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鰐の顎

 関所の周囲には道らしきものがなかった。

 つまり定期的に人の往来がないことを示している。

 軍事上の要衝だったんだが。

 鰐の顎、と呼ばれる所以は門が上下に開閉する様がワニにそっくりだったからだ。

 門は当然ながら閉じたままだ。

 人の気配がない。

 城壁も所々に草が生えていて見栄えもよくない。

 「・・・誰もいないねー」

 ラクエルの【シルフィ・アイ】でも異常はなさそうだ。

 オレの【魔力検知】でも異常がない。

 というか防御用の魔法式が何一つないのだ。

 どうなってる。


 この先にはもう1つ、同じような門があった筈だ。

 門の内側は関所というより城砦になっていたと記憶している。当然、野宿する場所には不足あるまい。

 ここで一泊するか。


 1人だけなら【念動】を使う方が楽で済むんだがしょうがない。

 「全員オレの所に集まってくれ」

 サーシャ達を呼び寄せると手を繋いでいく。

 輪になる形になった。

 「手は絶対に離すなよ」

 そう言い残すと【飛行】を念じる。

 本来は時空魔法の重力制御系中級魔法だ。

 精神魔法でも同じ効果の呪文がある。【重力偏移】と【念動】を組み合わせて使う【飛行】になる。

 時空魔法ならばレベル的に比較的取得が早い。

 一方で精神魔法では取得が難しくなる。複数の呪文を組み合わせた応用魔法になっているからだ。

 その代わりにメリットも大きい。効果拡大が比較的容易なのだ。

 飛行し続けるとなると、精神魔法の方が持続が簡単で済む。残留思念をMPに再構築することができるのだ。

 だが空中にだって魔物は多い。

 それに今は1日ぶっ続けで飛び続けられるほどMPはない。

 しかも4人いるしな。

 今は潜入するのに使う程度だから問題ない。


 ふわり、と宙に浮いた。

 そのまま城壁を越えて行く。

 中の様子も酷いものだ。使われなくなって久しいことが分かる。

 鳥達の拠点になっていたようだ。

 【フィールドポイント】を念じて地面に手を当てる。

 うむ。

 この場所はなんか見覚えがある。

 通ってきたルートを見返してみる。あのU字谷も確認できる。

 もっと左側にも似たようなU字谷があった。

 ・・・

 地形を変えるのはやり過ぎたよな。

 ずっと右側に見える台状の地形だが、あそこは元々は山だった場所だ。

 あれも『暁』のジュリアがぶった斬ったんだっけ。

 それをそそのかしたのはオレだ。

 反省。


 城砦の中へと進む。

 どれほどの時間が経過したのか、石積みの建物は風化が進んでいるようだ。

 いくつかの建物の中を覗いて行くが、どこも鳥の巣になっている。

 雛鳥も親鳥もいなかった。

 先客の匂いが充満している中では泊まりたくないなあ。

 先に進もう。


 城砦の両脇は険峻な山になっている。

 削った山肌を掘った住居がいくつもあった筈だが。

 あった。

 どこも崩れてしまって中を確認できず使えそうもない。

 ヤバイな、泊まるのに適当な場所がないぞ。

 フェリディの町に転移してもいいんだけどさ。

 野営に全く慣れていないというのもマズイと思うのですよ。


 もうすぐ関所の反対側に出ようかという所で右側にあからさまな入り口があった。

 大理石のような質感の石が使われている。見たことがあるぞ。

 「・・・あ、この石ってあの塔のものと似てませんか?」

 サーシャも気がついたか。

 混沌と淘汰の迷宮のものと一緒だ。


 ・・・

 こんなものは前作で見なかった。

