腕試し4
町に戻って宿の飯を食い終わったら冒険者ギルドに直行だ。
あの魔術師の爺様に文句言ってやる。
「教えてもらった塔に行ってきましたよ」
魔石と水晶の買取りを頼むついでに愚痴ってやる。
「ほう?転移のオーブは使う羽目になったかの?」
「使わずに済んだけどギリギリでしたよ・・・もうちょっと詳しく教えて欲しかったですけど」
クソッ。その笑い顔はよせ。
カルマが溜まってもいいから殴りたくなる。
でも、殴れない。
闇落ちしたくねえ。
「あそこには行ったことがあったんでしょ?」
「まあ若い頃の話じゃが。未だにどうなっとるのかよう分からん塔じゃな」
「で、爺さんは何階まで行ったの?」
「12階じゃ。そこで転移したよ。どうやらあの塔の出口は8階と16階だけらしいぞ」
ふーん、そこまで知ってたのか。
「まあワシは5人で組んで挑戦じゃったからそこまでやっと行けたんじゃがの。2人組では厳しかったろうな」
「7階と8階では死ぬかと思いましたよ」
「しかしまあ頑張った方じゃろ」
爺様がカウンターに銀貨4枚と銅貨2枚を置く。魔石で稼いだ金額はどうにか宿代になる程度だ。これで頑張った方か。
ちょっと不満だ。
体力回復薬の青のオーブを4つ買い足して銅貨8枚を支払った。
これで転移のオーブや道標まで買ってたら完全に赤字だ。
「携帯食料はある?」
「あそこは篭もる所ではないぞ?」
まあそれはそうですが。
「念のため、ですよ」
「1食で銅貨2枚じゃな」
うう、微妙に高い。
「じゃあ8食分で」
銅貨16枚を数えてカウンターに置く。携帯食は棒状のものだ。重みのあるパンみたいなもので肉やら木の実やらが詰まっている。
【アイテムボックス】に放り込んでおく。
「もう少し楽に稼げそうな所を紹介して欲しいんですけどね」
「そんな所などこの世界の何処にあると思う?」
ないです。失礼しました。
改めて思う。人生の先達であるご老人って逞しい。
また塔に戻ってきた。このままじゃなんか負けたみたいで悔しい。もはや廃人ゲーマーの性だ。
16階まで行ってやろうじゃないの。
フェリディの町の宿はあと1泊だが延長決定しました。
サクッと進めてみよう。
今日は8階で離脱と決めておいて、1セットを40分から50分でクリアすることを念頭に置く。
調整すればクリアは容易いだろう。
1セット目、8階の魔物はブラックベアになった。
少し時間を掛けすぎたようだ。かかった時間は52分10秒。
目新しい魔物の出現もなかった。ドロップアイテムも水晶だ。
2セット目、8階の魔物はヘルハウンド。
オレが【身体強化】、サーシャは【半獣化】を使ってなんとか撃退する。
今度は8階到達が早すぎたようだ。かかった時間は37分30秒。
やはりドロップアイテムは水晶。
3セット目、8階の魔物はブラウンベア。
うむ。丁度よく納まったようだ。
これ位の相手で十分だろう。かかった時間は45分20秒。
ドロップアイテムは水晶、これはもう固定なんだろうな。
加減が分かったらあとは経験値稼ぎに勤しむことにした。
携帯食料を水で流し込むように食べると塔に挑んでいく。
そこから7セットをクリアした。かかった時間は5時間15分。
8階で拾ったドロップアイテムは全部水晶。
目新しい魔物はゴールドホーンくらいだ。こいつは強さはそこそこなのだが、劇レアな黄金のヤギの魔物だ。
皮を剥ぐことが出来たらいい財産なんだが、死体は当然のように消えてなくなった。無念。
そろそろ夕方も近いがまだ時間はある。もう1セット行くとしよう。
「あと1回で今日は終わりにするぞ。最初から飛ばす。【半獣化】はまだ大丈夫か?」
「はい、いけます」
オレの方は【身体強化】の効果が薄れていたので改めて念じておく。
最初のウッドを日本刀で一刀両断にして開始した。
2階以降はもはやなじみのある相手が続く。日本刀を最初から使っているせいか、自然と決着が早めになっていく。
6階の相手でヘルハウンドだ。相変わらず動きの早い相手だが、もう慣れて来ている。
