サビーネ2
武具庫に跳ぶと日光とは異なる光で満ち溢れていた。
もうここに来るのも慣れたつもりだが、この光量には慣れそうにない。
8つの箱に手をかざして開けていった。
机の上の石版を確認すると、石版に書き込みがある。
いつの間に書いてあったんだ。
これも謎だ。
文章は日本語で記されていた。
こちらから君に会いに行くにはどうしても危険が伴う。
落ち合う場所の指定も危険だ。
君から私の所に跳んでくれるとありがたい。
目印になるものを残しておいてほしい。
オレに投げるのかよ。
日本語で記された文字を眺めていると精神衛生的に宜しくない。
オレにどうしろと。
先にサビーネの装備を片付けておくか。
防具はもう決まっている。人馬族用の装備となれば『賢者』のキロンのものがそのまま使えるだろう。
キロンの装備がまとめて入ってる箱を見つけると竜皮のジャケットに竜革の鎧兜を取り出す。
人間用に見えるがこの竜革の鎧は人馬族の【半獣化】と【獣化】に対応している。
材料にした竜の皮や竜鱗、オリハルコンの量はオレが装備している鎧の3倍程度使っているだろう。
でもサイズは似たような大きさに収まっている。
人馬族の場合【半獣化】と【獣化】で体格も体のサイズも大きく変わってしまう。
キロンは【半獣化】したら体重500kgオーバーはあったろう。
でも人間形態だと普通の重さで留まっている不思議。
質量保存の法則などファンタジー世界では無力だ。
キロンが使っていた弓もあった。
黒塗りの平凡な弓に見えるが中身はとんでもない代物だ。本体は竜骨で出来ており、弦は竜の髭だ。
もちろん魔法も付与してある。これに魔法付与するのは苦労したっけ。
矢筒と矢も取り出しておく。このセットはラクエルが使っているものと同じものだ。
こいつはサビーネの武装に決定としておこう。
「サビーネ、落ち着いた所でこの防具を装備しておけ。あとラクエル、お前も色々と見せて説明はして置けよ」
「・・・はい」
「はいはーい」
「装備し終えたら得物を見ておけ」
サブウェポンも選ばないといけないしな。
ちょっと投げっぱなしなのはどうかと思うが、こっちも石版に返信しておきたい。
視野の片隅でラクエルがダークエルフの姿を披露しているのが見えた。
任せておいていいだろう。
ガールズトークでなんとかしておくれ。
フェリディで購入したダガーを選んで机の上の石版の横に置く。
ダガーに【ムービングポイント】を念じておく。
これでいい。
【アイテムボックス】から金槌とタガネを取り出して石版に文字を刻む。
このダガーでも持って行け。
文字彫るのもなんか面倒だ。これだけで通じるだろうし愚痴を刻むのはやめにした。
サビーネの様子はどうか。
鎧兜はちゃんと装備できている。胸もちゃんと納まっているようだ。
彼女は弓の具合を試していた。軽々と引いているが、竜革の鎧で身体強化されていないと反動で体を痛めかねない代物だ。
干渉しないんだろうか。
いや、その、胸が、だ。
「弓は使えそうか?」
「大丈夫だと思います。それにしてもここは・・・」
「ここはオレ達だけの秘密だ。ラクエルがダークエルフなのも、な」
サビーネは神妙な表情で頷く。真面目か。
まあ悪いことではない。
サーシャ達は何してるかと思えば武器を物色しているようだ。
「やっぱりこれが役に立つと思うんだけどさ」
カティアが持ってるのはまたパイクだ。
騎兵でもパイクは使えなくはないが同じ事を言わせる気か。
「やっぱダメだよなあ」
長柄はダメだってオレが言う前に引っ込めた。
槍が有効なのは正解なんだが、問題はその長さにある。
草原と森の中をテリトリーにしている人馬族は近接武器に短槍を好んで使っている。
突進を利用した攻撃に特化するのなら突撃槍だが、短めのものを使うことが多い。
どちらも森の中で取り回しできることを優先した結果だ。
前作で人馬族を使うプレイヤーは少なかった。
