サーシャ2
リッティさんとは広場で分かれた。
「ベネトに来ることがあったらお訪ね下さい」
うん。あの奥さんは抜きでお願いしたい。
とか思ってたらオレの後ろにその奥さんがいたでござる。
相変わらずキツイ目でオレを見てくる。連れているサーシャをも汚いモノを見る目を向けてくる。
当然のようにあいさつなどしない。
護衛に囲まれた商人夫妻が東門に行くのをそのまま見送った。
「まあ改めてなんだ、今後とも宜しく頼むよ」
広場中央のヘルメス像の下に移動してサーシャと立ち話だ。
「えっ、あの。はい。」
なんかたどたどしいな。
「早速だが一緒に迷宮に入って貰うことになるから」
「はい」
うむ。素直なのは実によろしい。
「サーシャの職業は何になるのかな?」
「職業・・・ですか?奴隷、だと思いますけど」
しまった。質問が適切じゃなかった。
「いや、これまでどんな戦い方をしてきたのか、得意な戦い方が聞きたかった」
「え、あ、はい。狼人族ですから森や平原での狩猟でしたら得意になると思います」
「狩?やったことがあるの?」
「群れでやってました。私はまだ幼かったので単独で狩ったのはホワイトマーモットくらいなんですけど」
ん?ホワイトマーモットって北の方や山の上などの雪原にいるモンスターじゃなかったっけ。
「群れで狩ったモンスターならグレートエルクが一番強い相手でした」
グレートエルクも北の方にいるモンスターだ。寒い所の出身のわけか。
「北の方の出身なの?」
「はい」
「得物は何を使ってた?」
「まだ幼かったので大抵はダガーです。たまに弓矢を使わせて貰うこともありましたけど」
ふむ。生活様式は狩猟民族のそれと一緒か。
「奴隷になってからはショートソードに小さな盾を使うことが多かったです。というかそれしか使う機会がなくて」
「使ってみたい武器があるなら聞いておきたい。希望はあるか?」
「ご主人様のお下がりがあればそれで十分ですけれど」
遠慮すんな。というか《ご主人様》か。新鮮だな。
支援AIにいつも《マスター》と言われ慣れてるが、少女に《ご主人様》と呼ばれるのは格別だ。グフフ。
「まあ得物は色々と試してみてからでもいいだろう。まずは防具だ」
「えっと、防具もお下がりでいいです」
「サイズが合わないといざという時に実力を発揮できないぞ。そこは妥協なしだ」
遠慮しすぎなのも美徳とは言えないぞ、サーシャちゃん。
「そういえばサーシャは【獣化】はできるのか?」
獣人族はいずれの種族も人間に非常に近い体型から完全に獣の体型にまで変化できる。意思の力で、つまりMPを消費することになるのだが。
人間社会に軋轢を生み易いので、街中では獣化しないのが暗黙の了解になっている。
例外として、人馬族のケンタウロスは半獣化のままでも街中を往来しても許されていたりする。さすがに人間用の建物などの施設にそのまま入るのは許されていないが。
「えっと、【獣化】はできるんですけど・・・まだ上手に動けないです」
ふむ。つまりまだ体が大人になりきってないってことか。
「【半獣化】はどうだ?」
「それなら大丈夫です」
【獣化】は獣人族本来の能力を発揮するスキルだ。完全に獣化してしまうと人間用の武具を使えなくなってしまう事が多いので、使い所が難しい。
しかし、【半獣化】は完全に獣化した場合に及ばないものの、獣人としての能力をある程度発揮できるし人間用の武具も使える。
バランスが良く使い勝手がいいのだ。
狼人族、となると・・・半獣化すれば動きはより素早くなり、力も若干ながら上昇する筈だ。
それに自然治癒力もそこそこ向上するメリットもある。
「迷宮の経験はあるかな?」
「冬場の狩で何度かあります。コボルト程度までなら単独で戦うこともありました」
当面は問題なさそうだな。
「で、荷物はそれだけか」
サーシャが持っているのはリュック1つだけだ。
「すみません。着替えが2組だけです」
「よし、まずは買い物といこう」
女の子とショッピングだなんて夢じゃなかろうか。
以前、防具を購入した店に突入である。
店番の恰幅のいいおばちゃんも最初は愛想笑い全開だったが、サーシャを一目見るなりその笑顔が違うものになっていった。オレをニヤニヤと見てくる。
【隷属の首輪】でサーシャが奴隷だというのはすぐに分かったのだろう。そしてサーシャの格好はメイド服だ。
・・・おばちゃん、いかがわしい事を想像してるね!!!
