フェリディの町にて~迷宮潜行
掲示板の最新日付は5年ほど前のものだ。
そこから日付を遡って読んでいく。
ゲーム終了のお知らせへの不満。
次期ゲーム開発についての問い合わせ。
運営そのものへの不満。
かなりの時間を費やして読み込んでいったが気分が滅入ってしまいそうだ。電子しおりを挟んで読むのを止める。
プレイヤー掲示板に自分で書いた記事を見てみる。もう16年前になるのか。
かつて一緒にパーティを組んでいたプレイヤーへの引退報告だ。
返信が9つ。いずれもあいさつ・・・いや、最後の一つが伝言だ。
混沌と淘汰の迷宮にて待つ。
返信者名の欄は空白だ。
なんだ?誰が、何の、用件で?
かつてカウンターストップの面々が初心者プレイヤー向けイベントで用意した迷宮がいくつかある。
混沌と淘汰の迷宮、という名称は元々は総称であり、イベントに向けて用意した迷宮全てを指す。
これじゃどこのことなのか分かんないよ。
でもどの迷宮に挑戦するにしても、暫くは経験値稼ぎが必要だろう。レベル5くらいになったら挑戦する意義は十分あるのだが。
それに初心者向けの迷宮であるのだとしても、パーティも組まずに攻略するのはどうなのか。
やっぱりパーティメンバーを早めに調達したほうがいい。
アルファ・テストである以上、プレイヤーと組む余地はない。
従って、冒険者仲間を集っているパーティを探すか、傭兵を雇うか、戦闘奴隷を買うかのいずれかだ。
行動の自由度を考えたら戦闘奴隷がベストだ。
まだ手元に魔水晶がある。魔晶石と比べても高値で売れることは間違いない。
・・・まあ今から考えることもないだろう。冒険に必要な雑貨を買って、迷宮でリハビリといこきたい。
装備を整えて、桶の残り湯でお手洗いを濯いで部屋を出た。
廊下には朝飯のいい匂いが充満していた。た、たまらん。【知覚強化】してなくても十分に食欲をそそる。思わず部屋の鍵を閉めておくのを忘れてしまいそうになった。
階下に下りたら受付にいたのは昨日の子供だった。鍵を預けると食券を渡してくれた。
「桶は部屋の中に置いたままだけどいいか?」
「いいよー」
反応かっるいな。
朝飯はホットサンドにスープ。せっかくなので【知覚強化】して美味しく頂きました。食器を返却すると早速冒険者ギルドに向かった。
ギルド1階の酒場の一角では眠っているドワーフが何人か見えた。飲み明かしたのか、恐るべし。
カウンターではアイテムを購入している人が何人かいるので運営掲示板を先に覗いておく。
返信はなかった。畜生め。
カウンターに昨日見た爺様が来たので早速話しかけた。
「回復薬が欲しいんだけど」
「青のオーブならセム銅貨2枚、黄のオーブならセム銅貨5枚、白のオーブならセム銅貨3枚だよ」
体力回復薬なら青、MP回復薬なら黄、毒消し薬なら白だ。遠出するなら携帯食も必要だが今日はいいだろう。
「青5つ、黄2つ、白3つで。あとロープ1束と水筒1つはいくらになる?」
「長さ8メルのものしか在庫がないぞ。こいつはセム銅貨6枚になる。水筒は在庫が切れておるでな、そこらの雑貨屋で買うとええ」
長さの単位は変わってないみたいだ。1メルは安直に1メートルだ。もうちょい長めがいいけど仕方がない、買っておこう。
「そういえばお前さんが昨日持ち込んだリストバンドの持ち主が分かったぞ」
銀貨2枚をカウンターに置き、返ってきたお釣りの銅貨の枚数わざとらしく数えながら耳を傾ける。
「ベネトの町で登録した冒険者一行じゃな。昨夜のうちに確認が取れた」
はやっ!時間かかるとか言ってたでしょ、確か。
【遠話の水晶球】があれば連絡なんてすぐだけど早すぎでしょ。
つか聞き覚えのある町の名前だな、ベネト。
前作のワールドマップも世界観も欧州に近いスタイルなので予測し易い。フェリディは良く知らないが、ベネトは良く知られる水上都市のベネチアに相当する。
「依頼元の人間が今日来ることになっとる。馬で来ると言っておったから昼前には着くじゃろうな」
近いよ近い。
「なんの依頼をしてたのかな?」
「商人の護衛じゃな。リグリネの町からベネトの町へと帰る途中にこの町があるんじゃが」
リグリネはジェノヴァに相当する町だった筈だ。なんとなく地理的位置が把握できてきた。イタリア北部あたりなのか、この町。
「オークの群れにしてやられるほど弱い冒険者じゃないというんじゃな。ベネトの冒険者ギルドの者もこっちに来て事情を聞きたがっとる」
あえて興味なさそうな態度でオーブとロープを【アイテムボックス】に放り込む。
「ギルドの信用に関わるってことですか」
「他人事じゃないぞ。お前さんにも話を聞きたいと言ってきとる」
えー、やだー、面倒そう。心の底からそう思った。
顔に思いっ切り表れてることだろう。
「迷宮に稼ぎに行きたいんですがね」
「夕方でもかまわんと思うがね。迷宮でくたばらん限りは顔を出して欲しいんじゃが」
さりげなく挑発しないでよ爺様。
「顔を出せるようにしますよ、死ななければですけど」
金属武具店にも約束があるし、急がねば。水筒も買わないといけないし。
そそくさと逃げるようにしてギルドを後にする。
約束してあった武具店は開いていた。店の親父はもう朝食を済ませているってことだな。
