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いーれーて

作者: 内田健

 夏祭り。

 中学生の女子でも夜遊びが許される特別な日。

 今日の日を楽しみにしていた吾妻 奏。普段着る機会が無い浴衣に身を包み、かんざしに扇子と気合いを入れていた。中学生の背伸び。末恐ろしいのは、平均以上の身長と整い大人びた顔立ちが、それを似合わせていることか。

 友人たちの妬みの集中砲火を浴びて、奏は苦笑していた。もちろん、仲が良好ゆえの軽口の叩き合いである。


「あーあ。カナちゃんと一緒じゃ、あたしら揃って引き立て役じゃん」

「そんなことないってば」

「いーや、そんなことあるね。うん」

「奏ー。その気合い入ったカッコ、誰に見せるの?」

「誰にも見せないよ」


 からかいを一身に引き受けて、夏祭り会場に向かう。


「じゃー質問変える。誰に見せたいの?」

「違うって!」

「そんなこと言って。にし……」

「な、なんで西村君が出てくるの!?」


 奏は顔を真っ赤にして大声を出す。そして、友人たちのしてやったりな顔を見て、嵌められた事を理解した。


「西口って言おうとしたんだけど? あいつ奏にコクってきたじゃん」

「う……」

「あー。西口はダメよねえ。おっぱいとお尻しか見てないし」

「うんうん。ま、早とちりしちゃうカナちゃんは人の話最後まで聞きなさい、ってことで」

「美沙!」

「きゃー!」


チリン───


 どこかから聞こえる風鈴の音色に涼しい気分を味わいながら、神社へと歩を進める。

 徐々に近付いてくる祭りの賑やかな音に、自然と足取りも軽く、速くなった。


「わあ……」


 誰かがそう吐息を漏らす。

 何せ、この街で夏祭りをやるのは三年振なのだ。

 夏祭りに参加しようと思ったら、かなり足を伸ばさなくてはならず、奏たちもこの空気は久々に味わう。

 四年前、祭りの参加者が数名、突如いなくなった。懸命な捜索も報われず、解決の糸口すら掴めない。

 結果、一大イベントである夏祭りに自粛の空気が流れた。ほとぼりかさめるまで三年を要したというわけだ。

 三年も待たされた、と感じているのは祭りを楽しみにしている子供たちだけではない。ここぞとばかりに弾けてやろうという大人たちが張り切ったおかげで、例年にない盛況だ。


チリン───


 夏の風物詩の祭りに、これまた夏の風物詩の風鈴の音。風情も満点だ。


「みぃつけた」


 ふと、背中から声がかけられる。ふわりと温い風が奏の頬を撫でた。

 奏は思わず振り返った。可愛らしい浴衣に身を包んだ、幼稚園くらいの女の子がそこにいた。何故かは分からないが、声をかけられたのは奏だと思った。

 何となく、既視感を覚える。

 会ったことはないと断言できるのに、何故。


「どうしたの? お姉ちゃんとはぐれちゃったの?」


 こんな小さな子が保護者なしで来るはずがない。そう思い、しゃがみながら問い掛ける。後ろ姿が似ていて間違えたのかもしれない。

 しかし、女の子は首を横に振った。そして、奏に可愛らしく人指し指を向けた。


「はじめまして。おねーちゃんをさがしてたんだよ」


 舌ったらずだが、はっきりとそう言った。重ねて言うがこのくらいの子の知り合いはいないし、従姉妹たちはみな小学校中学年だ。


「私を? 間違いじゃないの?」


チリン───


 風鈴が鳴る。

 女の子はくすくすと笑う。

 温い風が奏の髪を揺らす。

 月の明かりが二人を照らす。


「まちがいじゃないよ。…………奏おねえちゃん?」


 ぞわりと背中を何かが這った。

 舌ったらずなはずの女の子が、くっきり聞き取れる声で奏の名前を呼んだのだ。

 いや。

 そこじゃない。


───何故この子は私の名前を知っている?


