天気雨のち曇
俺は今日、犯罪者になった。
犯罪者と言っても殺人とかそういう大きな事ではなく、小さな罪を犯してしまった。
罪の内容は痴漢だ。もちろん罪を犯したのは俺なのだが、俺の意見も聞いてほしい。俺は極度なロリコンだ。年齢問わず、見た目が幼ければ構わない。
人生に優しい全年齢対象ってやつかな?
俺は学校に行くため、小学校の近くの道を通ってバス停に向かっていたのだがそこで小1ぐらいのかわい子ちゃんを見つけた。
早速顔を触らせてもらった。誰もが頬を伸ばしてみたいと思うはずだ。
みにょーん。びよーん。
「あぁ…柔らかい。癒しだ。」
ばちん!
女の子は俺の手を振り払った。
「やめてくださいよ!痴漢ですよ!訴えますよ!」
怒るこの子…可愛い過ぎる…!
そう心に油断があったのは一瞬だった。
バス停の見回りにいた小学校教師に見つかり俺は女の子と共に小学校に連行された。
「あなたお名前は?」
「はい、八木澤 狼です。」
「バス停で友子ちゃんに何してたの?」
女の子の名前は友子ちゃんと言うらしい。
「別にやましいことは何もしていませんよ。ただゴミを取っていてあげていただけです。」
俺は流石に高校生が小学生への痴漢事件として報道されることを恐れ、誤魔化すことにした。
「卑怯者!!!」
友子ちゃんは耳元で鼓膜が破れるかと言うほど大声で叫び出した。
まぁロリっ子に痛めつけらるのはご褒美だけどね。
「あなた柔らかいとか癒しだとか言っていたじゃないですか!本当のこと言ってください!」
友子ちゃんは今にも泣きそうな顔になっていた。
そこまで傷つけてしまったのか…。
しかし、バレれば人生が終わる。
以降も嘘の供述を続けていたその時だった。友子ちゃんが泣き崩れた。
「嘘でもいいから罪を認めてくださいよ…。そうすれば…私が…。」
そう言い友子ちゃんは1階だった為、窓ガラスを割り、そこから逃げ出してしまった。
俺はどうすれば良いのか分からなくなり、その場に立ち尽くしてしまった。
「何ぼーっとしている、少年!さっさと後を追え!!好きだから触ったのだろう?それなら今、汚名返上の時じゃないか!さぁ、追うんだ!お前のロリっ子愛はそんなものか!」
いきなり教師が叫んだ。さっきまで俺を敵対していた教師が俺の背中を押してくれた。
「そうだな、そうだよな!ロリ神様は俺を見捨てなかったか!ありがとう教師!お前の言葉忘れないぜ!」
「おう!夢(ロリっ子)をその手で掴め!」
俺は教師と握手を交わし、友子の残した足跡を辿り全力疾走で追いかけた。
俺は風を切って走った。全力で走った。目の前に友子を視界に捉えた。
俺はもう犯罪を犯さない。今回が最初で最後の犯罪だ。だからもう終わりにする。
遂に真後ろに追いついた。もう逃がさない。思いっきり両腕で抱きしめた。
「友子ちゃん見っけ。捕まえた。」
友子ちゃんを抱き抱えた。ちいさなからだは高校生である俺のからだにベストフィットだ。抱っこしたまま顔を向かい合わせた。友子ちゃんの瞳には涙が浮かんでいる。
「急にどうしちゃったのキミィ」
あ、やばい。気が動転して変な呼び方をしてしまった。ま、まぁいいか...
