戦力拡充
フェリディの城門前に出た。
少し離れた所にはまだオーガの死体の残骸がある。骨も使える箇所はなくなっていた。
骨の髄までしゃぶられてるな。
城門の番兵はいつもの調子でスルーかと思ったが身元チェックがあった。
さすがに仕事し始めたか。
城門を抜けると多数の馬車が列をなしている。
広場へと向かっていく。両脇では露店も賑わっていた。
資材を搬入するための拠点になっているのだ。普段とは比較にならない活況を見せている。
広場に出てみた。
ここも馬車で埋め尽くされている。
馬糞をかき集めている子供も忙しそうだ。
これが全部ホールティに行くのか。
冒険者ギルドに行くと1階の酒場は閑散としているかと思いきや。
繁盛していた。なんじゃこりゃ。
カウンターはどちらかと言えば酒の販売で賑わっている。
どうにか顔見知りを見つけてカウンターに陣取る。
「どうなってんだ?これって」
「ホールティだよ。あっちで魔石の買取りも始める予定なんだが、高く買取るって噂があってだな」
それってマジ?
「まあ噂だけでこれだよ」
「そうか・・・それはさておき、転移のオーブはあるか?」
「ホールティ行きに使うんで今は個別販売はなしだ」
なんと。
転移のオーブは10個以上確保している。
だが行き先不明の道標を確認することを考慮するともう少し持っておきたい。
【跳躍転移】も常にできる余裕があるとも限らないしな。
あきらめて武具店に行くと閉店してやがる。
防具を買った店も同様に閉店していた。
何事だ。
雑貨屋で聞いてみると、臨時店舗をホールティで開くのだと言う。
確かにリスクはあるが稼げるチャンスではあるよな。
西門方向に戻ると馴染みの宿屋に行く。
獣人族のおっちゃんも普段どおりだ。
「部屋なら1つだけしか空いてないぞ。6人部屋だ」
「繁盛してるじゃないか」
「今だけだろうな。なにしろここを本拠にしてた冒険者は極端に少ないからな。先のことは分からないものさ」
うむ。それはそれで仕方あるまい。
連泊の予定はないから宿は1泊でとる。
それにしても今日は疲れた、精神的な意味で。
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目覚めたのは夜中だった。
サーシャとカティアは同じベッドで寝ている。
カティアがサーシャを抱き枕にしていると言うべきか。
サーシャがカティアを布団代わりにしていると言うべきか。
まあ見てて微笑ましいのは確かだろう。
ラクエルも熟睡している。
彼女は元々がエルフであるだけに普段は睡眠時間が短くて済んでいる。
オレが寝るより遅く就寝し、オレより早く起床しているのが常だが、さすがに疲れているのだろう。
いい機会だ。
支援AIに進捗状況を確認しておこう。
(C-1、D-2)
《はい。ナノポッド運用状況は問題なし。代謝廃棄物の回収も確認》
《外部接続の状況は進展ありません》
《環境評価は随時継続中》
《先般の過剰刺激の件、他のバーチャル・リアリティ・ゲームとの比較対象について追加報告です》
ほう。
《現時点では16日と半日となりました。筋肉萎縮の兆候は引き続き見られません》
《逆にバイタル・リアクションは明確に向上しています》
《代謝廃棄物の生成は若干の増加傾向です。乳酸値も増加傾向なのですが、回復速度も向上しています》
【感覚同調】も使い始めてる影響でもあるんだろうか。
(推測でいい。何が起きてる?)
《有限要素法による相関を精査しました。ゲーム内部で使用する魔法効果などの影響と考えざるを得ません》
なんじゃそれは。
(ゲーム内部でオレのキャラに起きている事象が現実の肉体に影響しているとでも?)
《要素と結果の相関ではそう言えます。明確な理由は不明です》
・・・なんともまた奇妙な。
(他には?)
