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探索報告

 最初に聞かれたことは地形と拠点、その距離だ。

 地図上におおまかな位置を書き込みたいらしい。

 森、平原、湿地、山、川・・・町に砦、そしてトンネル。

 書き込みと併せてなものだから時間がかかった。

 「・・・クレールの大トンネルに間違いはないのじゃな?」

 「まあね」

 報告する上で問題がないわけではない。

 地形に対してオレ達の移動速度は異常だ。馬で街道を走っていたわけではないのだから。

 夜通し走り続けたと説明したとしてもおかしい移動距離になる。

 途中で湿地を踏破している点は、エルフであるラクエルがいるからおかしいとは思われないだろうが。


 デラクシル帝国側の戦力把握について報告するのも問題はない。

 従属させているオークやホブゴブリン、オーガ、ヘルハウンド、ワイアーム、そしてワイバーン。

 その戦力を率いる人間たちとダークエルフ。

 イズマイルからはこれらの戦力が北へ向かっているであろうこと。

 ワイバーンに騎乗した騎士がホールティに向かった筈であること。

 その騎士が大トンネル入り口の砦にいたこと。

 「・・・それでか。さっきの一言は」

 「まあね」

 なんだってそんな事が探れたのか、その経緯は省いた。

 ジエゴの爺様もそのあたりは聞いてこない。

 聞かれてもラクエルみたいに秘密って返すしかないのだが。

 

