腕試し2
次の魔物はグレートエルクだった。えらく大きな角を持つヘラジカだ。
こいつは速いことも脅威だが体がデカい。
突進してくる攻撃は非常に厄介だろう。
力を溜め込むようにこちらの様子を窺っている。
「サーシャ、少しだけ離れてから近寄るぞ」
1頭だけなら2人を同時に攻撃できない。
今はこちらの2人とも実力以上にスピードで対応できる。
サーシャは【半獣化】した体を前傾姿勢にしてジリジリと距離を詰めて行く。なんか普通に狼に見えなくもない。
オレも【身体強化】してあるからより素早い対応はできるだろう。いつでもダッシュできるように腰を落としてにじり寄って行く。
ヘラジカが頭を床につけるかのように下げてくる。
攻撃してくるつもりだ。
サーシャに向かって突進し始めた。
オレから見ると鹿の胴体はまるで無防備に晒された状態だ。
だが斬撃では攻撃が遅くなる。
ならば、刀で、突く。
一気に距離を詰める。
先制で攻撃を当てることを優先し、左手で片手突きだ。
前脚の根元に切っ先が潜り込む。
そのまま接敵して右手も添えて刀をしっかりと持て固定する。
鹿が突進していく勢いを利用して鹿の表皮を削いでいった。
サックリと後脚の近くまで表皮を両断していく。
相変わらず切れ味が凄い。
サーシャはちゃんと回避してくれていたようだ。
オレの攻撃で鹿の注意は完全にこっちに向いている。
鹿と正面からご対面だ。近くで見ると角すげえな。
とか思っていたら鹿が急に振り向く。
オレのつけた傷跡にサーシャがダガーを捻じ込んでるのが見える。
こ、これは痛い。
でもナイス。
目の前に鹿の首。
躊躇なく袈裟掛けにする。
床にヘラジカの首がゴロリと転がった。
そのまま壁にかけて飾りたい。
「今の連携は良かったな」
「信じられません。まだ若いグレートエルクですけど、こんなに簡単に狩れる魔物じゃないと思います」
オレが凄いんじゃない。この刀が凄いだけだ。
そんな刀を持っていても攻撃するチャンスが生まれなければどうしようもない。
1対1なら返り討ちだろう。正面からあの角を突き出されて突進とか、相討ちでしか攻撃が当たりそうもない。
「そうか、群れで狩ったことがあったんだっけ」
「え、はい。皮が厚くて武器が通り難いので、比較的弱い腹を狙って傷口をつけるんです。そこを少しづつ拡げるように攻撃してました」
「なるほど」
「あとは包囲して死んでいくのを待つんです。一撃で殺されかねない魔物ですから近くに寄るのは危ないので」
嬲り殺しか。
やはり多人数でより安全に狩るとなるとそうなるんだろうな。
卑怯なのって素敵。
魔石を回収すると鹿の死体が消えてゆく。
その場を去ろうとするが、何かが転がっているのに気がつく。
どうやら水晶のようだ。
ドロップアイテムないんじゃないの?
一応拾って置き、開いた扉から階段のある部屋に行くと・・・階段だけじゃない、外への出口もある。
進むか、出るか。
選択しろ、という訳か。
「もう今日はいいだろう。町に戻る」
「あ、はい」
出てみたら入ってきた塔の反対側だった。
構造的におかしいだろ。
いや、作ったであろう人物には心当たりがある。
初心者向けで各地に迷宮を作って用意したのは、あの死霊使いが一番多かった筈だ。
あいつならば何があってもおかしくない。
フェリディの町に戻るともう夕飯時だ。
宿の店番の子に食券を貰う。
「はい、おねーちゃんもどうぞ」
「え、はい」
サーシャは小さい子にも態度が変わらないな。
食事はニョッキに野菜と羊肉の煮込みだ。普通に旨い。
「狼人族が宿屋をやっているのは珍しいですね」
「そうなの?」
「え、あ、はい。獲物を探しながら旅するのが習い性なので」
そんなものなのか。
前作でもプレイヤーは狼人族を選択できた。そういった面も運営側は考慮してたんだろうか。
食べ終わるとサーシャに食器を返却と鍵と蝋燭の受け取りをして貰う。
「じゃここに置きますね」
「うん。じゃあ鍵はこれね」
うむ、なかなか微笑ましい。
階段を登っていく途中で衝撃の事実。
「かわいい女の子ですね、あの子」
え?女の子?
