敵地潜入2
迷宮の入り口につくとエルフの兄さんがウィル・オ・ウィスプを召喚した。
しかも精霊語の詠唱なしで。
つまりはこの妖精を従属させて、自分の持ち物か何かに憑依させてるってことになる。
エルフはパッと見では年齢が分からないし、実力が分かり難い。
でも【ライト】は使わなくて済むのは有難い。
淡い光が坑道を照らしていく。
オレはと言えば改めて【知覚強化】を念じておく。
先頭に立って【ゲートポイント】のある場所へと進んでいく。
途中で1回ウッドに出会うがオレが鉈1発で排除した。
もう1つある出口への坑道と【ゲートポイント】のある場所の分かれ道でサーシャが注意を喚起する。
「新しいオークの匂い、です」
「数は分かるか?」
「すみません、多いってことしか分からないです」
あの2人組と跳んできたとなると結構な数になるだろう。
【ゲートポイント】のある場所に出る。【魔力検知】を念じると3重の魔法円が浮かんで見えるがその式は読めない。
まだまだオレも力不足か。
「ここですよ」
ジエゴの爺様が何やらブツブツと呪文を唱えている。
「・・・我は世の理を解かんとする者、我は求める、魔素の姿を万物の知識と成して我が前に並べるがよい、我はその糧に我が力を魔素に留めるもの也」
【センス・マジック】の呪文だ。中位の魔法使いがよく使う定型呪文。オレの【魔力検知】と同様の呪文だが効果は爺様のほうが高いだろう。
但し、呪文効果の持続時間ではオレの【魔力検知】の方が有利だ。
「確かに・・・【ゲート】じゃな」
「納得した?」
「跳んでみる必要もあるじゃろうな」
イヤな予感が。
「とりあえず案内はしたんだしオレ達はここで。報酬はまたギルドに顔を出した時にでも」
「まだ案内が終わっておらんが」
お断りします。全力でお断りします。
顔で表現してみた。
「・・・」
顔でお断りされ返されたようです。
エルフの兄さんがダメ押しだ、
「移動後すぐに【姿隠し】を使う。キミも諦めたまえ」
いえいえそんな。
「報酬はいらんのか?」
行きます。
できるだけ色を付けて欲しいです。
思わず転移のオーブとフェリディの道標を確認してしまった。道標はあと1つしかない。
逃げる手段は確保しておかなくては・・・
ジエゴの爺様は転移のオーブを取り出し壁に向けて使用した。現れたゲートを通過して例のホールに出現する。背後には蟹の彫刻の壁だ。
夕暮れがやや進んで暗くなり始めている。
エルフの兄ちゃんが何事か詠唱し始める。精霊魔法の呪文だ。精霊語なので意味は全く通じない。
この世界で精霊魔法は妖精由来の種族にしか使えない。
エルフ族ならばほぼ全員が習得している。ドワーフ族も極稀に習得できる者が出てくることがある。
ラクエルのような小妖精も精霊魔法を使える筈だ。
姿隠しが成功したことが【魔力検知】で知覚できる。
効果拡大で同時に【姿隠し】を成功させた者同士ならばお互いを見ることができる。
あまり大きい音を立てることができないのが難点だが、こういった場合に便利なスキルもあるのだ。
【接触念話】を念じる。
サーシャの手を握り脳内で話しかける。
(声は出すなよ・・・新しい匂いはあるか?)
(!?いえ、ないです・・・これは?)
(念じるだけで会話できる魔法だ)
ジエゴの爺様とエルフの兄さんに手で合図して手を重ねる。
(声は出さないで・・・外に出るけど爺様は【マジック・アイ】は使える?)
(!!お前さん、精神魔法を使うのか?)
(!?これは)
(念じればいいですよ。まずは外へ急ごう)
ホールの出口に向かって外に出ようとするとサーシャに止められた。オレも異常に気がつく。
エルフの兄さんも気がついたようだ。
喚き声が近づいてくる。やべえ、鉢合わせ寸前だったのか。
そのままゆっくりと壁際へと移動する。
ホールに入ってきたのは・・・オークだ。十数匹といったところか。
それにオーガが1匹。【隷属の首輪】付きだ。
オークの群れの中にはオークシャーマンがいる。こいつは精霊使いだ。【精霊の目】を使われるとこっちの姿が見える可能性がある。
まずくないか?
