獣化】していく。

 サビーネの【半獣化】は傍目には派手なのだが、周囲にサビーネが人馬形態になるのを気にする者はいない。

 往来する人々の中にも人馬族は珍しくないからだ。

 オレ達の後続のパーティにも人馬族がいたらしい。【半獣化】する男の人馬族が見えていた。


 オレもいつもの魔法を順次かけていく。

 【知覚強化】【知覚拡大】【身体強化】【代謝強化】【自己ヒーリング】【魔力検知】【念話】そして【野駆け】を念じる。

 サーシャ達全員で輪になって手を繋ぎ【感覚同調】を念じる。

 「では行くぞ。最初はオレが先導する」


 混み合っている街道を外れて走っているうちに気が付いたことがある。

 明らかに移動スピードが速くなっていた。まるで自転車で移動しているみたいだ。しかも余裕を感じる。

 念話で指示を出しておく。

 (少しだけ速度を上げていくぞ)

 (・・・これって何ですか?)

 サビーネは念話は初めてだったか。

 (念じるだけで会話ができる魔法だ。【念話】という)

 (あ、すみません。聞いてはいたんですが、ちょっとビックリしちゃいました)

 初めてじゃあ仕方ないよな。


 それにしても速いな。

 サビーネも人馬族だから足は滅法速い。まあ半分馬だし。それに加えて人馬族はタフだ。

 【感覚同調】の相乗効果なのか、まるで疲れるような気配がしない。

 南への分かれ道まで体感で1時間とかからなかった。前作ならば馬で走破するような感覚だ。【フィールドポイント】を念じておいて先を急ぐ。

 はええな。

 さらに1時間程度でトンネル入り口にまで到達してしまっていた。

 はええって。

 朝出たら昼過ぎに着くような道程だったと思うんだが。

 適当な場所で【フィールドポイント】を念じておいて、速度を落としてトンネル入り口に近づいていった。

 

 トンネル入り口の脇にはなかなか立派な城塞がある。尖塔も備わっていてちょっとした町になっている。

 ちょっと寄ってみたくなるがトンネルが先だろう。

 さすがに往来する馬車の列は減っていた。さっきの速度のままで走っても平気だろう。

 「ここからトンネルだ。入り口に近いほど魔物の駆逐は進んでいるが、全くいないって訳でもない。油断するなよ」

 「あ、はい」

 「はいはーい」

 「おう」

 「分かりました」

 応答にも個性が。分かりやすくていいな。

 「先頭はサーシャだ。続いてオレ、カティア、サビーネ、最後尾はラクエルだ」

 全員で力強く頷き返してくる。

 このトンネルは馬車ならば丸2日ほどで反対側へと出る。だが反対側は帝国が抑えている筈だ。

 あの帝国の殿下とやらがワイバーンで降りた所になるだろう。

 一番トンネル奥にあるドワーフの集落が当面の目標にしたい。

 「では、行くぞ」

 サーシャの駆け出す姿を追うように走り始めた。

 すぐにトンネル内部は暗くなる。

 オレが【ライト】で前方を照らし、ラクエルが光精ウィル・オ・ウィスプを頭上に召喚した。

 オレ達は馬車の列を追い越して風のように走り抜けていった。

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