「また可愛い子と一緒なんだねえ」
「今日はこの娘の装備を買いに来ました」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってこんな顔なのか。
「皮のジャケットに皮鎧、皮兜、ブーツ、手甲と脛当てに麻のチュニックとズボン上下を2揃いで」
まとめ買いですが何か?
「こんな小さい娘が戦えるのかね?」
サイズがあるかな?と呟きながら店の奥に行ってしまう。店頭の在庫に合うサイズがないようだ。
オレは硬革の鎧を物色してるのをサーシャがついて回ってくる。
「あの、本当によろしいんですか?」
「妥協はしない。というかこの場合困るのはオレだしな」
店の奥からおばちゃんが顔を出す。
「ちょっとここで着替えてみて具合を確かめてみようか?お壌ちゃんこっちおいで」
やはりサイズが厳しいのか。
「え、その、あの」
「行っておいで」
サーシャの背中を店の奥の方に押し込んでやる。
暫くは店の奥のほうからおばちゃんの楽しげな声が響いてくる。悪戯すんなよ、もう。
硬革の鎧を物色しつつ待っているとフル装備でサーシャが出てくる。
「悪いけどサイズがないから鎧は中古の奴だよ」
ふむ。見た目は悪くなかろう。
「少し動いてみて違和感はないか?」
「あ、はい」
サーシャがその場でジャンプしたり上半身を捻ったりし始める。
「大丈夫、だと思います」
「よし」
最初の防具であれば中古でもいいだろう。
「あと雨避けにマントを2人分あります?」
「はいよ」
今のうちに買えるものは買っておくか。マントを受け取ると【アイテムボックス】に放り込む。
「じゃあ銀貨22枚だね」
金貨1枚をカウンターに置いてお釣りの銀貨3枚を受け取ると店を後にした。
ちょうど対面の金属武具屋にも顔を出して武器や防具を物色していく。
試しておきたいのは盾だ。
ショートソードに盾装備で戦い慣れているのであれば最初はその組み合わせがいいだろう。
・・・なんか見覚えのあるような円形の盾がある。
「親父さん、これなんだけど幾らで売ってるの?」
「・・・銀貨7枚だな」
「・・・仕入れ値は銀貨4枚だよね」
そう、オレが持ち込んだ盾だ。
あの時は金が欲しかっただけなんだってば!
「何を言いたいか分かる、だが」
「商売だってことでしょ?」
「・・・しょうがねえなあ、銀貨6枚で許せ」
「買った」
僅かながらも勝利だ。
いや売った時点で敗北してたとも言える。
冒険者ギルドに向かうことにする。
「早速だが迷宮に潜りに行く」
「はい、えっと、あの」
「着替えはオレが持つから渡してくれ。この盾は先ずサーシャが使え。それとこのダガーを持っておけ」
「えっと、ご主人様」
ん?
ダメだ、どうしても《ご主人様》って呼ばれると妙な反応をしてしまう。
「住居はどうなるのでしょう?」
「今日明日はこの町で宿をとっている。もう少しこの町に留まるかもしれないし、リグリネに行くことになるかも知れない」
「ご主人様お1人なのですか?」
「そうだ」
会話が途切れてしまった。サーシャも何か考え事なのだろうか、下を向いたままだ。
「問題ない。今日からは仲間がいるからな」
その一言で少しだけ明るくなってくれたようだった。
ギルドの1階に冒険者は誰もいなかった。まあ稼ぎ時だしな。
顔なじみになってしまった魔術師の爺様に声をかける。
「この娘も冒険者に登録したいんですけど」
「・・・戦闘奴隷にしてはまた若いのう」
「まあオレも若いですし」
サーシャを爺様の前に立たせる。
「名前は?」
「サーシャ、です」
「ふむ、登録は銀貨4枚じゃがいいかの?」
サーシャ、不安そうな顔はしなくていいのですよ?