スタート時から強いし機動力もあるので使い勝手は良かった。しかしプレイする幅が狭いのがプレイヤーに嫌われたのだ。
魔法を使うのにも適性が低すぎるのが更に致命的だった。
「あ、あの、これなんかどうでしょう」
サーシャが持ち出したのはバスタードソードだ。だがこの長剣を振り回すようでは馬体に干渉しかねない。
竜革の鎧には防止機能はあるが気持ちの問題だ。
思い切り振り抜けないようでは意味がない。
「思いっきり振れないぞ。却下だ」
「じゃあこういうのはー?」
ラクエルが持っているのは『呪殺』のテレマルクがメインで使っていた槍だ。
やっぱりそれだよな。人馬族に槍はよく馴染む。
でもその槍は魔術師じゃないと意味ないし。
いや、最初から人馬族のキロンが使ってた武器を一通り出せばいいんだよ。
おバカさんなオレ。
「ラクエル、それは戻しておけ」
指示だけしておいてキロンの持ち物だった武器を出して並べて見た。
突撃槍が2つ。長短1本ずつある。
弓が2つ。短弓と長弓で竜骨の弓の前に使ってた奴だろう。
連弩が1つ。
ナイフが2本。
投げ槍のジャベリンが5本。
三叉槍のトライデントが1本。
短槍が2本。
フレイルが1つ。
メイスが1つ。
ナイフ2本。
鉈が1つ。
投げナイフが5本。
円形の盾が1つ。
・・・予想通り過ぎるラインナップでした。
ある意味厳選されている。
1つ1つを確認しながらサビーネに問いかける。
「サビーネ、連弩にしてもいいぞ」
「弩弓は優雅な武器じゃないと思いますが」
ラクエルもそうだったが弩弓に何か恨みでもあるんか。
初心者でも使い易い、いい武器だと思うんだが。
ラクエルめ、得心したかのように頷いてやがる。
弓使いのプライドなんだろうか。
サビーネの方を振り向いたら大変なことに。
「・・・何をしている・・・」
右手に長柄の突撃槍、左手に短槍、背中にフレイルとメイスを背負っているように見えるが。
「あ、いえ、どれも使えるっていうのならこうしたらどうかと思って」
サーシャぁ。
天然なの?天然なのか?
「あーオレも悪かった。サビーネは今までどんな得物を使ってた?」
サビーネも恐縮気味だ。
「槍と弓は自信があります。剣も一通りは習いました。メイスとフレイルもです」
器用貧乏になりますよ?
オベルみたいに剣一筋なのも考え物だが。
「でも【半獣化】したら剣は使い難いだろうに」
「はい。でも人のままでいる機会も多いと思いましたので剣は習いました」
商館のような場所で働くのならそういったものなのだろう。
武器はオレが選んでしまった方がいいな、これは。
サビーネが手に持っていた槍2本を受け取って、短い方の突撃槍を渡す。
2種ある突撃槍だが、付与している魔法に大差はない。
短い方であれば馬体に沿う形で固定できる。
長い方は【アイテムボックス】で出し入れするか、常時手で保持しないといけないからな。
「近接戦闘ではこれを使え」
「はい」
円形の盾は鎧の背中にも腰周りにも固定できるようになっている。
戦闘スタイルはこれでいいか。遠距離攻撃は弓矢、近接攻撃は手に突撃槍と左手に円形の盾だ。
ゲーム開始当初、パーティはオーソドックスなメンバー構成を考えていた。
カティアをメンバーに入れた後からは方針は変わってしまっている。
変えるしかなくなった。
結果的に高速機動を活かした戦い方に特化しつつある。
もうそれでいいかな、とオレは割り切っている。
冒険者ギルドから拠点防衛みたいな任務はなるべく受けないようにしないといけないな。
あとは槍のサブウェポンとしてメイスを選んだ。
円形の盾の内側にセットできる小型のもので、もちろん魔法も付与されている。
こいつは神聖魔法を付与したホーリーウェポンの筈だ。
あとは肩ベルトをかけて矢筒を背中に装着してやる。
つかこの肩ベルト、投げナイフを差し込む所がある。
投げナイフは5本ともセットしておいた。
「少し体を動かして見て」
「はい」
サビーネが軽くジャンプし始める。次はストレッチするように身体を捻ってみている。
