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待ち伏せ

 8台の有機コンピュータを繋いで並列稼動させたのは、ある意味趣味の領域だった。

 数学の公式に表されるようなものを処理するのであれば全く意味がないのだ。

 あえて8台を同時に設置したのも多様性を追求するためだった。

 有機コンピュータではよく使っている神経経路はより太く、反射速度も向上していく特性がある。

 差を生じさせるために各々のコンピュータに性格付けをした。

 喜怒哀楽。

 そしてそれぞれの思考ルーチンの速度に差をつけている。

 喜は明るいお調子者。

 怒は短気な激高屋。

 哀は陰鬱な悲観主義者。

 楽は怠惰な楽天家。

 これに思考速度が通常のものとクロックアップさせているものの2条件で、8水準となる。

 これまで、それが仕事であれゲームであれ、ナノポッドに入っている際は2台を支援用のお供にして使い続けてきたが、なんかオレのダメダメな性格を写し取ったような有機コンピュータができあがってきたような気がする。

 それだけに自分の分身のような愛着もあるし、育ててきた思考ルーチンを捨てるのは惜しくなっている。もう7年になるから、そろそろ2世代前のスペックだろう。

 一方でナノポッドは最新鋭のものを導入している。1台でナノマシン4系統をモニターできる優れものだ。ホームサーバーにも2台の軍用最新鋭コンピュータも導入してるのだが、こちらは旧式の有機コンピュータにスレイブされてる変な構成になっている。

 有機コンピュータは各々が並列で思考ルーチンを備えており、その片方は常に「中庸」となる最適点を求めるための基準となっている。

 より正確に言えば、人間の持つファジーな思考を追跡することに費やされていると言っていい。

 その為に他の思考ルーチンを備える有機コンピュータ同士は相互にデータをやりとりして会話を成立させている。

 で、何をやらせているかと言えば・・・

 Plan(立案)

 Do(試行)

 Check(精査)

 Action(実行)

 PDCAの問題解決手法と有限要素法を組み合わせて、人間の持つファジーな思考をどこまでトレースできるものなのか、日々の生活を通して実験をしているのだ。

 オレ自身を実験対象として。

 脳で判断を有するあらゆる活動で疑似的にトレースをさせ、結果に差異があるたびに検証を行っている。

 ここ最近は主にゲーマーとして引き篭もってるオレだが、数少ない仕事においても支援AIとして十分に役に立ってきてると思う。

 そうやって有機コンピュータ達はオレを支援しながら互いに会話し続けている。

 今、2台はオレを支援するためにオレの中のナノマシンを通じて繋がっている。

 他の6台はオレとの接触を絶たれたまま、何を会話しているのだろうか?

 異常事態と判断して外部に通報するくらいのことは期待していいだろう。

 きっと、そうに違いない。

 そうなってないと困る。

 一晩眠って起きたら現実世界に戻っていたっていいはずだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 目覚めたらゲーム世界のままでした。残念。

 頭を一つ振って覚醒を促す。思考がクリアになるまで少し時間を置く。

 「D-2、C-1と交代で支援に入れ。寝ていた間の進捗はどうだ?」

 《了解。接続状況に進展はありません》

 《ゲーム内での聴覚異常の検知もありません》

 ゆるめてあった腰帯を締め直し、添い寝していた日本刀を帯刀する。

 窓から外を覗いてみると家々から煙が上がっているのが見えた。朝食の準備だろう。

 だがいい匂いばかりでなかった。

 教会の外に昨日にはなかった大きな樽のようなものがおいてある。近づいて覗いてみるとーガの皮が漬かっているようだ。オーガの血の匂いだろうか、かなり血生臭い。

 「脱毛が終わったら脂を抜くことになるんじゃよ」

 後ろにいつのまにか婆様がいた。シルヴィさんでしたっけ?