(あれに見破られる心配ならない)
エルフの兄さんは自信満々だな。
まあそうか。レベルが隔絶して違っていそうだし。
とはいえオーガが見える場所にいるのは心臓に悪い。
例の2人組とはまた別の人間も2人いる。
彼らは獅子の彫刻のある壁で転移のオーブを使うと消えていった。
オークの群れとオーガもそれに続いて消えていく。
別の場所にもオークを送り込んでるわけか。
オレの【魔力検知】で分かる範囲で【ゲートポイント】は5箇所。
牡牛、蟹、獅子、乙女、双魚だ。
いずれも規模が大きい魔法式だ。オーガまで跳べるとかヤバイ。
(外に行くぞ)
考え事をしていたら爺様に促されてしまった。
そのまま慎重に外へと向かった。
夕陽がもう沈みそうだ。東の空はもう夜空になりかけている。
3つある塔は夕陽の照り返しを受けて浮かび上がってるように見える。
夕陽の方を見ると蠢く影が多数見える。
オークだ。
大きな影もいる。オーガ、なんでしょうねえ。
よく見ると空を飛ぶ影がいくつも見えた。イヤな予感しかしない。
爺様の顔が一層厳しいものになっている。
(フェリディからまた随分と東の土地じゃな。どこなのか分かるか?)
爺様が問いかけてくる。
(オレが探索した範囲じゃ何も手がかりなし。真ん中の塔は見てないけど)
(クレール山脈よりさらに東だとすると敵地じゃな)
エルフの兄さんの顔も蒼白だ。
(奴等め、木々を切り倒している)
いまいましげな声が大きく反響する。
エルフの視力は高い。【知覚強化】しているオレよりも見えてるようだ。
(【マジック・アイ】で調べる。暫く待ってくれ)
ジエゴの爺様が何か念じ始めた。【姿隠し】があるから無詠唱で呪文を構築しているのだろう。
魔力の眼で偵察する爺様を残してサーシャに話しかける。
(オーガの匂いは覚えたか?)
(あ、はい)
(人間の2人組の匂いも?)
(はい)
エルフの兄さんを見るとオークを見てるのか厳しい顔つきのままだ。
ちょっと怖いが話しかけてみる。
(飛んでる奴が何なのか分かります?)
(大昔に見たことがある。多分ワイアームとヒッポグリフだ)
ヤバイ相手が増えたよ。もう帰りたい。
爺様が【マジック・アイ】を解呪して話しかけてくる。
(繁殖地で間違いあるまい。無残じゃな)
血の気が引いた顔つきをしている。
繁殖がどう行われているのか。
想像に難くない。それはそれは無残であり惨い光景なのだろう。
だがオレの今の力は矮小なものなのだ。考えてみた所で仕方あるまい。
力がある存在に任せるだけだ。
4人全員で手を繋ぎながら念話を続ける。
(この真ん中の塔も見ようとしたがワシの【マジック・アイ】が通らん)
(手がかりが残ってるとしたらこの塔なんだろうけど・・・ヤバイと思うよ?)
