バジド
転移先は廃墟のような場所だった。
崩れかけた壁が背後にある。
周囲は木立ちに囲まれている。乾いた風が木々を鳴らしてゆく。
太陽の位置が低い。朝なのか夕方なのかよく分からん。
また遠い場所に跳んだようだ。
「サーシャ、匂いはどうだ?」
「は、はい。オークが多数、オーガは多分1匹です。それと判別つかない匂いもあります」
周囲は閉鎖空間になってない。地面に手をつけて目印に【フィールドポイント】を念じておく。
「よし。日中なら奴等はどこかに潜んでいるだろう。場所だけは把握しておきたい」
「はい。匂いを追います」
「・・・そんなことも出来るんだ・・・」
カティアがなんか感心している。そう、サーシャは小さいがとても役に立つのだ。
カティアは間違いなく戦闘には向くだろうが探索はどうなんだ。
「虎人族なら狩りはやるだろう?」
「まあそうなんだけどさ。あたしは狩場に出たことがない」
なんか訳ありなのか。
「爺さんの代から家族で逃げてきたんだけどさ。親父が病気になって金が足りなくなってね。小さい頃に売られたんだよ」
やべえな。ガチで泣かせる話になるのか。
「私も器量が良かったら違ってたんだろうけどさ。いきなりデカくなっちゃってねえ」
うん。デカ過ぎて引くわ。
労働奴隷にしても肉体労働向けだよな。
「労働奴隷にして売るにはもう割が合わないってことになっちゃってさ、戦闘奴隷で売り出し中」
いい笑顔を見せる。
「でだ、気に入ったらあたしを買わないかい?役に立つ自信はあるよ」
そうか。
つまり彼女はまだ奴隷商人の売り物な訳だ。
商品兼営業販売でプレゼンも自らやってみせるから効率がいい。
傭兵もそうだろうが、自らを売り込む機会として今回のような任務はうってつけだろう。
奴隷商人の持ち物でいる間は冒険に出る機会は少ないし、その分成長しない。
戦闘奴隷は自らの売り時が早いほうが有利なのだ。
「まあ考えとくよ」
懐には余裕がある。
連携を見てからでも遅くはないだろう。
サーシャが辿り着いた洞窟は入り口から規模が大きい。これならオーガも潜めるだろう。
「・・・オーガも中に入っていそうか?」
「匂いならそうです。別口で人間の匂いもあります。こっちは冒険者みたいです」
「そうなのか?」
「あ、はい。油の匂いが残ってます。松明によく使うやつです」
ふむ。
迷宮でオーガに出くわすのだとしたら冒険者も可哀想だよな。
だがここは匂いを残してくれたことに感謝だ。こっちにも果たすべき任務ってものがある。
「人間の匂いを逆に辿ろう。どこか街道に出て町まで行けるだろう」
だが迷うこともなかった。
森の茂みを出ると丘陵地帯、遠くには麦畑が見える。
馬車の列が移動していた。恐らくは街道なのだろう。
その先に尖塔が見えた。
「なんかあっけなく任務達成できそうだな」
「あ、はい。でもそれはそれでいいと思いますけど?」
甘いぞサーシャ。男には達成感がないと消化不良を起こす生き物だっているんだぞ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
街道はそこそこ往来がある。
馬車も多いが冒険者らしき姿も多い。
尖塔のある街が近くに見えてきたがこれは・・・
町というより都市だ。しかも城塞都市。デカいよデカい。
一番外の城郭だけでも圧倒されそうな迫力がある。
奥行きもありそうだ。
防御力は半端なく高いだろう。
城門では身元チェックがあった。
座って順番待ちしながら地面に手を当てて【フィールドポイント】を念じておいた。
冒険者ギルドのプレートに対して2名が別々に確認していく。
ダブルチェックするにしても門番が互いにツーカーだと意味ないような気もする。
馬車の方は鈴なりになってる。あっちは荷物チェックが大変そうだ。
冒険者にも荷物チェックがあっても良さそうなのになかったな。
これも冒険者が何かしら問題を起こしたら冒険者ギルドが始末をつけることになるのが基本だからなのだろう。
カティアの場合はどうか。
どうやらオレが主人だと勘違いしたんだろうなあ。
城門の文字に視線を向けると仮想ウィンドウが自動翻訳する。
『バジド』というのか。
聞き覚えがある。
