詰問
今日はギルド1階の酒場にドワーフはいなかった。
冒険者も昼間は稼ぎ時なのだ。夜の迷宮は同じモンスターでも昼より強くなる傾向がある。
カウンターにいるのは昨日見なかった若い男だ。なんとも特徴のない顔つきをしている。
「買取りをお願い」
魔石をカウンターに置く。初見のせいか、ジロジロ見られた。不審者扱いか。
「ああ、あんたがシェイド?」
「まあね」
魔石の鑑定もそこそこに無言のまま奥の別室に消えていった。
鑑定ぃ・・・
暫く待つと例の魔術師の爺様だ。
「ほう、早めに来たのか」
望んだわけじゃないけどね。
「鑑定も待ってるんだけどね」
「どれ・・・セム銅貨17枚にセム鈍貨4枚になっとるぞ」
鑑定終わってたのか。先に済ませて欲しかった。
「客も来ておる。悪いが付き合ってもらいたいんじゃがな」
「この格好のままでいいの?」
「ギルド内の掟は変わらんよ・・・いや、急いで欲しいんじゃがの」
興味なさげに硬貨を数えてたら催促されました。
首を横に振るつもりで来てないから大丈夫ですって。
通されたのはギルド2階の大部屋だ。結構立派で長いテーブルが鎮座している。
テーブルの一方には3人。
見事な体格をした若い男は神官だろう。質素な格好だが身奇麗でホーリーシンボルを象った肩布をかけている。
中背の男は商人だろうか。簡素な身なりに見えるが着ている服にはボタンが使われている。金持ちである証だ。
小柄でやや中年太りのように見える女性は白地に花の刺繍をあしらった豪奢なドレス姿だ。なんかすごい目付きをしてる。
彼らの対面には見事な銀髪の老婦人だ。間違いなくギルド関係の魔術師だろう。
その隣に魔術師の爺様が座った。
オレに隣の席を勧めてきたのでオレも座る。
もう一人、両者の仲介役なのだろうか、老齢の神官が上座に座っている。
なんか大げさじゃね?
「リグリネのギルドの確認もとれておる。確かにディバイエ殿一行は護衛を引き連れて10日前にリグリネを出発しておる」
銀髪の老婦人が語り始めた。何のことだか分からん。
「護衛にギルドが付けた面々はこの辺りの冒険者でも指折りと言って良い」
なんか中年のご婦人の視線が痛い。
「こちらにおられる冒険者はシェイド殿じゃ。彼がオークと遭遇して倒した際、彼が得た荷物に手がかりが見つかっておる」
そう言うと机の下からオレが持ち込んだアイテムを取り出しテーブルに並べ始めた。
「この2つの首飾りはリグリネ騎兵団の正規兵ものと判明しておる。石版とスクロールはディバイエ殿がリグリネで購入した品じゃった」
「む、息子が死んだって言うの!」
「その可能性が高い、と申し上げておる」
「オークだなんて嘘よ!この辺りで出るなんてここ10年以上、聞いたことがないわ!」
ヒスこええ。他の面々が引いてるよ。
「その点は同感じゃがの。他のギルドから複数の通達が来ておるのじゃよ・・・オークと遭遇した、と」
ご婦人も言葉が継げなくなったか。と思ったのは甘かった。
「オーク如きに護衛が倒されるなんて。リグリネ騎兵団だって精鋭だっていうけどおかしいじゃない!オークも倒せない護衛ってなんなの!」
そうきましたか。
「それについては確かに疑問じゃが」
魔術師の爺様が横にいるオレに顔を向ける。いやだなあ、無茶振りはいやだなあ。
「お前さんに聞きそびれておったんじゃがの、あの魔晶石4つを【隷属の首輪】と言っておったが・・・何を隷属させておったのかの?」
「オーガですよ」
出席者全員の表情が変わるのが分かった。
「・・・持ち込んだ時に何故言わなかった?」
「信じないでしょ?オレみたいなのがオーガと戦った、とか」
「確かに聞かなかったのはこちらの落ち度じゃがの。大変な相手なんじゃぞ?知らせてくれんと困る」
まあ大変なのは分かってます。
「オーガが出たのはタウの村の近く」
手を上げて出席者が何か言おうとするのを制して発言を続けた。
「オレが戦った次の日にはタウの村の衆がオーガから剥いだ皮を持ち帰ってましたね」
物証があるといいよね。
「あとオーガを倒したのはオレ1人じゃないんですよ。デリアリを拠点にしてるドワーフでドルゴンという方に聞いてみることですね」
証言者もあるともっといいよね。
「オーガ1匹を【隷属】するのに魔晶石を4つもつぎ込んでいたんですな。倒したオーガの戦利品として持ち歩いてたらオークに襲われまして」
胡散臭そうな顔しないで欲しいなあ。気持ちは分かるけどさ。
「オーガを操るための首飾りをオークが持っていたんですよ。それで奴等にずっと追われてたみたいです」
「それを貴方が返り討ちにしたとでも?」
その態度、そろそろ止めて欲しいなあ。ご婦人改めオバさんの目付きは犯罪者を見る目をしてる。
「信じられるものですか!あなたが私の息子を護衛ごと騙まし討ちにしたんじゃないの?いえ、そうに決まってるわよ!」
「よしなさい、失礼にも程があるよ」
商人らしき中年男がようやく発言した。どうやらオバさんの旦那っぽいな。
「しかし貴方の話が信じ切れないというのもまた正直な印象ですな」
「追って確証を得るよう努めさせて貰いますよ」
魔術師の爺様ガンバレ。そのあたりはオレに出来るこっちゃないし。
「いえ、この場で出来ることもある」
そう言うと中年男が隣の神官に目配せする。やだなあ。
「神の言問いに答えて頂きたい。私も納得できるだけの確証が欲しいのです」
やっぱりか。【悪意感知】って強制するものじゃないと思います。
「この場で断ってもええぞ」
魔術師の爺様も心配そうだ。そりゃそうだ、オレのことなんて知らないのも同然。オレ如きのせいでギルド全体にリスクになるようなことは避けたいだろう。
「かまいませんよ」
そう答えると正面に座っている若い神官に右手を差し出す。
【悪意感知】は対象相手と接触していなくとも呪文を成立できるが、接触していたほうが呪文の効果は高いのだ。
それだけにこっちの覚悟も示すことができるだろう。受けて立ってやるぞゴラァ!!
