玄関先の攻防w(後編)
別に美佐さんとはまったくそんな関係じゃないし、もしそうだとしてもこいつにここまで詰問される理由はないだろ。
まぁ、色々説明するのも面倒だし、すぐに行かせてくれれば証明だってなんだってしてやるけども……証明ってなにするんだ?
「証明って、なにすりゃいいんだ?」
「―――で、納得してあげないことはない……」
ん? よく聞こえないぞ?
「聞こえなかった。もう一回」
「―――うで、信じてあげても……」
「は?」
「ちゅうしてくれたら信用してあげるって言ってるの!」
「………………はぁ?」
なに言ってんの? このおてんこ娘は。
俺がまさにそんな気持ちを露にした表情をすると、深雪が慌てたように付け加える。
「あの! だって! 小さいころよくしてくれたでしょ! あれしてくれたら信用して離してあげる!」
小さいころ……ああ、そういやなんとなく覚えがあるかも。まだ幼稚園か小学低学年くらいまでは、よく「お兄ちゃんのおよめさんになる」と言って、結婚式ごっこにつき合わされていた。深雪はそのときにやっていた誓いのキスのことを言ってるのだろう。
でもあれは子供だから許される行為であって、高校生にもなってすることじゃないだろう。それをねだるって、どこまで子供なんだコイツは……
ん? 待てよ……
これはチャンスかも。
「はぁ、わかったよ」
俺は呆れたようにため息をつく。
だがこれは演技。
ここからは俺の演技力が試される。
しかもアカデミー賞助演男優賞を狙える名演技をっ。
そしてそんな俺の言葉を耳にした深雪が、びくりと身体を震わせる。
それはきっと動揺している証だ。
まさか俺が折れるとは思わなかったに違いない。
「ほ、ほんと?」
「ほんともなにも、そうしないと放してくれないんだろ? バイト先の上司をこれ以上待たせることはできないし、それでお前の気が済むのだったら―――」
と、ここで深雪の顔を覗き込みながら笑う。
それもからかうような、ちょっとイタズラっぽい笑い。
「言うこと聞くよ」
意識して、耳元へささやくようにそう呟く。
うう~~
正直、キモい!!
我ながらかなりキモい!!!!
だが今はじっと我慢だ!
ここでの予想できる深雪の反応は二通り。
「まーくんキモい!」と俺を解放するか、もしくは動揺して前言を引っ込めなくなるか。
俺が推理するに、この深雪のキス―――というと生生しいな。チュウをしてくれと言うのは、「しないならその代わりにバイト先の詳細を教えろ」という取引だと思う。深雪とて兄とそんなことはしたくないはずだ。だからそうやって無理そうなことを提案し、「わかったよ、説明するよ」と言わせるのがコイツの作戦だろう。
だから逆に、「チュウして」という言葉に乗ってみたらどうなるか。
前者の結果になるのが七割、後者が三割。
望ましいのは前者だけど、そうじゃなくても考えがある。
こうした俺の態度に、予想通り深雪が見るからに動揺し、視線を俺に合わせることなくきょろきょろとあらゆる方向に動かしはじめた。そして「えーと、えーと」と小さい声で何度も繰り返す。
そして―――
「どこでもいい?」
と上目遣いで聞いてきた。
ちいっ、後者だったか!
「はいはい、どこですか? お姫様」
俺がそう確認すると、深雪は少しもじもじとした様子を見せた後、目を閉じて「んっ」と顎を上げた。それは一見すると唇を突き出しているようにも見える。だがそれはないだろう。たぶん無難に頬にしろといっているにちがいない。
いや、深雪がどこにさせようとしているのかは別にいい。
重要なのは「目を閉じた」ってことだ。
「手を放さないと動けないぞ?」
「うん……」
そう言ってさりげなく俺を拘束している手を放させた。
自由になった俺がのそっと動く。
するとソファの上に仰向けになっている深雪が、びくっと身体を硬直させ、閉じている目をさらに強く閉じた。
そんな深雪を尻目に、俺はゆっくり身体を動かしてソファから降り、足音を忍ばせて玄関へと向かう。
そしてそこで苦笑いを浮かべて待っていてくれた美佐さんに、ジェスチャーで外へ出るようにお願いすると、連れ立って外へと出た。
深雪が気づいたのがちょうど戸閉めたの同時。
「ちょっとっ!!! まーくんっっっ!!!!!!!!」
家の中から深雪の叫びが聞こえたが、外に出ればこっちのもの。
美佐さんを連れてさっさとエレベーターに乗ると、1Fのボタンを押してから、ようやくそこで安堵の息を吐く。
出かける前に疲れた……
「ずいぶん妹さんに好かれているのね」
エレベーターの中で美佐さんがそういって笑ったが、俺は指で頬を掻いただけで何も答えない。
どうも最近の深雪の行動が予測不能なんだよなぁ。
嫌われているってわけでもないと思うんだけど、ふうむ……よくわからん。
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