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宵酔祭 〜よいまつり〜

作者: 鏡屋


きりきりしゃん、かあくるとん。

きりきりしゃん、かあくるとん。


不思議な歌が聞こえてくる。

日本語なのか、外国語なのか。人間の言葉なのか、そうでないものの言葉なのか。

意味があるのか、でたらめに歌っているのか。

私は知らない。


きりきりしゃん、かあくるとん。

きりきりしゃん、かあくるとん。


ポケットに手を突っ込むと、かさ、と音がする。

私は植物には詳しくないから本当にそうなのかは怪しいが

そのとき直観的に椎の葉だと感じた。

葉に朱い墨で見たことのない模様が描いてある。


これは――チケットなのだ。人には行けぬところへ行くための許可証だ。


どこへ?どこへ……祭。そう、縁日だ。私は夜の祭へ行く。

人ならぬモノたちの宴に招かれた。逢魔が刻にいらっしゃい、と。夢の中で。

だれに?さて、誰だったか……


きりきりしゃん、かあくるとん。

きりきりしゃん、かあくるとん。



時刻は十六時。場所はさびれた稲荷神社。

二匹の狐を八の字にぐるりと歩く。通行手形の椎の葉を口にくわえて鳥居をくぐる。

そのまま目をつぶって十歩まっすぐ。



壱、弐、参。ゆわん。風が歪む。


四、伍、陸。ゆわん。空気が揺れる。


漆、八、玖。……拾。




目を開けるとそこは縁日だった。

確かに稲荷神社には違いないが、先刻までいた場所よりずっと広い。

出店がならび、囃子や歌がきこえて賑やかだ。


浴衣の娘。はっぴの男。甚兵衛の老爺。

巫女装束の狐。着流しの猫。僧形の狸。山法師姿の烏。

みな人ならぬモノだろうか?

いや、私がこうしているのだから同じように人が混じっている可能性もある。



きりきりしゃん、かあくるとん。

華やかな祭の様子に見入っていると、二匹の白い子狐が歌いながら出てきた。


「さあさあ、今宵は狐の祭にようこそおいでくださいました」

「ええ。はい」

「お手形を拝見しまする」

「これですか。どうぞ」


私はつい今までくわえていた椎の葉を右側の子狐に渡した。

どうやら彼らは受付係らしい。


「やあやあ、近ごろは狐の祭に来てくださるヒトのお客様は減ってしまって

 淋しいことです。どうぞ心ゆくまでお楽しみくださいますよう」

「そうですか。ありがとうございます」



境内は鬼火をつめた提灯と太陰星に照らされて、夜とはいえ結構明るい。

きりきりしゃん、かあくるとん。時折どこかから遠歌が聞こえてくる。


「ヒトの旦那、ちょいと遊んでいきませんか」

見ると石弓の憑物神が射的屋のカウンターから身を乗り出してこちらに手を振っていた。

客は狗神と小袖の手、それぞれ銃をかまえて煙草やドロップ缶を狙っている。


小袖の手は着物から手が出ているだけの妖怪で

目や顔どころか頭もないくせによく見ているらしく、

ぱこんと小気味いい音を響かせて飴缶にコルクを当てた。

しかしドロップの入った缶は重いのか、少し揺れて後ずさっただけで倒れない。


「いやあ、私は射的が下手でちっとも当たらなくて」

「さては集中しようとすると手が震えちまうクチかね。よくあることだよな」

「そんなところです」

狗神が軽口を叩く。藍染めの着流しも渋い、気のいい獣神だ。



私は人の祭に行ってももっぱらそうしているように

焼きもろこしに林檎飴と食べ物の出店をはしごする。


きつねうどんとたぬきそばが店を並べて張り合っているのは可笑しかったが

客の数は同じくらいである。

人だかりができていたので覗いてみると管狐たちが飴細工をやっていた。

見ているほうが目を回しそうなほどくるくる手際よく動き、

十数える頃には立派な鳳凰ができてゆく。

興味は湧いたのだが、林檎飴がまだ食べかけだったのでやめておくことにした。

どうやらその鳳凰は先ほど見かけた紅薔薇色の浴衣の美女、

飛縁魔が買っていったらしい。勝ち気で派手好きな彼女にはお似合いだろう。



きりきりしゃん、かあくるとん。

きりきりしゃん、かあくるとん。



今は何時なのだろう――ふと頭をよぎった。

鳥居をくぐったのは十六時だからもう二十時にはなるだろうか。

いや、ここは人の世界とは違う場所にあるから

もしかしたら時の流れ方も違うのかもしれない。石段に座り込んだまま砂を蹴る。

なら、今、現世は、『私の世界』は何時なのだ?