 ちょっと困ったのは遭遇した魔物で脅威になりそうなのはいたか、という問いだった。

 廃村でアンデッドと戦ったことはまあいいい。

 湿地ではリザードマンと戦ったこともまあいい。

 キマイラとは目が合っただけだ。これもいいだろう。

 フロスト・ジャイアントとは遭遇すらしてないから言わなくていい。

 あの緑のドラゴンだ。

 でもまあ任務だったし、報告はしておくべきだろう。


 「・・・上位種のドラゴン、じゃと?」

 さすがに真実味がないよなあ。

 ジエゴの爺様の目が痛いぜ。

 「当然、逃げたよ」

 「それにしても信じられん。ワシは下位種にすら遭遇したことはないぞ」

 「オレだって今回が初めてだよ」

 このゲームでは、だけどな。

 爺様が考え込んでしまった。

 まあ立場が逆ならオレだって荒唐無稽に思えるだろうな。

 ここは現実味のある話をしておくか。

 「で、報酬はあるんでしょ?」

 「無論、ある」

 小さな皮袋を渡された。中身を確認しないでそのままポシェットに放り込む。

 「・・・確認はせんのか?」

 「後でのお楽しみにしておくよ」

 微妙な顔をされた。

 冒険者や傭兵のような稼業でメシを食っている連中のやることではないからだ。

 「そういえばここでも魔石の買取りを始めてるんだって?」

 わざとらしく話を振る。

 「ふむ。ここでの買取りは当面5割増しでやることになる」

 「それだけ各国から支援が貰えてるってことだね」

 「・・・」

 概ね事情は分かる。

 冒険者ギルドの支援があれば、このホールティを拠点に戦果を上げていく事が容易になる。

 情報を売るのもいい。

 他国が敵の主力と潰し合う間に敵拠点を占拠することだって狙えるかもしれない。

 裏では微妙な綱引きをしていることだろう。

 「いや、面倒な話は知らない方がいいだろうさ」

 心の底からそう思う。

 退散しようとする所を呼び止められた。

 「お前さんは暫くここにおるかね?」

 「さあ?稼ぐために逗留するかもしれないけど。でも今は休みたいよ」

 「・・・冒険者で精神魔法の使い手は貴重なんじゃが。ワシ等の元で専属になる気はないのかの?」

 「無理。やりたいことがあるんでね」

 ここは敢えて即答で返す。

 「まあ、稼ぎ話になら相談に乗るさ」

 「居場所は教えておいて欲しいんじゃがの」

 それはヤバイな。

 「気が向いたら会いにくるよ」

 言外に距離を置く宣言をしておいた。こういう政治的な話は苦手だ。

 さっさとサーシャ達を促して天幕の外に出よう。


 天幕の外に出ると見覚えのある顔があった。

 バジドの冒険者ギルドで出会った豹人族のクラウサ爺様だ。

 相変わらず派手な格好をしている。

 「ほう、また会うような予感はあったが早かったようじゃの」

 「お元気そうですね」

 「この年で若い衆を率いるのは骨なんじゃがなあ」

 なんか大変そうですね。

 言葉にすると棒読みになりそうなので声には出さない。

 「バジドの冒険者ギルドからの援軍、ですか?」

 「まあな。当面は集められるだけ集めたがの。まだ不足じゃろうな」

 それにしては人が増えすぎた気もしますが。

 「メリディアナ王国から傭兵がかなり来ておる。イスラディア王国も先遣部隊は来ておるがまだ増えるじゃろ」

 天幕からジエゴの爺様が顔を出した。

 「なんじゃ、立ち話か」

 「世間話くらい自由にさせてくれんかの」

 爺様同士では話が長くなりそうだ。退散したい。

 「ああ、私達はこの辺で」

 「おお、また会うじゃろ。ワシの予感ではそうなっとる」

 予感、ですか。

 予感だけで済んで欲しいですね。

 一礼してさっさとその場を離れた。


 もう夕日が沈みそうだ。

 任務も一区切りついた。

 明日からは本格的にオレ自身のための冒険ができるというものだ。

 このホールティを拠点にして活動するのは冒険者ギルドに任務を押し付けられる可能性が高い。

 フェリディに一旦戻っていいか。


 そういえば道標なしで跳べる場所があるじゃないか。

 ホールから転移のオーブで行けばいい。

 「フェリディに跳ぶぞ。だがその前に確認したいこともある」

 ホールティでまだ夕日が沈みきってない。

 ここよりも西側にある場所ならばまだ明るいだろう。

 【跳躍転移】で行ける場所は増やしておくに限る。


 ホールに足を踏み入れたそのとき、ちょうどゲートが作動していた。

 双魚座の彫刻のある壁から何かが出現しようとしていた。

 人影が8つ、幽鬼のように結像していた。

 ホールを護衛するドワーフ達がポールウェポンを並べて警戒している。

 現れたのは正規兵のようだ。

 重戦士が4名。装備は4人とも完全に一致している。

 フルプレートの鎧兜に方形の盾。その手には長槍。

 鎧にに刻印された紋章は新品のように見える。近衛兵のようだ。

 後方に控えるローブ姿の2人は魔術師だろうか。外見だけでは断言できない。

 残り2人には見覚えがある。

 バジドでオレを殺しかけたあの馬鹿騎士とその御付の神官だ。


 オレが相手の顔を覚えていたように相手もオレの顔を覚えていたようだ。

 「お、お前達は!そこを動くな!」

 ドワーフ達が武器を突き付けるのもかまわず前に出ようとする。

 「この無礼者共め、控えぬか!!」

 ドワーフ達に怒鳴りつけるが、彼等は顔色をまるで変えようともしない。

 武器を引くこともしなかった。

 重戦士達も長槍を構える。

 それでもドワーフ達は表情を崩さない。まさに鉄面皮だ。実に頼もしい。


 遂に馬鹿騎士が抜剣した。

 「この馬鹿共めが!我が剣の錆にしてくれる!」

 「お待ちを王子!ここで揉め事を起こしてはなりません!」

 若い神官が必死の形相で止めている。

 つか王子様だったんか。

 顔良し体格良しの見栄えする容姿、そして中身が残念。

 救いようのなさそうな馬鹿だ。

 おかげてこっちは死に掛けた。

 生きているのはカティアがいたおかげだ。


 喚き続ける王子様を横目に乙女座の彫刻がある壁に向かう。

 転移のオーブでゲートを作動させる。

 三重の魔法陣に飛び込んでいく。

 背中に罵声を聞きながら。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 着いた先から見た風景は一面の小麦畑だった。

