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第5話【逃げ恥】

「じゃあ今日の授業はここまでで。代議委員、号令」

 チャイムはまだだが、平松(ひらまつ)先生は号令を求める。授業中もチラチラ時計を気にしていた、おそらく早く帰りたいのだろう。

「 起立!」

ガラガラガラッ。代議委員の大口(おおぐち)君の号令にクラスの全員が立ち上がる。

「気をつけ! 礼!」

「「「ありがとうございました!」」」


 ようやく終わったな……授業開始となる今日は始業式から始まり九十分授業を二回、昼休憩をはさんで午後から更に二回、計四回の授業があった。

 初日だからと高を括っていたが、ガイダンスだけなんて事はなくがっつり授業を進められた。やはり偏差値六四は伊達じゃないようだ。

 一日の授業が全て終わったという事実にどっと疲れが押し寄せ、たまらず机に寝そべる。

 うつ伏せのまま教室の中を見渡すと、帰り仕度をする人、体操服に着替え始める人、周囲の人と話し始める人、様々だ。かく言うボクは予定通り部活見学を目論んでいた。

 ただ、ボクには一緒に行こうなんて誘える人は居ない。いや、誘う度胸がないのだ。もし誘って断られるとショックだし、それ以降もう二度と話しかけることが出来なくなってしまいそうだからだ……変にリスクを取るくらいなら一人で行く方が良い、ボクはそう結論付けていた。

 そんな言い訳もあって、今日は一人もクラスメイトと会話をしていない。話しかけるチャンスは何度もあったのに……

 休憩時間は最近人気のスマホアプリ『パズル&ドラゴンズマジック』通称パズドマがあるためさして問題はない。高専は遠方からの通学者が多いため、スマホはオールフリーなのだ。

 スマホを使っても良いという事は、『休憩時間に話しかけようとしてもスマホに集中してるから話しかけられない現象』が多発するのだ。多発したのだ……

 もう無理に話さなくてよくないか。一度逃げ腰になると楽な方に逃げてしまいたくなる。これ以上考えるのは危なそうなので、クラス内の友達作りに関しては明日以降考える事にする。


 とりあえず、行くか。机に張り付いていては何も始まらない。授業の疲れはあるが、その分部活への期待も大きい。ボクは荷物を片付け教室を出る。行き先はもちろんロボコン部だ。


 ボクは中学生の時から、高専に入ったらロボコン部に入部する事を決めていたのだ。







 中学三年の秋。ボクは高校選びに迷っていた。取り立てて明確な夢や目標があるわけじゃなかったため、とりあえず公立高校を受けようと考えていた。

 そんなボクはふと付けたテレビを見て震え上がった。


 『高専ロボコン』

全国の高専生がそれぞれ製作したロボットを使って競技に挑み、競技をこなす精度やスピードを競うコンテストだ。


 テレビの向こうには、自分とさして歳の変わらない学生が、人が乗り込めるほど大きくて複雑な構造のロボットを操り、それぞれのロボの性能を競い合っていた。

 高校生にもこんなものを作れるのかと、当時のボクは釘付けになった。


 その翌月、中学校で行われた大和高専の学校説明会で『就職率九九・九%』という謳い文句を聞いて決心した。


 ボクはこの学校に行く。高専のロボコン部でロボットを作り、全国のすごい奴らと戦いたいと思った。それまでは人と競う事に大して興味はなかったが、やはりボクも日本男児、戦いを求めるのは本能なのだろう。それに就職難のこのご時世に、企業への就職がほぼ確実というおまけ付きだ。

 意思の固まったボクは、それから面接や小論文の練習を重ね、推薦入試を受けるが受からず。必死こいて過去問を解きまくってなんとか一般入試で合格した。


 推薦入試で一度落ちた後も一般の勉強を頑張れたのは、間違いなくロボコンへの強い憧れがあったからだ。







 ボクはロボコン部と書かれた部屋の前で息を整える。ようやく、ようやくだ! ここからボクの戦いが始まる。チームで作りあげたロボットを操り、全国の高専生との熱いバトルを繰り広げる。ロボットに青春を捧げる高専生活が。


