玄関先の攻防W(中編)
こちらからだと深雪は背中しか見えないので、こいつの表情をうかがい知ることはできない。だが美佐さんは深雪と向かい合う形で立っている。こちらのほうは表情を見て取ることが出来た。
美佐さんの浮かべている表情、それを一言で言うと「困惑」だろうか?
少し目じりを下げ、困ったような笑みを浮かべている。これがもしマンガだったら、こめかみから大きな水滴型汗が流れ落ちているだろう。
どうしたんだろう?
俺は不思議に思いつつ、美佐さんに声を掛ける。
「お待たせしました」
「おはようございます」
美佐さんがほっとしたような顔をして、挨拶の言葉をかけてきた。
「おはようござ―――うおっ!!」
俺も挨拶を返そうとした矢先、自分の腹部に軽い衝撃を感じる。衝撃の正体は深雪だ。コイツがなぜかタックルをするように俺の腹部に取り付いていた。
急になんだ?
「お、おいっ」
「まっ…………」
「まっ?」
腰に回された深雪の手が、ぐっと手前に絞られる。
そして―――
「まっっっっっっくんんんんんん!!!!!!!!!!」
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
突如発せられた奇声と共に、俺はものすごい力で家の奥へと押しやられる。
体格がいいとはいえないとはいえ、俺も男だ。
妹である深雪と力比べをして、負けるはずもない。
通常で言えば、深雪がぐっと体を押し込んできたとしても、すこしたたらを踏むくらいで、受け止めることが出来るだろう。百歩譲ったとしても、受け止めきれずその場に倒れるくらいが関の山だ。
しかし今は違った。
深雪はまるでワールドクラスのアメフトかラグビー選手のごとく、俺の体を少し宙に浮かせた状態で家の奥へ押しこんで行く。そうされまいと踏ん張ろうとする俺の両足は虚しく廊下に引きずられ、その接点から摩擦熱で煙が上がってるのでは?と錯覚を受けるほどの勢いだ。世界が狙えるタックルだぜ。
「ほひ!!!!」
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁ」
制止しようと呼びかけるが、その声も深雪自身の掛け声にかき消される。それ以前に腹部に強烈な圧力がかかっているために、「おい!」と言おうとしたのに、「ほひ」などという力の抜けた言葉になってしまっている。
深雪はそのまま玄関から一直線に正面にあるリビングまで入り、その部屋にあるソファまで俺を押しやる。そしてその勢いで俺をソファへ押し倒した。
柔らかいソファといえども勢いがあったために、背中に受けた衝撃は結構なものがある。
一瞬息が詰まったくらいだ。
「ぐっ」
いってぇ……
なんなんだよ一体―――
「おい! 深雪!」
俺はソファに倒れたまま、深雪の名前を呼んだ。勿論意味不明な奇行に走ったこいつに文句を言おうとしたのだ。そう言いながら起き上がろうとして―――失敗する。いつの間にか深雪が、俺の上に馬乗りになっていたんだ。いわゆるマウントポジションというやつ。
「何を―――」
と言い掛けた俺の襟を両手で掴んで、深雪は強引に俺の上半身を持ち上げる。
そしてにっこりと笑顔で俺の顔を覗き込んで来る。
これがまだ顔を真っ赤にして怒ってるとか、泣いているとか、こちらがわかる感情表現をしてくれればよった。
だけど深雪は笑っていた。
いや、笑っているのだけど笑っていない。
顔の表情は「笑顔」なのだが、瞳が全く笑っていないのだ。その「笑っている表情」と「笑っていない目」のずれが、ものすごく恐ろしい。
「まーくん」
「は、はい、なんでしょう?」
思わず敬語で答える兄。
だってマジ怖いんだよ!
「あの牛乳女はなに?」
直前の行動とは違い、極めて静かに、冷静に尋ねてくる深雪。
「う、牛乳女と申しますと?」
「玄関に居座ってる女よ」
ああ、美佐さんか?
「バイト先の上司で―――」
「なぜ上司が家まで迎えにくるわけ?」
ぬ、鋭い。
確かにたかがバイト相手に、上司が迎えに来るわけがない。
「それは……」
「それにまーくんはあたしが何度聞いても、バイト先を教えてくれないよね?」
「だって……」
「だってなに?」
そう言って深雪は笑う。
少し小首をかしげる仕草などは可愛らしいといってもいいのかもしれないが、説明通りの体勢に説明通りの表情だ。瞳にハイライトがない。恐怖以外のなにものも感じ取れない。
「説明できないの?」
「えと……」
「鉈ってあったかしら?」
「そんなものどうする!」
「人って足首を切り落としても歩けるのかな? うふ」
「指を口にあてて、うふって言っても内容が怖いからやめて!」
「じゃぁ説明してくれる?」
んなこと言っても……説明しにくいしなぁ。それに深雪にバイトの一から十まで説明しないといけない義務もないだろ。
大体―――
「なんでこうまでして確認してくるんだ?」
兄妹のバイト先が気になるっていうのは分かる。俺も深雪がバイトを始めたとしたら、やはり気になるだろう。だけどここまでするっていうのは分からない。
その疑問を口にすると、深雪の表情がすっといつものものへと変わった。
深雪ちゃんは勝手に動いてくれるので楽しいです。
読んでいただいてありがとうございます。
ブックマーク&評価をぜひっ