カウンターに銀貨4枚を置く。
「少し時間がかかるぞ」
「宜しく。サーシャ、オレは1階のあの辺りに居る。登録が終わったら来てくれ」
運営掲示板のある柱の場所を指し示す。
「お金、大丈夫なのですか?」
「かまわないとも」
今は一時的にだが資金があるからな。
運営掲示板を再度確認してみる。やはり書き込まずにはいられない。
(C-1、仮想キーボードを)
《了解》
今はサーシャもいる。あまり危険な独り言に聞こえないように脳内で命じる。
罵詈雑言を一通り書いておいて、より効果的な表現がないものか推敲していく。
一行だけに集約されていく。いいから返事書いて、と。
「ご主人様、終わりました」
おお、仕事が早いな、あの爺様。サーシャの左手にはリストバンドがある。
「うむ。では行くか」
町の西門に向かう途中、いつもの露店で串焼きと揚げピザを購入して歩き食いする。むろんサーシャも一緒にだ。
「いいのですか?朝の食事は済ませてるんですけど」
「若いうちはもっと食っていい。体を作るのに必要だからな」
あまり食べ慣れていないのだろうか、ビックリした顔をしている。
相変わらず仕事する気がない門番を横目に町を出て、昨日入った迷宮を目指す。
森の中に分け入るとサーシャがうれしそうだ。
「なんだ?」
「森は久しぶりです」
そうか、森の中は生活の場も同然だもんな。
迷宮入り口で【知覚強化】を念じる。
「新しい匂いがいくつもあります。他のパーティが先行していってるみたいです」
おお、匂いも追えるのか。嗅覚に関しては【獣化】や【半獣化】していなくともオレが【知覚強化】している嗅覚より鋭いのだろう。
オレには分からないし。
「ご主人様、【半獣化】はしておきますか?」
「いや、そのままでいい」
基本となる戦闘力は見ておきたいからな。
入ってすぐの分かれ道で確認しておく。
「先に入った連中はどっちに進んだか分かるか?」
「左ですね」
うむ、オレには分からん。足音も聞こえないし。
「では右へ行こう」
こっちの坑道は結構傾斜がある。少し進むだけで暗くなってくる。
「そろそろ【ライト】を使う。光量はやや抑えるがいいか?」
「大丈夫です」
【ライト】を念じて頭上に照らす。
最初の踊り場は結構広い所だった。そして今日最初の獲物のウッドがいた。
「最初の1匹はオレだけでやる。見ておくように」
「はい」
オレの戦うスタイルを見せておくことにする。
左手に鉈、右手に苦無を持つ。
鉈で3発、苦無1発で沈む。一晩寝て暫定レベル4になっている効果だろうか、決着は早くついた。
この日最初の魔石を拾い上げてリストバンドに付けておく。
その踊り場からは3つの坑道が分かれている。昨日はずっと左を進んだから今日は一番右で行こう。
暫くたつと、複数の足音が聞こえた。サーシャも足を止めて目配せしている。聴覚もいいな、この娘。
現れたのはゴブリンだ。取りあえず3匹が見える。奥にも何匹かいるようだ。
サーシャが動こうとするのを手で制した。
「オレ1人で片付けられる。見ておけ」
日本刀を抜いてそのまま近づいていく。殺到してくるゴブリン共を全て一刀のもとに切り伏せていく。
結局、ゴブリンは5匹いた。魔石を回収しながらサーシャに話しておく。
「この刀がオレの主力武器だ。強敵相手や数が多い相手にはこっちを使う」
サーシャが驚いた顔で日本刀を見ている。
「こんな凄い切れ方をする武器は見たことが無いです」
「基本は両手で使って斬る武器になる。突くことにも使える」
布きれで血糊を拭いて刀身を見せる。
「同じ斬る武器でもカトラスやサーベルとはまた違った特性がある。強力だが使いこなすのは難しい武器だよ」
