第10話「希望の名は、アキラ」
アキラを育てる日々は、俺に、忘れかけていた人間らしい感情を取り戻させてくれた。そして、驚きの連続でもあった。
この子は、他の子供たちとは明らかに「何か」が違っていた。
ある日、庭で遊んでいたアキラが、突然空を指さして言った。
「じいちゃん、雨の匂いがする」
空は快晴だった。しかし、その数時間後、予報になかった突然の豪雨が降り出したのだ。
またある時は、俺が戸棚の奥に隠しておいた、村から持ち出した薬草の包みを、いとも簡単に見つけ出した。
「じいちゃん、これ、なんだか悲しい匂いがするよ」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
俺が、その危険性ゆえに封印した、あの嗅覚の研究。その遺伝的因子が、二世代を隔てて、この幼い孫の中に、より強く、より純粋な形で発現しているというのか。
それは、希望であると同時に、絶望でもあった。
この類まれなる才能は、平穏な世では祝福されるだろう。だが、あの村では……この力は、アキラを最も危険な存在にも、あるいは、管理者たちにとって最も価値のある「道具」にもし得る。
俺は、アキラを固く抱きしめた。
「この子には、特別な使命があるかもしれない」
単なる偶然ではない。この子は、村を、いや、世界を覆う巨大な陰謀に立ち向かうために、生まれてきたのかもしれない。
俺の中で、新たな決意が固まった。
「この子が、村を救う鍵になるかもしれない」
俺は、アキラがその運命を正しく選び取れるよう、道を示す者になろう。それが、この子に残された、じいちゃんとしての最後の役目だ。
俺は、その日から、自分の持つ全ての知識と、知り得た全ての真実を、アキラがいつか読み解けるように、日記と暗号という形で、遺し始めた。
それは、未来への、そしてたった一人の愛する孫への、長い長い手紙だった。