 自己紹介などした覚えがない。うすら寒いものを覚える。浴衣を着て、ちょっとおめかしした可愛らしい女の子だ。少なくても、見た限りは。


「カナちゃーん? 何してんのー?」


 遠くから友人の声が聞こえる。

 これ幸いと女の子から目を逸らし、離れたところで手を振る友人に「今行くー!」と返事をした。

 一刻も早く立ち去りたい。迷子かもしれない小さい女の子を放っておくなど、平素の奏ならありえない。その『ありえない』事を進んでしたいと思うほど、気が動転していた。


「ごめんね、友だちが待ってるから……」


 と言いながら振り返れば、女の子は消えていた。時間にして五秒と経っていないのに。人混みに紛れるようにどこかへ行ったのか。だが、足音も立てずに立ち去るなど出来るのかは分からない。

 奏は立ち上がった。いないならそれでいい。早く皆と合流したかった。そう思って踵を返した直後。

 浴衣の後ろを、引っ張られた。

 ぎくりと心臓が跳ね上がる暇も与えられず。


「にげられないよ?」

「っ」


 今まで話していた女の子の声が、背中に振り掛けられる。

 出掛かった悲鳴を飲み込んで。奏は脊髄反射に近い勢いで飛び退き、恐る恐る振り返った。そんなことをする前に友達の元へ逃げればよかった。完全な怖いもの見たさである。


「……」


 そこには、誰も、いなかった。

 一体何だったのか。


「カナちゃん?」


 掛けられた声は聞き慣れたもの。振り返ると、不思議そうな顔をした友人。


「どうしたの?」

「なんでもないよ」


 首を左右に振ってから微笑む。要らぬ心配はさせられない。今日は楽しむためにあるのだ。


「さ、いこ!」

「? うん」


 空元気で友人の手を掴み、小走りで皆の元に戻る。

 早く忘れたい。

 忘れるなら、パーっと遊ぶに限る。幸いここは祭り会場。楽しめる要素に溢れているのだ。

 出店にはたこ焼きや焼きそば、わたあめにかき氷と定番おやつの出店から、射的にくじ、お面に輪投げに金魚すくいと定番娯楽のお店が揃っており、これはしばらく飽きなさそうだと思わせる。飽きたらどこか座れるところにでも移動して、お喋りでもしていればいいのだから。

 女四人集まればかしましい。それを表すように賑やかに、あっという間に時間は過ぎていく。祭りという少し非日常な雰囲気が、時が経つのを忘れさせる。


チリン───


 だが。

 何故か聞こえ続ける風鈴の音。

 とても綺麗な筈のそれは、どこへ行こうとも同じ音量で聞こえてくるのだ。


(なんなのかな?)


 周囲を見渡しても異常はない。


チリン───


 そうだ。

 ただ、風鈴の音が聞こえるだけで異常な筈はない。


チリン───


 だから、気のせいだ。


チリン、チリン───


 気のせいに決まっている。


───チリン───

 

「また会ったね。奏おねえちゃん」

「……君」


 女の子が笑う。


「風鈴の音、綺麗だったでしょ?」

「え……」


 まさか。まさかまさか。

 信じられない。

 奏は自分の目を疑った。

 女の子が懐から取り出したのは風鈴。


チリン───


 間違いなく、ずっと聞こえていたものと同じ音色。

 信じたくない。

 でも否定できない。

 後ろをずっと、あの女の子が着いてきていたなんて。

 ずっと、ずっと着いてきていたなんて。


「逃げられないって、言ったじゃない」


 朧に滲む祭りの音が、少しずつ遠ざかっていく。

 夏の宵闇。

 盆の踊り。

 奏は、夏祭りであることを思い出した。

 そうだ。

 夏祭りとは。

 死者を供養する行事だったとする説があったはずだ。

 それが、本当なら。

 この祭りの、もうひとつの顔は……。


「うふふ。おねえちゃん綺麗……」


 女の子の口が、細い三日月のように歪む。

 微かに届く月の明かりだけが頼りの薄暗がりに、その艶やかな紅はこの上なく映えた。


「……う、」


 もうひとつの顔は、鎮魂祭。

 