外見が完全に男の子なんですけど。
「男の子だと思ってた・・・」
「あ、はい。匂いで分かるんです」
そこまで分かるものなのか。
つか狼人族の女の子ってボーイッシュなのがデフォなの?
「狩りでは森の中を頻繁に移動しますので長い髪の毛は引っかかるのでダメなんです」
伝統的なものなのか。
前作で長い髪の毛の狼人族もみかけたが・・・あれは多分プレイヤーだったのだろう。
部屋に戻るとさっきの子がお湯を入れた桶を持ってきた。ついでに聞いておくか。
「朝早くから出かけたいが宿は出られるのか?」
「うん。夜中も店番はいるから大丈夫。町の門は通用門を通ることになるかも。まあ朝早くから交易の馬車は出てることが多いから開いてるかもね」
「そうか、ありがとう」
桶を受け取り扉に閉め、閂をかけて一息つく。
「防具は外して楽にしておけ」
「あ、はい」
お湯で体を一通り拭いて着替える。
「サーシャも体を拭いておけ」
「あ、はい」
恥ずかしがってるな。実に初々しい。でも覗きはしないですよ?
蝋燭に【ファイヤ】で火を付けて燭台に立てておく。
【アイテムボックス】に魔力を込めると武器と防具の手入れを始めた。
「ご主人様、洗濯はどうします?」
「オレのは濯ぐだけでいい」
どうやら体は拭き終えたようだ。
そうか、洗濯か。こっちに来てからしてなかったな。
そういえばサーシャは確か労働奴隷としても仕込まれてたんだっけか。
サーシャが洗濯を終えると一緒に防具の手入れだ。
だがそれもすぐに終わる。
こういっちゃなんだが時間の有効活用が難しい。この時間から迷宮というのもない。
早めに寝て朝飯前に迷宮で稼ぎに行ってもいいのだが。
今日行ってきた塔ならいいかもしれない。歩きでも往復で30分もかかっていないだろう。
「よし、寝るには早い時間だが就寝しよう。明日は朝早くから塔に行ってみよう」
ん?なんかサーシャの様子がおかしいです。何か恥ずかしそうにしてますがなにか。
「えっと、あの」
「何?まだ眠くないとか」
「よ、夜のお相手は・・・その」
ああ、そっちかい。
「気を回し過ぎ。力は迷宮攻略に向けて貰わないと、な」
まあ気持ちはありがたいが。サーシャはまだ子供っぽいしオレだって外見はガキだ。
今はそこまで余裕ないッス。
「誰かにそうしろって言われでもしたの?」
「え、あの、はい。同室の方からそうするのも努めなのだとか」
誰だそんなことを教え込んだのは。
グッジョブだコノヤロウ。
余計だったが萌え死にかけた。
「気にするな。今は迷宮を戦い抜けることが大事だ」
「あ、はい」
「では、おやすみ」
「おやすみなさい」
今はサーシャがいる。支援AIとの会話も脳内になるが仕方ない。
独り言を呟く危ないご主人様だと思われても困る。
(C-1、D-2)
《はい。ナノポッド運用状況は問題なし。代謝廃棄物の回収も確認》
《外部接続の状況は進展ありません》
《環境評価は随時継続中》
《先般の過剰刺激の件、他のバーチャル・リアリティ・ゲームとの比較対象について中間報告です》
ほう、何かあるか。つか中間ってことはまだ先があるってことね。
《マスターが連続でバーチャル・リアリティに潜航した時間の最長記録は32時間です》
(現時点では3日と半日、といった所か?)
《約80時間です。睡眠3回を跨いでとなりますと過去に例はありません》
そりゃそうだ。
《実世界で寝たきりのままですと、筋肉の萎縮が少なからず伴います。しかしマスターの場合はその兆候が見られません》
え?なんで?
《ナノマシンによるバーチャル・リアリティへの潜航について連続稼動の限界実験の報告はいくつかあります。いずれも8時間以内を推奨です》
無論、オレも読んだ事がある。これでもそっち方面の業界人だし。
《報告により差はありますが、早ければ18時間で筋萎縮の兆候が出ます。平均的な所で40時間、遅くとも75時間で有意差のあるデータが得られています》
(それがオレの場合は差がない、となると・・・他の要素の影響は考えられないか?)
