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サビーネ

 メイド風味の格好だがメイド服じゃなかった。

 スカート、というよりスコットランドの民族衣装のキルトみたいだ。

 彼女は人馬族だと聞いている。ということは【半獣化】した場合、下半身が馬になる半人半馬のスタイルになる。

 キルトであれば【半獣化】するのに不都合がない。違和感がなく、実戦でも邪魔にならない工夫なんだろうか。

 背は高い。今のオレよりも大きいだろう。170cmちょっとって所か。

 首元に【隷属の首輪】が見える。サーシャ達のとデザインが違っていてお洒落なチョーカーのようにも見えた。

 ブルネットの黒髪はストレートで長めに垂らし、先端を軽く結わえている。

 ちょっとタレ目でその瞳は砂色だ。鼻筋はスラリと通り口元は小さくまとまっている。

 端的に言えば柔らかい雰囲気の美人だ。

 気が荒いって聞いてたけど印象はまるで正反対だろう。


 だがその美貌も霞むのが胸だ。

 麻シャツは体に対して余裕がある作りのようだが、胸元だけが布地を押し上げている。

 隠しきれない巨乳だ。

 形もいいだろう。どうやらノーブラだし、乳首の位置からして垂れていないのも明白。

 大地母神を思わせる豊かさだ。

 いかん、反応しすぎるとサーシャの機嫌が悪くなるぞ。落ち着けオレ。


 心配なこともある。

 人馬族、と言えば得意とする得物は槍と弓矢が多い。

 一般的な剣は振り回すと自分の下半身を傷つけることがあるので忌避する傾向がある。

 槍はいいだろうけど弓矢はどうするんだ。弓を引くのに邪魔だろう、その、アレが。


 「サビーネ、貴方は労働奴隷から戦闘奴隷になることを願いこれまで訓練を積んできた訳ですが、まだ若くこれまで実戦を経験していません」

 リッティさんの口調は奴隷に話しかけるにしては丁寧に聞こえる。

 そういう方なのだろう。

 「このまま私の商館にいたとしても貴方の成長に繋がる機会は少ないままでしょう。そこで貴方をこちらのシェイド殿に譲ることを考えてます」

 彼女の目がオレを、そしてサーシャ達を値踏みし始めた。

 特にオレを見ている。若いのに戦闘奴隷持ちとか胡散臭く見えることだろうな。

 「幾らで売るのでしょうか?」

 「サビーネ」

 重戦士の女が叱責の声を上げる。

 「お前は戦闘奴隷だ。不遜にすぎるぞ」

 「私が戦闘奴隷を志したのは母の奴隷解放を早めるためです」

 うわ。気が強そうな発言が。

 「母の行く末を確かめないうちにこの商館を離れたくありません」

 「あなたの父がいますよ」

 「父は既に戦闘奴隷から解放され、この商館に雇われている立場ですが、護衛任務が続いてここにはずっといません」

 「私の後ろ盾では不足ですか」

 「私の気持ちの問題です。区切りがつかなければ売られた先でのお勤めにも身が入りませんから」

 奴隷なのに主人に一歩も引かないな。

 確かに気が強い。人は見かけだけじゃ判らないものだ。


 リッティさんも苦笑している。だが困った風ではないようだ。

 「ではどうしたいのですか」

 サビーネがオレに正対して発した言葉は意外なものになった。

 「私を高く買って頂けますか?」

 えっと。

 ちょっと反応できなかった。

 「サビーネ」

 再び重戦士の女が叱責の声を上げた。その声色は殺気が滲み出るようだ。

 「不遜なだけでなく不敬に過ぎる。控えよ」

 「無論、高く買って頂く以上の成果を約束します」

 うわ、控える気配がないよ。

 サビーネの声に違和感がある。何かを焦っているかのようだが。

 「上乗せ分で母の奴隷解放を。それが私の望みです」

 リッティさんに視線を向けて言い放つ。

 「あなたの母親は労働奴隷解放まであと1年もありませんよ」

 「私の望みはもう申し上げました。母の行く末を確かめておきたいのです」

 必死だな。

 「彼女の母親というのは?」

 リッティさんに質問してみる。事情がまるで分からないし。

 「この商館で内向きの仕事をさせている労働奴隷の頭です。先ほどお茶をお出しした女がそうです」

 あらま。

 【隷属の首輪】に気がつかなかった。

 「このベネトでは優秀で功績のある奴隷を解放して雇い直すことが多いのです。彼女もそうなる予定なのですが」

 「だからこそ気持ちの問題です」

