廃村にて
リザードマンが使っていた得物の戦槌2つに円形盾1つは戦利品として回収する。
カティアが使うにしては大きすぎるが、いい値段で売れてくれるだろう。
盾1つはオレが破壊してしまったのが今更ながら惜しくなってくる。
魔石はもちろん回収したが、ドロップアイテムがあった。
瑪瑙だ。
なんかドロップアイテムが久しぶりに感じる。
リザードマンは小規模ながらも群れで行動する種族だ。
警戒を厳重にして先を急ぐ。
どうしてもスピードが削がれる。
リスクを考えたら許容範囲だろう。
おかげで面倒そうなジャイアントクロウの群れを事前に回避できた。
昼過ぎには湿原を抜けた。
かと思ったらまた森になった。丘陵地が続いていく。
左手にはずっと湖面が続いている。
一度、周囲を見渡せる場所で全方位を見てみるが、町らしきものは見えない。
天候も悪くなりつつあった。黒い雲が向かってる先に見えてきている。
こういう時は無理をしないほうがいい。
雨の中の探索行は効率が悪すぎる。
森を通過しているとラクエルから念話が飛んでくる。
(森の中に集落。進行方向やや左にあるよ)
サーシャからも報告が来る。
(匂いでは人がいるかどうか判別できません)
どうするか。
進行方向から多少外れるならスルーしてもいい。
悩んでたら雨が降ってきた。
(・・・集落に寄ってみよう。ラクエル、誘導してくれ)
(じゃあ先頭で行くよ)
ラクエルがサーシャの前に出ると先導する。
顔を叩く雨粒が大きくなってきていた。
森の中の集落は荒れ果てていた。
無人だ。生活感が欠片もない。
人間の集落じゃないのが分かる。前作で似た様な村を見たことがあるのだ。
ケンタウロスのものだろう。彼らは森の中と草原を生活圏にしている。
何処に行ってしまったのだろうか。
「サーシャ、匂いはないな?」
「え、はい。異常は感じません」
「ラクエル、周囲にドライアドはいるか?」
「・・・いるみたい。でもなんか出てきたくないみたいよ?」
まあこういったイベントはよくあるパターンだ。
どんな罠だ。
「なあ、カティアの勘ならどうだ?ここで休みたいか?」
「お断りだね」
そうだね、あからさま過ぎるもの。
【魔力検知】も【感覚同調】で4人全員で共有している。
より広い範囲を監視できている筈だが異常は見られない。
匂いでも異常が感じられない。
だが精霊は異常を感知しているってことは。
【精神感応】を念じる。精神魔法の基本となる呪文だ。ESPで言うところのテレパシーになる。
範囲を広げていくと違和感があちこちに感じられる。
感情の吹き溜まり。
怒りが。
悲しみが。
狂気が。
恐れが。
体が動かない。言葉を紡ごうとするが言葉は出ない。
(この感覚は・・・アンデッドだ!)
念話で警告を発した。
オレの思考に何かが侵入しようとしてくるのが分かる。
目の前に淡い光が見える。
幻視だ。
アンデッドと思考が同調してしまっているのだ。
負の感情が雪崩のように押し寄せてくる。ただ耐えるしかない。
体が重い。
いや、重たくなってるのは思考のほうだ。
この陰鬱な感覚に心が耐えられるのか。
耐えてみせる。
逆に負の感情の迸りを辿ってアンデッドの在り処を探っていく。
水飲み場。
厩舎。
見張り小屋。
一番大きな家に2つ。
一番大きな樹木に1つ。こいつが異質だった。純粋に悲しみの感情の塊だ。
ラクエルがオレの肩に手を当てていた。
心の枷がなくなって軽くなる。浮揚感が凄い。幸福感にも似た感覚だ。
神聖魔法で精神状態を回復してくれたのだろう。
「すまない」
「うん。【レジスト・アンデッド】で当面凌げるかな?」
「実体化しなければ、だがな」
サーシャが背中のショートソードを抜く。刀身が淡い青に包まれていく。
ホーリーウェポンの特性でアンデッドの存在に反応しているのだ。
「カティア、こっちへ」
カティアのスキルと装備品ではアンデッドに対抗するには不利だ。
突然【魔力検知】で5つの塊が現れた。
実体化したようだ。
幽体であれば対応が難しいが、実体化するならむしろ戦いやすい。
