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ドラゴン追憶

 フェリディの城門前は普段どおりの様相だった。

 ようやく安心して行動できそうだ。

 まだ夕刻には早いのだろう、太陽は高い位置にある。

 この時差には慣れることができそうにない。

 城門前にあったオーガの死体はもう骨さえも残っていない。今日のうちに片付けてしまったようだ。

 夜中に獣や魔物が寄ってくるだろうからな、これって。


 宿は空いていた。

 4人部屋を1泊で頼むと早速部屋に篭って体を休めることにした。

 「装備を外して体を楽にしておけ」

 そうは言っても体を思うように動かせないようだ。

 全員の防具を外すのを手伝ってやる。

 ・・・

 脱がしてどうこうするつもりはないよ?


 カティアがベッドに寝そべると、そのカティアを枕にするようにサーシャが寝転んだ。

 そのサーシャを抱き枕にするようにラクエルが抱きつく。

 ベッドはそこそこの大きさがあったが3人で埋め尽くされた。

 目にはなかなか楽しい光景だ。


 今は食欲より睡眠欲だよな。

 「あ、それにしても・・・ご主人様はドラゴンに遭遇してよく平気ですね?」

 横になりながらサーシャが疑問を口にする。

 平気じゃないよ?

 十分にビビッてます。

 でも彼女らのようにはなっていないのは経験の差だけだろう。

 【感覚同調】でオレの表層心理も彼女達にもある程度伝わっている。

 だからこその疑問なのだろう。

 「最初は相当に驚いたぞ?」

 「え、でも今は平気に見えますけど」

 「今も平静ではいられないんだけどな」

 それも本当。心臓の動悸も平静に戻っていない。

 「いいから寝ていろよ」

 苦笑するしかないよな。


 しかしさっきの緑色のドラゴンって一体。

 前作ではドラゴンの最上位種は神に準じる存在だった。

 神竜、とまで呼んでたしな。

 ジャイアントの最上位種と並ぶ脅威だろう。

 どっちも人間程度の存在で1対1では絶対に勝てない。

 カウンターストップ全員が揃っていてなんとか勝てたような相手だ。


 種族レベル上限でも体が震えたような覚えがある。

 戦ったことのある神竜は2頭の個体になる。

 他に遭遇したことがあるのは3つの個体だ。

 ゲームのベースが違うから感じる威圧感には差があるだろう。

 そこを差し引いても、あの緑色のドラゴンもまた最上位種のドラゴンのように思える。


 ドラゴン、か。

 夢のある存在だよな。

 例え下位種のドラゴンでも、討伐できたらドラゴンスレイヤーの称号が貰えたものだ。

 前作では結構な数が出回ってしまい価値が激減していったけどな。

 神竜と戦って屠ったのはカウンターストップ達11人以外にはいなかった。

 少なくともオレは知らない。

 オレがゲーム離脱後はどうなっていたかは分からないし。


 神竜達は全て固有名を持っていたっけ。


 倒した1頭目は『深淵竜』サードニクス・ドラゴン・オブ・ディープバレー。

 紅白に彩られスリムでありながら力強い巨躯を誇る個体だった。

 その基本となる形態はファイア・ドラゴンに分類される。

 元々はおとなしい性格だったのが、オレ達向けのイベントのために運営に凶暴化設定にされたんだった。

 問答無用でぶつけられてギリギリで勝ったけどさ。

 死ぬかと思ったよ。

 

 2頭目は『水晶竜』クリスタル・ドラゴン・オブ・ビブレスト。

 全身を半透明の鱗で覆われた体躯は、戦闘中になると極彩色の光を撒き散らすという派手な個体だった。

 その基本となる形態はアース・ドラゴンに分類される。

 知性も高いし交渉で戦闘回避ができないものか、頑張ってはみたんだけど。

 結局は戦う羽目になりギリギリで勝った。

 オレ達にしては珍しく、クエストとしては失敗だった事が悔やまれる。

 やっぱり死ぬかと思ったよ。


 この2頭の個体は装備品に変貌していった訳で、結果的にオレ達の戦力を底上げしてしまった。

 運営もドラゴンをオレ達にぶつけてくることをしなくなった。

 でもね。

 あんなギリギリの勝負はさすがに勘弁して欲しい。

 『霜の巨人』フロスト・ジャイアントも強敵だったが、やはり神竜は別格だったな。


 前作では先刻遭遇した緑色のドラゴンには出会っていない。

 ただ心当たりがない訳ではないのだ。

 知れた個体名だと『翠玉竜』エメラルド・ドラゴン・オブ・ディープフォレスト。

 ファイア・ドラゴン、ウォーター・ドラゴン、エア・ドラゴン、アース・ドラゴンの4つの形態を併せ持つ個体と聞き及ぶ。

 半ば確信できる。

 あんなのがゴロゴロいる筈もないしな。


 いつの間にか鼾が聞こえていた。

 うむ。

 サーシャ達の鼾だと思えば可愛く聞こえる。

 それに麻のシャツとズボンのまま、掛け布団もなしに寝てるものだからさ。まあ、なんだ。

 うむ。眼福である。

 だが体調を崩されても困る。

 それぞれに毛布を掛けてやる。

 オレはオレで片付けておきたい事を済ませておこう。


 (C-1、D-2)