連携していれば隙を突くことで倒すのが容易になってきている。
7階の相手はバグベア。デカいゴブリンと言えばいいのか、小さいオーガと言えばいいのか。
毛むくじゃらで結構大きいし動きもそれなりに早い。得物を持っていないのが救いだ。
・・・そういえば妖精だよな、バグベア。外見は妖精って風情ではない。
サーシャは牽制に専念させ、オレが近接戦闘で仕留めにいく。
最初の一撃で右足に当てたが切断するまでには至らない。僅かにだが回避していたようだ。
それでも両腕のパンチ攻撃は強力だ。頭を掠めるとマジで怖い。
背中がゾッとする。こんな感触までリアルだ。
両足をなんとか切り飛ばすと、じっくりと嬲り殺しにしてやる。
8階が強くなりすぎても困る。少し時間稼ぎをさせて貰おう。
大量の血を流していってバグベアも倒れた。
「よし、次で最後だ。気を抜くな」
「はい」
そして今日最後の相手はオルトロスだった。
オルトロスは双頭の犬だ。速さだけならヘルハウンドが上だろう。しかし、オルトロスはブレス攻撃もしてくる魔物なので距離を置いても気は抜けない。
なんかうなり声が隣から聞こえる。
サーシャだった。【半獣化】がより一層進んでいる。
2人同時にダッシュして双頭犬に迫る。2つの首が同時にオレに迫ってくる。
サーシャは犬の腹の下に潜り込む。
オレは右の首めがけて袈裟懸けを一閃。体を逆に捌いて左斜め上に跳ね上げ、左の首に斬撃を加える。
そのまま振り上げた刀を逆袈裟懸けで右の首に撃ち込む。
片山伯耆守。名は久安。居合術と剣術の流派、一貫流の始祖。
その秘伝は殆どが失われている。今使ったのは、オレのひい爺様がその秘伝の伝承と伝聞を元に組み立てた技だ。
剣先が〆の字を描く斬撃、その連続技。
残念ながら致命傷に至らなかったようだが、右の奴は顔を激しく振って苦しんでいる。
左の奴は血まみれになりながらも噛み付きにくる。
かと思ったら激しく身じろぎして首を後ろに向けた。サーシャ、なんかやったな?
右の奴の喉元に刀を突き立ててそのまま下へと切り落とす。
そのまま一旦距離を置いた。サーシャどこいった?
いつのまにかオレの左斜め後ろにいる。さっきまで反対側にいなかったっけ?
サーシャが犬の後ろに回り込もうと動く。犬の口からブレスがサーシャを追うように吐かれた。だがサーシャの方が速い。
犬の首がオレの目の前に曝け出されている。
隙だらけだ。上段から一閃してやる。
それが致命傷になった。
止めはサーシャが刺した。犬の首をダガーで突き刺す様はまるで処刑人だ。目つきとかなんか怖い。
「すみません、勝手に動いちゃいました」
「・・・いや、驚いただけだから」
結構首筋あたりが毛深くなってる。毛も逆立ってるようだ。
「・・・家族がこいつらに殺されたことがあるんです。つい自分を見失ってしまいました」
そんな過去があるんか。
なんか深入りして聞かないほうがいいかもしれない。地雷臭がするし。
魔石を回収、水晶を拾って外に出た。日は結構傾いている。
サーシャの【半獣化】も町に着く頃には元に戻っていた。
「今日はなかなか良かった。明日も同じペースで挑むぞ」
「あ、はい」
冒険者ギルドはそこそこ人が多くなっていた。だが並ぶような殊勝なパーティは1つもない。
三々五々、減っていくのを見計らってカウンターに行く。
「じゃあこれを買取りで」
相変わらず無愛想で陰鬱な男は黙々と鑑定を行っていた。
その時。
あの男が入ってきた。
あの怪しい2人組の片割れだ。もう1人引き連れているが、そっちは初見だ。
木製のロッドにローブ姿、典型的な魔法使いの装いである。
気がついたらカウンターの上に銀貨5枚と銅貨6枚が返されている。手に取り【アイテムボックス】に放り込む。
カウンターを離れながら聞き耳を立てる。
どうやらまた転移のオーブを買っているようだ。
なんだろうね、あれって。
待っていたサーシャとギルドを後にして宿に向かった。
「昨日匂いを追った男がまたいたな」
「え、はい。別の人と一緒でした」
「魔法使いだな、あれは」