どんな仕掛けがあるのか分からんし、スルーの方向でお願いしたい。
(一旦、戻るぞ)
爺様が決断してくれた。少しホッとする。
ホールに戻って蟹の彫刻の壁の前で爺様が転移のオーブを取り出し壁に向けて使用した。現れたゲートを通過して元の坑道に戻った。
ようやく、一息つけそうだ。
「これは冒険者ギルドだけでは手に余るじゃろ」
ウィル・オ・ウィスプの光の下で見る爺様の顔は更に厳しくなっていく。
「すぐにでも討伐はするべきだ!」
種族としてエルフがオークに抱く感情は凄まじいものがある。この兄さんも例外ではないようだ。
「近隣の冒険者ギルドにも助力を要請することになるじゃろうな」
まあ討伐となればオレ程度の実力ではお呼びではなかろう。
正直、報酬を貰ったら別の町にでも行きたい気分だ。
その時。
オレの聴覚が何かの喚き声を拾った。
サーシャもが警戒の構えをとる。
この【ゲートポイント】がある広場は出入り口が1つしかない。【姿隠し】は転移時に解呪されてしまっている。
しまった。
転移のオーブに道標を刺して跳ぶべきだったのだ。
オークが広場に入ってきた。数が多い。
人間が1人いる。あの2人組の片割れの剣士だ。
それだけではなかった。
ヘルハウンドだ。しかも2頭いやがる。
そしてオーガがいる。
逃げ場もない。
厄介なことになった。
一気に【身体強化】を効果拡大して念じる。加えて【代謝強化】を念じた。
【代謝強化】は【知覚強化】や【身体強化】の効果を下支えし、持続時間も延長する効果がある。
【自己ヒーリング】を念じた所で気分が落ち込む。MP不足のサインだ。纏めて2つ黄のオープを握り締めてMPを回復させる。
サーシャの手をとり【感覚同調】を念じる。これでサーシャもオレにかかっている魔法効果を共有できる。
一気に日本刀の鯉口を切ると居合いもどきで撃ち抜く。
手近にいたオーク2匹の胴体を一刀両断にする。
サーシャはオレが包囲されないよう一定の距離を置くと、盾を使って殺到するオークをぶん殴り始める。
3匹目、4匹目と屠っていくオレだが突進してくる黒犬野郎の攻撃を避け切れなかった。
肩口に牙が食い込んだ。
ヤバイ。【知覚強化】で痛さ倍増だ。
怒りに任せて刀を薙ぐ。ヘルハウンドの左前脚を両断してやる。返す刀で喉を掻ききってやった。
オーガはどうなってる。
乱戦に参加しているかと思ったらオーガは身じろぎしてるだけだ。
よく見ると広場の石の床を突き破って木の根がオーガを絡め取っている。
精霊魔法の【アイビー・プリズン】だ。樹木の枝葉や草を蔦のような形状にして操作する呪文。
しかしその牢獄のような有様からオーガは脱獄しかかってる。
回り込んでいこうとするオークの首を刎ね飛ばしながら、戦況を見渡す。
サーシャは【半獣化】してオークの間を駆け回っていた。
もう1匹のヘルハウンドに追い回されているのだが、オークを盾代わりにしてうまく避けている。
爺様は何やってる。
と思ったらオーガが紅蓮の炎の柱と化した。イヤな咆哮をあげ、より激しく身悶える。
広場はそこそこ広く天井も高いのだが、その絶叫は大きく反響する。耳が痛い。
迫ってくるオーク共も耳を押さえて一瞬怯んだ。
今のうちだ、もう1匹のヘルハウンドを狙う。
一気に距離を詰めた。
黒犬の一撃が頭を掠めた。やべえ、クラクラする。
なんとか刀を跳ね上げ喉元を裂いた。
背中に痛みがはじける。
オークが棍棒でオレを殴りつけたらしい。痛いんだっつーの。
振り返って殴ったであろうオークの顔に突きを見舞ってやる。
黒犬の唸り声が近くで聞こえる。まだ死にきっていないとか、しつこすぎる。
再び振り返ると首元に一撃を与えて首を落としてやった。
サーシャは複数のオークに壁側に追い込まれている。
殺到されたら厄介だ。助けに向かう。
とか思ってたら壁を駆け上ってオーク共の後ろに着地し、オレの隣に位置取る。
オーク共の首元を後ろから突いていく。サーシャをイジメようとした罰だ。サーシャも1匹を屠った。
後ろから足音。
即座に体を反転すると斬撃が頭上から降ってきた。
サーベルの一撃を刀ですり上げる。鎬から火花が散った。
「サーシャ、こいつは殺すな!」
ダガーを突こうとしていたのをやめて盾でぶん殴りに行く。
剣士の意識が逸れた。
