カウンターストップ
誰がそう呼び始めたのかは知らない。
気がついたら周囲がそう呼び始めていた。
最初は廃人ゲーマーを揶揄する意味合いで使っていたものだと記憶している。
カウンターストップ。
種族レベルを極め尽くしてしまったプレイヤー。
黄昏のメンバー、とも言われることもあったっけ。
確かにキャラクターを成長させる楽しみがなくなってはねえ。
最初の1人はドワーフの男。
『鉄壁』のガルズ。
単独ですら殲滅戦をやってのける動く要塞のような男。
同時に鍛冶職人として、様々な武具をプレイヤーに供給していた。
オレが組んだ中でも一番の古株のプレイヤーだ。
2人目は死霊使いの女。
『双天』のサーラ。
闇の魔法に通じ、アンデッドと魔法生物を率いる歩く災厄とも言える女。
パーティを組んだらこれ以上心強い味方もいなかった。
間違いなく、運営の片棒を担いでいた疑惑の存在でもある。
3人目はエルフの女。
『暁』のジュリア。
その力技で目の前を赤く染めた殲滅兵器のような女。
戦術級でも戦略級でも、イベントでは彼女の火力は欠かせない存在だった。
加えて彼女の我儘にも閉口させられたものだ。
4人目は聖騎士の男。
『不惑』のエルミ。
無愛想を絵に描いたような存在で何事にも動じない巌のような堅物。
騎士として正式に叙任され、統治する領土を持つ数少ない存在だった。
オレ達にイベントやクエストの類を持ち込むのが大抵は彼であり、一時期は運営かと疑ったものである。
5人目は人馬族の男。
『賢者』のキロン。
天性の狩人であり、無尽蔵のスタミナで戦場を疾駆したまさに奔馬。
その戦術眼の確かさ故に賢者と評され、戦術級以上のイベントでは最も頼りになった軍師役だ。
彼の指揮に従って間違った結果になったことは一度もない。
6人目は熊人族の男。
『剛腕』のグレーデン。
格闘術だけを日々突き詰めていった格闘マニア。
ドラゴンやジャイアントを相手にタイマンで殴りあう悪夢をオレに見せてくれた。
間違っても敵に回したくない奴だった。
7人目はオレ、精神魔術師にして遊撃兵の男。
『風伯』のシェイド。
恥ずかしい二つ名なんだが誰がそう名付けたのかはオレは知らない。
風伯って言われるほどには素早くはない筈なんだが。
頻繁にテレポートをしてたからだったのかもしれない。
8人目は豹人族の女。
『呪殺』のテレマルク。
戦士であり狩人であり神官であり魔術師でもある便利すぎる女。
オレにとっては付与魔術の弟子であり、呪符魔術の師匠でもあった。
後方撹乱に始まり破壊工作に暗殺など、オレと一緒に色々と卑怯な真似をしたものだ。
9人目は神官戦士の女。
『巡察』のジュディス。
移動する教会であり、同時に神罰の代行者でもあるおっかない女。
付与魔術も修めており、数々のホーリーウェポンを世に送り出した。
結局、オレとは最後まで反りが合わなかったな。
10人目は錬金魔術師の男。
『微笑』のパーノール。
常に軽薄な笑いを表情に貼り付かせた魔術を究めんとする男。
皮肉屋であまり社交的でなかったが、彼の火力はジュリアに迫るものがあった。
何故だかオレに擦り寄っていた気がする。
11人目は剣士の男。
『剣豪』のオベル。
1対1であれば最も戦いたくない最凶の男。
その剣術は無駄というものがない見事なもので舞踊を彷彿とさせた。
剣の収集癖を持っていてオレにも魔法付与した剣を無心してきたことが再三であった。
オレ達のような存在がゲーム世界でいつまでものさばっているのは好ましくない事は分かっていた。
時には独自のイベントを開催してみたり。
様々なアイテムを供給したり。
定型の魔法式と呪文を提供してみたり。
魔物すらも供給してみたり。
迷宮も設置したり。
エルミの奴は自分の領土の経営といった別の側面もあってそこそこやれる事はあったが、概ねオレ達は暇潰しのネタを探すようになっていた。
別アカウントで最初からゲームを始める者もいた。
そんなオレ達に挑むかのような無茶なイベントもあったりしたが、それすらも一時凌ぎにしかならなかった。
ドラゴンも。ジャイアントも。
天の御使いと闇の使者の集団との大規模戦闘も。
深淵の魔神も。
遂には運営が投げた。
カイザード・オンライン2の対抗作品が盛り上がったこともあったが、ゲームそのものが陳腐化してきたのは否めない。
一種定型化したイベントが続いたのもいけなかったのかもしれない。
ゲーム内部の恋愛沙汰を禁止したことを始め、自由度の高いゲームであるにも関わらず、堅苦しい印象をプレイヤーに持たれたのも響いただろう。
運営側もゲームそのものの維持管理にすら追い回される始末であり、マンパワーが明らかに落ちてきていた。
一度、傾いた勢いは結局最後まで止まらなかった。
・・・
あまりいい思い出じゃないよな。
「これなんてどうかな?」
