Round 19 魔王ミルドレッド・ユニバーサルは釘が嫌い
「む?」
「あれ?」
500円分が消えたところで、ルナと魔王は首を傾げた。が、ひとまずもう1回貸玉ボタンをプッシュ。
けれど何も起きない。
何も起きないというのは、本当に何も起きていないと言うことだ。言葉の反芻じゃない。
そもそも、始動口に入っていないのだから。
「なぜだ、なぜ入らぬ!」
「うわぁ〜ん! もう1500円目だよぉ」
しかし玉は入らない。入らないったら入らない。それは隣に変な客が座った瞬間、仕切り板を展開するが如く跳ね除けられる。
────前日。
閉店時間を過ぎた『らすべがす』で青筋を立てながら、三京しぐれは笑いつつ台をメンテナンスしていた。そう、メンテナンスであってなにがしかの調整ではない。大事な整備であった。
『人は埋めるけど、結局魔王様には打たれるわけでしょ? なら何かやんないと気が済まないわ』
『後生だからP機にはやらないで!』
『お黙りィッ! 魔法なんてファンタジーが相手なら、こっちは徹底的にリアリスト貫いてやるわ!』
『お前は客に慈悲はないのか⁉︎』
『ないけど?』
玄関に鍵を閉めていた程度の釘は、もはや堅牢な城塞と化した。スマパチだけにしてくれて助かりはしたが…………あ、2000円目。
これ明日からの営業、大丈夫なのかぁ? と思いつつも、俺には関係ない。
だって入りさえすれば、必ずオスイチなのだから――――!
「小癪なッ、我が力に小細工をしおって…………!」
「だぁーっはっはっは! 異世界の魔王様でも釘には勝てないみてーだな」
「貴様ァッ…………!」
睨んでも怯みませーん。だって俺も同じ条件なんだからな!
虚勢だけで『魔王』とやり合う人間がいるだろうか…………パチンコの神よ、せめて投資分は返してください。
願いが通じたのか、3人の誰よりも速く始動口が心を許した。
入ればもちろん、画面は慌ただしく動き出す。
「うぃ~お先ぃ」
保留変化、金色の演出、ストーリーリーチ、加点方式で考えれば90点くらい。これでも外れる時があるんだからパチンコは安心できない…………もちろん、普通なら。
リーチ後半になってようやくルナと魔王も1玉入った。だがこの差が埋められることはない。というかちょうど当たった。ちょっとこの辺で煽っとくか。
「おいおいどうしたよ、周回遅れになりそうなのは魔王様じゃんかよぉ~」
「……………………」
「享楽待ってよぉ」
「ハッ、台は有限なんだ。ノロマは置いていくぜぇ」
出玉を回収しつつ、今度は俺が先に席を立つ。釘の防御は諸刃の剣……だが、今は俺に運が傾いている。ともかくやり返した、次は…………
「ん…………?」
席を立ってすぐ、違和感を覚えた。
何人かの客が、既にパチンコ遊技を始めている。さっきまで、まだ開店直後だったというのに…………よく見れば、作戦会議に参加していたパチ屋の店長たちも座っていた。指示通り、穴埋めは出来ている…………コマ送りだったはずの世界が、確実に変わっている。
時間が…………進んだ?
『魔王っていうのはとにかくプライドが高くて自分が1番じゃないと気が済まない奴って聞いてる。どうして異世界に来てるのか分かんないけど、隣に座ってオスイチで確変を引けば魔力のコントロールが疎かになると思うよ』
もうなってるってコト⁉ 魔王チョロすぎんだろ…………っ!
「少し歩を譲っただけで威勢がいいな」
「うぉっ、もう終わったのか」
いつの間にか隣にいた魔王がこちらを睨んだ。ちょっとSッ気混じりの笑みは、そっちの気がある人間には嬉しいかもしれない。まぁ趣味じゃないが。
「くそぅ、また通常だったよぉ」
「ヒキが弱いなぁ」
「いーや、これにはまだ私の知らない謎があるはず! もうひと勝負!」
それは単に打ちたいだけじゃなかろうか…………?
おあつらえ向きにちょうど人気のスマパチが目の前に待ち構えている。白髪の少年が打てとこちらをじっと見つめているではないか。これは打たねば無作法というもの。
こちらの意図を汲むように、魔王は先に着席した。
「面白い…………我が名はミルドレッド・ユニバーサル。加速した時の中で最後に聞く偉大な存在である。覚えておくがいい」
世界は再び加速する。
加速しようと釘に嫌われようと、俺がやることはただひとつ。
パチンコである。




