トークイベント
ブックマーク、評価、誤字報告有難うございます!
先に会議場へ入った春一から遅れる事に十五分ほど。
最後列に並び直した俺もようやく会場へ入ることができた。
行列で待っているうちに「あれ? これってなにか入場券みたいなのがいるんじゃね?」と今さらながら思ったが、それは杞憂に終わる。
手荷物検査とアンケートの提出が必須で、入場は無料だったらしい。
会議場入ってすぐに設置されている長テーブルの上に荷物を置き(俺は先ほどもらった紙袋しか持っていなかったのでそれを)、中身を確認してもらって、「気が付いたことをなんでも記入してください」とざっくり書かれたアンケート用紙を受け取ってから中へと進んでいく。
「うわ、すご」
思わず声が漏れてしまう。
それぐらい中には人がいた。
まさに黒山の人だかり。
いや、ところどころ黒じゃない頭も見えるので、多色山の人だかりとでも言おうか。茶色や紫、青や赤、金髪に白髪も見える。中にはウィッグっぽい人もいそうだけど、とにかく色々な色頭が会議場内にうごめいていた。
後頭部や背中しかみえないけど、たぶん年齢層もかなり広いように見受けられる。親子連れみたいな姿も多いし、いまさらながらこれって――
『お待たせしました。これより「魔獣少女リリアン」、松木曜子役の藤田奈々美さんのトークショー、およびサイン会を開催いたします』
ちょうど俺の疑問に答えるかのように、舞台袖から手にマイクを持ったパリッとしたスーツの女性が壇上(会議場内には学校の体育館のような舞台がある)に登場する。
『本日司会進行を務めます、日比野と申します。よろしくお願いします』
そう頭を下げる。
おぅ、そういうことか。
どうも声優さんのイベントらしい。
手にしたアンケート用紙に視線を落とす。
何気に裏にひっくり返すと、おぅ、こっちがメインのアンケートだったらしい。
春一に見せられた広告といい、今日はこのパターンが多いな。
性別と年齢、好きなキャラや番組に関する感想、持っている関連玩具などを記載する項目や、「いっしょにうたおう!」と、主題歌の歌詞も書かれている。
なるほど、魔獣少女リリアンか。
魔獣少女リリアンは知っている。
日曜の午前帯にやっている、いわゆる少女向けのアニメだ。
長期間続いた少女向け魔法少女シリーズが終了し、満を持してスタートした新シリーズ。
だけどいかに人気がゆっくりと下降していたとしても、長期続いていた作品の後というのはなかなか難しい。
魔獣少女リリアンも同じくスタート時は数字が悪かったらしい。
しばらくは視聴率も低迷していて、いて……なんだっけ? 春一との会話に出てきたんだけど、何かを契機にしてV字回復したんだと。
今は爆発的人気――とまではいかないにせよ、そこそこの、それこそイベントをしたらこれくらい人が集まるくらいになったらしい。
魔獣少女リリアンのイベントっていうなら、親子連れとかの客層も納得だな。
なにか聞いたような気もする声優さんだけど、声優さんの名前をちゃんと覚えているほどには詳しくないし、魔獣少女リリアンにも精通しているわけではない俺にはピンとこない。
ただメインヒロインの名前はなんとか凛々子って女の子だったはず。
リリアンだし。
ということは主役の声優さんではなさそうだ。
集団の中からは「なんだよ、藤田か」とか「堤ちゃんじゃないの?」とかいう声も漏れ聞こえてくる。
でも大半はこの声優さんの、もしくは作品のファンなのだろう。
司会の人がいくつかの注意事項を説明した後『ではこれより――』とイベントの開始を告げようとすると、大きな歓声と拍手とともに人だかり全体がじわじわと舞台の方へ詰め寄っていく。
『押さないでください! 前後左右適度な距離を空けてください。また、お子様連れは優先的に前の方へ。皆さん、ご協力をお願いします!』
舞台の方へと向かおうとする圧力が増すと、すかさず注意喚起の放送が流れた。
それでもすぐには止まらない。
『ご協力をお願いします!』
さすがにあの中に入る勇気はないな。
それに俺の目的はイベントではなく、イベントに来ている春一だ。
邪魔にならないところで――
そうイベントに来ている人たちと逆に会議場の端の方へ下がった時だった。
『みなさーん、こんにちはー!』
場内に明るい少女の声が響き渡る。
あ、声優さんの声っぽい。
『このままだとイベントが中止になっちゃうので、協力してくださいね。司会さんの言うことを聞いて、はい、一歩、二歩、下がって――ありがとうございます』
イベントが中止になるという言葉にか、それとも声優さんのお願いだからか。
前のめりの圧力が少し弱まったようだ。
まだ声だけで姿は見えないけど。
『ご協力ありがとうございます。では改めて「魔獣少女リリアン」松木曜子役の藤田奈々美さんのトークショー、およびサイン会を開催いたします』
始まるみたいだな。
仕方ない。
イベント終了まで待つか。
『では、藤田奈々美さんどうぞ』
『はーい、皆さん、こんにちはー!』
舞台袖から元気よく飛び出してきた声優さん。
って、あれ?
あの子って――オーデション会場にいた女の子?
読んでいただいてありがとうございます。
ブックマーク、評価は、心のビタミンです!