《マスターの眼球を用いた視覚探査のプログラムは仮組みできました。ナノポッドにテスト指示はいつでも出せます》
《予備のナノマシン群を使用する必要があります。制御プログラムと作業領域を0-2に設定しました》
(テスト基準は?)
《3水準でテストプラン策定しました》
(成功確率の高そうなものからテストを開始できるか?)
《就寝中でしたらいつでも。起床中では情報錯誤でデータがとれない可能性があります》
(よし。実像はすぐにも見てみたい。ゲームの合間で確認しよう)
《了解》
《了解》
C-1、D-2の報告を反芻してみる。
ゲーム世界の事象が現実世界の肉体に影響を与えている、か。
精神はどうなんだろうか。
魂ではどうだろう。
肉体はともかく、精神の場合は幻想と現実を分ける境界線があいまいになり易い。
そうでなくとも現実世界とはご無沙汰なのだ。
ゲーム世界では紆余曲折があるものの順調と言っていいだろう。
あの伝言の一件だけが引っ掛かっている。
どうにも腰が落ち着かない気分に陥っていた。
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それから少し寝ることができた。
既にサーシャ達も起きていたので、テスト内容は後で確認することにした。
朝飯を済ませたら早速昨日の続きで探索を進めることにしよう。
だが城門でカティアが誰かに呼び止められた。
「おやカティア、稼いでるかい?」
「ああ、女将さん」
女将さんとか誰だ。
身なりは目立たないが小奇麗で恰幅のいい老女だ。商人にありがちな格好ではある。
カティアが幌馬車の中を覗くと目礼していた。
「また労働奴隷を引き連れて商売?」
「労働力の提供、とは言えないのかねえ・・・お前さんは目星はついてるのかい?」
カティアの視線がオレを捉える。
「それはこれから次第」
「?」
そうか、やはりこの女性が奴隷商人なのだろう。
「今は腕を見せているトコさ、女将さん」
「・・・失礼」
目礼のみであいさつをする。
「私は冒険者でシェイド。カティアとはここ数日一緒に組んでいる者です」
婆様が驚いた表情でオレを見る。
「こりゃまた随分と・・・カティア」
「はい?」
「脅かしてるんじゃなかろうね?」
「まさか」
サーシャとラクエルもピョコンと頭を垂れる。
カティアがサーシャを抱きかかえて頭を撫で始める。
「結構うまくやってると思うけど?」
婆様がオレを見る。
「・・・頼りになってるのは確かですよ」
「大丈夫かね?あんた達ちっこいし」
そっちかい。
外見が頼りないのは確かだけどさ。
「これでもアタシが頼っちゃう位にはちゃんと冒険者なんだ」
カティアが助け舟を出す。買い取って欲しいからな。
「・・・少しだけ時間をいただけますか?」
婆様を広場の方へ移動するように促してみた。
先方も空気を読んでくれたようだ。
「・・・いいさ。カティア、うちの幌馬車の面倒見てておくれ」
「あいよ」
広場の喧騒は相変わらずだ。それでも2人で密談する場所には事欠かない。
行き交う者は皆忙しそうだ。
「そういえばお名前を伺ってませんでしたが」
「リグリネの奴隷商人でユーリアだよ」
改めて握手する。
「大丈夫だったかね?あの娘」
「いや、前衛の戦士としては申し分ないと思うんですが」
「確かにあたしもそう思うがね。戦うのを楽しむような所があってねえ」
うん、分かる気がする。
「戦いぶりがちょっと派手になるものだから狂戦士っぽく見られたこともあってねえ」
それも分かる気がする。
でも彼女は凶戦士でないのは確実だ。そうであったら【感覚同調】なんて出来ない。
「組んでみましたが大丈夫だと思いますよ」
「それならいいんだがね」
「彼女とは今後も組んでいきたいのです。お譲り下さればありがたい」
商人相手の交渉としては失格だろう。
