開いてはいけない扉を
久しぶりに書くと前との整合性が……
昨今男でも化粧をする人は増えている。
俺が言うのもおかしいけれど、若い人ではその半分は何かしらしているのではないだろうか?
俺はしてないけど。
わてくし今日が初体験ですの。
と、そんな初体験の化粧を「女の人って大変だなぁ」と思いつつしてもらいながら今日の予定を教えてくれた。
今日は事務所の社長、あと数人の関係者との顔合わせを予定しているらしい。
いきなり社長との面談。
さすがに動揺する。
「今日ですかっ?」
「ほら、動かない」
振り向いてそう言うと、顔を前へ向かされた。
そして化粧を再開しながら、言葉を続ける。
「確かに色々下準備してからのほうがいいのだけれど、時間がないのよ。ほら、前も言ったでしょ? あ、目を閉じて……うん、そう……えっと、そうそう、この前も言ったとおり、あのオーディションもぎりぎりねじ込んだものなのよ。だから企画全体として時間が足りないの」
マジか……
そりゃ、そのうち会わないといけないものだけど、いきなり今日はなぁ~。いろいろな準備もおろか、心の準備すらできていない。
などと憂鬱な気分になっていると、美佐さんが思い出したように一言付け加える。
「あ、あと、奈美にも会ってもらうわね」
奈美?
奈美……奈美……あ、あの面倒くさい声優の藤田奈々美か!
でもなんで?
「あら? 予想外って顔をしているわね」
美佐さんは筆みたいな化粧道具を持ったまま、口元を隠すようにクスリと笑う。
こういう笑い方すると、凄く若く見えるから不思議だ。
あ、誤解の無いように言っておくぞ!
決して美佐さんが老けて見えるとかそんなんじゃなくて、態度とかそんなので、「大人の女性」って部分がかなり強調されているんだよ。だから「クスクス」って大人の女性の笑い方じゃない笑みを見せられると、かえってすごく若く見えたりするんだ。
そういえばこの人っていくつなんだろう……
「ん? なに?」
「あ、いえ、なんでもないです」
いけね。知らず知らずのうちに、鏡越しで美佐さんの顔を凝視していたらしい。
俺は若干慌てて、話を奈美の件に戻す。
「でも、何で奈美―――さんに?」
「当たり前でしょ? デュオの相手なのだから」
「デュオ?」
「前にプロジェクトムーサの話をしたでしょう? 橘君が声をあて――橘さんが声を当てる予定のキャラクターの――」
「ああ、えっと、天音ソラでしたっけ?」
「そう、その対になるキャラクターの風音ノア。そのボイスを奈美が担当するのよ」
あ、そうなんだ。
「設定の都合上、二人が絡むことも多いし、デュオも計画されているわ。だから顔合わせは早めにしておいたほうが都合がいいの」
ああ、なるほど。
だとすれば、顔合わせするのも不思議じゃないか……
「学校じゃないのだから、仲良しこよししろとは言わないわ。でもファンというのはその辺りにとても敏感なのよ。だから友好な関係をつくれるのならば、それに越したことはないわね」
まぁ、俺もケンカしたいわけじゃないし、短い期間とはいえ、なるべくぎすぎすした空気にはしたくない。それに特に嫌いってわけじゃなくて、なんかこう、苦手というか……
あ、大事なことに気がついた。
「美佐さん」
「なにかしら?」
「奈美さんって、俺のこと知ってるんですか?」
「もう事前に話しているわよ?あのときのオーディションのコが選ばれたって―――」
「いえ、そこじゃなくて……俺が女の子じゃなくて男だってことを」
「ああ、それは秘密にしているわ。目を閉じて、顔を少し上に」
マジデスカ。
あっちもそれを了解しているのかと思ったのだが……
ぱたぱたと顔をはたかれるふわふわのやつが気持ちいい。
「それはまだ話していないとかじゃなくて?」
「今後も隠していくつもりよ」
「大丈夫なんですか?」
「んー、難しい問題なのだけど、私としては隠して仕事したほうが、いい結果が出ると思って―――はい、目を開けていいわよ。今度は目だけ上にむける感じで……そうそう」
本当に大丈夫かなぁ……
女の子って同性には厳しいって深雪も言ってたし……デュオってことは一緒にいる時間も長いだろうしなぁ。
バレる危険も高いんじゃないだろうか?
いや、すぐにバレるだろうなぁ。
「とりあえず、バレたらその時に私が何とかするわ。橘さんは安心して。目をぱちぱちしてくれる?」
ぱちぱち。
「やれるだけはやりますけど……その橘さんっていうのは?」
「私も呼び方を慣らしておかないと、君って呼べないでしょう」
「そっか」
「それに奈美もあの日に全く気がつかなかったのだから大丈夫よ。軽く口を開けてもらえる?」
それはそうなんだけど……
また複雑というかなんというか。
「よし、完成」
読んでいただいてありがとうございます!
氷菓などしていただけるとうれしいでっす。




