7 コンサート ーショウゴー
(コンサートって、何着てけばいいんだ?)
ショウゴは珍しく悩んでいた。
クラシックのコンサートなんて、聞いた事も見た事もない。
部屋の中で座り込んで考えてみるが、らちがあかない。
チッと舌打ちをしてショウゴはリビングに降りて行く。
「おい。……おい!」
リビングのソファーに横たわってテレビを見ている人物にぞんざいに声をかけると、
「あたしの名前は〝おい〟じゃない」
と怠惰な声が返ってきた。
「〜〜〜〜聞きたい事があんだよ」
ショウゴがぼそっというと、がばっと姉のアヤネが起きた。
目が猫のようにキランと輝いている。
「なに、珍しいじゃない。聞きたい事って?」
あきらかに面白がっている人物に物を尋ねるのは姉弟であっても嫌なものだ。でもショウゴの友達にコンサートなんて行く奴は一人もいない。
「クラシックコンサートって、何着てけばいいんだ?」
「は? あんたクラシックなんて興味あった?」
「ねぇけど。……貰ったんだよ、チケット」
(物はねぇけど)
「へ〜ぇ。ショウゴがねぇ」
目をくりくりと回しながら舐めつけるように眺めてくる。
「姉貴、彼氏で居ただろ、音楽やってた奴」
「ああ、彼氏じゃないわよ、あんなひよっとして神経質で自信過剰でプライド高いくせに親のすね、かじって生きてる奴」
「んな事はいいから、どんな格好して行くんだよ」
「えーーーー? コンサートの内容によって違うからなぁ」
「普通でいんだよ、一般的に」
「ふーん。……ジャケット羽織ればいんじゃない?」
「ジャ……」
(持ってねーし!!)
顔色を変えたショウゴに姉はふふんという顔をした。
「ま、あんたはお子ちゃまなんだから、ふつーに制服で行けばいいんじゃないの」
「ーーーいい。分かった」
憮然として踵を返す。
(こいつに聞いたのがバカだった)
「ちょっと〜 お礼はぁ? 答えてやったでしょ〜」
無視して部屋に戻る。
いつものジーンズにTシャツにする。
ただ、ゴツいリングとかはやめておいた。
何となく、あの子に合わない気がして。
****
姉貴が出がけにちょっかいかけてきたおかげで、電車を一本乗り遅れ、開演ギリギリにホールに飛び込んだ。
ドアを閉めたか閉めないかぐらいで、
ウぁん と音が鳴り、思いの外大きい音に驚く。
しばらくその音の渦に圧倒されていたが、知ってる顔を見つけて少し落ち着いた。
あの子がいた。
楽器の群れの真ん中ぐらいに。
そうっと一番後ろの空いている席に座った。
年上なのについ自分より年下の様に思ってしまう、あの子。
(なまえ、聞いてねんだよな、まだ)
今日もなんだか必死の形相で演奏している。
(いつもそんな感じだな)
まだ数回しか会ってないし、名前も知らないけれど、いつもどこか必死さが滲み出ている。
(チケット取ろうとして電車にひかれそうなるとか、マジありえねー……)
あの子の顔を見てたら思い出してクッと笑ってしまった。
チラチラと前の席から視線がくる。
(おっといけね)
コンサートっていうのは静かに聞かなきゃいけないらしい。
出がけに姉貴がギャンギャン吠えてた中にそんな様な事を言っていた気がする。
一曲終わったらあの子は退場して、二曲目が始まったが出て来なかった。
ショウゴは心地よい音楽に誘われていつの間にかぐっすりと眠ってしまった。
わ〜〜〜という拍手と共にはっと起きた。
帰って行く人も居るので、どうやら終わったらしい。
(よく寝た)
ぐーっと伸びをして、ホールを出る。
〝終わったら一声かけて帰る事!〟
ギャンギャン姉貴のお節介が耳に残る。
(あー、どこに行けば会えるんだ?)
とりあえず人の波に乗ってロビーに降りて行くと、受付の近くに出演者が出てきていた。
同じ様な白と黒の群れの中に、
(いた)
迷わず歩いていく。
「よう」
と言ったらあの子の顔がくしゃくしゃになった。
「ーーって、え? どうした?」
子供のように泣きじゃくっていて、この前みたいにベンチに座らせようにもまだ沢山の人がロビーに居て目立ちそうだった。
仕方なく奥の階段の脇に移動させる。非常ドアの影に居れば、ショウゴが壁なり泣き顔は見えない筈だ。
(えっと……)
とにかく泣き止んでもらわないとどうにもならない。
ショウゴはキョロッと周りを見て、人の目がこちらに向いてない事を確認してから、壊さない様にそっとハグした。
拒否られてないので、背中をポンポンと叩く。
「大丈夫、大丈夫」
最初ビクッと固まっていた身体が、何回か繰り返すたびに緩んでいった。
(えー、と。この後どうしたらいいんだ?)
ずっとこのままでいるわけにはいかないし、ロビーの人もはけて取り残され感半端ない。
でも小刻みに揺れている肩を見ると、そうそう無下に離す気にもならなかった。
とその時。
「カーーーエーーー、どこーーーー?」
大きな声が遠くから聞こえた。
パッと腕の中のあの子が身じろぎをした。
「あの……」
「友達?」
「はい」
「もう大丈夫か?」
こくんと頷いて、でもシャツの端をギュッと持って、あの子は言った。
「あの、みっともない所を見せて、ごめんなさい。着替えて来るので、待っててもらえますか?」
「ああ、いいよ」
「入り口出て、向かいの壁沿いにベンチがあるの。そこで……」
「分かった」
頷くとやっと安心したのかシャツの手を離して、呼ばれた方に走って行った。
今度は観客目線で。
しかもショウゴ目線なので、すみません。