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プロローグ
私は言葉というものを知らなかった。
保護された時も、私は自分の名前すら言えなかった為か当時は何らかの心因性による記憶喪失だと診断された。
そんな私を引き取ってくれた施設の人たちは優しく、根気強く日本語を教えてくれた。おかげで私は何不自由ない暮らしを手に入れることが、今の社会的地位まで上り詰めることができたのだ。
生活水準としては一般よりは上の部類だろう。
過去私が言葉も知らない非常識な子供だったなど今の友人知人に話しても誰も信じないだろうな。
施設は土地開発などの理由により閉鎖された。その後施設長だった男の養子になり生きてきたが、その義父も数年前息を引き取り障害孤独の身になった。
だから、よかったのだ。
今抱えている案件の事や引継ぎ、もうすぐある部下の結婚式に参加できない事が心残りだが、家族を残すわけではない。
死ぬタイミングとしては、上等だろう。
そうして私の意識は途切れた。
今後地球での名前は(多分)出てきません。