そんなにわたくしが憎かった?蘇ってみたら国はザマァ真っ最中。魔女はどうする?
「悔しいっ悔しいっ。悔しいっ…呪ってやるわ。わたくしを殺した連中をっ。呪ってやるっ。」
200年前に魔女として民衆の前で首を落とされ処刑されたサルディアーナ。
自分を処刑し皇族を…民衆を…皆殺ししにしてやろうと…
その怨念で蘇ろうとしていた。
パキパキパキ。皇宮の奥の宝物庫で、怪しげな音が響き渡る。
ガシャーーーン。
大鏡が割れて、真っ黒なドレスを着て、真っ赤な口紅をつけた黒髪の美女、サルディアーナが現れた。
「魂の封印が解かれたわ。わたくしは蘇った。さぁ、わたくしを殺したファレス帝国を今まさに地獄へ突き落してやるわ。」
ドレスを翻し、手を扉へ向かってかざす。
呪文を唱えれば手から火の玉が飛び出て、扉を破壊して吹っ飛ばす。
これだけ派手な音を立てたのだ。皇宮の騎士達がすっ飛んでくるだろう。
殺して殺して殺しまくってやる…
そう、サルディアーナはニヤリと口端を歪めて微笑む。
しかし、あたりは静まり返り、誰一人として駆けつける様子はない。
- どういう事っ?わたくしを処刑した国の奴らを殺そうと思ったのに、何故、誰も来ないのかしら??? -
皇宮の中であろう事は解っている。前世ではファレス帝国の皇宮へ出入りしていた高位の公爵令嬢だったのだ。
しかし、手入れもされていない庭から差し込む月灯りでかろうじて確認できる寂れた廊下。
天井や壁は所々、剥がれ落ちている。
窓のガラスはひび割れて、あまりにも酷い有様にサルディアーナはため息をついた。
「わたくしが滅ぼす前に、このファレス帝国は滅びてしまったのかしら。」
広い廊下に出ると、一つの扉の隙間から灯りが漏れていて、人がいるようである。
そっと扉を開ければ、中から声が聞こえてきた。
「誰だ?」
「えっ???」
200年前に自分を魔女として殺したディード皇太子に似ていた。
輝くような金髪、青い瞳。
子孫なのだから、面影があっても、不思議ではない。
サルディアーナはディード皇太子を愛していた。
遠い昔、好きで好きでたまらなかった。
だから、ディード皇太子の周りにいた女性達を殺しまくったのだ。
高位の公爵令嬢、隣国の王女等、さまざまな女性達がディード皇太子の周りにいた。
毒を使って殺した。
そして、その事が露見し、悪質な魔女として殺された。
今、まさに、目の前にいる男が、昔、愛したディード皇太子に似ていたのだ。
その男は、サルディアーナを見て驚いたように、
「君は誰だ?メイドは全て解雇したはずだ。今、この王宮で寝泊まりしているのは、わずか数人のはずだが…」
「貴方こそ、どなた?」
「私は、エルド、この帝国の皇太子だ。」
「エルド皇太子殿下。しかし、何だか、皇宮にしては寂れているわね。わたくしは、サルディアーナ。このファレス帝国を滅ぼす為に蘇った魔女よ。」
「いやもう、滅びかけているが…」
「え?????」
「まぁここでは何だ。中で茶でも飲みながら、話をしようか。」
エルド皇太子はサルディアーナにお茶を勧めて、サルディアーナがソファに座れば、
エルド皇太子自ら、紅茶をカップに注いでテーブルに置いて、
「メイドがいないから、私がやるしかない。茶の一つも出さないとなると、失礼にあたるからな。」