 主人の話をも遮って発言してくるあたりは奴隷らしくない。

 重戦士の女の舌打ちがオレの耳にも聞こえてくる。

 動こうとした女戦士をリッティさんが手で制した。

 埒が明かないな、これじゃ。


 「リッティさん。彼女を買いますよ」

 値段も聞かずに先に宣言することにした。

 「いいのですか?」

 「母親に強い愛情を持っていることは悪いとは思いませんよ」

 あえて作り笑いで応じた。

 「では改めて金額は相談しましょうか?」

 「いえ、ここで結構です」

 心遣いはうれしいがこっちも時間は惜しい。

 奴隷がどんな金額で売り買いされているのか、奴隷に知られるのは有難くないのは売り手よりもむしろ買い手だ。

 奴隷同士のトラブルになりかねない。

 【アイテムボックス】から魔水晶を取り出す。オーガを何匹も倒した時に回収した奴のうちの1つだ。

 魔水晶同士をくっつけておかなくて良かった。

 「これでどうでしょう」

 サーシャ達を除く部屋にいる全員が目を剥いたような気がする。

 「・・・え?いや、これは・・・」

 魔石は日常的にギルドで買い取られているし身近なものになる。

 魔晶石も魔石を集め続けていれば誰でも目にすることができる。身近な魔法具にすることも多いから見る機会もあるだろう。

 これまでの魔晶石の買取り金額の感覚から計算すると、魔水晶は最も魔力が少ない状態であっても白金貨で5枚以上はするだろう。

 この魔水晶はオーガ1匹分のものだから、魔水晶としては平均的なものだと思う。そうなると果たしてどれほどの価値になるのか。

 明らかに奴隷2人分としても過剰な提示額になる。


 こっちにも事情はある。

 魔水晶を幾つも抱え込んでいながら使い道がないのだ。

 装備を揃えるのにまるで金を使っていないのだから、魔水晶を換金する機会がない。

 このままゲームを進めると家でも買うような金額になりそうだ。

 「・・・【鑑定の鏡】と【契約の水晶球】をここへ。リーリャもここへ呼びなさい」

 リッティさんは傍に控えていた戦士にそう指示する

 「鑑定するまでもなくサビーネはもちろん、彼女の母親を奴隷解放するにも十分でしょう」

 なんか困惑しているな。

 「貴方は私の息子の行方を突き止めていただいた恩人でもあります。当方にのみ過分な利となる取引はできかねます」

 いいから。商人なら喜びなさいよ。

 きっとプライド高いんだろうな、この人。

 「他に何かお望みのものがあれば良いのですが」

 とは言ってもねえ。そうそうありませんがな。

 ああ、言ってみてもいいかもしれない物がある。

 「ではお言葉に甘えて。ラクラバルの道標はありますか?」

 「・・・それでも過分に過ぎますが」

 「今の私には必要なものですから」

 馬で5日分の道程を稼げるというのは大きいんですよ。


 商館の入り口で出会った神官の男が恭しく入室してくる。

 続いて入室してきたのは先ほどお茶を出してくれた中年女性だ。改めてみるとちゃんと【隷属の首輪】をしている。

 両手に【鑑定の鏡】を捧げるかのように注意深く運んでいた。貴重な魔道具を扱っているあたり、信頼が篤いのだろう。

 最後に戦士が【契約の水晶球】を捧げ持ってきていた。

 台座の意匠が凝っていて男性女性の裸体の彫刻になっている。まるで美術品だ。

 「リーリャ。こちらへ来なさい」

 「はい」

 「今日からは貴方は労働奴隷ではなくなります。水晶に手を置きなさい」

 「え?」

 「事前に伝えてありますが引き続きこの商館で働いて頂きます。今日中に奴隷部屋から女中部屋に住み込みです」

 「まだ労働奴隷解放まで期間が残っていた筈ですが」

 「その時間は買い取られた、と思いなさい」

 なんか納得してないみたいだけど。

 中年女性がサビーネを見ている。

 「・・・サビーネ、まさか」

 サビーネは視線を合わせようともしない。やけに冷たい反応だな。

 リッティさんは既に水晶球に右手を当てていた。

 「あまり待たせるものではありませんよ」

 神官の男が優しく促すように言い含める。困惑していた中年女性がその言葉に押される形で水晶球に手を置いた。

 リッティさんは【隷属の首輪】に手をかざす。

 《我は汝の主人也、契約に従い我に隷従せし従僕を解放せよ、魂の主人は魂の器へと還るべし、我はその糧に我が力を汝に分け与えるもの也》

 一瞬、白い光が走った。

 神官の男が【隷属の首輪】を外していく。