結構ゴテゴテと色々な武装を装着しているが音はしない。
「重たくはないか?」
「なんか軽すぎますけど」
軽すぎって。
確かに軽量化の魔法の恩恵はあるんだが。
「感覚はそのうち慣れる。それより【半獣化】を試してみろ」
「はい」
サビーネが目を閉じると、たちまち下半身が膨れ上がるように変化していった。
おお、栗毛だ。若駒らしく馬体はまだ大人になりきっていない感じがする。
それでも後ろ脚の太ももあたりなどは実に逞しい。
鎧も大きく変化していく。
腰周りにあった垂状の防具が増えていく。重なるように展開して馬体を覆っていった。
腰後ろに1対あった円形の盾状の部分は大きくなって尻部分を覆っていく。
2つ脚から4つ脚へと変化するのに合わせてブーツは前後に分割される。それぞれ露出する部位を覆うように新たにブーツを成形していく。
滑り止めがある蹄鉄も付いている筈だ。
「うわ」
「おおー!」
「へえ」
サーシャ達が興味深いのか馬体のあちこちを見て回っている。
【半獣化】する前は170cm位の身長だったのが、【半獣化】したらカティアとそう変わらなくなっている。
体格がいいと破壊力が違ってくるからな。これで突撃とかされたらマジ怖い。
「大丈夫そうだな」
「・・・この鎧は?」
「知り合いの人馬族が使ってた古い鎧だ。なかなか似合ってるぞ」
少しはぐらかすように答えておく。
「あ、私達の鎧も全部なんかすごいみたいです」
「そーそー」
「どう凄いのかは戦ってみりゃ分かるって」
3者3様に説明してるが誰もサビーネの問いにまともに答えていない件。
「もう夕方も近いが腕試し位はできるだろう。この塔の1階から始めるぞ」
「この塔?」
「外に出たら分かるがここは塔の一室だ。内緒にしてくれよ」
「あの、ご主人様は魔術師なんですか?転移した時にオーブを使った様子はありませんでしたが」
「まあそんなものだ」
「戦士だとばかり思ってました・・・」
サビーネは真面目すぎて疑問をそのままにできない子みたいだ。
お願い、深く突っ込まないでね。
「あ、色々と奇妙な所はありますけど、いいご主人様だと思います」
サーシャがフォローした。
フォローになってないぞ。それが本音か。
奇妙か。まあ傍目から見たら変だよなあ。
冷静に考えたらファンタジー世界で現代の人間がロールプレイするにしても、どこか歪な部分が露になってるのだろう。
「あ、奇妙じゃなくて、とても特徴的なんだと思います」
自己フォローきました。
褒められてる気がしません。
苦笑するしかないな。
ラクエルは終始ニヤニヤしてやがる。
「ま、戦ってるトコを見りゃ分かるって」
カティアは大雑把だがいい事言うなあ。
百聞は一見にしかず、だな。
塔の外に出て太陽の位置を見る。やや傾きかけているが、夕飯までに数セット、8階までアタックできそうだ。
ラクエルは指示しなくとも金髪エルフに変化している。TPOを自覚して弁えるようになっているのは嬉しい。
塔の1階は相変わらずウッドだ。
「サビーネ、好きに倒してみていいぞ」
「はい」
任せて見よう。
サビーネは突撃槍を右脇に構えると突進した。突き出した槍にウッドが貫かれる。
串刺しだ。
そのまま持ち上げて地面に放り出すと、ウッドはバラバラになった。
瞬殺か。
「ウッド相手なら当然だな」
「・・・魔物が召喚されているみたいなんですが、わざわざウッドを召喚する意味って・・・」
「悩まなくていいぞ」
「変なトコだなあ」
ああ、カティアもここは初めてだったな。
「先に進む毎に強い魔物が召喚されてくる仕掛けだ。出口は8階と16階しかない」
「魔物が強くなっていくんですか?」
「ああ。先に進めばわかる」
下への階段を進んでいく。
サビーネは4つ脚になっているのだが、結構器用に階段を降りている。
「塔なのに下に降りるんですか?」
「あ、はい。そういうものみたいです」
「悩んでもしょうがないしねー」
「なんだそれ」
