一人称
あと一回更新できるかなー
微妙かなー
「じゃ、俺がチーズケーキ頼むよ」
その言葉を口にしたあとも、特に自分の言っていることに違和感は覚えなかった。
別におかしなことは言ってないし、話の流れでそう申し出ても不思議ではないし……でも言葉をかけた相手である奈々美の様子を見て、俺の頭上に「?」というマークが浮かび上がる。
奈々美が怪訝そうな顔をして俺のことを見ていたからだ。
もしかして俺の意図が伝わらなかったかな?
美佐さんの代わりに俺がケーキを頼んで、奈々美が望む分だけ分けようかと思ったのだが……
ああ! もしかして、俺がそう申し出ること自体を怪訝に思っているのか?さっきも「良い印象を持っていないのは分かるけど」とか言っていたし。
だから俺がそう言い出すのがおかしいとか思ったのだろうか。
それなら今の表情にも納得が―――
「あんた……」
奈々美がいぶかしげな表情のまま口を開いた。
「自分のことを俺って言うの?」
………………へ?
今「俺」って言ったっけ?
記憶を探り、自分の言葉を反芻する。
―――俺がチーズケーキ頼むよ―――
―――俺がチーズケーキ―――
―――俺が―――
イッテルネ。
ムチャクチャハッキリト。
コレは不味いかもしれない!
自分の失言に気がつき、はっと美佐さんの顔を見る。
美佐さんは「あらあら」という表情をしていたが、俺と目が合うと「めっ!」ってかんじで軽く睨んできた。
美佐さん、それはたしなめているのかもしれないけど、逆にご褒美だと思います。
頬が緩んでしまうと思いますですよ。
美佐さん自身はさほど焦った様子は見受けられないけど、その反応を見る限り、やっぱり間違いなく自分のことを「俺」と言ったらしい。
「普段からそうなの?」
奈美は俺の方を見て詰寄る。
ヤバイ……
「どうなの?」
「えっと」
「それとも作ってるキャラ?」
「キャラ?」
キャラって……?
自分の失言に頭が白くなっている上に、よく分からない言葉を掛けられても、咄嗟には反応できない。
俺が何も言えずにいると、たまりかねた美佐さんが口を開いた。
「キャラ作りというわけではないわ。橘さんは周りに男性の親族が多かったらしくて、気を抜くと少し男の子っぽい口調になるのよ。今回の仕事、天音ソラのサンプリング音声ということを考えれば、男の子っぽい口調はどうかと思ったから、それをなんとか矯正しようとしてるのだけれど」
そこまで言って、「困ったわ」みたいな顔で頬に手を当てて首を傾ける。
「時々素がでちゃうのよね」
こんなときふと思う。
美佐さんこそタレント―――いや、女優になってもおかしくないんじゃないか?と。だって言っていることは全く真実ではないこと。つまり嘘だ。それをこんなにも自然に、かつ全く嘘をついていないと思わせる演技は、そこいらの大根役者より数段上に見える。
コレはもしかして俺が男だから「嘘」が見破れないだけなのかな?
そう思い奈々美の様子を伺うと、彼女も美佐さんの言葉に何の疑いも持っていないよう素で、「へー、そう」と頷いていた。
女の子の目からみても、美佐さんの演技は見破れて居ないらしい。
奈々美は小さく「そうよね」と呟くと、俺の方へと顔を向ける。
「キャラで言えば『ボクっ娘』ほどではないにせよ、『オレっ娘』も需要はあるといえばあるわ。でも天音ソラは落ち着いた女性のキャラだし、なによりあんた自身の見た目からして、『オレっ娘』の路線じゃないでしょう?」
そ、そうなのか?
自分の女装したキャラの路線なんて、分かるはずもないのだけど……ただ、「オレ」って言葉が似合わないといわれるとちょっと凹む。まるで外見がまるっきり女の子に見えるみたいじゃないか……
「ちょっと! 聞いてるの?!」
「は、はい!」
落ち込みかけた俺に、奈々美が厳しい口調で言ってきた。
反射的に俺は背筋を伸ばす。
「あのね、あんたがどんな事情で、どんな気持ちでこの仕事を引き受けたのかは知らないわ。でもこの仕事をやりたくても出来なかった何千という人、その人たちを差し置いてやるのだということをちゃんと考えることね。言葉遣いを矯正するならちゃんとしなさい」
「……はい」
俺は素直に返事をして俯く。
心境としては「素直に」って感じではなく、渋々返事をしたって感じだ。
だって考えてもみてよ。「俺」と発言したのは、俺が男である以上普通のことだし、それを矯正してるだなんていうのは今初めて聞いたことだ。まぁそれは「俺」発言をごまかすために、美佐さんが咄嗟に言った言い訳なのだろうというのは分かる。だからこそ奈美の説教する「発端」については納得いかない。
ただ説教の「内容」については理解できる。どんな理由で始めたにせよ、始めた以上はきちんとやらなければいけない。美佐さん他多くの人が動き始めた今、「やっぱり駄目でした。やめます」という風にはいかないだろう。それに俺と違って、自分の希望でオーディションを受けて、落ちてしまった人たちがいる。サンプリング音声だけとはいえ、声優を目指している多くの人を差し置いて俺がこうしてここにいるわけだ。だから「乗り気じゃない」とか「仕方なく」という言葉を、自分が駄目な理由の免罪符にしてはいけない。
だから奈々美の言いたいことは分かるんだ。
分かるんだけど―――
やっぱ納得いかないんだよなぁ。
というかんじで反論したい気持ちと納得する気持ち、その双方が混じりあって、ちゃんと納得できないまま、渋々返事をしたというわけ。
「大体ね―――」
「まぁまぁ、奈美もその辺にしておいて」
なおも言い募ろうとした奈々美を制し、美佐さんが仲裁に入ってきた。美佐さんもこのままではいけないと思ったのだろう。
「でもっ」
「橘さんも今日が初日なのだから大目に見てあげなさい。それに橘さんはあなたがデザー
トを決めきれないから、分けて食べられるようにああ言ったのよ?」
「……わ、わかってるわよ」
奈々美は「自分がメニューを決められない」ということに矛先を向けられ、ばつが悪そうに視線をそらす。説教をしている自分も、こうして一方的に説教できる立場ではないと気づいたのかもしれない。
そっぽを向いていたのは数秒。
少しして俺と反対側に向けていた視線を一度下に向け、少し躊躇した後に俺の方へと向けてくる。顔は若干俯きかげんなので、俺の顔を覗き込むような感じだ。
「余計なことだけどっ」
一瞬睨むように眉間に皺を寄せた後、ふとその表情を緩め、恥ずかしそうに目を伏せ、口を尖らせるように呟いた。
「でも……まぁ……ちょっと言い過ぎた、かも…………ごめん」
読んでいただいてありがとうございます!
創作の活力にぜひ氷菓とブックマークを!