カティアがパイクを持っていた。よく箱に入ってたな。8つある箱は永続的な【アイテムボックス】なのだろうが。
パイクは超長い槍で騎兵対策で並べて使えば絶大な威力を発揮できるだろう。
魔物相手でも長い間合いから攻撃も出来る。でも冒険者が扱うには問題がある。
「却下だ。そんな長柄だと迷宮で持ち運べないぞ」
あちゃーって顔すんな。
確かにカティアには遠距離の間合いでは攻撃する手段がない。
オレに言わせたらなくていいんだが。
「あ、あの。カティアさんにこれってどうですか?」
サーシャが持ってきたのはエストックだ。
確かにサイズ的にはカティアに持たせてもいいだろう。
パワーを活かすのであれば突刺剣じゃないほうがいいんだよな。
「却下だな。もっとゴツい武器でもカティアなら楽々振り回せる」
そうションボリすんな。
「こいつってどうなの?」
ラクエルが取り出したのは聖騎士エルミが使っていた鎧兜だ。
但し、儀礼典礼用の一揃えになる。
白と銀で彩られたその外見は非常に美しい。
「却下。目立ちたくないんでな」
「えー」
その鎧兜は神聖魔法が付与されているはずだ。魔法を付与したのは神官戦士ジュディスだろう。
どんな魔法を付与してあるんだか分からんのだよ。
変な魔法を付与してる筈もないが、武器とは違って防具だと当てにし過ぎるのは危険だからな。
結局、カティアの追加装備には戦斧を追加した。
キロンが使っていたもので投擲武器にもなる。手元に戻るように魔法がかかっているのだ。
オレが前作で中盤あたりでキロンの持ち物に付与した奴だ。
本当はカティアが身に付けてる熊男の鎧兜だけでも攻撃防御ともに十分だと思うんだけどね。
まあ色々試させてやっていいだろう。
「よし、探索を続けるぞ」
「あ、はい」
「はいはーい」
「おう」
三者三様の答えが返ってくる。
「ラクエルはその姿のままでいいぞ」
どうせ敵地で周囲に味方などいない。ダークエルフの姿のままでも不都合はあるまい。
【跳躍転移】を念じる。
【フィールドポイント】をマークした巨木の根元を選択する。
一気に跳んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時差があるせいで感覚が狂いそうになる。
晴れた空に太陽は随分と高くなってしまっていた。
体感では10時過ぎといった所だ。
「サーシャ、カティアは【半獣化】だ。ラクエルは【シルフィ・アイ】を」
「あ、はい」
「はいはーい」
「おうよ」
オレも【知覚強化】【知覚拡大】【身体強化】【代謝強化】【自己ヒーリング】【魔力検知】【念話】そして【野駆け】を念じる。
そしてサーシャ、ラクエル、カティアと手を繋いで【感覚同調】を念じた。
前よりもサーシャたちが身近に感じる。気のせいなんだろうか。
カティアの鎧兜が変形している。熊男の要望で鎧兜には形状最適化が常時行われるようになっているのだ。
それ故にこの装備につぎ込まれている魔結晶は半端ない数になっている。
「今日も湖岸沿いに西へ進む。町の気配があったら知らせてくれ」
そしてサーシャを先頭に駆け始めた。
速い。
明らかに速い。
軽快でもある。
移動速度が昨日よりも明らかに速いが苦にならない。
カティアの装備を変えただけなんだが。
種族レベルが上がったりしてるんだろうか。
相互作用が余程高かったということなんだろう。
湖岸が途切れた所でサーシャに念話で指示する。
(南寄りに方向を変えてくれ)
(はい)
南西の方角は森に突っ込む方向になるが気にしない。
【野駆け】の効果でさほど移動速度も落ちない。
何気に凄いな。
(カティア、調子はどうだ?)
(順調。怖いくらいに体が軽いよ!)
高揚感まで伝わってくる。
サーシャから念話が飛んできた。
(前方から匂いです。バグベアだと思います)
いい塩梅で獲物がいるようだ。
オレのMP回復ができるだろう。
カティアの戦闘力がどれほど向上したのかも確かめておけるだろう。
(・・・9匹いるけどー)
ラクエルが念話で報告を入れてくる。
ちょっと多いな。
(・・・剣撃だけで片付ける。そのつもりで)
(おうよ!)
カティアが一番張り切っているようだ。
先頭に立って駆けて行く。
オレもスピードを上げて続いていく。
バグベア9匹は食事の最中だった。
固まっていたのが運の尽きだ。
カティアが振るったクレイモアの一撃が1匹を腰の辺りで両断した。
他の1匹に盾ごと体当たりを喰らわせるとそのまま通り過ぎていく。
バグベアの群れは一気に混乱した。
オレはショートソード2本を両手に抜いて【収束】を念じる。
赤い魔法式が浮かんでいくのを確認すると、2匹のバグベアの背中に次々と撃ち降ろしていった。
カティアに倣ってそのまま駆け抜ける。
うん、これはいいかもしれない。
ヒット&アウェイといこう。
(足を止めずに攻撃を続けろ!)
