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後編 ありふれた奇跡

 駅まで10分だ。急げばもっと短縮できる。急いだ結果なんと今日は5分で着いた。やたらに強い追い風があったからだけど、これをうまくコントロールすればこれからもう少しダラダラできるかもしれないな。

 本来の時刻は7:05で一時間先を予知する我がスマホは8:05だ。そしてそのスマホは7:15に事故で電車が遅延することを予言している。

 あと10分だ。


 駅のプラットフォームを見渡すとまあまあの人数がいる。大人もそうだが学生もだ。

 オレと同じ学校、違う学校なんかだけど、みんなこんな時間からなにしにいくんだろうな。部活? 朝練ってやつ?

 みんな頑張るね。

 いやちょっと待てよ。オレはどうすんだ? 今から行ってもやることないぞ。

 いや違う。次の電車が事故して遅延するから早く着くわけじゃないんだっけ。

 あれ? 再開とかどうなってたっけ?


「おはよう。今日は早いね」


 スマホを取り出そうとしたところ、聞き覚えのある、しかしここのところはまったく自分に対して発せられていない声が後ろから浴びせられた。

 オレはコンマ秒思考が止まってしまって、変なタイミングで振り返ることになった。


「えーと、ハハ、よう。おはよう」


 不自然どころか最近ならロボットの方がまだ人間っぽいほどギクシャクした反応をしてしまった。改装兵士(サイボーグソルジャー)なんてあだ名されちまうわけだな。


「なんか用事? クラブしてたっけ?」

 振り返った先にはアリサがいた。

 アリサ! アリサだ!

 ハーフアップの黒い髪、人懐っこい優しげな目、細い肩······どこをとってもアリサだ!

「いやしてないよ。今日はアレ、あのー、学校行く前に本買いに行くんだよ。」

「えー? 本?」

「そう。あのー、書店限定で付録がついててさ、それ目当て」

「どんな本?」

「あー、えーと。ゲームゲーム。コードがついてんだ」

「へえ。どんなゲームやってんの?」

 や、やけに食いつくな。本当はゲームなんかやってないから困ったぞ。

 適当に答えてるうちに時間も迫ってきた。

「そろそろ電車来るね」

 ふと、なんとなくギクシャクがとれてきたかもしれないと思った。

「ああ」

 いや、たぶん違う。

 そもそもアリサはギクシャクなんてしていない。オレだけが勝手にギクシャクしてただけだ。

 今のアリサから出ている気配はオレが昔から知るあのアリサそのままで、ただオレだけが眩しがって、怖がって、なにか別の者になってしまったと思いこんでいただけなんだ。


「今日風強いよね」


 アリサの髪が風に揺れている。

 遠くでは空気がひどく唸っていて、それが近づいてきてる。


「ん? なに?」


 オレがアリサを見つめていることを気づいたらしく、ほんのちょっとだけ恥ずかしそうにしながらアリサが聞いてきた。


「いや、こうして話すの久しぶりだなと思ってさ」


 オレは考えてることとは違う言葉を吐いていた。

 オレはなにか予感がしていた。

 運命。

 アリサとの運命。

 今日の運命。

 今の時間。


「そうだね」


 アリサがどこか嬉しそうに笑ったけど、オレは勝手に動こうとする自分の腕と戦っていた。

 電車の接近を知らせるインフォメーションが流れ、轟音が近づく。

 電車の音と、それを追い越して迫ってくる音。




 オレは今なんでここにいるんだっけ?

 なにかを確かめるためだっけ?




 いや、アリサの腕を引くためだ。

 でも、その腕はもう止めてしまっている。




 間に合わない? なにに? なんでもいい。けど、もう間に合わない。

 いいや、そんなことはない! 間に合うとも! オレは改造兵士(サイボーグソルジャー)だろ!




 強風がオレ達を煽って、アリサはバランスを崩した。

 オレがアリサを掴む手がもう少し遅ければ、アリサはちょうど電車が来るところに線路に落ちてしまうところだった。

 そうだ。オレは間に合ったんだ。




 たぶんだけど、もうスマホの時間は元通りになってるんだろう。

 バランスを崩したままオレの胸に倒れ込んできたアリサと見つめあいながら、オレは今日の60分が大事なものを無くさないため与えられたのだと悟った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] だらしない主人公が身近に起こった不思議な出来事をきっちり生かし、命を救う。 紛れもなく彼はヒーローになったと思います。 いいお話でした。
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