「大丈夫?ガラスでケガとかしてない?」
こく、こく、と頷く友子ちゃん。嗚呼かわゆす。
「落ち着いたらでいいから話してくれる?」
「ぅん」
おぅふ。この少女の一挙手一投足に心が打ち震えるのを感じた。
とりあえず友子ちゃんをおろし、落ち着くのを待つ。そうして待つこと数分。天気雨が降り出した。しかし、友子ちゃんが動き出す様子はない。ようやく落ち着きを取り戻した友子ちゃんが口を開いた。
「すみません...2人で話すにはこれしか思いつかなくて。」
はい...?困惑する俺を他所に話を続けてゆく。
「実は私、家出をしたいんです。でも小学生1人じゃ家出なんて出来なくて...だから!あなたの家に住ませていただきたいんです!あなたなら私を過保護に大切にしてくれそうだし...」
「イエスユアハイネス!オールハイル幼女!大切にします!一生大切にします!...と、言いたいところなんだけどさ、それはちょっと難しいかも」
目の前にいる大天使トモコエルはしょんぼりしているように見えた。その瞬間俺のからだに衝撃が走る。
「で、でも!お兄さんならぁ本当は難しくないんじゃないんですかぁ?」
友子ちゃんが背伸びしながら体をスリスリしてきたのだ。俺にこの魅力に抗う力はない。
「はいそうです!簡単ですともっ!」
あぁ、やってしまった。もう軌道修正なんてできっこない。そう思い友子ちゃんの顔を見た。その瞬間身が総毛立つ感覚を覚えた。今では可愛らしい笑顔で喜んでいるが、返事をしたその瞬間、瞬きの間にもみたないほどの短い間だけニヤリと笑う顔がそこにあったからだ。
天気雨の中、俺と友子ちゃんは俺が持参している折り畳み傘で歩道を歩いている。そう、相合傘である。相合傘である。
結局高校には行くにと行けず、俺の家へと向かうこととなった。もちろん友子ちゃんを小学校に送り返そうとは思った。しかし、それはもう手遅れだった。
「ちょっと! なんで窓が割れているんですか!?」黒髪の女性(おそらく教師)が先程のロリの有志者である男子教師を叱責していた。
「……青春、ですかね」
「何を言っているんですか! 子供たちが怪我をしたらどう責任を」
「責任は、私が持ちましょう。彼の夢の、その実現のために私は糧となりましょう」
「……いつもの気さくで優しい先生はどこに行ったんですか……?」
「私はいつも通りですよ」
というやり取りが、先程友子が飛び出した割れた窓の前で繰り広げられていた。どうやら二人の間には相互不理解なものがあるようだ。
俺と友子はそれを校門の影から見ていたのだが、男子教師の勇姿はありありと俺に伝わってきた。
「ねぇ友子ちゃん。あの先生の名前って知ってる?」
「んふぅ〜? 知らなぁーい」
「……なんか機嫌良さそう?」
友子ちゃんは無邪気な笑顔で割れた窓ガラスの前を見ていた。今この瞬間をフィルムに収められれば、ルーヴル美術館にあるどの絵画よりも素晴らしい写真となるのに……俺は今、カメラを持ち合わせて……いなかった。この瞬間を捉えられないなんて、世界の損失だ、それさえあれば人は醜く戦争なんてしないのに。
「ね、ね、お兄ちゃんっ。お家、いこ!」
っぐぅあ! お兄ちゃん……だと……世界にこれほどまで素晴らしい響きのする言葉があるだろうか。あぁ、空気がその振動に喜んでいるみたいだ。もしかするとこの天気雨は世界が友子ちゃんの存在に喝采しているのかも。そしてその尊さに泣いているのだ。
「……そ、そうだね。お兄ちゃんが連れて行ってあげるよ。うん、お兄ちゃんがね」
「……?」可愛らしく小首を傾げる友子ちゃん「ぅん。お兄ちゃんが、私を連れていくの」
「んぐぅっ……も、もう1回」
「お兄ちゃん?」
「……んぁぁ」
「ぉ兄ちゃん」
「………っ!」
「お兄ちゃん!」
「あ、うん何? 友子ちゃん」危ない……うっかり妹属性の深淵を除くところだったぜ。まぁ覗いてもいいんですけどむしろ覗きたいですけど!