《可能性としては3ヶ月前から使用している試験型ナノマシンがありますが》
ああ、あれか。
ナノマシンを動かすパワーには人体そのものが持つ電位差を利用している。
だがナノマシンそのものを動かすエネルギー源としてはどうしても不安定になるのだ。
周囲の気温や湿度、体調にも簡単に左右されてしまう。
そのため、補助的にエネルギー源になるようサプリメントの服用が義務となっている。
それでもエネルギー不足は体のどこかで発生してしまうため、ナノマシンが自壊する現象が起きてしまう。
これに対応するのに新たなナノマシンの補充が行われるわけだが、当然のことだが欠損したナノマシンの分のデータは得られなくなり、バーチャル・リアリティにも影響する。
ナノポッドの性能が今ほどでなかった時代はセンサー性能不足によるノイズが課題だった。
現代ではボイドと呼ばれるデータ欠損が課題となっている。
この課題を解決する1つの方法として、オレの体内に新型のナノマシンを投入している。
無論、実験として、である。
ナノマシンそのものは直接的なエネルギー源を持たせた構造になっている。
そしてエネルギー源は反物質である。極めて長時間のナノマシンの稼動が可能だろう。
しかもオレの場合、検証のために1系統のナノマシン群を余分に投入しており、2系統でバーチャル・リアリティ世界を体感している。
連続潜航による負担は増えることがあっても減ることはあるまい。
《一方で奇妙なデータもあります。潜航以来、乳酸値のデータをプロットしておりましたが、マスターがゲーム内でしている急激な運動と連動しているようです》
(確かにゲーム内で疲労は感じているが。それが実際の体にも反映されている、ということか?)
《今はなんとも断言できません》
良い報告なのか悪い報告なのか、どっちなんだろうか。よく分からん。
《引き続き五感のバイタル・リアクションで過剰な反応が見られます。運営側出力基準です。追加で興味深い現象がありました》
まだ何かあるのか。
《本日は脳内神経だけでなく他の部位でも同様の現象が見られました。標準偏差を考慮し95%の精度で筋反射反応速度で17%以上の向上となります》
ああ、【身体強化】でも【知覚強化】と似たようなことが起きているのか。
《引き続きモニター致します。相互精査と検証はマスターが就寝中に随時行います》
(よし。あとナノポッド内のオレの体だが映像モニターできるのか?)
《可能です。現在までの所は外見上の変異は見られません。ご覧になりますか?》
(今はいい。少しでも外部が見える角度はないか?)
《ナノポッド内のピュア・セキュリティ・モニターは角度の操作は可能ですが、可動範囲で外部が見えるものは皆無です》
ダメか。実際の部屋の様子でも見れたらと思ったんだが。
(よし、今日はもう就寝する。ゲーム内で聴覚異常を検知したら起こしてくれ)
《了解》
悩んでも仕方ないか。
嘆くだけならいつでもできるさ。
脳内で運営を罵りながら眠りについた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ここは、どこだ。
ああ、闘技場だったな。
広いな。
それはそうだ、騎兵団が模擬戦をやるための闘技場なのだ。
しかもこの場所を選んだのはオレ自身だし。
オレだって主催者の1人だ。やるべきことはやる。
お祭りの賞品も提供したしな。
でもね。
エキシビションだってのは分かってる。
でもね、相手がこいつらってどうなのよ。
1人はドワーフ族の男。
1人は熊人族の男。
そして身に付けているのは腰布ひとつだ。
実に男らしい。
いや、漢らしい。
あと2人、人間の騎士と剣士がいたはずだが早々にリタイヤしている。
オレは逃げ回っていただけ。
バトルロイヤルを裸でやろうぜって言ってた奴は観客席で笑っていやがる。
魔術師だからって参加回避しやがって。
オレだって戦闘させたら魔法なしじゃ成立しない。参加拒否したかったんだが。
ルールはシンプル、武器なし、魔法なし、急所攻撃なしの裸一貫でケンカだ。
興行は種族別、体重別に5試合を消化していた。
だがこのエキシビションは興行予定にない。
