イズマイル
仮想ウィンドウの文字には確かに覚えがある。だが具体的に連想する事柄が出てこない。
うむ。忘れてるな。
悩んでみた所で事態は進展しない。先に進もう。
町の規模はフェリディの倍程度といった所か。
町の中へと進んでいく。オークにホブゴブリンどもが多数往来している。
オレ達に気がつく様子はない。
人間も獣人族も少数派で殆どが首に【隷属の首輪】を付けた使役奴隷達だ。
武装した人間もいる。
例の黒尽くめの騎士もいた。
より軽装で同じような意匠の皮鎧を装備した男達もいる。
広場に出た。
オーガが5匹もいやがる。ヘルハウンドも2匹。いずれも【隷属の首輪】付きだ。
近くには例の首飾りを持つオークシャーマンもいる。
オレ達に気が付く様子もない。ヘルハウンドも犬なんだが鼻が効かないのだろうか。
「ラクエルの【姿隠し】は匂いも遮断するのか?」
「さすがにそれはは無理。スプライトを使った【姿隠し】と違うのは音が漏れないのと下位精霊でも見えないってことだけ」
ほほう。中位精霊のカーシーなだけあるな。
「気をつけなければいけない点は?」
「防御魔法術式がいくつか。あと上位の精霊使いの【エレメンタル・アイ】だと見えちゃうのよねー」
ふむ。
今の所は大丈夫みたいだな。
「あとはぶつからないように気をつけることかな?周りの連中には私達は見えないから」
確かに。
さっきから何回かぶつかりそうになってる。
またあの黒い装備で全身を固めた騎士らしき奴がいる。装備は新品だ。黒光りしている。
魔法こそかかっていないようだが、周囲から浮く程度には目立っていた。
追従する戦士は軽装だがやはり全身真っ黒だ。
こっちは歴戦を思わせる。埃と傷だらけだ。
彼らが一団となって移動するのに合わせてオークどもが緊張する様子が見て取れる。
広場から見て一等地にある教会に入っていった。
教会も酷く破壊されている。
先を急いで町を後にするのもいいだろう。
あいつらから情報を取れるか、試してみてもいい。
この町は魔法に対する防御結界がない。転移のオーブと道標でいつでも跳べる。
「教会に行ってみる。さっきの連中がこっちに気付かないか、注意を払っておけ」
「りょーかい」
まあラクエルに任せておけば問題なかろう。
教会の入り口に歩哨が2人。共に革の鎧兜のどこかを黒く染めた意匠にしてある。
でも用心しているような気配はない。暇そうに談笑している。温いな。
中には先ほどの一団がいた。
あの騎士らしき男は装備を周囲の者に外させていた。
皮のジャケットまで外させている。お坊ちゃんか。
若い。顔つきは精悍で見る者によっては美男子と評価するだろう。
綺麗な金髪だが短く刈り込んでいる。
権威を付けるためだろうか、髭を生やしているのだがいかにも似合っていない。
いささか生意気にも見えてしまうだろう。顔の造形が若すぎるのだ。
その一方で体格はいい。十二分に鍛えてあるのが分かる。
サーシャ達に念話で指示を出す。
(祭壇裏に行くぞ)
ささやき程度の会話でも【知覚強化】してあるので聞き取れるだろう。
「それで、いつになったらここを出立できるのだ?余はいい加減待つのには厭きた」
「もう少しご辛抱下さい、殿下。未だに兵力が集まっておりませぬ故」
直言しているのも騎士の格好をしている。但しこっちは歴戦の者なのであろう。
鎧のプレートが所々で歪んでいる。表面も擦過傷だらけだ。
「またそれか。こんな事であればホールティに行くのであった」
「敵地の真ん中に殿下を送り込むことは出来かねます。自重して頂きませんと」
「分かっておるわ」
言葉には苦笑の色が滲んでいた。
「余の身に何かあったならばと危惧するそなたらには言っても埒もないことであったわ」
「・・・」
周囲の者が押し黙ってしまった。
上司は選びたいものだよな。気持ちは分かるよ。
「全員下がれ。それとラシーダを呼べ」
「殿下、近侍は常におりませんと」
「堅苦しいことを。ここは帝都ではないのだ。誰に憚ることがあるというのだ?」
