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ヴォーカロイドパニック  作者: たかさん
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昨夜の電話

いらっしゃいませ。

 事の発端は昨日の夜に遡る。

 時間は21時少し前。

 夕飯にだされた妹お手製「芯まで火が通ってないけど気合で食べてよね! 肉じゃが」を、シャリシャリいわせながら食べ終わり、俺の当番だった洗い物をおわらせ、先にお風呂に特攻していったジャガイモ生煮え娘のご帰還を、居間のソファでタレントがクイズに答えて100万円をもらうという番組を見るともなしに見ながら待っていたときだった。

 最近のクイズ番組はいかに正確に答えるかではなく、いかにナチュラルに間違えて笑いを誘うかがメインになっている気がする。これでいいのか?などとぼんやり考えていたら、

 

 リリリリリリン


 と、少し遠くのほうから昔懐かしい(といっても実物はしらないけど)黒電話の呼び出し音が聞こえてきた。

 家の電話ではなく、部屋に置いてある俺のスマホの呼び出し音だ。

 もう型落ちになって久しいマイスマホは電池の減り方が激しい。

 なので外から帰ってきたら一度充電しなくてはならないので、手元に置かず部屋に置いてあるのだ。

 自慢ではないがそんなに友人は多いほうではない。

 それでも電話をする相手くらいはいる。

 妹や両親、あと幾人かの友人。ただ、こんな時間にかけてくる相手ともなれば絞られる。

 むしろ今時RINEで連絡せず、家電でもなく、スマホに電話を掛けてくるやつはアイツしかいない。

 だとすると急ぐ必要はない。

 のろのろとソファから立ち上がり自室へと向かう。

 少し面倒くさいせいか、自然と動きが緩慢になってしまう。


 リリリリリリン


 自室の前につき戸をあけると、呼び出し音がよりいっそう大きく聞こえてきた。まるで「はやくでやがれ!」とせかされているようだ。

 はいはい、今出ますよ。

 部屋の明かりをつけ中に入り、机のうえに置いてある充電器からスマホを掴み取った。

 表示された名前は春一………やっぱりね。


「もしもし?」


『おれだ』


 プツッ

 おっといけない、いけない。

 手が自然と通話終了のボタンをおしちまったぜ。

 我ながら無駄のない流れるような動作だった。

 聞こえてきた声は春一に間違いない。しかしいまどき型どおり「おれだ」とか言って電話してくるとは、詐欺が横行している中なかなかに勇気があるやつだ。


 リリリリリリン


 そんなことを考えていると、右手に握っていたスマホが再び鳴り出した。心なしか、いきなり切ったことを抗議しているように聞こえる。

 俺は握っているスマホの、表側にある小さい液晶に視線を落とした。

 春一。

 うん、さっき見た。

 でもなんだかいやな予感がするんだよなぁ。なにかに巻き込まれそうな……面倒なことになりそうな予感だ。

 一瞬だがこのまま放置してしまおうか、とかいう考えも浮かんできた。

 本当にそれができれば苦労しないのだけどね。

 俺はあきらめて通話ボタンをスライドさせる。


「もしもし?」


『マコ、なぜ切る?』


「ああ、悪い。オレオレ詐欺かと思った」


『それにしては判断が早かったように思えるが……まぁいい。明日暇か?』


「国会演説する予定がある」


『どういう立場でだ?』


「それを聞いたらヤラれるぞ」


『心配ない。特殊な攻撃ではオレは死なん』


 普通の攻撃で死ぬじゃん。


「まぁ、とりあえず予定ははいってないけど?」


『すこし買い物を手伝ってくれ』


「買い物? 服とか? あ、本か?」


 かさばるものの荷物もちのヘルプかな。


『いや、限定版のソフトを買おうと思うのだが、種類が2つあるのに、お一人様1本のみの販売なのだ』


 春一はゲームや漫画・アニメなどの趣味をもっている、いわゆるオタクだ。

この「オタク」という言葉、昔ほどではないけど今でも抵抗をもつ人がそれなりにいるらしい。だけど俺自身はそんなに抵抗を感じない。「オタク」は言い換えると「その分野を趣味にもち、なおかつ精通している」にもなると思う。バイクが好きすぎるぜ! っていうひとは「バイクオタク」になるだろうし、ありとあらゆるダイエットを試してみた! という人は「ダイエットオタク」になるんじゃないだろうか? であれば他の人よりも「好きで、よく知っている」という意味で、オタクを嫌厭する理由はないと思う。事実、外国では「オタク」は尊敬されているって聞いたことあるしね。

 ちなみに俺もオタクって領域まではいかないけど、漫画やゲームはする。いままで春一から借りてハマッたゲームや漫画もあった。それでもこいつほどのめりこみはしてないけど。

 だからソフトの限定版と聞いて、ゲームを買いに行く、という想像が浮かぶ。


「ゲームか?」


 確信をもった問いかけ。

だが春一は、


『いや、ゲームじゃない。PCのソフトなのだが』


 と俺の言葉を否定した。

 ゲームじゃない?


