サーシャ
久しぶりに、夢は、見なかった。
熟睡できてる気がする。
「C-1、昨夜は異常はなかったか?」
《ありません。就寝状態での脳波パターンは1時間半単位で緩やかな半覚醒を繰り返してました。ゲーム内での聴覚異常の検知もありません》
《接続状況に進展はありません》
「そうか。ではC-1とD-2は交代だ。」
《了解》
今日は特注武器の受け取りとリッティさんに奴隷商人を紹介して貰う予定がある。
急いで用件を済ませておかないと迷宮に行く時間がなくなってしまう。
お湯でお手洗いを濯ぐと部屋を後にした。
朝飯はリゾットにサラダだ。リゾットはチーズの風味も良く胡椒で引き締められていて濃厚ながらも食が進んでいく。これで量さえあれば。
宿屋の親父に鍵を預け食器を返却すると同宿の4人組が降りてきた。会話にそれとなく耳を傾ける。
(オークとやりあうのは割りに合わないだろ)
(でもギルドからはお願いされてるわけだし・・・どうする?)
(狩場を変えるか?ブラックベアとかマッドボアとか倒すと美味しいのがいるから変えたくないけどさ)
(あの迷宮もまだ探索しつくしてないし。なんかほかにありそうなんだけどなあ・・・)
ふむ。そこそこがんばっているようだな。今のオレなら単独で戦いたくない相手に稼いでるみたいだし。
(他の場所でもオークが出始めてるっていうぜ。あいつら繁殖するから厄介なんだよなあ・・・)
オークが冒険者から嫌がられる理由。
魔石を回収しても大して稼ぎにならないこと。概ねコボルト程度だろう。
ドロップアイテムも大したことがない。オレがこの間オーク共から色々とアイテムを得ているが、ああいった例は稀だ。
オークが領主から嫌がられる理由。
当たり前だが領内の治安を思いっきり悪化させ、領主への租税も減ってしまう。
流民を発生させると風聞をよろしくないから名誉に関わる。
オークが冒険者ギルドから嫌がられる理由。
冒険者と理由は同じである。そして領主からはオーク優先で討伐を依頼される立場なのだが、オークは冒険者にとって魅力に欠ける討伐対象なので有効な手立てがないぼが現状だ。
オークが嫌われる基本的な理由。
こいつらは農作物も家畜も荒らし回るし、種族に関係なく攫って行く。
オークは人間を食うだけでなく、女性は繁殖に利用するのだ。
人間の場合、エルフと交配可能であるが確率は非常に低いし、獣人族とドワーフ族とは不可能だ。
しかし、オークは人間と亜人種の全てと交配可能である。
しかも種族としての優れた特性を引き継ぐ場合がある。例えば、オークシャーマンはエルフとの交配で発生したとも言われている。
先ほどの会話から、どうやら冒険者ギルドもオーク討伐に協力を求めてきたものと見える。
オークだけでも脅威だ。だが人間ならば対抗できない相手ではない。
オーガが加わるとなると問題は一気に大きくなる。隷従されたオーガがオークと共に出現しているとなると、対応できる冒険者パーティは一気に減るだろう。
何かイヤな感じだ。
武具屋の親父は既に朝飯を食べ終わっていたようだ。店は既に開いていた。
「おはようさん、注文の品は届いてますか?」
「おう、お若いの、朝早くから熱心だな。物は今朝届いたぞ」
カウンターの下から2本の細長いスコップが出てきた。刃は15cm程度だ。柄の先はロープが結べるよう円形の穴が付いている。
うん、オレのイメージに相当近い。
「まあ手に持ってみるんだな」
両手に持ってみる。今持ってるダガーよりは軽いが、相応に重みを感じる。振ってみると重心はやや持ち手側に感じる。悪くなさそうだ。
先端は刃にはなってないが十分に鋭く凶器になるだろう。もちろん土を掘る用途にも使うつもりだ。
「調整がいるようなら持ってきな」
「まあ想定どおりの出来だと思いますよ」
鞘を受け取るとベルトが3箇所付いていた。分かってるな、ドワーフのおっちゃん。
左足と右足の太ももに重ねるように1本づつ装着する。
「また来ると思いますよ」
「おう、贔屓にしてくれよな」