だがもうカティアは買うものと決めていた。下手な値段交渉はするだけ無意味だろう。
「セム金貨で25枚、だね」
十分に支払える額だ。
「大丈夫です。白金貨と金貨の現金で支払えます」
即答したのには驚いたようだ。
「交渉もせずにいいのかい?」
「今は時間も惜しいですし」
本当の理由ではないが事実でもある。探索行は早めに再開しておきたい。
婆様がオレを見る。目付きが真剣だ。鑑定されているかのようだ。
「・・・まあ、いいさね。あんたに譲るよ」
深々と一礼された。こっちもつられて一礼してしまう。
城門に戻るとユーリア婆様が幌馬車の中から台座付の水晶球を取り出した。
「カティア、おいで」
水晶球が白い光を帯びる。カティアが右手をかざすとユーリア婆様も同じく右手をかざす。
左手はカティア【隷従の首輪】の魔晶石に触れている。
呪文を唱え始めた。
《我は汝の主人也、契約に従い我に隷従せし従僕を次なる者を主とせよ、次なる主の名はシェイド、我はその糧に我が力を汝に分け与えるもの也》
呪文が完成したタイミングでオレも右手で水晶球に触れる。
赤い光が浮かび、その直後に白い光が走った。
これで契約更新が終わったはずだ。
カティアの【隷従の首輪】の魔晶石に触れてみる。白く淡い光を発していた。
「ふむ。これでええじゃろ」
【アイテムボックス】から白金貨2枚と金貨5枚を取り出して婆様に渡す。周囲の目が怖かったが気がついた者はいなかっただろう。
婆様がカティアに向けて話しかけてくる。
「まあたまには元気な顔でも見せに来る事じゃな」
「あいよ」
どうやらカティアもこの婆様は気に入っていたのだろう。いい笑顔を見せる。
「暫くは転移先におるじゃろ。ホールティ、じゃったかな?」
「合ってるよ。多分、あたしらもそこに戻ることになるだろうし」
カティアとユーリア婆様が握手する。再会を願って。
「じゃあ改めて。今後とも宜しくな、ご主人様よう」
ご主人様に対する言葉遣いじゃねえぞ。
まあそれも含めてカティアらしいが。
「サーシャもラクエルも宜しくな」
「あ、はい」
「こっちこそー」
うむ。
なんかビジュアルに歪みが生じそうであるが女の子3人で微笑ましい。
だが問題も生じている。
パーティの編成を今後どうするか。
流されてしまいオレ以外全部女の子になってる。
パーティメンバーは最低でも5人、最大数で言えば8人まで拡充を考えている。
これでは男性メンバーを入れるのが憚られる。
オレはオレで手を出せない据え膳が増えてしまう訳で。
困ったもんだ。
「よし。一旦、寄り道するが探索を続行するぞ」
フェリディの町を出て城門から少し離れると【跳躍転移】を念じる。
行き先は混沌と淘汰の迷宮の16階にある武具庫だ。
カティアが正式に仲間になったのだし、装備を充実させておくべきだろう。
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例の部屋は相変わらず痛いほどの光で満ちていた。
8つの箱に手をかざしていくと自動ドアのように開いていく。
机の上の石版を確認するが、追加の伝言はない。
どうなってるんだか。
「カティアの装備を充実させておく。ラクエル、本来の姿を見せておけ」
「はいはーい」
ラクエルがダークエルフの姿に戻る。
カティアの目がこれ以上ないほど見開かれていた。
「カティア、この件は仲間内だけの秘密だぞ」
「そういうことで宜しくねー」
カティアは言葉を失ってしまっているようだ。
とりあえず放って置いて箱の中を探していく。
あの熊男の竜皮のジャケットに竜革の鎧兜がいいだろう。
同じ獣人族が使っていたので【獣化】にも対応できるように作ってある。
全部見て回ると最後の箱にそれはあった。
だがこいつは近接戦闘、しかも格闘を前提にした装備だ。