現れたのはスケルトンだった。
但し全部ケンタウロスの姿形である。
3体が突撃槍、1体がグレートソード、1体が弓矢を持っていた。
カチャカチャと骨同士が軋む音が聞こえてくる。
不快な音だ。
カティアの盾とウォーハンマーに両手で触って【ヒート・ウェポン】を無詠唱で構築する。
続いて日本刀を引き抜くと左手で【ヒート・ウェポン】をかける。
実体化したアンデッド相手には焼くに限る。
ラクエルの【ターンアンデッド】で祓うこともできるのだろうが、それでは経験値にならない。
「ラクエル、弓矢持ちを焼いてくれ」
指示を残すとラクエルの正面に立つ。
「迎え撃つぞ」
「あ、はい」
「おう」
カティアが左翼、サーシャが右翼に陣取る。
ケンタウロス・スケルトンが駆け始める。移動が速い。
弓矢持ちがいきなり燃え上がり始める。小降りの雨にも関係なくよく燃えている。
3匹のサラマンダーが骨の中にまで這い回っていた。
盛大に燃えながらもこっちを射ようとしている。
突撃槍持ちの2匹が並列で突っ込んできていた。
意外に連携が取れているな。
腰を落として刀を地摺り正眼に構える。
突き出されてくる槍をかわしながら足元を連続で薙ぐ。
2匹の前脚を片方断ち斬った。
転がる2匹にカティアとサーシャが殺到する。
槍の攻撃も倒れてしまっていては大した脅威になり得ない。
2匹共にフルボッコだ。
大剣持ちが迫ってくる。
地面に剣をこすりながらオレに向けて逆袈裟に斬りかかる。
体を反転させてかわすと胴体に一撃、さらに半身に体を転じてもう一撃。
二撃目で後脚を潰した。
まともに走れなくなった所を後ろから斬りまくる。
炎に包まれて崩れ落ちた。
その頃には弓矢持ちも燃え上がって倒れていた。
カティアとサーシャもそれぞれが1匹ずつ仕留めている。
残るは1匹。
「いけない!バンシーがいる!」
ラクエルが警告を発する。
【魔力検知】ではバンシーは確認できない。
そうか。
さっき【精神感応】で感知した悲しみの塊のような存在がそうなのか。
残っていた1匹のケンタウロス・スケルトンが悶えるように奇妙な動きを見せた。
「・・・憑依してる。あんなの知らない・・・」
どうやら見えているのはラクエルだけのようだ。
【感覚同調】していることで、かろうじて存在を感じることができていた。
バンシーは精霊であって現世では具現化できない。
アンデッドを媒介として具現化しようとしているのか。
ケンタウロス・スケルトンが叫ぼうとした。
実際には声帯もなにもないので声は出ない。
だがすさまじい怨念が感じられる。悲哀の発露だ。
いや、まるで渦に引き込まれるような感覚が皮膚を襲ってきている。
普段から飄々としているあのラクエルの表情が強張っていた。
サーシャが、カティアが、唸り声をより高く響かせている。
鼓舞するかのように。
威嚇するかのように。
【感覚同調】を強めていく。
ラクエルの思考に同調する。
恐れおののく表層感情を拾っていく。
(恐れてもいい。だがお前には支えがあることも忘れるな)
念話で語りかける。
オレもオレなりに咆哮をあげた。
ケンタウロス・スケルトンの真正面に突っ込んでいく
突撃槍がオレの顔面に突き出されてきた。
首を僅かに捻ってかわしていく。
刀を槍にすべらせていき、魔物の右腕を斬り飛ばしてやった。
赤熱する刀身が一瞬火花を散らした。
【精神感応】しているオレの思考が魔物の意思を拾い上げてくる。
悲しい。
ただ、悲しい。
寂しい。
ただ、寂しい。
カティアの赤熱した戦槌が魔物の胴体を叩く。
サーシャの剣が後脚を斬り裂いていく。
それでも動くことを止めない。
赤熱した盾を構えてカティアが胴体に体当たりする。
ボロボロになりつつもオレの目の前でまだ立ち上がってきた。
右手にはもう得物毎なくなっている。
残された左手をオレに伸ばそうとするが、サーシャの剣の一撃で砕け散った。
感情が。悲しみが爆発した。
そして一点に収束していく。
ケンタウロス・スケルトンが一瞬で崩れ去っていった。
その跡に淡い幻影が立っている。
女の影。
美しくも悲しい表情。
