猿の手と人でなしども
夫役、脳内で自然と小日向文世になった。
「なにか届いたの?」
「ああ。友達が海外旅行で面白いものを見つけたから、土産に送るって言ってたやつ」
妻がいる茶の間に、夫が50センチほどの細長い箱を持って戻ってきた。
「食べ物?」
「食べられなくは、ないかな」
夫が妙な苦笑いをしながら開封する。
「え!? ちょっとやだなにこれ……毛が生えた、ミイラの腕? まさか本物?」
「さあ、何なのかは友達もよく分からないらしい。旅行客相手の作り物かな。でも、3つの願いが叶うって逸話があるらしくて、そこの占い師みたいのから買ったんだってさ。縁起物ってやつだな」
「縁起物というか、それ絶対に呪物の類いでしょ」
「うーん、まあ気味は悪いのはたしかだなあ。でも願いが叶うって代物なら、ここは試しに1つ、何かお願いでもしてみるか?」
「そうね。何がいいかなあ」
中年の夫婦はしばし考えてから、
「やっぱり、まとまったお金が欲しいな」
「そうね。これから何があるか分からないし」
「よし、それで決まりだ。では。どうかお金が手に入りますように」
冗談半分に願い、それからしばらく雑談していると電話が鳴った。
妻が取ると、相手は息子が勤める会社からだった。
彼女は眉を寄せながら一言一言、重苦しいやり取りを終えると受話器を置いた。
「……息子が死んだって」
「なに、どういうことだ!?」
「誤動作した機械に巻き込まれて、遺体はとても見せられない状態だって。あとで正式に、会社の重役が見舞金を持って謝罪に行くと」
「み、見舞金だとぉ!?」
夫は握り拳の両手をわなわなと震わせていたが、その手を真上に挙げると、
「やったー! まとまった金だー!」
「ウソみたい、いきなり願い事かなっちゃった!」
2人は歓声をあげた。
「しかしあいつ長年ごく潰しのニートで、最近やっと採用された今の会社も「面倒くさいから近いうちに辞める」とか言ってたのに、その矢先にこんな死に方するなんてなあ」
「まったく、ご近所の目もあるっていうのにねえ。でも厄介払いできてお金も手に入るんだから、一石二鳥ってやつね。あー、やっと親孝行してもらった気分」
「ところで、見舞金っていくらだろう?」
「それなりには払ってくれるでしょうけど、あそこ大して大きな会社じゃないし。ごねてもそこまで期待できないんじゃない」
「そうか……。それはそうと、この腕は本当に願いを叶えてくれるらしいな。残りはあと2つ、叶うんだったらもっと欲しいよなあ」
「この際、欲張ったって大丈夫よ。そういうラッキーアイテムなんでしょうから」
「そうだな。じゃあ。1つ目の願いより、もっと大金をお願いしますっ」
合掌して願った2人が予感しながら待っていると、電話が鳴った。
今度は夫が取ると、眉間にしわを寄せて言葉を聞いている。
受話器を置いた彼は妻のほうへと向き、
「警察からだ。娘が死んだって」
「え、どういうこと?」
「スピード違反の車にはねられて、ほぼ即死だそうだ。犯人はすぐ捕まったみたいだけど」
「そんな」
すると、また電話が鳴った。
反射的に夫が取り、うんうんと何度か頷いて、通話は終わった。
「また警察?」
「いや、弁護士だ」
「弁護士?」
「なんでも、ひいたのは大企業を経営する金持ちの子供で、いわゆるどら息子だったらしい。で、そこの専属の顧問弁護団みたいのが「このたびは大切な娘さんを死なせてしまい、本当に申し訳ないと一族の代表は申しております。つきましては、こちらは誠心誠意をもって賠償させていただくつもりです」ってなことを言ってたよ」
「誠意をもって? それってもしかしたら、何億も賠償金を支払ってもらえるってこと?」
「相手が相手だけに、確実にそれくらいは行くだろうな。いやそれ以上かも。すっごいなあ、億だよ、億!」
「ええ、湯水のようにジャブジャブ使えるわね」
「ああ。そういや娘もこのところ、ホストだか何だかにハマってジャブジャブと金をつぎ込んでたようだったな」
「借金まみれになるのが目に見えてたあの娘が、億のお金をうちらにもたらしてくれるなんて、こんなこともあるのねえ」
「いやぁ、しかし、このミイラの腕さまさまだ」
「ホント、すごい効き目ね」
手を擦り合わせて、夫婦は手を拝む。
「次で3つ目だけど、あなた、最後はどうする?」
「うーん、なんだかんだ言って、このまま老後もずっと穏やかな日々を送りたいもんだよなあ」
「じゃあ、あれよね?」
「あれだな」
2人は示し合わせたように声を合わせると、
「この家の秘密が、私たちが死ぬまでバレませんように」
そう唱えた言葉は茶の間から廊下に響いた。
その長い廊下の奥──この家の最奥には、外から鍵をかけられ、すでに数年放置された部屋があった。
扉も窓も固く閉ざされたそこには、生前から引き続き、この家に年金を入れてくれる彼らの親が横たわっていた。
貴志祐介の『黒い家』は怖かったなあ。
猿の手の亜種ともいえる、ウィッシュマスターという映画は皮肉のかたまりだった。
書きながら、そんなことを考えた。