 「ご主人様、私は・・・」

 「リーリャさん、今この時からは旦那様、でよいのですよ」

 神官の男が優しげに間違いを指摘する。


 「ではサビーネ。これで良いですね?」

 「・・・」

 リッティさんの問いかけにも無言のままサビーネが水晶球に歩み寄って手を当てる。

 オレも水晶球に手を当てた。

 リッティさんがサビーネの【隷従の首輪】の魔晶石に触れると呪文を唱え始めた。

 《我は汝の主人也、契約に従い我に隷従せし従僕を次なる者を主とせよ、次なる主の名はシェイド、我はその糧に我が力を汝に分け与えるもの也》

 赤い光が走ったかと思うと、その直後に白い光が走った。

 オレの手がサビーネの【隷従の首輪】の魔晶石に触れると白く淡い光を発している。契約終了だ。


 リッティさんが今度は【鑑定の鏡】を操作していた。

 魔水晶を確認しているようだ。さほど時間を置かずに鑑定は終了した。

 呪文の必要がないから早い。

 「結構です。しかし本当に宜しいので?」

 いいんです。

 「ではサビーネ、これから宜しくな」

 「はい。精一杯勤めさせて頂きます」

 優雅に腰を下げて一礼された。いや、労働奴隷としての教育もされているのか。

 だが気になるのはその態度だ。

 母親を無視し続けている。

 「荷物をまとめて参ります。1階でお待ち下さい、ご主人様」

 なんかスゲー事務的だ。なんか引っ掛かるが。

 「サビーネ」

 「では失礼致します」

 なんと母親の制止の声まで無視だ。

 呆然とする母親をその場に残してサビーネは退室してしまっていた。


 「ラクラバルの道標でしたな。少々お待ちを」

 そう言うと戦士が差し出した道標を【鑑定の鏡】で確認する。

 「ではこれもお納めください」

 道標を受け取るとその場で【アイテムボックス】に放り込んだ。


 「では我々も向かう場所がありますので」

 パーティメンバーが増えたなら装備を整えて、実際に戦いぶりを見てみたい。

 「そうですか。機会がありましたらまたお越し下さい」

 1階に降りるともう既にサビーネがいた。手荷物はリュック1つだけだ。

 「もう出立できます」

 「母親への挨拶はいいのか?」

 「不要です」

 頑なだな。

 母親に冷たいように感じるが、その母親を奴隷から解放するために身売りしたようなものだというのに。

 「では、また機会がありましたら来ることになるでしょう」

 「お待ちしておりますよ」

 リッティさんに見送られて商館を辞した。

 商館が見えなくなって初めてサビーネの表情に変化が見えた。

 目の端に涙が浮かんでいた。


 冒険者ギルドの渡し舟で船着場に着いた所でサビーネが改めてサーシャ達に自己紹介をした。

 「サビーネです。さっきは恥ずかしい所を見せてゴメンサンサイ」

 なんかまた態度が変わってるが。

 「あ、いえ。大事なことですから」

 あれ?

 サーシャだけが訳知り顔でサビーネを慰める言葉をかけた。

 「訳ありなのか?」

 「あ、はい。サビーネのお母様ですけど妊娠してましたね」

 えっと。なんで分かった?

 「あ、獣人族はどの種族も妊娠したら匂いが変わるんです。私がいた所にも妊娠した人馬族の方がいたので分かりました」

 サビーネに視線を向けると目元が洪水を起こしていた。

 「・・・ゴメンナサイ・・・ゴメンナサイ」

 オレに向かってそう言っている。

 結果的に余計な出費を強いたことをオレに謝っているのではないだろう。

 母親に謝っているのだと知れた。

 「あ、えっと、母親が奴隷のうちに生まれた子供は奴隷として扱われてしまいます。出産後に母親が奴隷解放されても子供は奴隷のままなんです」

 「そうなのか?」

 「はい。母親が勤め人の身分でしたら生まれた子供は平民ですから。その差は大きいと思いますよ?」

 ふむ。

 あえて突き放すような態度をとっていたのは感情が表に出るのを堪えていたってことなんだろうか。

 気性が激しいとなれば、そうやって誤魔化すしかなかったのだろう。

 いい娘じゃね?と思っておくことにする。


 適当に船着場から離れるとサーシャ達を呼び寄せる。

 「では跳ぶぞ。まずはサビーネの装備からだ」

 【転移跳躍】を念じる。行き先はもちろん、混沌と淘汰の迷宮の16階にある武具庫だ。

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