 そこだけはハッキリしている。

 天の御使いとの大規模戦闘後、ここにオレは来ていない。

 初心者向けのダンジョンをあちこちに設置し始めたのはそれからもっと後でのことだ。

 カウンターストップの誰かがここに造ったのだろう。

 時間軸は合っている。

 まあ今日はスルーしておくか。

 時間をとられたくない。

 暇が出来たら挑戦する価値があるだろう。


 関所の反対側に出た。

 ここも城壁がある。見張り台は若干風化しているが無事のようだ。

 前作ならば草原と森が広がり、遠くにクレール山脈が見えている筈である。

 いくつか町もあった覚えがある。

 見張り台から周囲を確認すると・・・森で埋め尽くされていた。

 いや、城壁で囲まれた町らしき所がある。塔も見えた。

 だが遠目で見ても廃墟のようにしか見えない。

 遠くにクレール山脈がちゃんと見えている。そこだけは変わっていないようだ。

 まだ太陽は沈みきっていない。

 明るいうちにあそこまで行けるだろう。

 「ラクエル、【グライド】だ。下に降りるぞ」

 「はーい」

 城壁を飛び降りてまたも森の中へと駆けて行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 こっちの森は更に樹影が濃いようだ。

 太陽が傾きかけているせいではあるまい。

 (サーシャ、匂いはどうだ?)

 (あ、はい。変わらず色々といそうです。人間の匂いはありません)

 やはりか。

 さっきの関所に辿り着くまでの森、関所、この森と人が生活している気配が皆無だ。

 それだけに魔物が蔓延る余地があるってことになる。

 それにしても、だ。

 森林エルフや人馬族が集落を形成していてもよさそうなものだが。

 何か理由でもあるのか。


 尖塔がいくつか見えてきた。

 だがどれもこれも古ぼけていて役に立っているように見えない。

 突如サーシャが駆ける速度を落としていた。

 (どうした?)

 (おかしいです。急に獣や魔物の匂いが消えました)

 (風精でも何も確認できないみたいよー)

 獣もいないってか。

 (一旦止まれ)

 カティアの顔を見る。いつになく険しい。

 サーシャも不安な表情を見せる。

 「ラクエル、【姿隠し】をもう一度かけてくれ」

 オレも息を整える。

 「全員、出来るだけオレから離れるなよ。いつでも【跳躍転移】できるつもりでいてくれ」

 「あ、はい」

 「うん」

 「おう」

 さすがにラクエルも雰囲気を察しているのか口調に不安が滲んでいる。


 やや遅い速度で町の廃墟を目指す。

 (相変わらず匂いはないのか?)

 (あ、はい)

 さらに近づいたその時。

 (風精が町に入れない!)

 (全員止まれ)

 バカな。精霊の侵入を拒絶するような魔法結界かあったのか。

 しかもオレの【魔力検知】で気がつかなかった。

 大き目の樹木に隠れて尖塔を見る。

 確かに壊れているように見える。

 城壁も一部分が見えていた。蔦で覆われている。

 しかも崩れてしまっている箇所もあるようだ。

 (ご、ご主人様・・・この樹の木精が呼んでもまるで反応しない・・・)

 (なんでだ?)

 (怖がっているんだと思うけど)

 精霊が怖がるって。

 (その割りにはこの地にいるどの精霊も力強く感じられます)

 ますます意味が分からないな。

 恐らくは町にこのまま進入したら【姿隠し】は解呪されるだろう。

 結界を敷いてある町であるのなら、その中では転移のオーブは使えないと見ておくべきだ。


 地面に手を当てて【フィールドポイント】を念じた。

 (よし、この廃墟は迂回する)