「・・・」
お付の者達は一礼すると教会から退出していく。不満げな表情を隠そうともしない。
「ふん、お守りなどいらんというに」
どこのお坊ちゃんだか知らないが、興味だけならある。
覗きってイケないことだよね。
でもイケないことってなんでこんなにも素敵なんだろうか。
悪いけどこいつには枝を付けさせて貰おう。
「お前たちはここで待ってろ」
サーシャ達を残して殿下とやらに近づいていく。
だが目的は彼ではない。
彼の脱いだ兜に手を当てる。
【ムービングポイント】を念じた。
こいつも【フィールドポイント】【ダンジョンポイント】と同様の目印だ。
生物以外の移動する物であれば対象となりうる。
そして目印さえあれば【遠視】【遠話】も簡単にできる訳で。
まあ都合のいい盗撮・盗聴を仕掛けるのと一緒だ。
オレがサーシャ達の元に戻ると誰かが教会に入ってきた。
女だ。しかもかなりの美人。
金糸のような髪を纏め上げている。視線がキツイのが難点か。
装備は革鎧に盾、そしてホーリーシンボルらしき肩布を首元から垂らしている。
神官戦士ってとこだろう。
ホーリーシンボルの意匠は初めて見るものだった。
「参上致しました、殿下」
「今更かしこまるな」
殿下とやらは水筒の水をがぶ飲みしている。
「宮廷におっては戦功は望めぬ。かといって戦場では最前線に行かせてはくれん、どうしようもないわ」
「兄の方針にご不満が?」
「無論だ。あ奴は余の盾を自任しておるのだろうがな。余があ奴に望むのは並んで剣を振るうことであったというのに」
「乳兄弟に酷なお言葉ですわね」
「あ奴には余に対する悪意など微塵もない。だからこそ余計に厄介でもある」
立ち上がると女に寄り添うかと思ったら。
そのまま抱きしめた。
無言の時間は長くもあり短くもあった。
「教会の中で不謹慎では?」
「そなたの神はどうなのだ?妻がありながら他の女神にも人間の女にも手を出し続けたそうだが?」
「畏れ多くも神託を私に与えたもうた方です。侮辱は許しませんよ?」
「神を相手に寝取られた気分だな」
今度は強引にキスしてやがる。不謹慎決定。
サーシャはまだ子供なんだから見ちゃいけません。そこまでガン見するものでもないですよ?
「ふむ。鎧が邪魔だな」
「ここは戦場に準ずる場所です。これ以上のお相手でしたら場所を改めていただきませんと」
「ふむ。そなたにまで嫌われたらかなわんな」
唇を離した二人だが口調が変わらない。なんか恋人同士に見えないな。
「半分とはいえ血が連なる妹となれば、な。そなたの器量は陛下の種とは思えぬ」
「殿下」
「怖い顔をするな、我が妹姫よ。実際にそなた以外、姉妹には戦場で役に立つ者などおらぬ」
なんだ。
こいつら腹違いの兄妹か。
「このような秘事を明かさぬ父上が悪い。もはや余は後戻りできぬ」
「・・・」
野次馬根性で聞いていてもいいが、そういう情報を得るための探索行ではないんだよな。
さっさと先を急ぐか。
結局、オレ達の存在は悟られずに済んだ。【姿隠し】ってマジ便利。
教会を出ると先程と違っていることがある。
壊れた塔のいくつかにワイアームが陣取っていた。
少なくとも4匹。騎乗しているのは例の鎧兜を装備した騎士だ。
下にいるオーガと威嚇しあっている。そのせいで広場そのものが騒がしくなっていた。
一方でヘルハウンドは体を丸めて寝ている。寝てると意外にかわええ。
魔物を軍勢に組み込むと雑然とするのは前作と変わりはしないのだろう。
敵方ながら同情したくなる。
入っていたのとは反対側の城門から町を後にする。
こっちには城門前に使役奴隷が集められてて、馬車に荷物を積む作業に従事させられていた。
悲しいけど助けられる自信がないんだよね。
心苦しいが仕方がない。ここは放置だ。
歩みを速めていった。徐々に速く走っていく。逃げるように。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