2撃目に迷いが見える。一歩踏み込んでサーベルを持つ右手の肘をに柄頭を打ちつけた。
同時に腹に膝を叩き込みにいく。硬革のジャケットの上からでも多少効いたことだろう。
止めはサーシャが盾を頭に打ち付けた。剣士はそのまま昏倒した。
オーガは焼け爛れたまま何か呻いている。傷が回復しつつあるようだ。
小さな竜巻がオーガの周りに出現し、オーガの体を切り刻んでいく。
新たな咆哮を上げてのたうちまわった。
壁から新たな蔦のロープが伸びてオーガの胴体を絡めとっていく。
相変わらずタフだ。
「サーシャ、近づくなよ」
「あ、はい」
さすがに怯えた表情を見せている。腕の一振りで殺されかねないからな。
「どうする?抑えきれんぞ!」
エルフの兄さんも必死だ。
「お前さん、止めは刺せるか?」
爺様がオレに無茶振りする。
そんなやり取りをしてる間にオーガが蔦の牢獄から抜け出した。
怒りの表情を見せる。広場の出口に移動して陣取った。体中の力を溜め込んでいる。マズイ。
オレ達に向けて本気で咆えるつもりだ。【威圧】されてしまったらこちら側に為す術がなくなる。
オーガの位置を中心に半径2mほどの球体をイメージする。
精神魔法で魔法範囲を設定する。
生成した範囲から空気を抜いていく。
正確に言えば球体の中心に空気を収束してやる。風の属性魔法【ウィンド】の応用だ。
無論、全て詠唱破棄。ゴッソリとMPが削れたのが分かる。
咆哮をあげても空気がなければ伝播しない。窒息してくれたら儲けものだ。
オーガが咆哮をあげようとして失敗した。どうやら間に合ったようだ。
さらに空気を収束するように念じる。【結界】の位置から外に出られたらマズイが、エルフの兄さんが新しい蔦でオーガを拘束し始めている。
オーガが力なく地に伏した。気を失ったようだ。そのまま蔦が次々と絡んでいく。
オレは息を止めて【結界】の中に飛び込むと、オーガの背中へと駆け登った。首元に切りつける。首を落とすのに3発かかった。
それで終わりだった。
最後に1個だけ残った黄のオーブを握り締めてMPをいくらか回復する。
魔法メインの戦闘は厳しい。
今みたいな戦闘では黄水晶のオーブじゃないとMP回復が追いつかなくなりつつある。
黄結晶のオーブがあればMPフル回復できるが、さすがにそこまで大盤振る舞いできる状況ではない。
【アイテムボックス】からロープを取り出すと剣士の男を後ろ手に縛り上げた。
サーシャがオーク共から魔石を回収している。
オーガの死体の前でジエゴの爺様が思案顔だ。
「魔石は全部お前さんのものでええぞ」
オーガの首元に魔水晶が浮かび上がっているのが見えた。
左様ですか。
「随分と気前がいいですね」
「報酬代わりにしておいてくれんかの」
ああ、そういうことか。
「ご主人様、こんなのもありました」
なんか見たことがある首飾りをサーシャが拾ってきた。
「持ってたのはあのオークです」
戦闘中は気がつかなかったがオークシャーマンの死体が確かにあった。
羽飾り付きで杖を持っている。
首飾りを受け取ると爺様に目を向ける。
「またこんなのがあるけど」
視線でオーガの首元に会った【隷属の首輪】を指し示す。
「尋常ならざる事態じゃな」
実に渋い顔になった。
剣士の男をどう運ぶかで悩ましいが、その問題を含めて一気に解決できる手段ならある。
「フェリディまで跳んだら?オーガの死体も一緒に運んじゃえって」
町そのものに危機感を煽る手段としては悪くない。
「・・・お前さん、本当に見た目通りの年齢なんじゃろうな?」
爺様もオレの狙いに気がついたようだった。
「さあ?オーガの皮がもったいないって思っただけ」
とぼけてみせた。
爺様がオレを見る視線には疑念も込められている。
精神魔法を使えることが知られたのはマズかったかも知れない。
エルフの兄さんが近づいてくる。
「失礼。私はニルファイド。見事だった」
少しは認めて貰えたんだろうか。
意識の戻らない剣士をオーガの死体の上に運びあげた。
爺様が転移のオーブに道標を刺すと、オーガを中心に転移が始まった。
フェリディの町の西門に跳ぶ。
オーガの死体は町にどれほどの影響を与えることになるのだろうか。
面倒な事は冒険者ギルドに任せてしまおう。
今は一刻も早く眠りたい心境だった。