 夕刻ではあるがまだ太陽は沈みきっていない。陽光を受けて麦穂が美しい波を描いている。

 なんとも牧歌的だ。

 両脇に長槍を構えた歩兵が戦列を組んでいなきゃもっと風情を楽しめるんだが。

 後ろを見ると巨岩がある。ここがゲートか。

 「おとなしくして貰おう、何処の者か!身分を明らかにせよ!」

 髭の指揮官らしき軽戦士の男が誰何してくる。ここはおとなしく言うことに従う。

 「オレはフェリディの冒険者でシェイド。後の3人はオレの仲間だ」

 左手のリストバンドからプレートを取り出して見せた。

 「それはいい。そのまま待て」

 男が隣にいる若い女性の神官に何やら指示する。


 うお、美人さんだ。

 見事なブルネットをストレートで肩口まで伸ばしている。

 顎のラインが細い。顔全体は柔和な印象なのに目の放つ精気は力強い。

 神官服は上下ともタイトだ。服の下に鎧を着ていないのだろう。体のラインが実に艶かしい。

 お付き合いしてみたい。


 彼女は祈るポーズで暫く呪文を唱えると、オレの左手に触れてくる。触ってくる手の感触を直に感じられないのが惜しい。

 手甲部分だけでも外して触って欲しい。

 オレも【接触読心】を念じた。

 彼女の思念を読み取って行く。

 随分と緊張しているようだ。恐れと困惑の感情が強い。

 オレがまだ子供に見えることに不審も感じている。

 そして重要な事も分かった。

 彼女がオレにかけている呪文は神聖魔法の【真実の審判】だった。


 「改めて質問です。貴方の名は?」

 「シェイドだよ」

 「どこから来ました?」

 「ここからずっと東のホールティから。その前はフェリディに」

 「何故、ここに?」

 手を少しひねってオレの指先が彼女の手首に触れた。

 くすぐるように動かしてみる。

 顔色をまるで変えないのは立派なものだ。

 だが心の乱れまでは無理なようだ。

 困惑の感情が一気に高まる。

 「冒険者だから。というのは理由になるのかな?」

 「もれでは理由にならないわ」

 「知らない土地があるのならばそこに行きたくなる。だから冒険を求めてる」

 困惑が更に深まるようだ。

 「貴様、真面目に答えておるのか!」

 髭の男がイラついて横槍を入れてくる。

 「待って下さい、彼は本当のことを言ってます」

 神官の女性に掣肘されてやんの。

 「女神アテナの従者たる我が名にかけて大丈夫です」

 「こんな子供がか?」

 「ええ」

 何故ここまで警備が厳重なのかも彼女の中から読みとれた。

 この周辺にもオークとオーガによる被害が連続している。

 そしてその討伐が済んでいないのだ。

 ブルティエンヌは公国の中心都市である。

 だがその周辺に危険な魔物を放置していてはホールティに戦力派遣ができない。

 隣国のロワール王国には、オークとオーガが跳梁跋扈していることも、ホールティの現状も、知らせていない。

 ・・・これ、外交問題になるだろ。

 サーシャみたいに匂いを辿れる冒険者とかいないんかい。


 「何処へ行くのですか?」

 「ブルティエンヌの冒険者ギルドへ」

 神官の女が髭の男を振り返る。

 「ダメだ。行かせる訳にはいかん」

 なんじゃそれは。

 「冒険者ギルドの者は一時的に往来を禁じている。例外はない」

 ああ、ダメだなこいつ等。

 冒険者ギルドや傭兵には獣人族もエルフもいることだろう。彼等の探索能力は高いというのに。

 面子に拘って情報封鎖を狙うとか誰が得するんだか。


 ここは退散すべきか。

 でもせっかく使った転移のオーブ1個分を無駄にするのは面白くない。

 神官の女が手を離した。

 「じゃあここで転移しますよ」

 「フン。おとなしくそうすることだ」

 なんかいちいち癇に障る言い方だな。

 警備の歩兵達が長槍を構えたままだし。

 片手に転移のオーブを持つ。

 念話でラクエルに指示を出しておく。

 (短い距離で【転移跳躍】するぞ。転移し終えたらすぐに【姿隠し】だ)

 (はーい)

 転移のオーブに道標を突き刺す、ふりをした。

 【転移跳躍】を念じる。転移先は視覚で捉えている麦畑の先だ。

 周囲の景色が一転する。


 麦穂の高さは膝上といった所だ。

 隠れる役には立っていない。

 強化されている視覚はゲートがある巨岩を捉えていた。

 「はい。【姿隠し】かけたよー」

 「おお、早いな」

 ラクエルが得意げだ。そしてすぐにニヤニヤし始める。

 何だ?

 「ご主人様の好みの女性はああいった方なのですか」

 うおっと。

 サーシャの言葉に棘を感じる。

 気のせい、だよな。

 「ああいった細いのがいいのか。あたしとは正反対だねえ」

 カティアはあっけらかんとしているように聞こえた。

 だが【感覚同調】がまだ効いている。

 【念話】の効果と併せてオレの感情の表層は読み取られているだろう。

 同時に彼女達の感情もある程度はオレにも感じ取れるのだ。

 彼女も剣呑な感情を抱えていた。

 自分にはないものを持つ同姓への嫉妬。

 ラクエルはどうか。

 単純に面白がっていた。こいつめ。

 困った奴だが救いになっているのかも知れない。


 「・・・まあ、なんだ。ブルティエンヌの町を目指すぞ」

 うむ。

 ご主人様としての威厳が崩壊してはならぬ。

 だがそんなオレの感情も彼女達には筒抜けなのだった。


 街道はなかなか広い。

 往来する人々は多いが、冒険者の姿はない。

 武装した正規兵らしき列が多い。

 それに商人達の荷馬車の列もあった。

 その中に生鮮食料を積んだ荷馬車を見つけた。

 向かう先に町があるのだろう。

 「サーシャが先導だ。日が落ちる前に町に行きたい、急げよ」

 「は、はい」

 サーシャが先行して駆け出す。

 周囲に僅かな風を巻き起こしながら先を急いだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 感覚で言えば小一時間ほどでブルティエンヌにたどり着いた。

 大きい。

 フェリディとは比べ物にならない。

 バジドに迫る規模だろう。もう立派に城郭都市だ。

 城郭の外にまで活気が感じられた。城門前に荷馬車が入城を待っているようだ。

 

 適当な目印になるような場所を探す。

 街道から外れた畑の中に涸れ井戸があった。ここで妥協するとしよう。

 地面に手を当てて【フィールドポイント】を念じる。

 ブルティエンヌはどうするか。

 一応【転移跳躍】でいつでも来れる。今日は撤収でいいだろう。

 「もう一箇所跳ぶぞ」

 行き先が分からない道標は3種ある。

 フェリディの道標はそこそこ凝った意匠を用いてある。

 だがこの3種は簡素なものだ。刻まれている楔型の印しか違いがない。

 適当に1つを選んで転移のオーブに突き刺す。

 周囲に魔法陣が浮かび上がる。

 見知らぬ風景を求めてオレ達は跳んだ。


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