「エクセルとか、そういうのじゃないよな?」


 ああいうのはほとんどダウンロード式になったはずだけど。

 というかビジネスソフトに限定版とかないか。


『エクセルの限定版があったら、逆の意味でも気になるが』


 だよな。


『買うのは初○ミクだ』


「は?」


『まさか知らないのか?』


「いや、そりゃ知ってる」


 知ってはいるけど……。


「いまさら限定版?」


 そう、初○ミクは発売されてからかなりの年数が経っている。その間新しくヴォーカロイド(ヴォーカルとアンドロイドをもじったらしい)の音楽ソフトはいくつも発売されているはずだ。その系統での新作というのならわかるが、初○ミクの限定版などというのがいまさら出るのだろうか?

 その疑問を春一にぶつけると、


『厳密にいえばメーカーからでる限定版ではない。今度駅前にオープンするパソコンショップが、開店の売りの一つとして、初音○ク以下の歌姫たちがセットになった限定版セットというのを売り出すらしい。ソフトだけではなくマウスパッドとマウス、スティックポスターとクリアファイル、説明本のセットだな。グッズは今回のために描き下ろし、しかも音声サンプルの声優のサイン付きときた。これは買うべきだろう』


 と教えてくれた。

 なるほど。小売店が独自につくったセットというわけだ。

 それでも俺には「いまさら」と思うけど。


『グッズの絵柄が2種。だが1人1つ限りで俺一人では2つは買えないわけだ。そこでいくみに崇高なる使命を下してやろうと』


「つまるところ、俺にもう1セット代わりに買えというわけか」


『さすがだ。みなまでいわずとも理解するとは』


 普通は分かるとおもうけどな。

 まぁ、用件はわかった。

 面倒なのでできれば断りたいが、俺の意見が通ると思わない。悲しいことだけど……押し切られる自信がある。

 だとすれば受けることを前提に、なにか交換条件をだしたほうが賢い。


「別にかまわないけど、昼飯ぐらいはおごれよ」


『無論、ただしファミレスで』


 ソフトを2本買うぐらいだから手持ちは少なくなるだろう。しかも普通のソフトよりも単価が高い。バイト代をすべて趣味に費やしている春一だからこそ実行できるのだろうけど、俺には無理だ。


「それでいいや。で、何時に?」


『売り出しは午後2時からで、そんなに並ぶことはないと思うが、多少早めに行こうかと思う。十二時に待ち合わせれば、先にファミレスに寄ってから間に合うだろう。待ち合わせるの小倉の家出少年のベンチでいいか?』


 家出少年とは九州が輩出した有名漫画家さんの作品に出てきたキャラクターだ。機械の身体を探すために宇宙を走る列車に乗った、あれである。その漫画家さんの作品にでてくるキャラクター像が駅近くに点在し、観光の目的としても役に立っていた。モノレールにも大きくプリントされていたりする。

 あそこで待ち合わせというと、


「店はサブカルシティ?」


『うむ』


 なるほど。

 数年前に空きファッションビルをまるごとサブカルの聖地にしたのがサブカルシティだ。

 有名アニメショップやゲームセンター、グッズのお店や中古販売店、カードショップやメイドカフェもある。


『すまんな。金銭的な余裕があれば自宅へ招待し――』


「いやメイドカフェはいい」


 興味がないわけではないけど、恥ずかしくて食べれない気がする。


『そうか?』


「そうだ。まぁ、わかった。じゃぁ、明日12時に」


『たのむ。相変わらず可愛い声だな。携帯じゃなければ深雪ちゃんと間違えるぞ』


「うるさい。声のことは言うなっ」


 そう、この女の子みたいな声は、自分の嫌いな特長のひとつだ。どういうわけか俺は変声期というものを迎えられなかった。いや、かなーり遅い変声期というのが来ることを、自分では期待してるんだけど、今のところそういう予兆は感じられない。背が低いこと、声がこんな声であるということ、女顔であるということで、性別を間違えられるということが稀に……けっこうあるかもしれない。ちゃんとついてるものはついてるのに……


『悪い。ではそういうことで、よろしくたのんだ』


「ほいほい」


 そう会話を締めくくり、携帯を閉じて机のうえへ置く。

 ソフト買うだけだし、そんなにかからないだろうな。

 ついでに俺もなにか見ようかな。

 何か買うものあったかな……

 そんなこと考えていたら、廊下のほうから聞きなれた音楽が聞こえてきた。

 ああ、9時か……

 聞こえてきたのは廊下に備え付けている壁掛け時計の音楽。

 文字盤の3,6,9,12に短針がくると鳴るようにできている。


「マコくんー!お風呂あいたー」


 音楽にかぶせるようにして、妹の俺を呼ぶ声が聞こえてくる。


「わかったー」


 俺は返事をしながら着替えをタンスから取り出し、浴室へと足を向けた。 


読んでいただいてありがとうございます。

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