 「昨夜のうちにオークが何匹か来とったよ。まあ村にたどり着く前に仕留めたがの」

 いい笑顔だ。でも言ってることが怖いです。

 「この辺りの迷宮もゴブリンはよく見るんじゃがのう・・・オークまで住み着いたとなると、冒険者も狩りに来ることも増えるじゃろ」

 確かにゴブリンに比べるとオークは実力の割りに実入りがいいのだ。冒険者なら弱いうちは狙い目の相手だ。

 「お前さん、この先どうするね?」

 「一応、冒険者として身を立てたいと思います。まずは町に行って装備を整えようかと」

 「まあそれがええじゃろ。この村におっても余っておる防具もないでな。魔石があっても換金もできんし」

 「フェリディの町に行ってみようかと思ってます。」

 「ふむ。川沿いに下っていけば良い。途中で崖があって山道になるがまあ歩けば丸一日かかるじゃろ」

 何気に遠いよな。

 「まあ早めに出ることじゃな。町にたどり着く前に日が暮れると危ういでな」


 朝食をご馳走になって早々に出発することにした。

 着てきた服は昨夜のうちに水洗いだけしておいてくれたが、生乾きのままだ。ずだ袋を貰ったので突っ込んでおく。香油の匂いがしみついていて、いい匂いがする。

 村民はそれぞれ自分の仕事にもうかかりきりだ。村を出発するオレを見送ってくれたのは犬が2匹だけだった。


 タウの村から暫く離れた所に目立つ木があった。【フィールドポイント】を念じて目印を作っておく。

 そしてまた川沿いの道を下っていった。


 半日ほど進むと結構険峻な谷に差し掛かり、山道になってきた。かなりキツイ。

 モンスターもブラックマーモットが所々で襲ってきたが問題なく撃退している。

 谷に一旦降りて水を飲んでいた時、突如違和感を感じた。ブラックマーモットが襲ってきたのとは異なる感覚だ。

 森に、何か、いる。

 脳内で【知覚強化】を念じる。視覚が、嗅覚が、聴覚が、触覚が、味覚が一気に鋭敏になる。

 おお、使えた。精神魔法で基本となる魔術だ。MPが減った感触がありありと感じられるが、枯渇しそうな感じはしない。

 今、飲んでいる水の味が急激に襲ってくる。

 ずだ袋から匂ってくるラベンダーの香りが感じられ、そしてオーガの血の香りも感じられる。木々の香りも強烈だ。

 皮膚に感じる風の感触だが何故か冷たい。

 そして聞こえる木々のざわめき、水の流れ、それに混じって聞こえる・・・石同士がぶつかるような音。

 森からだ。

 何かが追ってきている。

 オークならば陽光を嫌うが人を襲う際にはその限りではない。道を辿って歩いていくのは危険だ。

 危険は排除できれば上策だが、排除しきれる相手なのかがハッキリしない。

 今のオレはまだ種族LV2(予想)なのだ。

 何にせよ相手の姿を見極めなければなるまい。

 一気に森の中へと突っ込んでいく。森の中で高い場所を目指して走る。隠れるのに良さそうな木の根元の窪みに身を隠す。

 遠目でオーク共が確認できた。影は4つ。

 こっちは視認できないだろうに、こちらに着実に迫ってきている。

 小枝を揺らさないように、音を立てないように、慎重に距離を置くように逃げ、今度は藪の中に伏せた。

 先刻まで隠れていた窪みにオーク共がいる。何故だ。

 連中は匂いを追跡できるほど嗅覚は良くない。人間並みだ。

 どうやって追跡をしているのか。


 オークの挙動を見ていると疑問が氷解した。

 1匹が持っているのは棍棒ではなく杖だ。

 【魔力感知】は魔術師系の基本となる魔術だ。精霊魔法でも良く似た魔術が存在する。おそらく、オレから放たれる魔力の残滓を追っているに違いない。

 オークで魔法を使う個体は希少ではあるが存在はしている。オークシャーマンがそれだ。だがオークシャーマンは見習い程度の実力に留まるのが殆どだ。

 【魔力感知】の能力と精度は使用者によって大きく異なってくる。

 魔石の放つ極微量の魔素を検知するにはオークシャーマンでは力が不足する筈なのである。

 では何を追っているのか。

 思い当たるのは一つ、あの枠がついた魔晶石だ。


 冷静になって考えてみたら【隷属の首輪】をつけていたあのオーガは誰かに支配されていなければならない。

 戦闘能力に秀でたオーガだが知能は低い。使役して暴れさせるのなら、指示できる役目がいたほうが効率がいい。

 上位の魔術師なら【制約】で支配して手っ取り早く済ませる方がいいだろうが、遠隔で指示するのは良い手段ではないだろう。

 低いレベルの魔術師でも命令できる魔道具を組んだってことか。


 背負っていたずだ袋を開くとそこに魔晶石を4つ入れた。

 隠れていた藪を出て、オークから距離をとりながら、身を隠す場所を探していく。

 見通しのいい場所を見つけると、適当にずだ袋を落としておく。

 藪の裏側に回って木陰を伝ってずだ袋を落としたあたりを監視できる位置を確保する。

 奴等が来た。

 オーク共は袋を拾うとそこで何事か話し始めた。【知覚強化】で話し声を聞くことができるが何を言っているのかは当然分からない。

 杖を持っているオークは何事か大きな声を上げると2匹がバラバラに散っていく。

 纏まって行動するなら尾行しようと思っていたのだが、これは想定外だった。

 だが個別に始末するいい機会でもある。どうするか。

 2匹残った方を相手にするにしても確実に仕留められるかどうか。散っていった2匹が戻ってきたら心許ない。

