○○ちゃん道々うん……
『○○ちゃん道々うんこ垂れて
紙が無いから手で拭いて
勿体ないから舐めちゃった』
かつてそんな歌が流行っていた時代……いや世代というべきだろうか。まあ、兎にも角にもそんな歌が流行ってた時代があったのだと、以前父に聞いた事がある。「そんな歌が何処で流行っていたの?」と質問するも「よく覚えていない」という返事だった。とはいえ歌詞を見れば小学校で流行っていたであろう事は容易に察しが付くというものであり、むしろ小学校以外で流行るとは思えない。
それから数年が経った頃、何が切っ掛けだったかは覚えていないものの、ネットで以ってその歌について調べてみた事があった。歌のタイトルで検索しようとして父に聞いたが「知らない」という事で、仕方なくその歌詞でもってそのまま検索してみたところ、存外ヒットした検索結果に驚いた。そしてそれらの情報をランダムに見ていくと、その歌は誰によって作られたのかは不明のままに、多少歌詞を変えつつも全国に広まり歌われていたという事が分かった。
誰がいつ作ったのか分からないその歌。1960年代に生まれた父の年齢を考えれば、単純計算で約50年以上前から存在していた事になる。
しかし何故に今、私はそんな歌の事を思い出したのだろうか。令和と呼ばれる現代に於いては「不潔だ」「不道徳だ」と、そんな言葉で以ってネットが炎上し、歌う事を止めなかったと学校や教員が責められそうなその歌。それが許されていた父の時代を羨ましくでも思ったのだろうか。
いや、本当は分かっている。分かっているのだ。何故その歌の事を思い出したのか分かっているのだ。単に現実逃避したいだけだ。現実から目を背けたいだけなのだ。
私は雑木林に駆け込んだ。我慢出来ずに駆け込んだのだ。だがそんな今の私には紙が無いのだ。拭く物が何も無いのだ。だからこそ、今の私の状況に酷似したその歌を思い出しただけなのだ。
彼女との待ち合わせ時刻まであと5分。雑木林の木々の隙間からは、既に待ち合わせ場所に立つ彼女の姿が見えている。そう、実際の彼女との距離は凡そ50メートル。風向きによっては匂いで私の存在に気付かれてしまうのではと心配になる程近い距離にいる。だがこちらからは見えても向こうからは見えないと思われる絶妙なる位置。深淵を覗いたとて絶対に深淵からは覗かれないその位置で、私はしゃがんだ状態で絶体絶命とも言える時を過ごしている。
私に与えられたオプションは2つ。綺麗であると信じて拭かないままにこのまま行くか、それとも歌になぞらえ手で以って拭いてみるか……君ならどうする!
2021年07月31日 2版 誤字訂正
2020年08月17日 初版