「おう、約束通り来たな」
親父の隣にはドワーフがいる。オレより頭1つ確実に低い背格好なのに筋肉の厚みがすごい。
「お前さんかい、妙な注文をしたいというのは」
「まあそうです」
店の親父の手には片手用のスコップがある。家庭菜園とかで使う小さい奴だ。
「スコップならこれだが」
「幅はそいつの半分で厚みはもっとつけて、柄の長さは若干伸ばして柄の先はロープが通せるようになれば」
ドワーフの目がなんか怖い
「どう使いたいのかが気になるわいの」
「戦闘以外で使いたいんですよ、土を掘るだけじゃなく、足場を作ったりするのに使うので」
「ならば刃は付けなくていいんじゃな?」
「もちろんです」
なんか考え込んでいるな。
「まあそう難しくはなかろうがの」
「2本、作れますか?」
「2本でセム銀貨5枚ってとこでええじゃろ」
店の親父があわてて会話に介入する。
「おい、オレの前で金の話かよ」
ドワーフが意地悪そうな笑いを浮かべてる。わざとやってるな。
「お前さんへの仲介料なら銀貨1枚程度でええじゃろが。なあ小僧、銀貨6枚先払いでなら明日までに作ってやろう」
うん、さすがに卸値で買うのは無理ですか。
軽貨1枚と銀貨1枚をカウンターに置く。ドワーフの手が素早く軽貨を攫っていった。
そういえばこのドワーフは職人なわけだ。ついでに聞くのもいいかもしれない。
「金槌とタガネ、割り矢とかもあれば欲しいんですけどね」
「お前さん、石工でも始めるのかね」
変人じゃないよ、親父さん、そんな目で見ないで!
「ワシの知り合いが卸しとる店ならすぐそこの雑貨屋じゃよ」
ありがたい。職人ギルドじゃないと購入できないとかじゃなかった。
早速ドワーフに教えられた店に急いだ。
雑貨屋は本当に雑貨屋でした。小さい店にしか見えないのに商品の量も種類も半端ない。
朝早くから客がチラホラといる。冒険者らしき格好なのはオレ一人だ。
店の入り口に水筒があったので物色する。全部乾燥させた革製だ。恐らくは家畜の胃袋や膀胱だろう。
やや平坦な形状でぶら下げるベルトがついているものがあったのでそれを手に取る。
奥の棚に金槌とタガネがあった。結構種類がある。手に持って振ってみて良さげなものを1本選んで、タガネは太さの違うものを1本ずつ適当に選んでいく。
割り矢はどこなんだ。分かりそうもないのでカウンターに手に取ったものを持っていき店員であろう若い女性に聞いてみる。
「すみません、割り矢ってあります?」
「ありますよ。このあたりのがそうなんですけど」
カウンター後ろの棚に並べてあった。ああ、小さいから万引き対策なのか。
いくつか並べてもらって少々ゴツイ感触のものを選ぶ。
「これと同じものを都合5つで幾らになります?あとこの水筒に金槌、タガネ2つもお願い」
「割り矢は1つで銅貨2枚、水筒は銅貨6枚、金槌は銅貨8枚、タガネのほうは・・・銅貨6枚と銅貨8枚ですね」
銀貨1枚に銅貨18枚か。まあいい線かな。
銀貨2枚をカウンターに置いてお釣りの銅貨2枚を受け取る。水筒以外は【アイテムボックス】に放り込む。
水は魔法で作ってもいいが町の水飲み場で汲めばいいだろう。
ようやく、迷宮探索の用意が整ったわけだ。
広場で水筒に水を補給して西側の門へ向かう。
もう露店が商売を始めている。昨日買い食いした鳥の串焼きと揚げピザの店の前で我慢できなくなった。また買ってしまう。
串焼き1本に揚げピザ2つだ。やはり美味い。
あ、ひとつ思いついたことがある。
「C-1、痛覚を全面カットしてみろ」
《了解》
食べ進んでいく串焼きは変わらず美味い。だが何か先ほどよりも物足りない気がする。
《味覚反応に明確な差が見られます。相関をとるにはデータ数が不足しますので暫定です》
ふむ。
痛覚カットすることで他の感覚も引っ張られるように低下しているわけか。【知覚強化】している分、自分でも明らかな差が分かった。
前々から知られていることではあるが、体感してみたことはなかった。実に興味深い。
「よし、痛覚を戻してくれ」
《了解》
フェリディの西門から出る頃には食事を終えていた。門番は相変わらず仕事をしてない。いいのか、こいつら。
門番が見えなくなるまで町から離れた所で【フィールドポイント】を念じて地面にマーキングしておく。
少し西へと進むとタウの村へと続く道との合流点に出た。
この辺りにも迷宮があるって話だった筈だ。
往来する人々の中に冒険者らしい一行がいた。つか同じ宿に逗留してた4人組だ。
道から逸れて森の中へと向かっていく。ラッキー。
ある程度距離を置いても聴覚は彼らの足音を拾ってくれている。追跡していけば迷宮にたどり着くだろう。
森の中には獣道のような通り道が出来上がっていた。藪が所々で邪魔しているのを鉈で切り開きながら進んでいく。
先行する4人組の足音の質が徐々に薄れていく。
少し歩みを速めていくと急に開けた場所に出た。目の前には崖があり、中腹に洞窟がある。
迷わず洞窟へと歩を進めていく。すぐに2又の分かれ道になっている。右の方から話し声と足音が聞こえていた。
モンスターを狩るのなら彼らの後ろでは都合が悪い。左に進むことにした。