 散っていった2匹のうち、近くにいる奴に狙いを定める。


 体感時間にして5分ほどだろうか、水が湧き出している場所に出た。オークの足が止まる。

 オークは得物の棍棒らしきものを手放して水を飲んでいるようだ。真後ろから徐々に距離を詰めて行く。

 刀を抜いて・・・首筋に向けて横薙ぎにした。

 微かな手ごたえを残してオークの首が落ちる。大して音をたてずに仕留めたのは上出来だろう。

 オークにしては不似合いなリュックを背負っている。中身を確認しておきたい所だが今は後回しだ。

 転がってる棍棒を拾う。

 棍棒は先端が割れていて石を挟んであり、蔦かなにかで固定してある。これを振り回されて当たったら痛そうだ。


 棍棒を拾ってオーク2匹が残った場所に戻るとまだ奴等は残っていた。

 どうするか。時間をかけて手数をかけるのも面倒だ・・・

 木の根元に隠れると、棍棒を木に打ち付けた。

 その場に棍棒を打ち捨て、藪をわざと揺らしてその場所を離れ距離を置く。

 オークの足音が明確に聞こえてくる。1匹だ。

 別の木に半身で隠れながら様子を見ていると、落とした棍棒を拾うオークの背中が見えた。

 一息で接敵し刀で切り伏せる。

 絶叫が響いた。聴覚が強化されているから耳が痛い。

 かまわずもう1匹にがいるであろう所に向かうと鉢合わせになった。杖持ちのオークだ。

 平正眼から喉元を突いて、横に薙いだ。

 血まみれになりながらオークが転がっていき、声にならない断末魔を残した。

 あともう1匹が向かった方向に走り出す。

 オークの足音が急速に近づいてくる。腰を低くして藪に隠れてやりすごした。

 今度は背中を見せて走るオークを追っていく。

 追ってくるオレに気づかないままそのオークは杖持ちオークの死体のある場所にたどり着いた。とたんに咆哮を上げる。いや、耳が痛いって。

 森に響く咆哮・・・その残響が消えないうちに一気にオーク目掛けて駆けていく。

 こちらに振り向くオーク、その首筋に刀を吸い込ませていく。

 最後に残ったオークの首は怒りの表情を残して落下していった。


 オーク共から魔石を回収していく。囮に使ったずだ袋も拾い上げた。

 杖持ちオークは首飾りを持っていた。魔晶石が嵌め込まれていて、その金属枠の質感には見覚えがあった。

 オーク共が持っていたリュックは3つだ。村落を襲って奪ったのか、冒険者を襲って奪ったのか。

 一番豪奢なリュックには飾り箱が2つに短刀が2振り、魔石がついたままのリストバンドが5つ。リストバンドはどれも血まみれだ。やはりそういうことなのか。

 平凡なリュックが2つ、片方には棒状の携帯食料が少しとロープだ。

 もう一つのリュックは非常に古いもののようだ。皮は酷使されていたようでボロボロになっている。中には小さなオーブが4つ。前作通りなら体力回復薬だろう。あとは簡素な作りの首飾りが2つとと石版が3枚、羊皮紙の巻物が2つだ。

 ・・・ってこのリュック、皮に刻印がある。手をかざして【魔力検知】を念じると袋部分と紐部分で異なる魔素を纏うことが分かる。

 こいつは俗に言うアイテムボックスだ。オーク共は使い方を知らないでいたので、唯の袋として使っていたのだろう。

 一旦中身を全て取り出し、紐部分を左手に握って魔力を込める。頭の中で【アイテムボックス】と念じながら。レジストはされない。以前の所有者の魔素が抜けてしまっている証拠だ。

 実に都合がいい。


 この袋は時空魔術師と付与魔術師のスキルにより生み出されるアイテムになる。

 毎日、魔力MP2を消費する必要があるが、利便性を考えると非常にお得だ。

 使用者の魔力を紐に送り込むことでその能力が発動し、所有者として認識する。所有者にしか紐は開くことはなく、袋の中には所有者の種族レベル依存の個数制限と重量制限はあるが、多くのアイテムを収納できる。

 うれしいのはこの袋に入れているアイテムの重量は持ち運ぶ際に感じなくて済むことだ。手で持てる範囲のアイテムなら結構大きいアイテムも入るので、かさばるものを持ち運ぶのに重宝するのだ。

 また、一時的に貴重品を入れておくのにも向いている。

 但し、魔素が抜けてしまうと唯の袋に戻ってしまい、中身も全て失ってしまうので注意が必要だ。

 前作で貴重品を入れたままにしてロストしたことが2回あった。あんな目はもう勘弁願いたい。

 ずだ袋をそのまま【アイテムボックス】に放り込む。リュック・イン・リュックも出来てしまうのはご愛嬌だ。

 オークから奪った分のアイテムは2つのリュックに改めて分けて入れ直し、これも【アイテムボックス】に放り込む。

 体力回復薬であろうオーブは肩帯の小物入れに2つだけ入れておいた。

 もちろん、リストバンドについた魔石も回収しておく。

 恐らくは遺品となってしまったリストバンドにはどれにもプレートが挿し込まれていた。どれもオレのとはデザインが違って、縁に飾り彫りがある。

 いずれ冒険者ギルドに行くのだから届けておくことにしよう。

 オークから得た荷物で欲しいのは【アイテムボックス】だけだ。曰くのあるアイテムは足がつくと面倒だし、消耗品はいずれ遠からず手に入るだろう。

 あまりカルマを積みたくないってのが本音なんだけどね。


 川の流れる音を頼りに道に戻ると町へと向かう足を速めていった。

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