「君、もしかして新入生?」

 不意に後ろから声をかけられギョッとなる。しかし、このパターンはおそらく……期待と共に振り向くと、そこには赤と黒のチェックシャツに青いデニムを着た眼鏡の先輩がこちらの様子を伺っていた。

「は、はいっ。ロボコンに、興味があって……」

 うっ。少し言いよどんではしまったが言いたいことは言えた。おそらく、いやほぼ間違いなくこの人はロボコン部の先輩だろう。

「あーそうなんだ! うち、キツイけどついて来れる自信ある??」

「そ、そうなんですか……?」

 予想外の質問をされてボクは思わず聞き返してしまう。


 先輩は心なしかドヤ顔になり畳み掛けるように話を続ける。

 「そりゃあね、平日はもちろん土日も毎日夜七時か八時位までやってるよ。夏休みも冬休みも毎日やってて、お盆も正月も休みなし。大会前は特に忙しくて、部室に泊まり込みでやってるやつなんかもいるよ。それでもついて来れるやつじゃないと入ってもしんどいと思うよ?」

 口元には笑みを浮かべているように見えるが目が笑っていない。まるで軽い気持ちで入って辞める位なら最初から入るなと言わんばかりの口ぶりだ。


 なんか、思ってたのと違う。それがボクの率直な感想だった。ロボコン部は何かを作る事が大好きな人達が集まって、互いにアイデアを出しながら良いものを生み出していく場所だと思っていた。製作と改良に直向きに取り組む人達の集まりなのだと。しかしなんだろう、この人からは黒い感情を感じてしまう。何よりちっとも幸せそうじゃない。むしろ休みが欲しい、自由な時間が欲しい、そんな感情さえ透けて見えてくるようだ……


 ボクは顔に手を当てて少し考え始めた。ボクはこのロボコン部に入るために高専に来たと言っても過言ではない。確かに青春の日々をここに注ごうと思っていた。

 しかし、休みがないとなると話は別だ。ボクは勉強も部活も私生活も充実させて、明るく楽しい温かい家庭を築ける男になりたいんだ。ここにいては社畜精神は身につくかもしれないが、温かい家庭とは程遠いマインドが染み付いてしまう気がする……


「まあとりあえず部室入る?」

考え込むボクに痺れを切らしたのか、先輩は首を傾げて中に入る事を提案する。しかしボクの中で答えは出ていた。

 ここじゃない。ロボコン部はボクの悲願を達成するためにベストな環境ではないと悟った。

 ただ、中三のあの頃からロボコンに出る事を願い続けていた自分もいる……もしここで入らなかったら、高専に来た意味を見失い後悔するかもしれない。

 だけど。ボクは決心し、心の中で唱えた。




 【逃げるは恥だが役に立つ】




 その瞬間、自分の中の何かが吹っ切れた。これは戦略的撤退であると確信したのだ。

 理想と現実が違うことなんて良くあることだ。なんか違うなと感じたのなら、逃げてしまっていい。別にロボコン部に入らなくても死にはしないのだから。

 こういう時に一番怖い事は視野が狭くなって選択肢が見えなくなる事だ。悩んだ時は選択肢を増やす、中学時代に得た教訓の内の一つだ。


 なんにせよロボコン部に入らない決心はついた。そうと決まれば早々にここは立ち去るべきだろう。ボクは先輩の方を向いて深々と頭を下げながら叫んだ。

「し、失礼しましたー!!!」

 ボクは先輩と目を合わせないように早足でその場を後にする。

「え、ちょ、君!」

 予想外の逃走に、先輩は思わず呼び止める。しかし一度歩き出したボクの足はもう止まらない。

 ボクは先輩からの呼びかけを無視して全力で走った。もうあの先輩から話しかけられないように、もうロボコン部の人から話しかけられないように……


 こうしてボクは入学の決め手になったロボコン部を『休みがない』というたった一つの、しかしとても切実で重大な問題を受けて、入部しない事を決意したのだった。

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