前作ワールドマップで西の端の方にあった巨大都市だ。
実際の欧州地図で言えばマドリッドに相当するのだろう。
こんな立派な城郭じゃなかった気がするんだが。
町の中はえらく広い。城門から幅の広い道が真っ直ぐに伸びている。
その先はさらなる城郭がある。
2重で城郭か。
ここまで広いと冒険者ギルドを探すのも骨だ。
こういう時は冒険者らしき人影について行くのがセオリーというものだろう。
だが冒険者らしき奴は外へと向かうばかりだ。朝方なのだからしょうがない。
オレ達に対して道行く人々の視線は関心なさそうだ。
たまにカティアに好奇の目を向けるのがいる。まあデカいしな。
あとこの町には獣人族やドワーフ族は少ないようだ。エルフは普通に見かける程度になる。
「こんなに大勢の人がいるんですね」
「・・・ひっろーい」
サーシャもラクエルもこれほどの規模は初めてなのだろう。
「レイジオも大きかったけど・・・もっとデカいな」
聞いたことのある地名だ。確かローマに相当する都市の筈だ。
「広すぎて埒が明かないな。教会を探そう」
広すぎてどこに行けばいいのか困ったときは・・・そう、教会のある場所に行けばいいのだ。
町の中心部に行けば大抵ある筈だ。
そして冒険者ギルドも大抵は近くにある。
2つ目の城郭は結構古い。城門はなんか見たような覚えがある。オレの記憶も怪しいから断言はできないが。
城門の上にはフル装備の騎士みたいな奴がいる。但し紋様のあるローブも着ている。
重要な都市の護りには定番のスペルガードだろう。対魔法防御を専門とする魔術師だ。
城壁の上には弓矢を背負った兵士も何人か見える。
つまりこの中が中核ってことだ。
その割りに門番がいない。
冒険者も何人かがこの城郭から外へと向かっている。ギルドもこの中なのだろう。
城郭の中だけでもフェリディと比較にならないほど広い。
尖塔を中心にいくつかの塔がある場所は城だ。その手前には広場がある。
やたら広い。
定番の都市構造ならば広場の一等地に教会はある。
広場の喧騒も凄かった。
なにやら正規兵が整列して点呼している。正規兵だけでなく神官らしき姿もあるようだ。
見物している人々も多い。
何が起きているのか、なんとなく想像がつく。
だが今は教会が先だ。
「教会ならあれだねー」
ラクエルが真っ先に見付けたのは広場の左側にある古い建物だ。
教会と言えば荘厳なイメージがあるんだが、ここのはなんか残念な外観だ。
ただ建物そのものはデカい。
教会の中は広い割りに閑散としている。
大きめの彫像が12体、柱のある場所に飾られていた。
正面の祭壇の後ろには壮大なレリーフもある。
3人ほど神官がいる。手近にいた若い男の神官を捉まえる。
「失礼。冒険者ギルドを探しているのですが」
「ああ、バジドの町は初めてなのですか?」
「はい」
「ちょうど広場の反対側になります。2階建ての比較的新しい建物ですね」
「1階は酒場になってます?」
「ええ」
苦笑された。まあ冒険者ギルドだと定番だからな。
「ディオニュソス神の信徒がもっと増えてもいい筈なのですが」
まあね。酒の神様だし。
反面で狂気をも司る神様で怖いんですけどね。
「それに兵士が大勢出陣したようですが」
確認はいるよな。
「ええ、困ったことに近郊の町との街道にオークが出たとか。オーガもいたって話も聞きますね」
「ほう」
やはりか。
今はオークの供給先のホールティを確保したからな。
増えることはないだろう。
一礼して教会を出る。さっきまでいた兵士達はキレイにいなくなっている。
代わりに冒険者か傭兵らしき集団がいくつか。統率がとれていない。
正規兵は近郊の町の警備、冒険者と傭兵には討伐をさせる構図だろう。
広場を縦断して教えてもらった建物に向かう。
オレの嗅覚でも酒の匂いが分かった。
中に入るとドワーフが酒盛りを・・・しておらず、人間の爺様達が酒盛りしている。
ダメ親父の巣窟かよ。
カウンターは長く、中にいるバーテン兼窓口の担当者も5人いる。全員暇そうだ。
ギルド登録のプレートを取り出してカウンターに置く。
一番近場にいた渋い中年男に声をかける。
