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ベネト

 寒い。

 やっぱり寒いよ。

 太陽の高さはオスターに比べるとかなり低くなっている。

 緯度の高い場所ってことなんだろう。

 風がないのが唯一の救いだった。


 早速ラクエルが【シルフィ・アイ】で偵察を始めている。精霊語で何か呟いていた。

 周囲は寂しい荒地が続いている。所々に残雪があった。

 遠くに村らしき集落も見えた。だがここは敵地だ。備えなしに近づきたくない。


 「・・・いるね。オークとオーガが見えるよー」

 やっぱりか。

 ここが彼らの拠点の1つなのは間違いあるまい。

 「数はどうだ?」

 「太陽が照ってるから日陰に集まってる。分からないねー」

 この天気ではな。

 「人間も結構いるけど使役奴隷が殆どかなー」

 まだ行きたい場所もある。ここが何処なのか、探索するのは後回しでいい。

 「・・・じゃあ次に行くぞ」

 「ご主人様、やっぱり寒いのイヤなのかなー」

 ラクエルめぇ。

 ご明察です。


 気を取り直して手元を確認する。

 転移のオーブに行き先不明の道標2つのうち適当に選んだ1本を突き刺すと跳躍した。

 今度は暑い。

 熱風が顔を叩くように感じる。

 実際には風はない。ジリジリと足元から茹でられているように感じる。

 城壁は石造りというよりも土壁のようだ。

 跳んだ位置からは道を行く幌馬車の列が遠目に見える。いや、馬じゃなくて駱駝だった。


 「幌の中、オークだねー」

 「あ、たぶんホブゴブリンもいますね。匂いがします」

 やっぱりか。

 城門から少し離れた場所に枯れ井戸があった。

 地面に手を当てて【フィールドポイント】を念じる。

 「・・・もしかして暑いのもキライ?」

 カティアよ、追撃をかけないでくれ。

 「・・・次、行こうか」

 だめだ、勝てる気がしない。

 

 次に跳んだ先は夕方になっていた。相当東に跳んだらしい。

 若干肌寒いが問題ないレベルだ。

 目の前には川が流れている。川向こうは全て町になっていた。

 城壁が高くて町が見えないが、尖塔がいくつか見えている。

 川に架かっている橋が城門に続いていた。

 門番がおかしい。

 巨大な体躯が見えている。オーガだ。

 道行く馬車の列は見かけるが徒歩の者はいない。

 御者は人間のようだがこっちに注意を払う様子がないようだ。


 この町はデカいな。

 城郭の広がり方を見るだけで確信できる。


 「ラクエル、町は見えてるか?」 

 「・・・うん、すごく大きい・・・」

 ナニが大きいんだって?

 おっとそうじゃなくて。

 この町はチョット中を覗いてみたいが。

 門番がオーガな時点で気分が萎える。


 道を外れ、適当な場所で地面に手を当てて【フィールドポイント】を念じる。

 「では戻るか」

 「あ、えっと、今度はどこに跳ぶんですか?」

 どこにしようか。跳ぶ先が多くなったらなったで悩ましい。

 「ベネトに行く。世話になった商人を訪ねてみる」

 ついでに観光を、というのは内緒だ。


 【転移跳躍】でベネトに跳ぶ。

 「サーシャ。カティア、【半獣化】は解いておけ」

 【半獣化】解除と共に【感覚同調】の効果でやや体が重くなる感覚が出てきた。

 結構な身体能力向上の効果があったんだな。


 船着場には渡し舟が何艘も係留されていた。

 荷馬車の列がすごい。

 ここで荷物は船に積み直しになるのだから仕方がないのだろうが。

 マッチョな男達が荷物を担いで行き来していた。

 よく見ると全員が労働奴隷だ。

 まあそういう世界だし珍しくはないが、全員が獣人族らしきあたりは気になった。

 みな【半獣化】している。

 種族に対する差別があるんだろうか。前作では見られなかった光景だ。

 

