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8 コンサート後

 


「カエ、どこいたの! 楽器出しっ放し!」


 ナズナが怒りながら駆け寄ってきた所で、後ろの彼に気付く。彼が会釈したみたいで、ナズナも軽く頭を下げた。


「カエ、もしかして」

「うん。来てくれた」

「! やったじゃん!」

「し、しーっ」


 なんとなく気恥ずかしくて口をふさごうとする。


「大丈夫、もう彼、出て行ったよっ」

「そ、そう」

「んで? どうなったの?」

「あ……表のベンチでまってくれる」

「まじで!! カエ、早く着替えてきなって!!」

「う、うん、ナズナちゃん……」

「分かってる、打ち上げ行かない理由はテキトーに言っとくから」

「ありがとう」

「そのかわり、今日帰ったら報告!」

「わ、わかった」

「彼のケーバンゲットする事!」

「うん」

「名前もよ、カエ! マストでよ!」

「わかった、わかったから」


 ふーーーとお互いの目を見る。

 ナズナちゃんの大きな目がキラキラしてる。


「よし、いってこい!」


 バシーンと背中を叩かれて走り出した。

 ロングスカートが足に絡まって、つんのめりそうになりながら。






 楽屋口から、お疲れ様でした、と声を掛けて出る。

 楽器を身体に寄せてあまり揺らさないように走った。全力疾走は出来ないけれど、なるべく早く。


 中庭を通り、ホールの正面玄関まで来て向かいの壁にいくつかあるベンチを探す。

 居た……

 たたっと近付く。


「お疲れ」

「はい」

「……座れば?」

「は、はいっ」


 カエが大人一人分空けて座った。

 ショウゴがぷっと笑う。


「遠すぎじゃね?」

「う、はい……」


 子供一人分ぐらい近付いた。


 会話が途切れて、練習棟からの様々な楽器の音が漏れ聞こえてくる。

 ホールのエントランスの照明はまだ付いていて、その照明の明かりがこちらまで届いてショウゴの顔を陰影をつけて照らしていた。


「あー、緊張した?」


 言葉を選びながら、という風にショウゴが言った。

 カエは本番の事だ、と思った。


「緊張はしなかったけど……頭が真っ白になった」

「それ、緊張じゃないの?」

「違う」


 ふぅん、とショウゴはカエを見た。

 カエははっとしてショウゴに向き直った。


「今日、来てくれてありがとう。直前まで来てなかったから、場所とか分からなかったのかな、と思って……」

「悪ぃ、家、出るのが遅れた」

「どの曲から聴けた?」

「曲は分かんねーけど、あんたは見れたよ」

「う、ありがとう……」


 聴いてもらえて嬉しいのとあんな状態の演奏を聴かれて恥ずかしいのと、ひどく複雑な気分になった。


「聞いていい?」

「は、はいっ」

「何で敬語。敬語いらねぇよ?」

「は、う、うん」

「よし。あー、何で泣いた? いつも泣くの?」


 カエは顔の前でパタパタと手を振った。

 いつも泣かない、今日は、その、たまたまで……と弁明するカエを見て、ショウゴはホッと顔をゆるめた。


「よかった、毎回泣くんだったらまた非常扉探さないとと思ってさ」

「いや、もう、あの様な事は……今日は失礼しました。あと、ありがとうごさいました」

「いーえ、どういたしまして」


 その言い方がこう、お母さんみたいでカエはふくっと笑った。

 ショウゴはそれを見て、少し停止し、やがて明後日の方向を見てゴホッと咳払いをした。


「えーっと、今日はもう予定ないの?」

「あ、うん。もう帰るだけ」

「じゃあ、送る。最寄り等々力(とどろき)だっけか」

「そ、そうそう」


 じゃ行くか、と立ち上がろうとするショウゴのTシャツを慌てて掴んだ。


「ああああの!」

「どした」

「ケケケケ」

「ゲゲゲの間太郎?」

「違う!」


 ぶはっと笑った相手に涙目でへろへろパンチを繰り出したらパシリと握られた。

 ニッとショウゴが笑う。


「ケーバンだろ、ケータイ貸して」

「……はい」

「はい、赤外線」

「はい」

「……来た?」

「……来た……」


 来た、の後、無意識に微笑んでいくカエを見て、ショウゴはなぜかまたゴホッゴホッと咳払いをした。


「山本カエさん?」

「はい、須永(すなが)ショウゴさん?」

「いや、ショウゴでいいよ」

「さすがに呼び捨ては……須永くん?」

「さすがに名前で呼んでよ。俺は呼び捨てちゃうからさ」

「あ、う……じゃ…ショウゴくんで、お願いします」

「分かりました。じゃあ行きますよ、カエさん」


 うえぇ? と混乱してるカエの手を引いたショウゴは、そのまま握って歩き出す。


 え、手、握ったままでいいの?


 ホールの明かりを頼りに、そっと隣を盗み見ると、普通に、とくに何でもないというような横顔があった。


 いいの?

 いいんだ?

 やだ、ドキドキするの……私だけなのかな……


 ショウゴはカエを連れて校内を出て、ざんざか歩く。

 駅まで会話は殆ど無かったけれど、カエはそれどころじゃなくて。

 ショウゴも何も言わないが、何やら小さく鼻歌を歌っているので、たぶん、嫌な気持ちには、なってないみたい。


 カエはどんどん顔が赤らんでいくのを、意識しすぎて、楽譜が入ったカバンの取っ手を、ぎゅうと握った。


 いつもは長い駅までの道が、とても短く感じた。







えー…まず、演奏後、楽器を片付けないでその場を離れるのは論外です。

あり得ない事なので、そこだけご了承ください。



さて、やっとこ名乗りあいました。


…手、繋ぐの早くない?

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