「ねえ。いーれーて」

「きゃ!」


 幼女とは思えないスピードで奏に飛び掛かってきた。

 恐怖で後退り、尻餅をついて結果的に避けることが出来た。ごろりと斜め後ろに転がった。

 湿った土が手に触れる。いやに鮮明な感触だ。

 女の子は明後日の方を見つめている。


「どこイったノぉ?」

「ひ……っ」


 思わず息が止まる。本当に小さい子の声なのか。信じられないくらいに低かった。


「いィれェてェ。ねェ。いれてよォ」

「いや……」


 反射的にそう応じてしまった。

 女の子は首を傾げる。

 一二〇度ほど。

 息を呑む暇すらなく、四つん這いのまま、凄まじい勢いで向かってくる。

 なんであんなに土気色しているのだろう。さっきまでは、普通の肌だったのに。

 逃げられない。奏は思わず目をつぶった。


「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた」


 この世のものと思えない絶叫を聞いて、奏は目を開ける。


「み、美沙!?」


 いつの間にここに来たのか。焦点の合っていない目で虚空を見つめ、何とも言えない笑みを浮かべている友人の姿。いや、いつとかどこからとか、それはどうでもいい。この異常な美沙を放ってはおけない。

 慌てて駆け寄ろうとして、


「触れてはならん!」


 ぐい、と肩を引かれて制された。


「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

「……っ」


 誰に制されたかよりも、異常な様子の友人に目が行く。


「全く、とんでもないもんに気に入られたな」


 奏の前に出る声の主。その和装と剃りあげられた頭を見れば、彼が住職だと分かる。


「コイツは『つきもの』だ。盆の月が出てるときにだけ現れるんだ。風鈴の音、聴こえなかったか」


 確かに聞こえていた。風鈴の音が聞こえた女だけを狙うのだという。

 聞こえていなければ狙われないので、どうやら美沙も聞こえていたらしい。


「ふふふふはいれたふふふふふふふふふふふふふふふはいれたふふふふふふふふ」


 相変わらず、壊れたように同じことだけを繰り返す美沙。


「危うかったな。触れた女に乗り移ることが出来るんだ。お前さんも入られるところだった」


 奏の背中を何かが這いずり回った。


「み、美沙は戻るんですか?」

「……何とかやってみよう。可能性は五分五分。七日で抜けなければ、もう戻ることはない」

「そんな……」


 壊れた機械のような独り言を終えた『美沙』は、やがて奏を瞬きもせずにじっと見つめ始めた。

 それはどう見ても快活な友人のものではなく、何か別の生き物のように思えた。


「彼女は私が預かる。親御さんにも連絡しておけ」

「……はい」


 寺の住職に手を引かれて歩いていく『美沙』。視線をそらさず瞬きもせずに、今も奏を見つめ続けている。

 その後は大変だった。はぐれた友人と合流して美沙の様子を見てみれば。


「ふふふ。フフふふふフふふふフフふフフフフ」


 異常な友人に全員揃って絶句し。

 やがて寺にやってきた彼女の両親は、変わり果てた愛娘の姿に絶望したように崩れ落ちた。


 その後。

 住職の働きによって何とか『つきもの』を祓うことが出来た。

 あれほど変わり果てたのが信じられない程に、『美沙』は美沙として生活している。

 どうやらとりつかれていた時の記憶はないらしい。

 彼女にあれから異常は見られず、いつも通りに過ごすことができている。

 しかし。美沙は夏祭りの参加が禁止された。


「一度入られたら無防備になる。夏祭りにしか現れないから、参加しないこと」


 との住職の言い付けだ。

 もう一度入られれば、もう祓うことは不可能、とも。

 皆さんも。特に女性は注意して欲しい。『つきもの』は鎮魂祭に紛れる異物。女性だけを狙う大人になれなかった少女の霊。

 『月者』とも言うし、『月物』ともいう。それらはすべて俗称だと、奏は住職に教わった。

 もうお分かりだろう。

 正しくは『憑き者』。

 皆さんも、夏祭りの喧騒に紛れる風鈴の音に御用心。

 それが聞こえたら……諦めるように。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い文章ですね。見習いたいです。私も怖い系の物語に着手しようと思っています。 [一言] もっとこういう物語をたくさん書いてください! 
2013/02/23 16:35 退会済み
管理
[良い点] 無用に多量の書き込みをするでなく、自然にお祭り独特の空気感を伝える地の文は、短編という意味からもとても良い感じでした。 [気になる点] 多少、文章が粗削りなところが見られるのと、ストーリ…
[一言] こんにちは。 読ませていただきました。 こ、こわい、怖すぎですね。お祭りにもう行けない(泣) まだまだ暑い日が続くので、とても涼しくさせていただきました。ありがとうございます。 それで…
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