「ちょっと…どういう事かしら。わたくしが滅ぼす前に滅びかけているって。お茶は頂くわ。」
紅茶を口にする。久しぶりの紅茶は美味かった。
エルド皇太子はサルディアーナの対面のソファに腰かけて、
いきなりうっとりした表情で語り出した。
「いやもう…アリアーヌが愛しくて愛しくて…アリアーヌと言うのはエッテル男爵令嬢でね。彼女と結婚したくて、婚約者であった公爵令嬢メルディーナを隣国へ追放したんだ。そしたら、彼女が聖女だったらしくて。豊穣の聖女。この国に豊穣をもたらす聖女がいなくなったせいで、穀物が育たなくなってしまった。ずっと雨がしとしと降っていたんだ。ああ、今宵は月が出ているね。今度は雨が降らなくなるかな。雨季と乾季が代わる代わる極端の押し寄せるものだから…それはもう、穀物が育たなくて。でも、後悔はない。愛しのアリアーヌと婚約出来たんだから。」
「それで?その愛しのアリアーヌとやらはどこにいるのかしら?」
「彼女はまだ婚約者だからね。ここにはいない。何故か知らないが、皇宮にいた人達は次々と辞めていってしまった。私は父上母上と共に聖女を追放した罪とかで、皇宮に閉じ込められている。」
「なんとなく解ったわ。貴方が婚約破棄をして聖女を追い出したせいで、国が滅びかけているのね。いや、その元凶の一人である男爵令嬢が無事な訳ないでしょうに。」
「いや、数少ない臣下から聞いた話によると、私は無理やり、婚約されたのぉ。被害者なのぉって言って許されたらしいぞ。私はアリアーヌが無事ならいい。ああ、愛しのアリアーヌ。」
気に食わなかった。
何が愛しのアリアーヌよ。そもそも婚約も続行しているの?
このエルド皇太子の様子は明らかにおかしい。
魅了とか言う魔法をかけられたのだろう。
恐らくアリアーヌと言う女に。
「メルディーナとかいう女に頭を下げて戻ってきて貰いなさいよ。このままじゃ本当に滅びてしまうわよ。」
「メルディーナは隣国の皇太子と結婚したぞ。まったくなんて尻軽女だ。愛国心もまるでない。」
「貴方が追い出したんでしょう?」
「でも、彼女はすぐに結婚したんだ。」
「隣国の皇太子が結婚を急いだのは聖女だから、繋ぎとめたかったのではなくて?隣国の皇太子だって婚約者はいたでしょうに。お気の毒に。」
あああ…じれったいわ。とりあえず、魅了を解いて…聖女がいなくなった豊穣の力の復活。
そして元凶の男爵令嬢に罰を与えないと…あら?国を滅ぼす為に蘇ったのに…
いざ、国が滅びるのを見ると何だかとても悲しいわ…
わたくしが首を飛ばされるのを、喜んで見物に来ていた帝国民。そしてディード皇太子殿下。
だって、周りの女性達を殺しまくったのは仕方ないじゃない…貴方の事を愛していたのですもの。
皆、下心で近づいたのよ。
貴方は皇帝になるお方だから…でも、貴方は人間的にも、とても魅力的だった。
だからわたくしは…貴方の唯一になりたかったのよ。
つい思い出してしまったわ。
エルド皇太子を覆っている魅了を呪文を解いて解除する。
エルド皇太子は額に手を当てて、
「頭が痛い…何だろう…とても幸せな夢を見ていた気がする。」
「まやかしの夢よ。しっかりなさい。ファレス帝国が滅びていいのかしら。」
