魔王陛下は前々から思っていたのだ
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小さなテーブルに向かい合う二人の人。しかしそのどちらにも、頭には羊のような巻いた角がついてある。
テーブルの上には、チェス盤が置いてあり、その戦局はどう転がるか検討もつかない。
「はぁ……俺、普通の平民に生まれたかったよ」
ため息を吐きながら、俺は黒の駒を一つ動かす。
「何を仰っているのですか、魔王陛下。貴方が退位したら、次は私ですよ。誰がそんな面倒なことをするものですか」
慇懃無礼な態度の目の前の男は、この魔国の宰相であり、俺の次の王としての位をもつ、イヴァンという奴だ。
「だって俺、元々は日本の庶民だったんだよ。柄じゃない、魔王陛下なんて」
「それは前世の話でしょう。それでしたら、私も元日本人で庶民ですよ」
そう……俺はこの異世界に転生してしまったのだ、魔王として。
この異世界は人間以外に、獣人、森人、地人、魔人といろんな種族が住んでいる。
そんな世界に俺は魔人、それも次期魔王として生まれ、現在は魔王をやっている。
チェスの相手をしてくれているイヴァンは俺の弟で、こいつも何の因果かもと日本人である。
この世界でもやはり人間は人間らしく、欲深く意地汚い。獣人や森人など、人間以外の種族を奴隷として扱っている。
それに、俺は前々から思っていたのだ。
「俺はさぁ……死にたくないんだよな」
「ほう……それは、そうですよね」
イヴァンは視線を、盤上から俺へ向ける。
「元日本人なら分かるだろ? どうして、毎回魔王側が負けるか」
「統率力の皆無ですね」
「このままじゃ、俺は死んでしまう。理不尽きまわりない魔王討伐とやらに……!!」
人間が治める聖セントリーズ王国では、暇さえあれば魔王討伐を掲げこの魔国に攻めいってくる。
あの国では魔人が悪で、病気や疫病に魔物の出没も全て俺らのせい、と言う大義名分で攻めてくる。
しかし、当たり前だが病気と疫病は俺らのせいなわけがないし、それ以前にあの国の環境衛生が悪すぎる。
俺が魔王になって一番始めにしたことは、環境衛生の改善と下水道の完備だった。お陰か、子どもの死亡率がかなり下がった。
魔物に関しては、俺ら魔国は大々的に討伐をしている。この国が滅んだら、一気に魔物が増えるのではないのかな。何せ強い魔物の殆どが魔国が討伐しているからだ。
長々と考えを並べたが、俺が何を言いたいかと言うと、あの国は魔国の土地を狙っているだけなんだ。
魔国には、希少度の高い金属が多くあるから。
「魔王陛下が亡くなられても、すぐに新たな魔王が立たれるので、魔国が無くなる心配はありませんね」
「おいっ。 元日本人仲間として、その言葉はどうなんだよ!?」
「分かっているではありませんか。毎回魔王討伐に来る勇者に殺られ続ける歴代魔王と歴代族長達。しかし、それでも今まで続いている理由がその次となる者が多くいるためでしょう。私の次にも、片手ほどはいるのですから」
「魔国は存続しても、俺が死ぬから」
「貴方の犠牲で、魔国は続いていく……それこそが、尊い犠牲というものですよ、魔王陛下」
「だから、俺は国の犠牲にはなりたくないんだよ。戦前の日本かよ」
日本で有名なあのRPGドラ○ンク○ストのように、俺は死にたくないんだよ。あの世界の魔王方のように、俺は悪いことしてないんだよ。
「俺……本気で魔国を一つにしようかな。だって、死にたくないもん」
「はぁ……頑張ってください。――チェックメイト」
油断をしていたら、イヴァンに俺のキングが取られてしまった。
イヴァンは妖艶な微笑みで、俺に言った。
「こんなふうに、死なないで下さいね。魔王陛下」
「縁起でもない」
そんな会話をして、その日は終わった。
――その一年後、魔国の反乱分子はなくなり、強固な国が出来上がった。
その日も何時かみたいに、イヴァンと二人でチェスをしていた。
「俺はさぁ……この魔国を平和な国にしたいんだよ」
「魔王陛下にも、愛国心が目覚めましたか。最近は勇者を送り返したみたいですし」
「だってさ、勇者一行があんなに弱いとは思わなかったんだよ。もっと、人間離れした奴かと」
「それは、魔国側が一纏まりになったお陰ですね。大体、勇者一行なんて、団体だから強いものの一対一に持ち込めたら、私たち魔人が負けるわけないですか」