「ぁのね、友子ね、お腹空いちゃったの」お腹をさすって俺の袖を小さく引く友子ちゃん。
じゃあどこで食べよっか。俺がそう聞くと友子ちゃんは肘をピンと張って近くにあったコンビニを指した。
俺に異論などあるわけがなく、二人で店内へと入った。傘を振るって傘立てに置く。傘立てには俺が置いた1本しかなく、同様に店内には俺と友子ちゃん。あとおじゃま虫というか店員がいた。
「あ、これ! 私、これ食べたい!」
目を友子ちゃんに向ける(ずっと向けてるけど)。友子ちゃんはレジ横のhotケースをキラキラとした目で見上げていた。
「んー、どれど……れ?」友子ちゃんが指さしているものを見て俺は愕然とした。「え、これ?」
「そぉこれ! からあげぼー」
「……こっちは? こっちのフライドチキンは」俺は友子ちゃんの顔色を伺いながら、唐揚げ棒の隣を指さす。
「え、」それを見て友子ちゃんが顔をひしゃげた。「フライドチキンなんて邪道だよ」
その声は先程までの猫なで声と違って、知的な色が混じっていた。ないない、と友子ちゃんがかぶりを振る。
「唐揚げ棒のほうが邪道だよ。フライドチキン一択」
「お兄さん舌おかしいよ。あ、味覚麻痺しちゃってる人なの?」
「……友子ちゃんはまだ子供だからわからないんだよ」フライドチキンの方が絶対いいよ、と俺は強く勧める。
堂々巡りなやり取りをしていると、レジに立っていた店員から、どちらの商品に致しますか、と苦情をされた。結局俺は2つずつ買って食べ比べをしてみた。「……悔しいけど、美味いな」と俺。「おいしぃー」と友子ちゃん。
そのまま俺の家へと向かっていると友子ちゃんが「荷物取りに行きたい」と言ったので、目的地を変更して、友子ちゃんの家へと向かう。それは案外近くにあった。ものの二分でとある一軒の家に友子ちゃんが立ち止まる。表札には森、と掘られていた。森 友子 森 友子 森 友子。胸の深いところにその3文字を目の前の表札のように深く刻み込む。
「お兄ちゃんもおいで」
「わかった」即決だった。コンマ1秒の隙間もなかった。
友子ちゃんの家は一般的な住居だった。玄関には着せ替え人形の靴みたいに小さく可愛らしい靴がいつくか置いてあった。家からは友子ちゃんの匂いによく似た未成熟な淡い匂いがする。草原に一人立っているような穏やかな気分にその匂いはさせてくれた。
「部屋に行くからお兄ちゃんはリビングで待っててね」
そう言いながら友子ちゃんは階段を登って行った。余分の肉のついていない細く白い足が目の前を通りすぎていく。柔らかそうで触れれば折れそうな太ももや、小ぶりな膝裏が資格を通って脳裏に焼き付く。
「これは……とんだ掘り出し物だぞ……」
言われた通りリビング、もとい宝物庫に入った俺はその情景に思わずそうこぼした。
リビングには友子ちゃんの写真がたくさん飾られていた。持ち帰りたい。小学校前にいる友子ちゃん。雪で遊ぶ友子ちゃん。傘をさして雨の中にいる友子ちゃん。黄色いカッパで雨を笑顔で浴びる友子ちゃん。キャミソール姿でアイスをかじる友子ちゃん。プールで遊ぶ水着姿の友子ちゃん。
その一枚一枚の絶景を脳に焼きつける。
リビングに飾られた写真をほぼ全て舐め回s……穿つように見つめてた。知恵熱か、興奮によるものか俺は少し火照っていた。そして俺は更に脳に負荷をかけるように一枚一枚を鮮明に思い出していく。そしてひとつの違和感に気がついた。
「……なんで“今の友子ちゃん”の写真しかないんだ?」
それは不思議だった。プールの写真が計11枚。そのどれもが着ている水着が違っていた。カッパや傘も同様に違うものが写っていた。
「これは……どういうことだ」
思わず悩み声をあげると、その声に答えが返ってきた。
「あーあ……気づいちゃったか」
輪郭のない声だった。それはいくつもの声が折り重なっているように聞こえた。それは獣の鳴き声のようにも聞こえた。
振り向くとそこには友子ちゃんがいた。他には誰もいない。友子ちゃんがなにかスピーカーのようなものを持っている気配もない。
「友子……ちゃ、ん」
「もう演技はやめようかな……楽しかったけど、しょぉーがないよねぇ」ノイズが走ったような音が言語という形を不安定に保ち、友子ちゃんの口から、喉から響く。
そして俺は幻影を見た。パノラマ写真の中にたった1つ全く異なった映像を挟み込んだようなものだ。
──友子ちゃんの背後に大きな狐の影を見た。
「う、うぁああ!!」
俺の耳は、情けない声と床に腰を打ちつけた音が最後に捉えた。
「──お兄さんはさ……“狐の嫁入り”って知ってるかな。空は晴れているのに雨が降っている。まるで狐に化かされているようだ。なんて、昔の人は言ってたけど……本当のところは違うんだ」
窓を叩いていた雨の音が止む。
そういえば、どこかの少年はいつから雨を認識していなかっただろうか。
空にかかっていた虹が掻き消えるように、少年の心を乱した愛らしい小学生の姿が無くなる。そこには、大きな狐と古びた寺があった。
「狐の嫁入りはね」狐の声が言語として空気を震わせる。空気が化かされる。「我々狐が唯一化けることのできる時間を指すんだ。化けて、騙して、夫を手に入れる。我々の狩りは雨天決行される」