女の子同士の会話にはあえて介入しない。それがオレのジャスティス。
2階はニードルラビットが2匹だ。
「カティアとサビーネで1匹ずつだ」
「おうよ」
「はい」
さすがに相手にならない。槍で一突き、クレイモアで一閃でおしまいだ。
もう少し強い相手じゃないとサビーネの地力が分からん。
彼女だけはまだ魔法による強化をしていないのもそのためだ。
3階に進むとマッドエイプになった。
なんか急に強くなったような。
冒険初心者であればそこそこ苦戦しそうな相手だ。
サビーネだけでは心配ではあるが、装備で底上げできている。
任せて様子を見て見るか。
「サビーネ、1人で相手をしてみろ。苦戦するようであれば援護する。思いっきり行け」
「はい」
あ、なんか緊張してるのが表情で分かる。
オレにいい所を見せたい。そう思い詰めているようでは危ないんだが。
いつでも戦闘に介入できるようにしておくか。
突撃していくサビーネに対して猿は横へステップすると横合いから飛び掛っていった。
結構なジャンプ力があるな。
サビーネは冷静に盾で弾いて攻撃を防ぐ。
そして地面に転げ落ちた猿を・・・踏みつけた。
腹に一撃。
それだけで動きが止まった。
そこから頭に突撃槍で一刺し。
実に雄々しい戦いぶりだ。
でもマッドエイプ程度ではまだサビーネの力を見極めるのに足りない。
4階でブラックトータス。
深淵の入り口でよく見かけた亀だ。結構サイズが大きい。
攻撃力はたいしたことはないが防御力は高い。
但し攻撃を受けると麻痺毒を食らうことがある。
竜革の鎧には通用はしないだろうけどな。
サビーネは甲羅の防御力の高さを警戒して首元を槍で狙ったが外してしまった。
いや、亀が首を引っ込めただけだが。
「甲羅にかまわず突いてみろ!」
「はい!」
真面目だな。
突撃槍で甲羅を突いた。弾かれるかと思われたその攻撃はあっさりと甲羅を貫通する。
一撃で亀が絶命していた。
「・・・この槍はどうなっているんですか?」
「そういう槍なんだと思っておけ」
この突撃槍は貫通に特化した魔法強化を施してある。使い手の技量によっては直径10mほどの大穴を穿つことが可能だ。
いや、見たことがある。
正確には貫通させていると表現するのはおかしいか。空間そのものを削っているのに等しい。
今のサビーネの攻撃では、硬い亀の甲羅を貫くことに成功している程度で済んでいる。
元の持ち主のキロンだったら甲羅の真ん中に大穴が空いていただろう。
まあ上出来だろうな。
5階ではヘルハウンドだ。
強いのが出てくるの、早くねえか?
「全員でかかれ!」
号令1つで全員が駆け出した。
サビーネも速い。カティアはサビーネと併走する。
黒犬は真っ直ぐにカティアに襲い掛かってきていた。
だがその牙は盾に阻まれ、体当たりも受けきられている。
次の瞬間。
オレが抜き撃った日本刀が後脚1本を切り飛ばしていた。
サーシャのショートソードとサビーネの槍が胴体に突き立てられている。
黒犬の脳天にはラクエルが放った矢が刺さっていた。
クレイモアを叩き込む構えのカティアだったが出番がなかった。
「・・・ありゃ。もうおしまい?」
カティアの顔はオモチャを横取りされた子供みたいになっている。
いや、活躍してたじゃん。
そこまでして攻撃したかったのか。
「・・・速いんですね。それに無駄がない・・・」
一方でサビーネはサーシャ達の連携に驚嘆しているようだ。
カティアはサビーネと併走している短い間ではあるが、速度を合わせて並列突撃をしていた。
本来は騎兵がやる戦法だ。
サーシャは迂回しながらも横合いから黒犬に迫り足を止める攻撃を仕掛けていた。
オレもまた同様だ。
そしてラクエルは弓矢で援護である。
いい感じだ。
サビーネが突撃槍で突っ込むパターンは先行でも追い討ちでもいいだろう。破壊力に厚みができたな、これは。
それにしてもヘルハウンドを片付けるのに一瞬で終わらせてしまっている。
次は何が出てくるのかちょっと心配ではある。