「フェリディの冒険者ギルドからの使者でシェイドといいます。ギルドの責任者っていますか?」
「使者?それにフェリディだと?」
会話しながらプレートを【鑑定の鏡】で確認するとオレに返してくる。
「ええ」
「道標使ってくるほどの用件なのか?【遠話の水晶球】を経由して伝言をくれればいいのに」
まあ単純な連絡ならそれでいいんだろうけどさ。
「詳細は直接お偉いさんと話して貰った方がいい。新しい【遠話の水晶球】の片割れを持ってきてるんでね」
なんか不思議そうな顔をされた。
「フェリディにもオークやオーガを送り込んでる連中がいた。その拠点を今日急襲した所です」
担当者の顔つきが変わる。
「なん・・・だと?」
「連中はゲートを使って各地に送り込んでる。オレ達は連中が作ったゲートの行き先を調べてるんだ」
「誰がやってるんだ!!」
「デラクシル帝国」
言葉に詰まった担当者の視線がオレから外れる。
後ろに別の気配が。
「詳しい話はこっちで聞こうか」
酒盛りしてた爺様の1人がそこにいた。
場所を酒盛りしているテーブルに場所を移した。
爺様ばかり4人。1人は神官っぽい。2人は明らかに魔術師だ。しかも獣人族のようだ。
声をかけてきた爺様は平服なので職業が何なのか判別がつかない。酔っているようにも見えるが威圧感が凄い。
「ワシがここのギルドの長でリカルドと云う」
やはりこの爺様がトップか。
「私はシェイド。このメンバーを率いています」
サーシャ達の紹介はあえて省いた。
「随分と若いのを寄越したもんじゃな」
「人手不足、だと思ってください」
実際あっちではいくらでも戦力が欲しい所だろう。
「この近くにゲートがあるんじゃな?」
「ええ。オレ達はそこから来たんで」
「オークもそこから、なのじゃな?」
「ええ。繁殖場がありましたから。今は占拠してるんで増えることはないと思いたいですが」
言葉を一旦区切る。
目で先を促された。
「デラクシル帝国の勢力下にあるのですよ。城郭はありますから防衛はある程度できるでしょうけど」
「戦力が足りない、のじゃな?」
「ええ、いくらでも欲しいでしょうね」
4人が互いを見る。
「こっちの戦力はメリディアナ王国の派遣軍と沿海州の派遣軍、あとは近郊の冒険者ギルドと傭兵に戦闘奴隷の寄せ集めです」
4人の視線はオレに集まる。
「メリディアナ王国の本格的な派兵には時間がかかるでしょう。少しでも援軍が欲しい所でしょうね」
「このイスラディア王国にも派兵しろと?」
「クレール山脈で拮抗している戦況を変えられるかもしれませんね」
また互いを見る。
そう。
前作ではクレール山脈から東は肥沃な土地だった。
草原地帯には人馬族に草原エルフの集落が点在し、人間の国家もいくつか存在していた。
それらを取り戻すことになるのだとしたら?
その戦功は巨大なものになるだろう。
ギルド長のリカルドさんが暫し考えると他の3人に指示を出し始める。
「ワシは王宮に行く。2人は随行してゲートを確認してきてくれ。ガルはここを頼む」
リカルドさんが【遠話の水晶球】を手に取るとさっさとギルドを出て行った。
いきなり取り残されてしまった。
「ふむ。ではゲートまで案内して貰うとしようかの」
獣人族の爺様が席を立った。
「ワシは豹人族でクラウサじゃ。準備してくるのでここで待っててくれ」
神官が席を立ち優雅に一礼する。
「ワシはディオニュソス神に仕えるアロンソという」
酒の神に仕える神官なら酔っていてもオッケーですね、分かります。
神官服の下に革ジャケットが見える。装備はすでにしてあるってことか。
残り1人がガルさんだろう。
「ワシは近郊のギルドに連絡をしておくとしようか」
そう言い残すとカウンターのほうに急いでいった。
少し待つ時間が出来た。
どうやら4日ほど前からオークとの遭遇情報が往来する商人から寄せられていたのだとか。
更にはオーガに襲われた冒険者もいるのだとも。
どこに行ってもオークは嫌われ者だしオーガは脅威だ。
クラウサさんが装備を整えてきたようだ。
ローブの下に革ジャケットの軽装だが色彩溢れている。それに短槍だ。派手な色の布地が巻かれている。
前作でも豹人族ってのは派手な格好がデフォだ。理由は分からない。
