大晦日の夜
誰も……私のことなんてわかってくれない。
どうせ……誰も……
これは、シンガーソングライターを目指す一人の女子高校生の物語。
二〇一七年。大晦日の夜。
とある地方都市の築二十年は超えていると思われる一軒家。
親戚同士が集まって、久々の思い出話に花が咲いています。
そして紅白歌合戦。
テレビの画面に映し出される、華やかなアーティスト達。
お酒に酔った大人たちの騒がしい声。
子どもたちのはしゃぎ声。
中高生はスマートフォン片手にうつむいてSNSをチェックしているか、ゲームに夢中。
その中で一人、高校生くらいの女の子がそっと立ち上がって、まるで周りの喧騒から脱出するかのように静かに廊下に出ました。この物語の主人公、高校二年生のミコです。
板の間を打つ足音がさみしく廊下に響き渡ります。
ミコがトイレへ行こうと廊下を進むと、ちょうど三十歳過ぎの背の高い男の人とすれ違いました。
「ミコちゃん、どうしたの? なんか元気がないみたいだけど」
従兄弟のケンジさん、いや、小さい頃はケンジお兄ちゃんと呼んでいたっけ。
「え? あ、あの……えーと……」
「何か、あった?」
この人なら、私のモヤモヤとした気持ち、わかってくれるかな。
「ちょうどよかった。オレ、コンビニに行こうと思ってたんだ。でも、久々にこの家に来たから場所がいまいちわかんなくて。よかったら案内してくれる?」
「う、うん」
ケンジお兄ちゃんは、有名な大学を卒業して、よくCMで見かけるような銀行に勤めていて、親戚からの評判もいいみたいです。
周りの大人みたいに、あんまりせかせかした感じがなくて、落ち着いた雰囲気。
品の良い紺色のウールのジャケットに、キレイに手入れされたスェードの革靴を履いた彼は、外に出るとゆっくりとミコの隣を歩いてくれました。
ミコはお気に入りの白いダッフルコートに、ふわふわの耳あてを身に着けていました。それでも十二月の夜はしんと寒いものです。
「最近の紅白歌合戦はなんかつまんないね。昔はもっと夢中になって観てた気がするんだけど。」
「うん、私もそんな気がする」
ミコとケンジさんはそんなとりとめのない話をしながら、師走の夜の街を歩いていました。
そして、ミコはぽつりぽつりと、自分の胸の中につかえていた思いを吐き出しました。
「なんかね……親も、私とお姉ちゃんや歳の近い従姉妹を比べたり、勉強しろってうるさいし……」
「うんうん、叔母さん、さっきもそんなことを言っていたね」
「ほんとは、私、勉強ニガテだし、大学なんて行きたくないんだ。それよりも、やりたいことがあるの……」
「ミコちゃんのやりたいこと? よかったら話してみて」
「私、本当は、シンガーソングライターになりたいの!」
それはミコが今夢中になっていることなのでした。空いた時間があればギターを練習したり、自分の考えた詩をノートにまとめたり、最近はネット上でライブ配信もしているのです。
「シンガーソングライター! ほう! それはすごい!」
ケンジさんは目を丸くしました。そして続けます。
「でも、ミコちゃんは、どうしてシンガーソングライターになりたいの?」
「あこがれのminaちゃんみたいに、可愛くてひたむきで、舞台で輝いている、そんな歌手、シンガソングライターになりたいの!」
「そうか、じゃあミコちゃんは、もし誰かお金持ちの人がミコちゃんのために舞台を用意してくれて、お化粧や綺麗な衣装でドレスアップして、歌うことができれば、それで満足なの?」
「そ、それは……もしそんな歌手になれたとしたらずっと歌い続けていたいと思うし、もっと色んな場所で歌ってみたいと思うし、テレビの音楽番組や雑誌の特集にも載ったりして……」
「じゃあ、もしテレビに出たり、雑誌の表紙を飾ったりが全てかなったら、それでシンガソングライターをやめてもいいの?」
「そ、そんなんじゃない……なんで、なんで……そんなイジワルな質問ばかりするの?」
さっきのお母さんに怒られた時の悔しい思い、スマートフォンをいじってばかりの同年代の従姉妹たちに囲まれてこのままでいいのかなという思い、そして信頼できるかなと思ったケンジさんに自分の夢を否定されたような気持ちになって、ミコの目からは涙があふれてきました。
でもケンジさんはそんなミコを見ても、静かに微笑みを保ったままなのです。
まるで、この状況を楽しんでいるみたいに。
「ひっ、ひっく……ケンジお兄ちゃんなんて、もう知らない!」
ミコはそう叫ぶと、涙を拭きながら夜の道を走り出してしまったのでした。
あとには、ぽつんと残されたケンジさん。
「ふう……やっちまったか……見どころありそうに思えたんだけどな……まあ、もうちょっと頑張ってくれるといいんだけど」
ケンジさんは少し残念そうな表情で、ゆっくりとした歩みでミコが走り去ったあとを追いかけるのでした。
作中のシンガーソングライターminaちゃんのことが気になる方は、私が書いた恋愛小説 『歌姫と銀行員』をご覧ください。