改めて南西に向けて駆けていく。
丘陵地はゆるやかに登りが続くかと思えば山越えもあった。
標高が高くなってきたせいだろう、少し肌寒く感じられてくる。空気も薄いように感じる。
少しだけ【代謝強化】を追加で念じておく。
体温調節にも有効だし心肺機能をも強化できる。
それでもさすがに行軍速度は落ちていった。
携帯食料を取り出し口にする。
サーシャに並んで携帯食を差し出して食べるように促す。
カティアにも携帯食を渡す。ラクエルは自身で携帯していたひまわりの種を食っていた。
やがて周囲の木々は低くなり、高山植物もちらほらと散見されてくるようになっていく。
途中でニードルラビットやブラックマーモットにも遭遇したが相手にはしない。
弱い魔物だが【姿隠し】で見えていないオレ達だが、匂いで気が付いているようだ。
こっちを追いかける気配を見せる。
駆け抜けてぶっちぎってやったが。
(この先に谷だよー)
ラクエルから念話で報告が来る。
(よし、速度を緩めろ)
崖になっている場所にまでたどり着くとそこには絶景が待っていた。
ほぼ真っ直ぐに山脈が分断されている。
谷の最深部は煙っていてハッキリと見えないが、どうやら河があるようだ。
対面の崖の表面は殆ど直角の絶壁になっている。
それでもたくましく植物が茂っている箇所がいくつもあった。
よく見ると絶壁には鳥の巣があり、小型の山羊までもいた。
なんという地形だ。
U字谷なんだろうが、まるで機械で削ったかのように真っ直ぐだ。
・・・
やばいな、思い当たる事がある。
『暁』のジュリアがあの凶悪な火力を振り回した場所だ。
山脈1つをズタズタにしたことがなかったか。
ほんの数瞬、絶景に見とれていた。
「うわーなんか凄いねー」
「す、凄いです。こんな風景は見たことありません」
「谷底覗くのが怖いな」
3人とも初めてなんだろうな。こういった風景って。
でもこれって人為的なものだとオレは知っている。
「谷に沿って西へ向かおう」
観光はここまでだ。
体感ではもう午後だ。日が落ちる前に距離を稼いでおきたい。
左手側に谷を見ながら山を登って行く。程なく峰を越えると下って行った。
正面には盆地が見える。その先もまた山だ。
やや右方向に巨大な人工物が遠くに見える。
まるで山に張り付いた要塞のようだ。
あれは見覚えがある。
鰐の顎と言われる関所だ。
そしてこの盆地はかつて大規模な戦闘イベントが行われた場所だろう。
思い出したよ。
今日見つけたイズマイルって町は前作で敵勢力の騎士団領だった所だ。
鰐の顎の所まではプレイヤーサイドで陥落させたんだが、あの町までは攻め落とせなかった。
この場所に天の御使い達が降臨してきて一気に戦況が膠着しちゃったんだよな。
盆地の中は森あり草原あり湿地あり湖ありで自然で埋め尽くされている。
町のある気配がしない。
うん。
『暁』のジュリアだけじゃない。
カウンターストップ11人が好き好きに天使と全力で戦った結果、盆地の中は穴だらけにしたからだ。
湖になってるトコは誰かが拵えた穴だろう。
オレは大したことはやってない、筈だ。
他の連中のサポートしてただけだ。
今みたいに【感覚同調】して魔力の上乗せをしただけだ。
オレが独自に動いて攻撃する機会なんて碌になかった。
あえて活躍したとすれば、溶岩流を作って空中にいる天使を引き摺り下ろしてた事くらいだな。
(あの大きな関所は見えているな?あそこまで行くぞ)
(あ、はい)
(りょーかーい)
(おう)
駆ける速度が上がっていった。
山を下って行くからだけではあるまい。やはり目標があると自然と速くなるものだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(そろそろ【姿隠し】の効果が切れるよー)
ラクエルから念話が飛んでくる。
(延長はなしだ)
(はーい)
関所までは周囲を気にすることもあるまい。
順調に森の中を進んでいると。
大きな岩にたどり着いた。