「武器もすごいですけど、ご主人様の動きは流れるように途切れなくて不思議でした」
「うむ。この刀は強すぎて戦う力を養うには向かないから当面は鉈を使うことが多いだろう。刀を使うときは同士討ちが怖いから気をつけておくように」
「はい」
同士討ちはマジ怖い。この日本刀の切れ味は半端ないからな。
オレの力量だって現時点では怪しいものだ。
次に現れたのはウッドだ。
「よし。サーシャ1人で相手をしてみろ」
「はい」
右手にダガー、左手に円形盾だ。盾は小振りだが鍛鉄で補強されたもので重みもそれなりだ。どれだけ動きに影響があるだろうか。
サーシャは一気にウッドと距離を詰めると最初に盾でぶん殴った。
蠢くように伸びてくる枝の攻撃をダガーで削るように防ぐと、盾で本体を殴りつけていく。
盾が防具になってねえ。殴打武器になってる。
・・・いや、理に適っているのかも知れない。盾で4発ぶん殴るとウッドは沈んだ。確かに破壊力優先ならダガーより盾なのか。
サーシャにも魔石を拾わせてリストバンドに付けさせた。
「よし。いけそうだな」
「はい」
まあ簡単な相手だが初戦なのだ。ちょっと安心した。
鉈とダガーを交換する。
「次は鉈で試してみろ」
「はい」
次もウッドだ。さっきと同じように接近すると盾で本体を殴りつける。殴りつけて凹んだ箇所に鉈を打ち込んでいく。
鉈4発でウッドが沈む。鉈ならこんなものか。
「ダガーと鉈とではどうだ?どちらが戦いやすい」
「ウッドならどちらも問題ありません。盾が頑丈なので振り回して使えば武器としても使えますし、ダガーのほうが戦いやすいですね」
軽量で斬る突くができる武器ならばダガーでなくとも問題なさそうだ。ダガーよりも攻撃距離の長いレイピアあたりもいいかもしれない。
「ついでだ、刀も試していいぞ」
「はい」
刀を両手に剥き身で持たせる。興味深いのか刀身の刃紋を見てるようだ。
次もウッド、なら良かったのだが当ては外れた。
踊り場に出たらいきなりコボルト3匹だ。間が悪い。
「右を任せる!」
左のコボルトに突進する。突き出してくるダガーを盾で受けて半身に体を転じると蹴りを放つ。
1匹を転ばせておくと、後ろの及び腰のコボルトの顔に左手に持った盾の縁をぶち込んでやる。
いい音をたてて昏倒してしまう。盾で攻撃するとこうなるものなのか。メイスじゃあるまいし。
サーシャはというとコボルト1匹をもう始末していた。転がってるコボルトの両手と首が無い。仕事早いね!
鉈で転がった2匹の喉元を砕いて止めを刺した。
「平気だったか?」
「はい。すごいですね、この刀」
驚きの目で日本刀を見ている。でもそれはオレのだからな!
ああ、サーシャもオレのだよな。オレのモノがオレのモノを愛でているわけか。
問題ない。愛でてよし!
「そうだ。それだけに扱いも難しい」
魔石を回収していたらウッドが這いよってくる。
サーシャを手で制すると、盾をその場に置いて両手に苦無を構える。
ウッドの攻撃を切り飛ばすようにして防ぎながら、本体にも攻撃してみる。さすがに鉈やダガーほどに効いていないようだ。
それでも本体に攻撃を8発ほど当てるとウッドは沈む。まあこんなものだろう。
「確かに戦うための道具は重要だが、もっと重要なこともある」
サーシャから日本刀を受け取り鞘に納める。盾とダガーを渡して語り続けた。
「生き残ることだ。サーシャにはオレと共にもっと強くなって貰うからな」
「はい」
「だから遠慮はなしだ。不具合があるのなら遠慮なく言うこと。そうでないとオレの方が困るからな」
「はい」
「よし、次からはオレの動きを見て自由に援護してみてくれ」
力強く頷き返してくる。やる気があるってのはいい事だね!