自分自身にとことん問い詰めてみる
「『夢を強く念じて、そのために行動し続ける』、それだけで、夢は叶う!」
「ケンジお兄ちゃん、なんか今すごいドヤ顔で言ったけど、なんかそれ、すごくアヤシイ……」
「なんで? どこが? ごく当たり前のことを言ったつもりなんだけど」
「えー、それだったら、『私がシンガソングライターになりたい』って強く念じてたら、それだけで夢がかなっちゃうわけじゃん。そんなわけないよ」
「正確に言うと、念じるだけじゃなくて、行動に移す必要があるけどな」
「私、ギターを練習したり、オリジナルの曲を作ったり、キャスで配信したり色々やってるよ。じゃあ、それを続けていればシンガソングライターになれるの?」
「うん、まあもう少し成功の法則を学ぶ必要はあるけど、おおむね間違いではないな」
「えー、そんなこと言ってたら歌手志望の人なんてネット上にいくらでもいるよ。私より歌が上手い人だってたくさんいるし。その人達も全員歌手になれるの?」
「うん、成功の法則を知れば、誰でもなれる」
「えーーー、なんかすごくアヤシイ。アヤシイ宗教みたい。もう少しためになることを言ってくれると思ってたのになあ」
「シンプルすぎてほとんどの人が気付いてないだけだよ。みんな物事を難しく考えすぎなんだ。例えばだけど、オレ、実はすでにシンガソングライターになるっていう夢をかなえてるぜ!」
「えっ、ケンジお兄ちゃんが!? うそーー、マジで!」
「オレも実はギターをやってて、オリジナル曲も数曲あるんだ。キャスもやってるし、スマホのアプリでオレが演奏した曲を聞いてもらうこともできるよ」
「えっ、ほんと!? じゃあアドレスを教えてよ」
ミコはケンジさんに教えてもらった通り、スマホの投稿アプリを操作しました。
しばらくして、ケンジさんがギターを奏でながら叫び歌う声がミコの部屋に響き渡りました。
「なんか、あの……、その……、うん、いいと思うよ」
ミコは必死にフォローしようとしましたが、上手く言葉が出てきませんでした。
投稿画面の「いいね」の数も、ミコが投稿しているものより、ずっと少ないようです。
「ケンジお兄ちゃん、ちなみにお兄ちゃんのキャスってどれくらいの人が聴きに来てくれるの?」
「ま、ネットで配信して同時に見てくれる人が、せいぜい二,三人ってとこだね」
「ふーーん。なんだ……私は同時に五十人くらいの人が聞いてくれたこともあるし、もう少しでツイッ◯ーのフォロワー数が千人行きそうなんだ」
「なんだよ。自慢かよ……じゃあ、それって立派なシンガソングライターじゃないか。じゃあもうミコちゃんの夢はかなってるね。じゃ、この話はおしまい」
ケンジさんはそう言って、席を立ってミコの部屋から出ていこうとしました。
「えっ! ちょっと待ってよ。シンガソングライターとして成功する秘訣を教えてくれるんじゃないの? 全然違うじゃん!」
「自分の思いを曲に乗せて、人に届ける。そしてその曲に感動したり勇気づけられた人がいる。それって、すでに立派なシンガソングライターだと思うけど」
「えーー、なによそれ。だってそんなんじゃ生活できないじゃん。もっとCDデビューしたり、武道館で歌ったりとかしたいよ」
「ふう……だから最初の話にもどるけど、どうしてCDデビューや武道館でライブしたりしたいの? 単にチヤホヤされたいの? それとも単にお金が欲しいの?」
「そ、そりゃあ、お金があったら好きな服もバッグも買えるし、みんなにチヤホヤされたいけど……」
「それだったら、会社で働いて、お金稼いで、美容とかにお金注ぎ込んだほうがみんなにチヤホヤされるんじゃない? ミコちゃんけっこう整った顔立ちしてるし」
「もう! またそうやってイジワルする! 私はせっかくならもっと多くの人に歌を届けたいの! もっと多くの人を勇気づけたり、笑ってもらったりしたいの!」
「うむ、『なぜ自分がその夢を目指すのか? 自分自身とことん問い詰めてみる』っていうのは大事なことなんだよ」
「えっ! でもなんかそれってキレイ事じゃない? みんな本心ではお金が欲しいとかみんなに認められたいって思ってるんじゃないかな?」
「それは大多数の、『成功してない大人』がよく考えることだね。『本当に成功している人』はもっと大きいビジョンを持っている。お金や名誉欲だけでモチベーションが続かないことをよくわかっているんだ。オレが今まで会ってきた素敵な経営者達はまさに大きな夢を抱いていたよ」
「本当かなあ……」
注)キャス……ネット上で動画や音声をリアルタイムで配信し、視聴者と音声でつながったり文字のコメントをもらうことができるコミュニケーションサービス。