サルディアーナの言葉に首を振って、
「それは困る。」
「だったら、貴方に出来る事をしなさい。わたくしが力を貸してあげるわ。」
「君が力を?」
「豊穣の力の一つは空の雲を操る力なの。その位、わたくしの魔力を持ってしたら、出来るはず。そしてもう一つの力は植物に元気を与える力。そちらは肥料をあげて、植物を元気にするように人々が頑張るしかないわ。」
「解った。私が原因でファレス帝国を滅ぼしたくはない。努力してみよう。」
今、この国を治めているのは、アイノス宰相だ。
エルド皇太子はアイノス宰相にサルディアーナを紹介してくれた。
アイノス宰相はサルディアーナを見て、
「信じられん。200年前から蘇った魔女?」
サルディアーナはにこやかに微笑んで、
「だったら魔法を見せてもよくてよ。わたくしとて、帝国がこのまま滅びるのを黙ってみていたくはないわ。聖女メルディーナを呼び戻せないのなら、こちらでなんとかするしかないじゃない。」
「解った。其方の力を借りる事にしよう。雨は止んだがきっと今度は雨が降らなくなる。」
もしかしたら、聖女の力が無くなったのではなくて、これは聖女の悪意、呪いね…
聖女の呪いが天候を悪くしているのだわ。エルド皇太子殿下に婚約破棄された女の憎悪、そして呪い。
それをわたくしが払って差し上げましょう。
そして…
全ての元凶であるアリアーヌと言う男爵令嬢。
彼女を野放しにしておくわけにはいかないわ。
本当はこのファレス帝国を滅ぼす為に蘇ったと言うのに…
まったくとんでもない事になったわね。
魔法の玉を取り出して、男爵令嬢アリアーヌの姿を覗いてみる。
すると彼女は二人の男性と共に、自分の部屋へ入って行く姿が見えた。
二人の男性のアリアーヌを見る視線は熱い。競うようにその手を握り締めて、
「アリアーヌ。今宵も美しい。」
「我が女神アリアーヌ。僕の方が愛しいと言っておくれ。」
「何をっ?私の方が君の事を愛している。」
「僕の方だ。僕の方がアリアーヌの事を…」
アリアーヌは嫣然と笑う。
「どちらも愛しているわ。私と一緒に楽しみましょう。」
魅了の力…
サルディアーナは三人の元へ転移した。
「恐ろしい女ね。アリアーヌとやら。」
「貴方は誰?」
パチンと指を鳴らせば男性達は気を失った。
床に倒れる。
アリアーヌは目を見開いて、
「何をするの??」
「貴方にはそうねぇ…嫌悪の呪いを差し上げるわ。」
アリアーヌに呪いをかける。
黒い霧がアリアーヌを包み込み、彼女は悲鳴をあげてその場に倒れた。
いい気味だわ。
嫌悪の呪い。アリアーヌは二度と、人に愛される事はないだろう。
人々はアリアーヌを見た途端、嫌悪感に襲われるだろう。
サルディアーナは精力的に働いた。
聖女の呪いを解いて、天候を安定させ、アイノス宰相と力を合わせて、帝国の立て直しを図った。彼女自身は影となり働き、全てはアイノス宰相の手柄とした。
だが、帝国民は元凶である皇族達とアリアーヌを許さなかった。
彼らの処刑を求めたのである。
そう、帝国民は勝手だ。いつも血を求めている。
サルディアーナは怒りに震えた。
自分が処刑された時、笑っていた帝国民を思い出す。ディード皇太子殿下を思い出す。
何故…貴方は笑っていたの?
そんなにわたくしは嫌われていたの?