装備の充実は着々と進んでいて気分がいい。
次はパーティメンバーを拡充せねばなるまい。
冒険者ギルドは奇妙な雰囲気に包まれていた。
あちこちから「オーク」の単語が聞こえてくる。こういった話は拡がるのが早いものだ。
リッティさんはまだ来てないようなので、運営掲示板を確認してみる・・・返信はやはりない。クソッ。
脳内で罵声を爆発させていたらリッティさんが来るのが見えた。昨日は連れていなかった戦士を4人、ひき連れている。
いい装備をしている。1人が帯刀している剣は魔法剣のようだ。柄の先端に付いているのは魔水晶っぽい。
「どうも、お早いですな」
「お手数をおかけしますが宜しくお願いします」
並んで・・・いや、リッティさんの左側のやや後方に位置するように歩いてギルドを出る。
護衛の戦士2人づつが前後を固める。オレの左後方に魔法剣持ちが位置している。やはり警戒はされている。
「これから紹介する奴隷商人ですが、私も取引きしている相手でして」
「奴隷で、ですか?」
「まあそうです。私もベネトの評議員として派遣軍に色々と支援せねばならない立場でして、戦闘奴隷も買い入れて戦場に送っております」
一気に政治色が濃い話になった。
「戦況は芳しくないのでしょうか」
「均衡はしているとは聞き及びます。しかし油断がなりません。クレール山脈の北端のトンネルは奪還できていませんし」
「ほう」
「これから紹介する奴隷商人も手持ちの奴隷が少なくなっているのです。戦闘奴隷が全くいないと失礼になりますので昨日私のほうで確認しに参りました」
手筈いいな。いや、商人ならこれくらい当然か。
「ご希望に沿えると良いのですが」
うん、なんかあまり芳しくないのだろうか。
東門方向の大通りは露店がなく西門側と雰囲気が違っている。その中でも比較的立派な建物に入っていった。
建物の中を通り過ぎると中庭に通された。奥にまた別の建物が見える。
結構身なりの派手な小太りのご婦人が出迎えていた。
「ようこそ、リッティ様」
「こちらこそ。こちらの方が昨日お話したシェイド殿、冒険者です」
「シェイドです」
「奴隷商人のファビアーヌと申します」
一礼すると優雅に返礼された。笑顔も眩しい。営業スマイル恐るべし。
「ご希望に適うと良いのですが・・・戦闘奴隷とのことですが、ご要望はございますか?」
「動きが素早く探索に向くのであれば。若ければ尚いいですね」
「前衛でしたら攻撃に秀でた者はおりますけれど」
まあ普通そうなるよな。でもオレの脳内プランで優先すべきはサバイバルなのだ。
「攻撃でしたら問題ないです。私も若いですし、最初から無茶な相手と戦うつもりもないので」
適当に理由を付けておく。攻撃力なら日本刀があるしな。
「ではこちらへどうぞ」
まずは一通り見てみることにしよう。
奴隷、というと酷い扱いを受けているイメージがあるだろう。
しかしながらこの世界での印象は異なる。
良くも悪くも家畜と一緒なのだ。つまり財産の一種なのである。
自らの財産を毀損するような真似をする主人はいないだろう。奴隷はその労働によって利益を得ることが出来るかどうかに価値を見出すべきなのだ。
まあ中には容姿優先で性奴隷扱いなのも居ないわけではないが。
奴隷部屋も大部屋ではあるが清潔に保たれていた。
奴隷商人が奴隷を見る目は商品を見るそれだ。
最初の大部屋にいたのは5人、いずれも男だ。
うち人間の2人は年齢的に上すぎる。心理的に年齢が上なのは抵抗があるからパスだ。
1人は獣人だ。なかなかの面構えをしている・・・悪人的な意味で。体格が大きすぎるので隠密活動には向かないだろう。
聞くと熊人族なのだとか。
人間の2人は年齢的に合うが今ひとつ敏捷性を感じさせてくれない。腕は太いし胸板も厚い。前衛ならばいいんだが。
背の低い人間のほうだけ保留としておこう。
次の大部屋にも5人。
こっちにも獣人が2人、人馬族だ。
人馬族ならば前衛にも後衛にも向くが残念ながらちょっと年がいってしまっているようだ。