 人を運ぶのは専らゴンドラになっている。2組ほどが乗り込むのを待っていた。

 待機列に並ぶ。

 ゴンドラは次々と来るので大して待たずに済んだ。

 「で、どこに行く?」

 乗り込んだゴンドラの渡し人は初老の男だった。

 「冒険者ギルドまで」

 「なんじゃ、冒険者ギルドは専用の渡し人がおるんじゃが」

 えっと、そうなの?前作にそんなのいなかったけど。

 「そっちならタダじゃ。こっちはセム銀貨1枚になる」

 そっち行きます。即決でした。


 教えて貰った船着場はちょっと離れた場所にあった。

 ゴンドラはやや大型で真っ黒、ちょっと雰囲気が違う。

 渡し人は若い男だ。

 「冒険者ギルドまで」

 「・・・じゃあプレートを確認するから出して」

 ぶっきらぼうだな。

 無料ならこんなものか。

 腕輪が【鑑定の鏡】の代役になっているらしく、何やら覗き込んでいる。

 あっさりとプレート確認は終わった。

 「・・・あんたもギルド関係者?」

 「まあな」

 「リッティという名の交易商人がいる商館は知らないか?」

 「リッティ交易商会だな。ギルドから見て正面にある教会の右脇の路地を真っ直ぐ行けばいい。橋1つ渡ってすぐだ」

 態度はアレだが仕事はちゃんとしてくれている。まだ若いんだな。

 オレだって外見は唯のガキだ。そのせいだったのかもしれない。 


 ふわふわとした乗り心地で凪いだ海面を滑るようにゴンドラは進んでいく。

 サーシャ達はもの珍しそうに海に浮かぶ町の様子を眺めていた。

 ただの渡し舟だし観光案内のようなものは皆無なのだが実に素晴らしい。

 バーチャルなのが信じられない位に凄い。

 潮の香りも揺れる感覚も、五感全てに訴えてくるものがある。

 だが町中に違和感を与える存在もいる。

 橋に、塔に、その人影がいる。

 スペルガードだ。

 仮面を付け魔法鎧にローブを羽織った目立つ格好だ。

 対抗魔法のスペシャリストをここまで頻繁に見かけるのも珍しい。

 町中で魔法を使用される事態を極度に恐れる理由があるのだろう。


 水路をいくつか通り抜けて広場の船着場に着いた。

 「ギルドは右手にある酒場がそうだ。左に見えるのが教会、正面は商工会議所だ」

 前作ではこの町の実質的支配者は商人達だった。

 この様子ではそのあたりが変わっていないようだ。


 広場は様々な人々が往来している。

 オープンカフェのような所まであった。裕福な町だってのが良く分かる。

 「あ、すごくいい匂いがします」

 サーシャは恍惚とした表情を見せている。

 うん、オレにも微かに感じられる。ニンニクとオリーブオイルで肉を焼いているような匂いだ。

 この世界では朝夕2食が普通だが、真昼でも食べる所もあるのだろうか。


 食欲をなんとか抑え込んで冒険者ギルドに足を向ける。

 ギルドの中はいささか空いているようだった。カウンターは広いのに担当者が1人しかいない。

 順番はすぐに回ってきた。調子のよさそうなおっちゃんに声をかける。

 「転移のオーブが欲しいんだけど」

 「悪いな、今は販売禁止だ。派遣軍で大量に必要になってるんでな」

 ここでも販売制限が。

 そんなにアイテム作成スキルのある魔術師が不足しているのか。

 オレもそろそろ作成できるようになっていて不思議ではない。

 転移のオーブならば錬金魔法で水晶を球体に加工し、付与魔法を用いて時空魔法を球体の水晶に封じたらいい。

 問題なのはその全ての工程を無詠唱でやらなきゃいけないことだ。MPが果たして足りるのかどうか不安だ。

 前作ではさすがにそんな非効率なことはやったことがない。

 だが事態が逼迫する可能性がある。

 自前で作成することも考えておくべきか。