バンシーだった。前作でも見た者いたとは聞いたことがない。
死を予告する妖精。
精霊使いでも交信できることは事実上できないのだとも。
悲哀を司るもの。
だが伝わってくる感情には別のものが含まれているようだった。
「・・・そうか、ここに居た住民の悲しみの結露なのか」
バンシーの目は燃え上がるような赤だった。
その赤い光が薄れていく。
「望むのは何だ?復讐か?祈りか?その悲しみを拭うものは何だ?」
答えはない。
【精神感応】を切ることもできる。
だが何故かそうしたくなかった。
「望むのであれば望むように、在るがままに在ればいい。何がしたい?」
無駄だろうが話しかける。
動けない。
サーシャもラクエルもカティアも動いていない。
バンシーが顔を向けてくる。
永遠のような一瞬。
微笑んだ。
慈愛の表情だった。
何かの感情が溢れて来る。
脱力するかのような感覚だった。
そのうちにバンシーが目の前から消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
暫くの間、呆けたようになっていた。
あれは一体、なんだったのか。
「・・・バンシーは妖精、精霊というより亡霊のような存在だって言われますけど」
珍しくラクエルから語り始めていた。
「憑かれたらまともでいられません。怒りの精霊ヒューリーも同じです。普通では精神が平衡を保てずに魂が砕けます」
ラクエルの顔が蒼白だ。
「普通は死にます。死なずとも狂ってしまいます」
【感覚同調】【精神感応】でも既に異常が感知できない。
ラクエルの困惑が伝わってくるだけだ。
「無事なのがおかしい、ということか?」
「ええ」
確かに聞かない話ではある。
「ご主人様が今この瞬間に狂戦士になっていても不思議じゃありません」
おいおい、脅かすな。
いや、ラクエルの目が真剣だ。
マジですか。
「大丈夫・・・だと思うが」
「飽くまでも一例です。私達の誰がそうなっていても不思議じゃないってことです」
いかん、普段とキャラが違っていた。
正直、すまんかった。
「・・・とりあえず、ここは離れたほうがいいか」
「はい。野営するならもっと離れないと危険です」
雨の中を移動することになるが仕方あるまい。
急いで村跡から離れていく。先頭はラクエルだ。
今までにない速度になっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
小高い丘に到達した。丁度巨木があったので小休止にすることにする。
雨はまだ小降りで止む気配がない。
ラクエルが巨木に体を預けている。少し安心したような様子だ。
少しだけ【感覚同調】を強めてみる。
うん、大丈夫そうだ。
そうだな、跳べるのであれば跳んでしまえば心配もあるまい。
「一旦フェリディに戻るか」
「・・・え?でも探索は?」
サーシャもまだちょっと不安な様子を見せている。いい傾向じゃないな。
「跳べばいいのさ」
巨木の根元に手を着けて【フィールドポイント】を念じた。
「ラクエル、跳ぶぞ」
「んーもうちょっとこの子と一緒にいたいー」
巨木をこの子って。
でも少し調子が戻っているようだ。これはいい傾向かな。
「そうか。もう少し堪能したら行くぞ」
「あいー」
天空の様子はさらに良くない。
雨足は強くなってきていた。
これはたまらん。
「ああ、ラクエル、もう跳ぼうか」
「えー」
ああ、いつものラクエルだな。安心した。
「あー跳んでいい、かな?」
「うーんもうちょっと・・・」
随分と気に入ったもんだな。
カティアがラクエルを担ぎ上げた。
「これで問題解決かな?」
まあね。
ちょっとだけムスッとした顔をしてるが、【念話】【感覚同調】である程度の表層心理は伝わってる。
この天邪鬼め。かわいいじゃないか。
カティアも楽しげだ。行動が男前すぎる。
「・・・じゃあ集まってくれ。跳ぶぞ」
【跳躍転移】を念じる。
今までにマークしてきた【フィールドポイント】と【ダンジョンポイント】の景色からフェリディを選択する。
一気に跳んでいった。