カウンターストップの面々の素手喧嘩を見たいと会場が盛り上がってしまっていた。
クソッ、主催者でなきゃ逃げたい。
しかも失敗したのは残った面子だ。
騎士か剣士が残ってるうちに彼らと戦って負けていたら良かったのだ。
あいつらはまだ人間だ。
だがこいつら相手じゃ洒落にならん。
せめて【身体強化】と【代謝強化】を最大にまで引き上げさせて貰いたい。
それでも勝てる気がしないけどな。
エキシビションだけ種族別なしとか罰ゲームだろ。
「よくぞ残った」
熊男の筋肉はナチュラルとは思えない盛り上がり方をしている。
確かに【獣化】どころか【半獣化】もしていない。毛深くなってないからね。
普段から【獣化】前提で戦っているコイツは肉弾戦を最も得意としている。
勝てる筈などない。
「まあ妥当かな」
ドワーフの男は確かにオレよりも小柄だ。
だがその体はまるで岩か鋼のようなのをオレは良く知っている。
握力だけで岩を砕く相手にどう抵抗すれば。
逃げる、しかないのだがオレに逃げ場がない。
背中に感じるのは石の壁。
目の前に並んでいるさわやかな笑顔を正視できない。
同士討ちでもしてくれ・・・と願いつつ2人の間をすり抜けようと走り抜けた。
筈でした。
右手がつかまれてた。かと思ったらスゲー勢いで天地が逆転する。
一本背負い。
つか右肩が痛いって。
空中で体を捻りなんとか足で着地する。そのまま熊男の左足を刈りに行く。
左足が下がってスカされた。
ここだ。
熊男の左手を両手にとり、体重をかけてたぐっていく。
アーム・ドラッグって奴だ。
それが止まる。
片手の力だけで。意味ないじゃん。
上からマウントをとろうと圧し掛かってくる熊野郎。
足を使って体を入れ替えようと試みる。
スイープって奴だ。
ビクともしないよ。ダメじゃん。
それでもなんとか体を素早く起こしてエスケープ成功。
してませんでした。
目の前にドワーフの顔が。
もうヤケだ。
首相撲に持ち込み膝を入れる。
まともに腹に入ったがまるで効いてない。
むしろオレの膝が痛い。
やめてよもう、オレにはまるでダメージがないけど心はもう折れてます。
ドワーフに足を抱えられると簡単にコケた。
上に圧し掛かってくる髭樽。
それだけで塩漬けにされる。ビクともしない。
「では、おやすみ」
何をされたか、覚える時間も与えてくれなかった。
オレは「カイザード裸祭り」の主催者の1人でありながら、ピエロの役回りをも演じていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
目が、覚めた。
あれはいつの出来事だったか。
抹消したい思い出が夢に出てくる確率が高いのは何故だ。
まだ外は暗いままだ。
反則だが支援AIに睡眠時間を確認する。
《就寝から6時間が経過してます》
ぐっすりと眠れたようだ。
寝覚めは良くなかったけどな。
(よし。D-2、C-1と交代で支援に入れ。寝ていた間の進捗はどうだ?)
《了解。接続状況に進展はありません》
《ゲーム内での聴覚異常の検知もありません》
ベッドから起き上がるとサーシャも目覚めたようだ。
明かりがないので【ライト】を念じる。
「あ、おはようございます」
「おはよう」
サーシャも十分に休めたようだ。
「朝も早いが朝飯前までに塔を攻略してみたい。出かけるぞ」
「あ、はい」
早速装備を整えると部屋を後にした。
宿の店番は見たことにない若い獣人族の男だった。
鍵を渡すが誰何も何もなくスルーだ。
見知らぬ顔なのに不審に思わないんだろうか。
・・・ああ、狼人族なら匂いで判別できるのか。
勝手に不審を感じながら勝手に自己解決だ。
広場の水飲み場で顔を洗って水筒に水を補充する。
西の門へと向かう途中で衛兵が巡回していて誰何されたが冒険者ギルドのリストバンドを見せるとあっさり引き下がった。
西門付近は馬車が何台か出発しようとしている所だった。あちこちに【ライト】の光がある。門も開いていた。
ラッキー。
とか思っていたら門番は身分確認を全員にしているようだ。
オレもサーシャも冒険者ギルドのプレートを確認される。門番が仕事してるのを初めて見た。
商人たちの馬車の後を追うように塔への道を急いだ。