一ヶ月前程に、勇者一行が来たのだ。俺たち魔国側はこの日のために、作戦を練りに練り、徹夜もして、この日に備えたのだ。
――寝不足のハイテンションになった人がかなり多かったが。
結局勝てたので、そこはよしとしよう。
そんな勇者という脅威が一旦去り、魔国に平和が訪れようとしていた。
「けどさ、なんで魔人は血の気が多いのかな。流血沙汰が多すぎて、魔国全体が平和とは言えないんだよ。周辺国には、野蛮な国で通っているし。だから、魔王討伐も無くならないんだよ」
「魔王陛下……まさか、日本と比べてはいないですよね」
「いやいや、日本と比べてたよ」
イヴァンが突然腕を振り上げ、テーブルの上を勢いよく叩く。チェスの駒が、ぐちゃぐちゃになってしまう。
「ああっ、何てことを。もしかしたら、俺の初勝利を納めれたかもしれないのに……」
「何のことでしょうかね」
俺はイヴァンを恨みがましい目で見るが、とうの本人は全く気にはしてない。
「魔王陛下。日本人は小学生の頃から、高度な教育が為されています。その中には、情操教育も含まれているのです。それが、道徳の授業なのですよ。高度な教育を受けてない魔人方にそれを求めるのは、酷な話ですよ」
「何気なく受けていた授業がそんなにいいものだったとは……俺、前世でもっとしっかり学べば良かった」
「後悔先にたたず。ですね」
「ああ、本当にそうだね。イヴァン」
俺はその時思いだしたのだ。ここには元教師がいると。
「イヴァン。お前、日本で教師していたよな」
「確かに、小学校から中学生高校と教員免許は持っていましたね。――ハッ、まさかっ!?」
「日本の教育課程をそのままこの魔国にも取り入れよう。さらに丁度よく、俺は日本で弁護士をしていた。法律関係は得意だ。――いいや、もうこの魔国、異世界の日本化してしまえ!!」
「……そんなに簡単にいくものですかね」
イヴァンは、呆れた目で俺を見てくる。
それに俺は前々から、思っていたのだ。
「この魔国名前からして、駄目なんだよ。魔が付いてるから、先入観で悪いイメージがつきやすいんだよ。血から智へ、魔国は学問の国にしてやるぜ」
「いや、そういう問題ではないと思いますよ」
「この魔国、改名する。ニュージャパンでどうだ」
「魔王陛下、それは安易すぎます」
「この際、魔王制も廃止して、議員内閣制にしようかな。前々から言っていたけど俺、魔王なんて向いてないし、やりたくないし。議員内閣制だったら、色んな種族の意見も通りやすくなるだろう。まっ、一番は俺が魔王したくないだけだけど」
「私もしたくありませんし、その意見賛成です。では、今からでも取りかかりましょうか」
「その通りだね、ニュージャパンここに誕生!!」
そうして、二人は執務室に消えてった。
最後の魔王と呼ばれる、レイ・ハンティートは多くの業績を持っている。
魔王に就任直後、環境衛生を改善し下水道を整備した。その後、死亡率が大幅に減少した。
次に魔王レイは、魔国を真の意味で一つに纏め上げ、初めて勇者を退けた。
その数年後、多くの反対が最初こそあったが、最後には殆どが賛成で、魔王制を廃止し、魔国はニュージャパンと改名を果たした。
元々、庶民と貴族の差が人間の国と違いあまり無かったのが幸いし、特権階級の廃止はすんなり通った。
ニュージャパンに改名するにあたって法も整備され、新たな制度も出来上がった。
魔王レイは多くの民からの声で、初代首相となった。
初代首相になって、一番に始めたことは、奴隷解放だった。
多くの森人、地人、獣人を解放し、解放した元奴隷をニュージャパンに受け入れた。
差別もなく、貴族などの特権階級もない、平和な国が作られた。
奴隷解放後、最後の魔王レイは友達と科学や医療、工業に紡績技術など色んな新たなる技術をもたらし、多くのニュージャパンの発展をもたらした。
あれから二百年経つ今現在では、野蛮な国のイメージが強かった我が国は、学問と技術の最先端の国といて今は世界のトップに立っている。
その礎を築いた最後の魔王レイを讃え人々はこう呼ぶ――改革王と。
ちょっとした改革王の小話だが、改革王はよく「お前も日本人か」という言葉を言っていたらしい。
その言葉を受けた方は例外なく、改革王の友となられ、新たなる技術を作り上げた一人となられた。
我々、研究者の一番の謎は「お前も日本人か」だが、今のところ誰と一人としてその意味に気付いたものはいない。
【最後の魔王、改革王の歴史】より