人間の3人も炭鉱労働者の如き鍛えられた肉体であるもののオレの脳内プランに合わない。
全部パスだな。
次の大部屋には4人。
こっちは全部女性だ。全員がメイド服っぽい格好をしている。
若い獣人が1人いて、他は若い人間だ。
人間のほうは戦闘に向きそうにない。
「こちらは全て労働奴隷です。お気に召さないかと思いますが」
「1人敏捷そうなのがいるがあれは?」
「彼女は労働奴隷として仕込んでいる所です。最初は戦闘奴隷として考えていたのですが体が小さいままでして」
ふむ。試してみてからでいいだろう。
「最初の部屋の一番小さくて若いのと獣人の彼女も試してみたい。試合はできるかな?」
「ご自身でですか?」
「可能なら」
リッティさんが口を差し挟んできた。
「申し訳ありません、お客様相手というのは例え冒険者であっても禁止事項なのですよ」
「奴隷同士の試合ならば問題ないでしょう」
そういうものか。前作で戦闘奴隷とはプレイヤーが望めば戦えたと思うのだが。こんな所も違ってきているらしい。
「後は労働奴隷しかおりませんが」
「こんな機会だし全部見たい」
次の大部屋は3人、労働奴隷とは思えない、なにか知的なものを感じさせる優男ばかりだ。
「こちらは商家向けの労働奴隷でして」
成る程、執事的な労働者なのね。
次の大部屋は5人、まさに農民といった風情の男たちだ。
次の大部屋は4人、メイド服を着た人間の女たちだ。戦うような雰囲気ではない。
あとは小部屋に綺麗なお姉ちゃんと少女だ。まあ性奴隷向けなのだろう。ともに美人なのだが食指は動かない。
我が儘そうだし。
「やはりさっき選んだ2人ですね。戦っている所を見たいのですが・・・申し訳ない、値段が幾らになるのか先に把握しておきたいのですが」
「若い男の方であればセム金貨25枚、獣人の女でしたらセム金貨20枚といった所です」
さすがに高いなあ。リッティさんから資金を持ってることは知れているだろう。
あまり金持ちと軋轢を生むような値引き交渉は避けたい所でもある。
ここは良しとすべきか。
「分かりました、それでは試合を見せて下さい」
選んだ戦闘奴隷2人の試合は中庭で行うことになった。
一応、各々の奴隷の概要を聞いておく。
男の方は元々冒険者だったようだ。典型的な戦士であり、戦闘経験は若いなりにありそうだ。
女の方は狼人族だ。幼少時から群れで狩りを経験してきているそうである。
対峙した両者は共に革ジャケットだけの軽装に木の盾、得物は刃引きのショートソードだ。
「では試合を始めますよ?」
ファビアーヌさんの手が挙がった。オレに目配せして確認する。
オレが頷くとその手を下ろす。
それが合図になった。
男が盾を体の前に構えて半身のまま突進した。
女は自然体のまま。
間合いに入ると男が剣を横薙ぎにする。女は受けずに頭を低くしてかわすと、男の後ろに回り込もうとした。
男は避けられるのは織り込み済みだったようだ、盾を低く構えなおし、既に女と正対している。
女の剣の一撃が盾を叩く。
攻撃を更に続けていくが、盾で、剣で受けきられてしまい、押し込まれていく。
男が剣を突いた。刃引きとはいえ当たっていたら危ない攻撃である。
女はギリギリでかわすものの、体勢が崩れている。
男が蹴りを放ち、女の足を払って倒した。剣を向けたその瞬間。
女は腹ばいのまま素早く移動して男から距離をとった。
さすがに狼人といった所か。
だが剣を使っての戦い方には男の方に一日の長があるようだ。
どうしても体格で押し込まれてしまうのである。盾で受けると吹き飛びそうだ。
似たような剣戟が繰り返されていくが、明らかに男のほうに優勢な状況が多くなっていく。
剣と剣がぶつかりあって女の剣が吹き飛んだ。
そこで勝負がついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
全員で場所を接客室の小部屋に改めるとファビアーヌさんに申し入れた。
「では、女の方を購入したい」
「試合では負けましたけど?」