「はい。匂いは覚えました。それにすごくたくさんの匂いをさせてましたね」
「たくさん?」
「え、はい。すみません、何の匂いなのか、分からないのが多すぎます」
ふむ。何者なんだろうか。
盗賊とつるんでいるようでは碌な奴ではあるまい。
だが今は構っている暇はない。レベルアップが急務なのだ。
宿の親父に追加で連泊することを申し出る。銀貨8枚になる所を7枚にして貰った。
ラッキー。
夕飯を食って部屋に戻り、お湯を受け取って体を拭く。
防具の手入れをサーシャと一緒にやっておく。
しかしなんだ、2人きりだと何か変な気分になりそうだ。
だがここは我慢。
相手はまだまだ子供。そう自分に言い聞かせる。
それにもっと大事なことがある。カルマだ。
カイザード・オンライン2以前から問題視されてきた、ある行動がある。
その1つがゲーム内での恋愛沙汰だ。
一般常識の範囲で楽しむのはまだいい。
現実世界でオフ会を楽しむのだっていいだろう。
だがゲーム内で性交渉を行う輩が発生した。
他にもプレイヤー間で個人情報を売買する事案も発生した。
何か勘違いしているのはどこにでもいるものだ。やりすぎると1発でID削除なわけだが・・・
その後、一定の公序良俗を維持するため、プレイヤーに対してマスクされた能力値としてカルマが設定されている。
一定の値を突破すると行動に制限がつくようになっている。
軽い所ではゲーム世界内でお尋ね者になる、といった感じになる。
一方でカルマを積んでいないと就けない職業もある。
盗賊、闇の神の神官、死霊魔法の使い手、といった所だ。
これらの職業には行動に大きな制限が付いてしまう。例えば冒険者ギルドを始め、一般のギルドには入れない。
日陰者のままではゲーム攻略も進まなくなる。
今やってるこの世界も同様であると見ておいたほうがいいのだ。
現在、暫定で種族レベル5に過ぎない。
あせってはなるまい。
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3日が経過した。
未だにこのゲームからはログオフできない。
現実世界のナノポッドにあるオレの体にも異常はない。
いや、異常がないのは本当はおかしいとしなければいけないのだが。
理由はいずれも不明だ。
もちろん、運営掲示板も放置プレイだ。
順調に進むのはゲームの方だけだ。
今日も塔に挑んでいるが、昼頃を見計らって切り上げた。
例の坑道の中にあった【ゲートポイント】を跳ぶ予定である。
跳ぶ前に、今日は普段より多目の携帯食も買い込んだ。水筒も1つ追加してある。
種族レベルが上がったおかげか、【アイテムボックス】には余裕があるし、念のためだ。
冒険者ギルドではオークの出現が偏っていることに気が付き始めている。
フェリディの町の西側の迷宮で遭遇していることが圧倒的に多い。
それなのに未だにオークの繁殖場所は見つかっていない。
リグリネのギルドからも迷宮探索に人手を出しているらしい。
顔なじみになったギルドの爺様の顔は苦りきった表情のままである。
あの【ゲートポイント】を行き来しているであろうことは予想がつくが、今はギルドに報告する気はない。
真意が知りたい。
これでもオレは理系人間なのだ。ただ、知りたい。興味がある。
理由はそれで十分だ。
サーシャが【ゲートポイント】のある場所で難しい表情をしている。
「新しい匂いがします。たくさんのオークと例の2人組、です」
ふむ。問題はこっちから向こうに行ったのか。向こうからこっちに来たのか。
判断しきれないな。
最初に見かけた時はこちらから向こうに行く場面に出くわした。
つまり、向こうにオークがウジャウジャいる可能性もあるってことだ。
かと言って夜になって潜入するってのも安全という訳でもない。
悩むくらいならさっさと行動するべきだ。
「よし、では跳ぶぞ」
「はい」
右手に握った転移のオーブを壁に向けて強く握り締める。
オーブの光に呼応して魔法式が壁に浮かび上がった。
オレはサーシャの手をとって、淡い光の中へと身を投じた。