 「道標はどこのがあるかな?」

 「今は道標も販売禁止だ。悪いな」

 そっちもかい。

 「クレール山脈のトンネルに行くのに何かいい手はないかな?」

 「馬だろうな。だが5日はかかる。ラクラバルの町まで跳べば面倒がないが」

 「でも道標は売ってないんでしょ?」

 「あるだけ商人ギルドに買占められたんでな。暫くは作った分も連中に独占されるだろうな」

 「なんだって買占めをしてるんだ?」

 「ここの商人達はギルドでも個人でも派遣軍を支援してる。フェリディから跳んだ先に急遽行かせたいって話だそうだ」

 彼らの行動は投資と考えると分かりやすい。ホールティでの戦果に対する報酬を見込んでいるのだろう。

 クレール山脈のトンネルに派遣している戦力を呼び戻すのに使っているのか。

 情報に対するレスポンスが実にいい。 

 オレには迷惑なんだけどな。


 大した収穫がないままギルドを後にすることになった。ちょっとだけ気分が凹む。

 商工会の建物を横目に見てみる。

 凄まじい、と言って良いほどの豪奢な建物だ。

 多くの旗が彩りを添えていた。彫刻も凄い。柱

 門番はフル装備の重戦士達だ。全員、帯剣している得物の柄の先に魔水晶が輝いている。

 これ見よがしに魔法剣を見せているのは抑止効果を狙っているのだろう。

 それだけではない。

 スペルガードも2人、警備に就いている。

 万全の構えだ。


 教会の脇を抜けると両脇に立派な建物が続いている。

 支援AIが自動で立ち上がって看板の文字を翻訳していく。

 石工ギルド、織工ギルド、酒造ギルド、鋳造ギルド、ガラス職工ギルド・・・宝飾職人ギルド。

 いくつあるんだか。

 路地の先にもまだありそうだし。

 橋を1つ渡ると更に豪奢な建物が並ぶ。これまた雰囲気が違っていて過度の装飾を競う貴婦人のようだ。

 この辺りが商人達の本拠なのだろう。


 リッティ商会の建物は大きな水路沿いにあった。

 予想以上に大きい。建物自体のデザインはシンプルだが、大きな柱に施してある彫刻が半端ない。

 埋め尽くされている。

 一方で壁に使われている石はどれも表面が平滑で美しい艶がある。

 大理石なのか?まさか、ねえ。これ全部大理石とかどんだけ金持ちなんだよ。

 看板の意匠は材木とノコギリとノミだ。

 その下には麦を意匠としたやや新しい別の看板もある。

 なんとなく、何を扱っている交易商なのか想像がつく。

 冒険者の格好で徘徊するのも何やら気恥ずかしい。

 さっさと訪問するほうがいいだろう。


 門番は2名いた。

 そのうち片方には見覚えがある。オレに【悪意感知】を仕掛けてきた神官の男だった。

 「おや、貴方はフェリディの・・・」

 覚えていてくれたみたいだ。

 これは都合がいい。

 「リッティさんのお言葉に甘えさせて頂きに参りました」

 もう1人の門番を片手で制すると建物の中に招き入れてくれる。

 「どうそ中へ」

 中に入ると大きく立派なホールになっている。スゲーわ。

 足元に敷いてあるマットは真新しいカーペットのようにも見える。

 汚れたブーツで歩き回るのがなんとも心苦しい、

 「申し訳ありません。ここで少々お待ちを」

 そう言い残すと神官の男が正面の階段を上っていった。

 吹き抜けのホールの2階にはいくつもの扉があるのが見える。あれが全部部屋か。


 暫く待っていると神官が降りてきた。

 「どうぞ。すぐにお会いになれます。こちらへ」

 そのまま2階の部屋に通された。

 応接間、ではなく会議室のような場所だった。

 簡素なようだが重厚な家具調度類であることが分かる。

 既にリッティさんがそこにいた。フル装備で護衛の重戦士が4名、後ろに控えていた。