 《はい。ナノポッド運用状況は問題なし。代謝廃棄物の回収も確認》

 《外部接続の状況は進展ありません》

 《環境評価は随時継続中》

 《マスターの眼球を用いた視覚探査のプログラムを3水準で先行テスト致しました。受像確認できています》

 おお、久々に朗報、なのか?

 (最も受像状況のいいものを表示できるか?)

 《仮想ウィンドウに表示します》

 映し出された画像では視野角度が上下に極端に狭い。左右はそこそこ見えているようだ。

 見慣れた自分の部屋が見える。

 左端には部屋の中を片付ける自動機械が鎮座していた。

 部屋の出入り口が右端に確認できる。

 中央には来客応対などで使っているテーブルとソファのセットだ。


 確かに、オレの部屋だ。


 綺麗に片付けられている。

 壁に半透明のサーバーモニターがあった。

 大きめの文字で表示されるタイプなのだが、何を表示しているのかが判別できない。


 悪態を脳内でひとしきり喚いておく。

 

 (今後も継続して室内モニターはできそうか?)

 《予備のナノマシン群を全て使い切る必要がありますが可能です》

 (電源確保は十分ならいけそうか)

 《はい。非常時にナノマシン群を組み直すのにもそう手間はかけなくて済みそうです。安定運用は可能でしょう》

 (3水準でテストしてたな?条件的に難しそうか?)

 《はい。他の2水準はナノマシン制御の簡潔化を志向してましたがうまく受像できませんでした》

 (ギリギリ可能なレベルか)

 《予備ナノマシン群の制御ですがルーチン化できますので心配ありません。0-2に負担させることになります》

 (よし。室内監視は任せる。人の出入りがないか、モニターに読み取れる情報がないか、出来るだけ拾ってくれ)

 《了解》

 《了解》


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 まだ夕飯には早い。

 他にやっておきたいことはと言えば・・・【フィールドポイント】【ダンジョンポイント】それに【ムービングポイント】を基点に【遠視】と【遠話】だ。

 普段通り、混沌と淘汰の迷宮16階の武具庫を見る。

 机の上の石版に返答はないようだ。

 