でもオレにも別の思惑がある。ここまで虚仮にされて何も反撃しないってのは腹も立つし。
静かに【接触読心】を念じる。精神魔法は非常に感知され難いから便利だ。呪文なしで発動することも大きい。
唯のテレパスと言ったらそれまでだが、これはこれで結構便利なのだ。
神官が呪文を呟きながら神聖魔法を完成させ、右手を重ねてきた。こちらにも同時に【接触読心】の効果が現れる。
神官の表層心理が脳裏に投影されてくる。同時に深層心理も絡まったように投影される。
人間としての様々な感情が同時に感じられる。本能も、欲望もだ。
膨大だ。いや、膨大に過ぎる。
このまま接触し続けると【精神同調】まで出来てしまいそうだ。
感情を選り分けていく。一番厄介なのは恐れだ。つつくと反応が過敏で始末に終えない。
欲望も似たようなものだが相手は神官様だ・・・いや、この神官はやや憤怒と怠惰に偏りがある。まあ今はどうでもいいことだが。
こっちが読心していることに気付く様子はない。
相手に知れたら恐怖が一気に巨大化して、精神力判定で抵抗することになる筈だがその兆候がない。いい感じだ。
思考領域にゆっくりと侵入していく。
教会に多額の寄進をして貰っている手前、頼みを断れなかったのか。世知辛いねえ。
結婚したい女性もちゃんといるんだね。正式じゃないけどもう婚約までしてるのか。リア充め。祝福してやる。
いやそうじゃなくてだな。
ああ、このオバさんには結構辟易してた訳か。馬車での道中、ずっとあの調子だったとは。同情に値するよ。
で、君はどんな神様の信徒なのかねえ・・・太陽神アポロンですかそうですか。
ちょっと待て。
前作でそんな設定あったっけ?神の名前は全く違う設定だった筈なのにギリシャ神話の設定をそのまま流用したんかい運営!
いかん、横道に逸れるなオレ。
で、【悪意感知】の結果はどうかね?
やっぱりシロですか。ですよねー
これで嘘なんか言ってごらんなさい。お仕置きしちゃいますよ?
「もう結構です・・・我が信仰を捧げる太陽神アポロンの御名に誓って、彼は嘘を言っていません」
オバさんの表情が歪む。言いたくはないが実に醜い。
さらに何かを叫ぼうとしたのを旦那さんが機先を制した。
「分かりました、色々と失礼を働いたことをお詫びしたい」
「ふざけないでよ!」
オバさんが席を立ち部屋から退出してしまう。なんなんだかなあ。
「済まないが妻を頼む」
旦那さんの言葉を受けて神官が後を追っていった。大変だね、君も。読心しちゃってゴメン。
「恥ずかしい所を見せてしまいましたな。あれは可愛がっていた末の息子をあきらめられないのです。何卒ご容赦を願いたい」
一転して低姿勢だ。いい人なのかもしれない。いや、商人たるものは交渉においては臨機応変であるべきだろう。
したたか、と言えばいいのか。
「ご理解いただいたようで安心しました」
魔術師の爺様も心底安心している様子だ。
「しかしながらオークだけでなくオーガまでもこの辺りに出没してきたとなると・・・」
「冒険者ギルドだけでなく沿海都市の領主様方や王家にも動いてもらわなければ」
「オークは根こそぎにしませんと。あれはゴブリンなど問題にならないほど始末に困る」
雑談になり始めた。いや、話してる内容は重大事なんだけどね。
オレの存在にも構ってもらいたい。
「申し遅れました、私はベネトの交易商でリッティです。貴方がオークから取り返して頂いた荷物ですが」
商人の男が空気を読んだみたいだ。あの荷物のことか。冒険者クオリティならオレが所有権を主張していい筈だけどね。
「冒険者ギルドで鑑定した額の倍額をお支払いする用意があります。如何でしょうか?」
うん、悪くないね。
「承知しました」
3倍でも構わないんだぜ?言ってみたいが小心者のオレ。やっぱカルマを積むのは地味に嫌だ。
「では、我が信仰を捧げる主神ペルセフォネーの御名に誓って、本件は調停済みと認めます」
老齢の神官がようやく発言する。置物かと思ってたよ。
えっと・・・主神ペルセフォネーって何?