群れの周囲を回りつつ指示を出す。
サーシャがダガー2本を両手に構えてバグベアの足元を駆け抜けていった。
凄い速度だ。
一気に3匹の動きが止まる。致命傷はないが十分な戦果だ。
続いてラクエルが長剣を振るう。サーシャを追いかけようとした1匹の右脚を切断して駆け抜けていく。
バグベア達の怒りの咆哮が合唱となって響き渡る。
無傷だった1匹にカティアが襲いかかった。
これまた凄い速さで回避するとクレイモアを振るう。
またも1匹のバグベアの上半身が切り飛ばされて吹っ飛んでいく。スゲーよおい。
すみません、MP回復にせめて1匹残しておいてね。
バグベア9匹を全滅させてようやくオレ達4人の足が止まった。
結局、カティアは5匹仕留めた。全部一撃である。
一新した装備は予想以上に相性がいいようだ。
攻撃力が、ではなく戦闘機動力がである。
4人が乱戦気味に戦闘を仕掛けていながら相互に干渉して邪魔になることがなかった。
相手が機敏でないバグベアであることを差し引いても上々と言えるだろう。
バグベアの立場だと、まるでヘルハウンドの群れに襲われたように錯覚したんじゃあるまいか。
「どうだ?」
カティアがクレイモアの刀身を見つめていた。
「盾がなくても良かったかなあ?」
いや、そうじゃなくてだな。
「あ、でも盾は一回殴ってみて確かめたほうが」
サーシャ、それもなんかズレてますよ?
「まあいいんじゃないかなー」
ラクエルはいつも通りに適当だ。
でもオレの意見も実は一緒だ。
いいんでないの?
バグベアが食っていたのはマッドボアだった。食物連鎖こええな。
魔石を回収するとさっさと先を急ぐ事にする。
オレのMPも回復できたし、カティアの調子も見れたからいいか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
森と草原を交互に駆け抜けていく。
途中で遭遇したのはニードルラビットとブラックマーモットが続いた。
足を止めるのが面倒なのでまとめてスルーだ。
(ヘルハウンドとオークの匂いがします)
サーシャが異変を察知した。
(あと人間と馬の匂いもあります)
(細いけど道を見つけたよー)
道があるなら村なり町なりがあるだろう。
場所だけでも確認しておきたい所だ。
(ラクエル、【姿隠し】を頼む)
(はーい)
道は丘の向こうに続いている。
見晴らしの良い高所に出たが、さらに丘陵地が続いていた。
(ヘルハウンドとオークの匂いが外れてます。左の森方向です)
どうするか。連中の本拠地を突き止めるのもいいだろうが、村や町の在り処を知るのも重要だ。
(よし。そっちは放置していい。道沿いに行くぞ)
さらに一つ丘を越えていく。
道を往く馬車の列が見えた。
その先には城門も見えている。町が迫っていた。
(よし、馬車に追いついて様子を見よう)
念話で指示すると馬車の後を追った。
(馬車の最後尾は幌馬車、その前に藁満載の荷馬車が4台、一番前に幌馬車、御者は全部人間みたい)
ラクエルから風精の偵察報告を受ける。
【姿隠し】が効いているうちに調べられる事は調べておくべきだろう。
(一番後ろの幌馬車の中はホブゴブリン2匹にオーク3匹)
護衛がいたか。
(一番前の幌馬車の中はオーク3匹に人間が3人。人間は戦士2人と魔術師1人だと思う)
もっと厄介そうなのもいる。
(連中は警戒してるか?)
(全然。温いねー)
さすがにここにまでオレ達みたいな敵性勢力が来てるとは思っていないのだろう。
油断してくれているのならばそこを突くだけだ。
(御者の人間は全部男の奴隷だね。【隷属の首輪】があるよ)
あっという間に最後尾の馬車に追いつきそうになっていた。
慌てて指示を出す。
(少し距離を置いて追跡するぞ。速度を落とせ)
早歩き程度の速度で馬車の列を追っていく。
遂には城門にまで到達した。門番は・・・いない。
城壁の上も兵士がいる様子はない。
(【シルフィ・アイ】も城壁の向こうまで通るよー)
つまりこの町全体をカバーする魔術防御をしていないということになる。
随分とまた手抜きだな。
城門の前にある2本の樹木の裏手に回って地面に手を付けて【フィールドポイント】を念じておく。
城門を過ぎると真っ先に尖塔が見えた。だがその尖塔は崩れかけているようだ。
これでは魔術防御もできないだろう。
城門の裏手には町の名前らしき文字が刻まれていた。
イズマイル
確か前作でもあった町の名前だ。