多分、運営の趣味だったんだろう。
豹人族は獣人族の中でも魔術師に向く種族で、好んで短槍を使うのも特徴になる。魔術師でも槍を杖として使う傾向が強い。
でも近接戦闘は年齢を考えて頂きたいものである。
「早速じゃが場所の案内を頼む」
爺様とは思えない勢いでギルドを後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ゲートのある場所には【フィールドポイント】を残してある。
精神魔法で【跳躍転移】すれば面倒はないんだが、それでは案内したことにならない。
面倒だが仕方がない。
街道に出ると爺様達は意外に早足で先を急ぐ。
サーシャが先導なんだが、追い越しそうな勢いだ。
生き急ぐのは感心しないんだが。
「・・・近いんですから。そこまで急がなくても」
「お前さんこそ若いならこれ位で文句を言わずついてこんか」
説教入りました。
やはり年の功には敵いそうもない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ゲートのある廃墟に着いた。
「この壁にゲートがあります」
崩れかけた壁を示す。
魔術師の爺様が何事か呟いて魔法を構築する。【センス・マジック】だ。
彼の目には3重の魔法円が見えている筈だ。
オレの【魔法検知】では書かれている魔法式までは読めなかった。
彼には読めているんだろうか。
「確かにゲート、じゃな」
「・・・魔法式は読めますか?」
「3つ重なっておるな。だがワシでは細かい所まで読めん。かなりの術者じゃな」
やっぱりか。
豹人族の爺様が地面に手を当てて【フォールドポイント】の魔法を構築した。
「よし。これでええじゃろ」
これで任務も一区切りと思っていたら・・・サーシャが警告の叫びを上げた。
「・・・風上からオークとオーガの匂いです!」
こっちに来る影が2つ。
オークか、と思って身構えていたら人間だ。
1人は若い。格好から見て神官戦士だろう。パッと見てもいい装備だと分かる。
もう1人は遅れてこっちに来る。重装備の戦士・・・いや、騎士っぽい。
コートを鎧の上から着込んでいるようだが、そのコートがボロボロだ。
装備はフルプレートアーマーっぽく見える。走るだけで精一杯なようで疲れきっているようだ。
その後方にオークが2匹見える。
そして木々が揺れてオーガが登場してきた。
またか。
また【隷属の首輪】持ちだ。
一見するとオークシャーマンらしき奴がいない。
どこかにいることだろう。
走ってきた神官戦士が叫んでいる。
「た、助けて!助けてください!」
しょうがないよな、こういう場合は。
爺様2人は得物を持ち直して身構える。オーガを迎撃するつもりなのだろう。
オレもそうするつもりだった。
だが駆けてくる騎士が転びやがった。
・・・サーシャとラクエルに手を繋ぐ。
【知覚強化】【身体強化】【代謝強化】【自己ヒーリング】【魔力検知】【念話】そして【感覚同調】と連続で念じる。
両手にショートソードを構えて【収束】を念じた。
一番近くに迫っていたオークに対して一気に距離を詰めて腹に一撃を叩き込む。
僅かながらMPを吸い取った感触を残してオークが絶命する。
(サーシャ、オークシャーマンがいる筈だ。オーガを迂回して探せ。出来れば仕留めろ)
(は、はい)
(ラクエル、オーガの足を止めろ)
(了解)
1匹のオークが騎士の背中に棍棒で殴りつけている。
大してダメージを喰らってるように見えないが、聞こえてくる悲鳴は切実なものだった。
「い、痛い!痛いじゃないか!」
立派な剣をかついでいるのに使わないのかこいつは。
殴るのに夢中なオークの首を斬り飛ばしてやる。
迫ってくるオーガに向かおうとしたその時。
オレの足が引っ張られた。
しまった。
オークシャーマンでは【アイビー・プリズン】は無理だろうが、【ウィード・キャッチ】くらいは使ってくるだろう。
足止めを喰らった所でオーガに殴られたら被害甚大だ。
だがオレを足止めしているのは呪文のせいではなかった。
オレの足にしがみついているのは若い騎士だ。
「た、た、助けよ!余を助けぬか!何をしておる!!」
・・・何してくれるんだお前は。