 「ベネトにようこそ」

 いい笑顔だった。


 中年の品のいい女中が出してくれたお茶はハーブティーだろう。部屋の中が高貴な香りで充満した。

 でも味の良し悪しは分からない。所詮、舌は庶民でしかないのだった。

 言い訳をするならば現実世界でオレはコーヒー派だ。

 腰が落ち着くとあいさつもそこそこに世間話に興じることに。

 やはり商人なだけあって情報を得ることには貪欲だ。戦況については大いに食いついていた。

 聞けばリッティさんがクレール山脈に派遣している戦闘奴隷と傭兵の一団は既に呼び戻してあるのだとか。

 フェリディ経由でホールティへと派遣するそうだ。

 ホールティ絡みの情報はかなり有益なものになったようだ。

 何やら考え込んだかと思うと神官の男に指示を出していた。

 何か問題でもあったのかと思ったが違っていたらしい。

 リッティさんは元々、木材を扱う商人家だったそうだ。

 このベネトの建屋も土台が木材と石とで造られている。その木材を調達するのに広大な森林を管理しているのだとか。

 看板のとおりだ。

 リッティさんの先代からは麦を扱うようになっているのだとも。パンやエール酒の材料が主だ。

 これも看板のとおりだ。

 ホールティでの戦況が長期化し安定すると見たようだ。

 商機と見て小麦粉でも売りつけるのだろう。


 にこやかな笑いを顔に浮かべているが抜け目はない。

 「なかなか有益なお話が聞けました。こちらも貴方を助力できればと思いますが」

 この辺りも商人らしい。情報が財産であり商品になりえることを知っている受け応えだ。

 「私のパーティも4名になって冒険も楽になったのですが」

 そこで発言を区切ってサーシャ達に目を向ける。

 「見てのとおり、色々と経緯もあって私以外は女ばかりになってしまいまして。今更男を入れるのに躊躇する次第でして」

 リッティさんには苦笑された。

 「新しい戦力が欲しい、と?」

 「ええ。戦闘奴隷で若い女性が、です」

 なんとなくハーレム建設宣言のようでもあるが今は気にしていられない。

 「奴隷商人の伝手があればありがたいのですが」

 「ベネトの奴隷商は幾つか知ってますが。どこも手持ちの戦力として派遣していると聞きますな」

 「随分と動きが早いようですが」

 「メリディアナ王家の派遣軍を上回る事、それがベネトの意志になってますから」

 政治的駆け引きがあるってことか。

 単なる冒険者にしてみたら迷惑な話だ。

 「諦めるしかなさそうですね」

 「・・・伝手、ではありませんが1人、心当たりがあります」

 え?

 「サビーネをここへ」

 護衛の1人にそう命じる。

 「これからお見せする奴隷はお役に立てるかも知れません」

 そう言うとオレの左後ろの護衛に声をかけた。

 「サビーネの腕前はどうです?」

 「一通りは仕込みましたが、筋は良いでしょう」

 声を聞いてビックリだ。女性の戦士でした。

 左後ろというのは右利きのオレにとって死角だ。なにか不審な行動をとるようであれば問答無用で先制攻撃できる位置になる。

 発言に伴いほんの僅かに殺気が漏れ出ていた。

 サーシャ達も気がついている。ほんの僅かだが緊張している。

 「彼女の両親も私どもの奴隷です。彼女は当初、労働奴隷として考えてましたが、本人たっての希望で戦闘技能を仕込んでいます」

 生まれながらに奴隷ってことか。不幸少女だな。

 「人馬族ですのでやや気が荒いのですが、真面目で素直な娘ですよ」

 扉がノックされて神官が戻ってきた。彼の後ろにメイドの格好をした女性がいる。

 彼女がサビーネなのだろう。

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