違うでしょ。
彼女は冥府の神ハデスの妻で豊穣の女神デメテルの娘だろ。
春を告げる女神だった筈じゃ?
なんか運営が設定変えたのか?
いや、前作から神官やら僧侶関係の職業に縁がないオレがあれこれと文句をつけるのもおかしい訳だが。
世界観とかデザインとかどうなってるんだろう。
そのまま部屋で待つように言い含められた。部屋に交易商人のリッティさんと2人きりになったので色々と雑談することに。
彼は教会に寄進しているだけでなく、東方から侵攻してくる蛮族相手に戦うために傭兵を募い、傭兵団を組織して派遣しているそうだ。
名士ってことか。
他にも話の流れで色々と便宜を図ってくれるなんて言われたからダメ元で戦闘奴隷を調達できないか聞いてみたら、伝手がいくつかあるのだとか。
この町にも奴隷商人がいるらしい。今日はこれから商談があるそうなので、明日、改めて紹介して貰えることになった。
ラッキー。
愚痴も聞かされた。奥様はリグリネ現領主の腹違いの妹なのだそうだ。ああ見えて商才はあるのだとか。後妻なので、長男夫婦とは険悪なのだそうだ。
もう1人息子がいるそうだが出来が悪くて困っているのだとも。なんか病んでる家みたいだ。男の愚痴が止まらなくなった。
アンラッキー。
救いの神は魔術師の爺様だった。
「鑑定が終わったぞ。リッティ殿、ここで支払いして貰って宜しいかの」
戦闘奴隷を調達するなら資金はいくらあってもいい。高く見積もって貰えると有難いんだが、鑑定の魔道具にそんな融通が利くわけでもないしなあ。
「巻物は2つでセム金貨1枚、石版は3つでセム白金貨1枚とセム金貨5枚じゃな」
・・・桁が違った。石版なんなの?
「お主、あれが何なのかは口にするでないぞ」
なんかヤバイものでも拾ったのかオレ。
「ベネト建設当時の石版でな、あれにはベネト議会の投票権が付いてまわるんじゃよ」
そんな素敵アイテムでしたか。
「まあワシ等のような冒険者には価値があるものでもないがの」
根無し草ならそうでしょうとも。オークだったら尚更意味がない。
リッティさんがセム白金貨を4枚取り出した。お釣りに金貨8枚も持ってないって。
「そのまま。そのまま納めて結構ですよ」
「いや、さすがにこれは」
「迷惑料と思って頂きたい。それに金貨は持ってきていないのですよ」
ヤバイ。本物のお大尽だ。お友達になりたい。できればあの奥さんは抜きでお願いしたい。
「ではまた明日の朝にお会いしましょう」
そのまま急ぐように部屋を退出していった。商談があると言ってたしな。
暫く経つと何かの金属音がやたら聞こえる。ギルドの部屋の窓から外を見ると、広場の中央に重戦士っぽいのが十数人、ギルドの方に近づいてきている所だ。
その人影の輪の中に見覚えのあるドレスがある。暫くするとリッティさんらしき人も合流した。
あれが全部護衛か。
金の持つ権力って素敵。じゃなくて、恐ろしいものだと思う。
でもね、金は使い道があるうちが華だと思うのですよ。
「まあなんとか上手くまとまったかの」
魔術師の爺様の顔には安堵の色がありありと浮かんでいた。
「石版が何なのか、わざとオレに教えましたね?」
「そこまで意地悪じゃないとも、ちゃんと先方の了解は得てあったわい」
良く知りもしない相手にわざと秘密を共有させる。その意図は何なのか。
連想するのは碌でもないことばかりだ。
「面倒な事は勘弁して欲しいんですがね」
「冒険者たるもの、面倒事を請け負って稼ぐのが当然じゃよ。しっかり稼ぐことじゃな」
いつも思うことがある。先達たるご老人の逞しさってなんなの。勝てる気がしない。
ギルドを出ると誰もがオレを見てるようでなんか怖い。気のせいだと思いたいのだが。
まだ【知覚強化】が効いてるにも関わらず、重ねかけしてしまった。
夕飯の時間にも早いし、迷宮に行くにしても中途半端になってしまうだろう。
さっき耳にしたことが気になってしまっている。
この世界の神様事情がどうなっているのか。
教会に行って話を聞いてみるのもいいだろう。