「かまいません。彼女がいい」
男の方は悪くない。動きを最小限で留めて負けない戦い方をしていた点はいいと思うし、前衛ならば十分なのだろう。
だが、パーティとしてオレと組んだとき、どう戦いを組み立てるかを考えると、オレと並んで戦う絵しか浮かばない。
人間同士で素早さは大して変わらないのだから当然といえば当然なのだが。
女の方ではどうか。あの素早さで期待できるのは、オレの動きに合わせて側面から、可能であれば後方に回り込んで敵に不利な状況を強いることである。
あれだけ素早いのであれば十分に期待していいだろう。
男の方も買えるのだが、それでは手元に資金が残らず心許ない。ここは1名だけでいいだろう。
「本当によろしいので?」
「ええ」
なにか腑に落ちない表情を浮かべているが、オレの答えは変わらない。
「分かりました。奴隷譲渡の手続きを致します。少々お待ちください」
呼び鈴を鳴らすと執事が入室してきた。
「サーシャをここへ」
執事は無表情のまま優雅に一礼を主人に返すと退出していく。
リッティさんが護衛の戦士に語りかけている。
「女奴隷の戦いをどう見るね?」
「確かに勝敗では男奴隷の勝ちでしょう。腕も良い筋をしていると見ました。女奴隷ですが良い動きでしたし善戦と言えます」
一旦区切るとオレの表情を窺ってから話を続けた。
「シェイド殿の戦いぶりを知らないので断言できませんが、迷宮での役割は前線で戦うだけではありませんでしょうから」
うん、雇い主にもオレにも当たり障りのない回答ならそうだよね。
ファビアーヌさんが立派な机から台座付きの水晶球を取り出していた。
奴隷には例外なく【隷属の首輪】がつけられているが、これに主人が誰であるかを変更する必要がある。そのための魔道具だ。
前作ではオレは作ったことがない。付与魔術師であれば難易度はそこそこ高いものであった筈だ。
魔道具そのものの操作は魔術師でなくとも可能なので汎用性は高い。
「先にお支払い頂いても宜しいですか?」
「もちろん」
白金貨2枚を豪奢な机の上に置く。
暫く待っていると先ほどの女奴隷が連れられて来た。何故かメイド服に着替えている。
「こちらがお前をお買い上げになったシェイド殿です。ごあいさつなさい」
「サーシャと言います」
ピョコンと一礼した。改めて良く観察してみる。
狼人族の少女で背格好はオレより一回りは小さい。身長は160cmを少し下回る位だろう。毛並みはシルバーで髪の毛はベリーショートだ。
外見だけなら少年にも見えなくはない。胸もペタんこだし。
近くで見ると両目は綺麗な青だ。肌艶も健康そのものである。
「シェイドという。今後はよろしくな」
ファビアーヌさんが魔道具を操作したようだ。水晶球が僅かに白い光を帯びている。
「サーシャ、手を水晶に当てなさい」
サーシャが水晶に右手を当てると、ファビアーヌさんは右手を水晶の上にかざし、左手はサーシャの【隷従の首輪】の魔晶石に触れている。
「では私が合図をしたらシェイド殿も水晶球に手を触れて下さい」
オレが頷くと呪文を唱え始めた。
《我は汝の主人也、契約に従い我に隷従せし従僕を次なる者を主とせよ、次なる主の名はシェイド、我はその糧に我が力を汝に分け与えるもの也》
ファビアーヌさんが目配せすると、オレは水晶球に手を触れる。
一旦、赤い光が走ったかと思うと、その直後に白い光が走った。
「新たな契約はこれで終了です。シェイド殿、サーシャの首輪の石に手を触れてみて下さい」
言われるままに手を触れると白く淡い光を発している。
「結構です。白い光を発するのは主人である者が触れている証となります。問題ないでしょう」
営業スマイル全開だ。
「今後とも当店をご愛顧いただけますよう」
最後に優雅に一礼された。こちらもぎこちなく返礼する。
サーシャを見ると不思議そうな顔でオレを見ている。その幼い顔に浮かぶ表情は期待だったのか不安だったのか。
オレには分からない。
ただ、これが次へのステップになる。それだけが分かっていた。