よく見ると岩じゃなかった。
天使だ。
石化している。
石像かと勘違いしそうだが、こんな所にある筈もない。
石化攻撃を頻繁に使ってたのは『双天』のサーラか『呪殺』のテレマルクあたりか。
【魔力検知】で生きているであろうことが感じられる。
こんな様でもまだ死んでないんかい。
とはいえ体の各所は風化して欠損していたり、樹木の侵入で割れていたりしている。
拷問だな。
「まるで生きているみたいです」
うん、サーシャ君。
生きてます。
「へーこんな人間みたいなのは初めて見るなー」
ラクエルも見たことがないのか。
そういえばここまで教会に天使を見たことがない。
前作の教会でもなかったような。
「翼がある人間かあ、聞いたことあるけど」
むう。
知っているのかカティア。
「ずっと南の地にいるって聞いたことあるよ。バードマンって言ったかな?」
それは似て非なる種族だよ。
前作でもいたな、バードマン。
空中から弓矢でチクチク攻撃してくるんだよ、あいつら。
「あ、あと獣の匂いが濃いです。魔物もたくさんいそうですね」
「面倒なら【姿隠し】使う?獣には効果が薄いけど」
「どうせ匂いにつられて寄ってくる。このまま移動するぞ」
森の中かと思えば沼地、かと思えば平地に岩場とコロコロと地形が変わって行く。
【野駆け】で移動速度が大して削がれていないとはいえ、なんか面倒な感覚は否めない。
そこに面倒そうな奴が出現した。
ジャイアントスパイダー。超デカい蜘蛛だ。
大きいだけじゃない。
随分と動きが素早い。
(仕留めにいくぞ!)
念話で指示するとオレは日本刀を抜き放つ。
蜘蛛の足の間合いが長い。
(脚を1本づつ斬り飛ばせ!)
サーシャもダガーだと間合いが遠いからショートソードを両手で構えている。
ラクエルもロングソードを構えて蜘蛛を半包囲を狙って迂回していく。
カティアが盾を構えて真っ先に突っ込んで行った。
蜘蛛の噛み付きを盾で受けきる。
そのままの勢いで蜘蛛を押し込んで行った。
馬力すげえな。
クレイモアを振り下ろすが蜘蛛も早い。カティアの側面に回り込み攻撃を避けた。
オレも蜘蛛相手に突っ込むと刀を薙いで脚1本を斬り飛ばす。
返す刀でもう1本。
即座に距離を置く。
入れ替わりにラクエルが蜘蛛の脚に斬撃を加えて脚1本をぶった斬った。
蜘蛛がラクエルに噛み付く構えをとろうとした瞬間。
動きが鈍っていた蜘蛛の頭をカティアの盾が叩き潰した。
殴打武器としてもいけそうだな、おい。
頭を潰された蜘蛛だが暫く蠢き続けていた。なんかキモイ。
うーむ、装備が強すぎてオレ達の成長が感じられないというのはどうなんだろう。
安定した戦力なのはいいが、強くなって行く実感が薄れるんだよな。
このジャイアントスパイダーだって弱い魔物ではない。
難易度で言えばヘルハウンドに匹敵するだろう。
それを魔法なしで無傷で一方的に仕留めているのだ。
感覚が麻痺して敵うはずのない魔物相手にも戦いを挑んでしまいそうになってはいけない。
戒めも必要だ。
オレにも目的はある。
彼女達にしてもゲーム内のキャラクターであるにせよ愛着がある。
無茶をさせてはならない。
「あ、やっぱり殴ってみてもいいみたいですね、その盾」
「おうよ。思っていた以上に破壊力があったな」
軽量化の魔法は持っている者にとって軽いんであって、魔物にはそうじゃないからな。
だが敢えて言っておきたい。
「・・・盾は殴打武器じゃないぞ?」
「ん?ちゃんと身を守るために使ってるし」
体当たりに使ってる、の間違いだと思うんだが。
まあいい。
カティアの戦闘スタイルはこのままでもいいか。
『剛腕』のグレーデンのような戦い方をされたらオレの出番がなくなるからな。
でもいずれ適当な相手に格闘させるのもいいだろう。
それにサーシャとカティアが完全に【獣化】してどうなるか、確認する機会は作っておきたい。
今は探索行を優先だ。
魔石を回収すると再び関所へと向かう。
太陽が沈みきる前に辿り着いておきたいものだ。