   なんだ……もうお帰りかい。



脳の奥で狐が踊る。


ああそうさ、私は現世に帰りたい。

常世も楽しいところだけれど長くはお邪魔できないよ。


つややかな毛並み。

どんな蚕の絹よりもやわらかくしなやかな金糸の束。

いないいないばあ、髪をたれて逆さに笑っている。


   そうか。仕方ないね。

   あなたとわたしは違うパラダイムに根差している。

   だが、呼んだ我に挨拶くらいくれてもいいんじゃないか?

   その手の土産は誰のためのものかな。



するするとリボンのようにほどけて落ちてくる。

プラチナ色の平紐は蛇になって闇を泳ぎ、とぐろを巻いて珠になり、

くるっとまわってまた狐に戻った。


漫画みたいだ、と頭の片隅でぼんやり思う。

漫画、そう、アニメ……猫に似ている。チェシャ猫だ。

ウォルト・ディズニーの『不思議の国のアリス』。



手の土産。白い風呂敷、漆の重箱。中は稲荷寿司と御神酒。

祭は神に奉納するものだ。ならば本来は参拝にこそ意義がある。

私は誰を参りに馳せ参じた?


   わかっているくせに思い出せないんだね。

   おろかでいとしいヒト。

   まあいいや、これはもらっておいてあげよう。


ついっと指をさすと風呂敷が舞い上がる。

狐は重箱を枕にしてごろごろ寝そべった。



   我がまだ普通の子狐だったころ

   罠を外して助けてくれたお人好しの莫迦猟師に、

   あなたはよく似てる。

   それだけで―――なんてね、我も酔狂サ。



幾千年の齢を経りてなお子童のように自由に笑うあやかしぎつね。

さわさわ揺れる九つの尾。切れ長の大きな瞳、目尻に朱をはいて。

少年とも少女ともつかぬ不可思議であやういもの。

それでいて誰もが跪かずにいられないオーラは絶対的。



きりきりしゃん、かあくるとん。

きりきりしゃん、かあくるとん。

はしゃぐように歌う声は狐の声か、私の声か?



椎の葉の招待状。常の世の夜の宴。


逢魔が刻にいらっしゃい。


私を呼ぶのは誰……



「我が名は裟覇華(SAFACA)」



       *     *     *



――夢を、見ていたようだ。



変な夢だ。うまく説明できない。

いや、そういうものこそ夢らしい夢なのかもしれないが。


まとめがつかずにいるうちにほとんど逃げていってしまった。

どんどん思い出せなくなっていく。



ああそう、動物が出てきた。金色の、美しい、長い九本の尾を持ったけもの。

ライオンだったか虎だったか。いや違う、もっと小柄の。

ほらもう夢の主役だったはずの生き物さえ出てこない。


所詮夢か。夢なんて、そんなものだろうか。



ただおかしなことに、その日はずっと変な歌が頭の中を離れなかった。




きりきりしゃん、かあくるとん。

きりきりしゃん、かあくるとん……

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― 新着の感想 ―
[良い点]  幻想的で引き込まれるよう。それでいて読みやすい。
[一言] 妖怪たちのお祭り。いってみたいですね。 文もシンプルにまとまっていて読みやすかったです。
2008/02/14 06:15 退会済み
管理
[一言]  拝読しました。  「きりきりしゃん、かあくるとん」という遠歌が、私のそばでも聴こえていたような気がしました。読んでいるだけの私まで、「常の世の夜の宴」に迷い込んだような、そんな不思議な感覚…
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