格闘で打突部位になる箇所を中心に材質も魔法も強化してある凶悪な代物になる。
厳密にはこの装備だけあれば盾はいらない。
しかし暫くの間は戦闘スタイルを強引に変えることもなかろう。
他の箱を漁って行く。大き目の盾は騎士の持ち物から引っ張り出した。
戦槌ならばあのドワーフの持ち物にあるだろう。
・・・
ここで気がついた。
あのドワーフが使っていた鎧兜に盾がなかった。
メインで使っていたポール・ウェポンもない。
補助で使い分けていた戦槌と戦斧もない。
あの死霊使いが使っていた王錫と長剣がなかった。
竜翼のローブもない。
呪符が1枚も見当たらないのもおかしい。
2人に由来する装備のうち最後のほうで使っていたものが抜けている。
・・・
あのドワーフもまたこの世界にいるってことなのか。
おっと。
カティアの得物を選ばなくてはいけないんだった。
騎士がサブウェポンで使っていたメイス。
オレが使っていたクレイモア。
この辺りでいいだろう。
「カティア、こっちに来てくれ」
ガールズトークの途中で済まないね、
まだなにやらサーシャとラクエル相手に話し込んでいたが中断させる。
いつの間にか笑い声になってたが、ラクエルがダークエルフだった件はもういいのか。
「こいつに着替えてくれ」
竜皮のジャケットに竜革の鎧兜を指し示す。
「随分と大きいけど?」
「サイズはちゃんと合うようになってる」
熊男はデカかったからな。2m超えてたし。
着替えさせて見るとちゃんと似合っている。
なんか前作の熊男を彷彿とさせる。戦闘スタイルこそ違うがカティアもパワーファイターだししっくりと馴染んでいるようだ。
「少し体を動かして見て」
「お、おう」
本当に体に馴染んでいくジャケットと鎧兜にビックリしている。魔法の武具は初めてなのだろう。
「わ、軽いんだな、これ」
「軽いだけじゃない。他にも魔法がいくつかかかっているからな」
「魔法?」
「ああ。まあ反則の品だとでも思っていいぞ」
騎士が使っていた盾を渡してやる。こいつも軽量化だけでなく魔法やブレスにも高い抵抗力を備えた優れモノだ。
表面は煤けているが全部竜鱗を重ねて加工したものだし、オリハルコンと竜皮で裏打ちしてある。
「・・・なんだろ、すごく安定してるな」
まあね。
持っていると軽く感じるだろうが、軽量化の魔法がかかってないとオレでは持ち運べない代物だった筈だ。
クレイモアを渡してやる。
本来は両手用の剣で幅広の刀身を持つ。こいつにもオレのショートソードと同様、複数の魔法式を内包している。
デフォルトだけでも魔法式破壊と体力回復を持つ魔法剣だ。
カティアが使うにしても十分に役立つことだろう。
・・・カティアが片手で楽々と扱っていやがる。鍔飾りは小さめなので干渉はしていないようだ。
片手剣じゃないんだが、片手でも大丈夫そうだ。
「こいつもいいじゃない」
気に入ってくれたようだ。
「このメイスは予備で持っておけ。盾の裏に収納できる筈だ」
メイスは飾りも素っ気もないが、魔力を込めたら低周波振動の大規模破壊魔法も発動できる凶悪な代物なのだ。
普通に使っていても十分に凶器ではある。
「あの、ご主人様、いいですか?」
なんでしょうサーシャ君。
遠慮なく言ってみたまえ。
「ここにある物といい、ご主人様の慣れた様子といい、なんか不思議なんですけど」
上目遣いで見るのはやめなさい。全部白状したくなるじゃねえか。
「うむ。オレだけの秘密だ」
「えーなんでー」
ラクエルもまぜっかえすのはやめなさい。
「言えない」
「へー」
カティアまで参戦しないで。
「・・・まあなんだ、色々と見てていいぞ。但し元の場所に戻しておけ」
「気に入った装備があったら持っていっていい?」
「一度オレに見せてからだな」
「はーい」
うむ。
ガールズトークが再開したようだ。
探索行が遅れるが息抜きがあってもいいだろう。