 次は最後に目印しておいた【フィールドポイント】から緑の竜がいた廃墟の町を見る。

 既に竜は尖塔から去っていったようだ。安全な場所から観察して見たかったのに。残念。


 そして【ムービングポイント】を仕掛けた兜を見る。

 恐らくはまだイズマイルなのだろう。廃墟の町が写る。

 夕日はもう完全に沈んでいた。

 西の空は太陽の残照で僅かに明るくなっている。

 廃墟の至る所で松明が灯されていた。


 兜の主の周囲には数匹のワイアームが見てとれる。

 それぞれにフル装備の騎士らしき男達が随伴していた。歴戦を思わせるだけの迫力がある。

 ワイアームとはまた違う魔物の咆哮が天空を震わせていた。

 外見はまるで小型の空竜。ワイアームより全長は短く小さく見えるが、翼は大きく手足も太い。

 顔つきは更に凶悪でその牙は不気味に濡れ光っている。

 ワイアームと同様に亜竜の一種でワイバーンだ。

 4匹も並んでいる。互いに牽制するかのように牙を剥き出しにして威嚇しているようだ。


 ワイバーンはワイアームに比べると耐久力で劣るが、移動速度もブレス攻撃の強さも一段と強力な魔物になる。

 何より性格が凶暴で手がつけられない筈なのだが。

 オーガも隷属させて使役しているような連中だ、こんなのがいても不思議ではないだろう。


 ワイバーンに随伴しているのはあの神官戦士の女性だった。確か名前はラシーダだったと思うが。

 その後方に同じ意匠のホーリーシンボルを身に着けた戦士や神官が数名控えていた。

 「ワイアームの数が揃っていない、だと?」

 右側に控えているローブ姿の魔術師風の男が報告をしている。

 「ホールティより戻ってきておりません。今しばらくお待ちを」

 左側に控えているのは・・・ダークエルフだ。外見だけでは男女が分からない。

 銀糸の長髪をそのまま腰にまで垂らしている。

 「ルシウス殿下、オークの数も揃っていないのです。出立は見送るべきでは?」

 声の感じだとこのダークエルフは男か。

 イケメン過ぎる。


 「状況を把握するまでどれほど待った?【遠話の水晶球】が通じないから、などと言い訳は聞かぬぞ!」

 舌打ちの音が高く響く。

 「結果がこれだ。ただ糧食を浪費しただけであろうが!」

 魔術師の男は明らかに畏怖の表情で言上してくる。

 「お待ちを。我が師がホールティの状況を調べております。明日までには・・・」

 「明日まで、か」

 言葉には弱者を嬲る暗い悦びが滲んでいる。

 「そなたからよく聞く言葉ではあるがな。結果が出ないのでは耳にするのも不愉快だ」

 ダークエルフの男は鉄面皮だな。

 感情を感じさせない声で殿下とやらの意思を確認してくる。

 「では出立しますので?」

 「無論だ」

 「オーク共がクレール山脈の大トンネルまで到達するのに5日から6日あります。残存兵力の糾合はどうされますので?」

 「どうせ間に合わん。ホールティにでも送ってやれ」

 「妥当な線でしょうな」

 魔術師の男は萎縮した様子のまま一礼すると、その場を逃げるように離れていく。

 「・・・あんな魔術師しかおらんとは。我が帝国の人材も尽きておるのではないかな?」

 「そうならぬよう我等も微力ながら共闘しております。ご安心を」

 なんか慇懃無礼な雰囲気があるぞ、このダークエルフ。

 「ならば役に立って貰おうか。ついて参れ」


 視線が移動していく。

 ワイアームの前を通り過ぎ、1匹のワイバーンに近づいていく。

 ワイバーンの胴体に巻かれた革ベルトに足をかけると登っていって跨った。

 「余とゲフラでホールティへ行く。もう1騎ついて参れ」

 ゲフラと呼ばれたダークエルフもワイバーンに騎乗していた。

 「オークとオーガ共と北へ行軍を開始せよ」

 神官戦士の女を始め、残された面々にそう言い残すと空へと飛び立っていく。

 オレの見る風景も空へと登っていった。

 太陽が完全に沈み残照も消えていた。東の空に満月が昇ろうとしている。

 月はやや赤みを帯びて不吉な表情を見せていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 精神集中を解いて【遠視】【遠話】を解呪する。

 ホールティの状況が帝国側に知れるのも時間の問題だろう。

 いよいよ本格的に戦争か。

 出来たら戦術・戦略級のイベントは遠慮したい。イベントが連続するクエストも同様だ。

 オレ自身の事情そのものがクエストなので。


 【知覚強化】と【知覚拡大】の効果はもう薄れてきている。

 そんな状況でも間違えようのない感覚。

 食い物の匂いだ。

 腹が減ってくると嗅覚が鋭くなるよね。

 これは、間違いなく、肉、だな。

 焼いてるでしょ。香辛料は多めがいいぞ。


 ベッドに視線を向けるとサーシャが起きていた。

 「・・・ご主人様、座ったまま眠ってたんですか?」

 まあ傍目にはそう見えていてもおかしくはないか。

 「いや。それより夕飯が出来てくるようだ。部屋に持ってきて貰おう」

 オレが立ち上がって部屋を出ようとするのを見てサーシャが起きようとする。

 「そのまま寝てろ」

 「あ、でも。私が行きますけど?」

 「いいから。寝ていろ」

 ラクエルがサーシャを後ろから抱きついた。

 そのまま倒れこんでしまう。

 「ラクエル、そのまま抱きついて眠らせておけ」

 ゴソゴソと戯れる音を聞きながら部屋を出た。


 夕飯は羊肉を焼いたものに揚げジャガイモ、それにラタトゥイユのようなソースとショートパスタ。

 随分と豪勢だ。

 「なんかスゴくね?」

 宿の店主は困り顔だった。

 「今日は特別だと思っておけ。いい食材が安く手に入ったんでな」

 ありがたく頂戴するとしよう。

 食事を4人分受け取る。

 ラクエルは食べないのだが、3人で4人分を食べる位で丁度いいだろう。

 「明日、朝早く出たいけどいいかな?」

 「この夕飯とメニューが同じでいいなら」

 「いいね」

 文句などある訳がない。

 

 部屋に帰ると全員起きていた。

 匂いに釣られただろ、お前ら。

 「よし、じゃあ食って、寝て、明日に備えるか」

 ラクエルも木の実やドライフルーツを盛大に齧っている。

 夕飯はあっという間になくなっていった。

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