 太陽が沈みかけている。

 尖塔を右に見るように南側方向へと回り込んでいく。

 多少、時間がかかったが半周を周り終えた。

 町の城門が見えていた。城門前だけが広場のようになっている。

 そこからはどこにも道が伸びていない。

 そして奇妙なことに様々な残骸が散らかっていた。

 馬車のようなもの。

 間違いなく人間の骨。

 恐らくは馬であろう骨。

 何が何だか分からない骨。


 こっちからだと城壁に近づく気がしないよな。

 そのまま廃墟から遠ざかるように、改めて南西に向かおうとしたその時。

 オレの中の警報が最大音量で鳴り響いていた。

 勘だ。

 今、オレ達は、死地に、いる。

 警告しなければ。

 叫びたい。だけど叫べない。

 体も硬直していた。

 視野の端には尖塔が写っている。

 その塔に巨大な威圧感の元凶が鎮座していた。


 ドラゴン。


 上位種以上なのは間違いない。

 その体躯はオレが見てきた中でも最大級。

 グリーンで彩られた竜鱗は太陽光を玉虫のように反射させていた。

 瞳の色はブルー。

 鹿のように大きな角が頭部に2本、犀のように太い角が鼻先に2本。

 巨大な2対の翼。

 その両手両脚は実に逞しく、カギ爪は凶悪な形状を見せている。

 体の各所が苔植物らしきもので覆われていた。

 長命種のドラゴンは、その一生を通じて周囲の環境に合わせ、その体躯を最適化し続ける存在だ。

 恐らくは森林を本拠に活動してきた個体なのだろう。


 オレの【魔力検知】ではまるで燃え上がるかのようなパワーが見て取れた。

 あれほどの存在がついさっきまで感じ取れなかったとは。

 精神魔法の【魔力遮断】や時空魔法の【ディメンションフィールド】のような魔力を知覚されないようにする方法はある。

 しかしどうやってドラゴンが魔力を悟られずに接近できたのか。

 転移系統の魔法でも使って跳んできたのだろうか。

 謎だ。


 ドラゴンが体を蠢かせる度に塔の一部が崩れて落ちている。

 その体躯の大きさならば尖塔など圧潰しててよさそうなものだが、かろうじて支えているようだ。

 町を廃墟にしているのはコイツか。

 これでは獣も魔物も近寄らない訳だ。


 だが運はこっちにもあったようだ。

 ドラゴンはオレ達に気がついていないように見えた。

 【姿隠し】のおかげだろうか。

 あるいは単に無視しているだけなのかも知れない。

 ドラゴンの上位種であれば精霊魔法の【姿隠し】を見破っていても不思議はない。

 それにオレ達の装備品が放つ僅かな魔力を感じ取っているのかも知れない。

 サーシャのように匂いを嗅ぎ分けてるのかも知れない。

 ドラゴンの生態など誰も知らないってのが現状だ。

 知っているのはこのゲームの運営だけだろう。


 サーシャ、ラクエル、カティアへと視線を巡らせて行く。

 動きが、重い。

 時間の進みが、遅かった。

 それでもなんとか、念話を送る。

 (ゆっくりとでいい。離れるぞ)

 3人とも無言で頷き返してきた。

 ゆっくりと、確実に離れて行く。

 4人の最後尾に付き、ドラゴンの動向を注視しながら離れて行く。

 【転移跳躍】するなり、転移のオーブを使うなりしていたら良かったのだ。

 そう思いついたのは廃墟を遠くに望むようになってからだった。

 オレってば迂闊すぎる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 暫くの間、無言の行軍が続いた。

 森の中の大きな石の窪みに4人で潜んで深呼吸をする。

 ようやく、言葉が出た。


 「ど、ど、ど、ドラゴ、ン、でした」

 サーシャ、まともに喋ることが出来ていないぞ。

 うん、気持ちは十分に伝わってくるけどな。

 「ああ、ドラゴンだったな」

 カティアの表情も蒼白だ。

 【感覚同調】で伝わってくる感覚がある。体中が総毛だっているようだ。

 「は、初めて見た。ドラゴンなんて」

 あのカティアがサーシャみたいな口調になっていた。

 ラクエルはと言えばまだ言葉も出ないようだ。

 「ラクエル、改めて【シルフィ・アイ】は出来るか?」

 「・・・ちょっと待ってて・・・」

 ちょっとショックが半端ないようだ。

 ドラゴンは生命力、魔力、精霊力の塊のような存在だ。

 精霊をより身近に感知する精霊使いであれば、太陽をまともに直視するのに等しい体験だっただろう。

 無理をさせることはない。

 「いや、今日はここまでにしよう。フェリディに跳ぶぞ」

 ラクエルはもう歩くのも億劫に見える。

 「・・・ラクエル、エルフの姿に【姿変わり】できるか」

 「うん、なんとか」

 どうにか手間取るようだが銀糸の髪が金髪になった。

 「サーシャ、カティア。【半獣化】は解いておけ」

 「あ、あ、は、は、はい」

 サーシャはまだ歯の根が合っていないようだ。

 「お、お、おう」

 カティアもか。さすがにあれは体の芯を凍らせるような怖さだったしな。

 

 石の根元の地面に手を当てて【フィールドポイント】を念じておく。

 続けて【跳躍転移】を念じる。

 フェリディの【フィールドポイント】を選択して一気に跳んでいった。

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