アイノス宰相がサルディアーナに向かって、
「皇宮へ帝国民が押し寄せております。皇帝達を出せと…」
「解ったわ。アリアーヌはどうなったの?」
「彼女は帝国民達に引っ張り出され、酷い殺され方をしたようです。」
「そう。」
皇宮の5階のテラスに出れば、帝国民達が押し寄せて来ていた。
「皇帝を出せっー。」
「元凶の皇太子を出せーー。」
「嬲り殺してくれよう。」
ファレス帝国のジード皇帝とイリーナ皇妃が、
「最後の時が来たようだな。」
「そうですわね。」
エルド皇太子は二人に頭を下げて、
「私が元凶なのです。それなのに…父上母上申し訳ございません。」
サルディアーナは、その様子を眺めていて思った。
彼らの怒りを鎮めるには新たな悪女が必要だと。
テラスの上に姿を現すとサルディアーナは叫んだ。
「わたくしは悪女サルディアーナ。皇帝達の命はわたくしの手の中にある。オホホホホホ。さぁ、これから帝国を滅ぼすとしようか。わたくしは200年前にお前達の祖先に首を斬られた。その恨みは消えはしない。」
押し寄せていた帝国民たちは悲鳴をあげる。
「魔女だ。魔女が出たっ。」
「殺せ。殺せ。」
サルディアーナは帝国民達の中に飛び降りた。
その間に皇帝達は地下通路を使って逃げるように、アイノス宰相に頼んでおいた。
ディード皇太子に似ていたエルド皇太子。
わたくしはまだ、ディード皇太子殿下が好きなのだわ。
棒で身体を叩かれて、血にまみれながらも、サルディアーナは遠い日を思い出していた。
何故、貴方は笑っていたの?わたくしがそんなに憎かった?
いつの間にか、皇宮の墓の上に座っていた。
殺されたと言うよりも、元々、魂だけ蘇ったらしい。
あの痛みは血にまみれたのは幻だったのか?
何故、わたくしはここへ来たのかしら…
あの人のお墓の上に座っているだなんて。
- 酷いな。私の墓の上に座って… -
「ディード皇太子殿下。」
- そうだ。久しぶりだな。サルディアーナ。-
「聞きたい事があるの。そんなにわたくしが憎かった?貴方の周りの人間を殺しまくったから。」
- いや、愛していたよ。サルディアーナだけを愛していた。今も愛しくて仕方がない。 -
「わたくしは人殺しよ。それに…貴方はわたくしが処刑される時、笑っていたわ。」
- すまない。笑えと言われた。帝国民達に…そうしなければ命はないと。私は最低の男だ。君の後を追いたかった。でも…あの頃、父は寝込む事が多くて、こんな国でも、私は死ぬわけにはいかなかったんだ。政をやらねばならなかったんだ。力のない皇太子なのに。な… -
「貴方は帝国を愛していた。わたくしは憎いわ。二度も殺されたのですもの。」
雨が降って来た。激しい雨が…
聖女の呪いが復活したのだ。今まで抑えていた聖女の呪いが…
それでも…わたくしは…
地下道を通って逃げたエルド皇太子の前に現れる。
皇帝と皇妃と皇太子は遠い森の出口へ逃げていた。
エルド皇太子は驚いたように、
「サルディアーナ。生きていたのか?」
「わたくしは二度、殺されましたわ。帝国民に…最後のお願いです。どうか、隣国の皇太子妃メルディーナに会って、貴方自ら誠心誠意謝って下さいませ。それがファレス帝国が助かる唯一の道ですわ。わたくしはこの帝国を滅ぼしたかった。でも…やはり生まれた国は愛しいのね…どうか、このファレス帝国を。」
エルド皇太子は頷いて、
「解った。それが私の罪滅ぼしと、皇太子としての最後の仕事だ。有難う。サルディアーナ。そして、さようなら。」
サルディアーナは微笑んで、
「さようなら。エルド皇太子殿下。わたくしはディード様の所へ参ります。」
サルディアーナは満足だった。
ディード皇太子の墓へ戻る。彼は待っていてくれた。
手を差し伸べられてその手をそっと握る。
「行こうか。行くべき場所へ。」
「そうですわね。ディード様。愛しております。」
「俺も愛している。」
ファレス帝国はアイノス宰相が皇帝になり、聖女の呪いも解けて、豊穣は望めなくなったが国として再び立ち直った。
エルド皇太子と皇帝夫妻は隣国へ亡命し、そこでひっそりと生涯を終えたと言われている。
エルド皇太子が聖女を追放した事から始まったファレス帝国の滅びの危機のはずが、恐ろしき魔女サルディアーナによって帝国は滅ぼされかけたと、言い伝えには残されている。