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6 コンサート ーカエー

 


 コンサートホール控え室。

 ザワザワとした多数の人の声と共に、調整の為のさまざまな楽器の音が流れている。

 そんな中、カエは白黒の衣装に着替えながら頭の中は雑念でいっぱいだった。


 ーー置きチケット、だめだ。名前が分からない。

 ーーナギサちゃんに受付に立ってもらうは、無理か、ナギサちゃんも2曲目が乗り番だ。


 それより、なにより……


(きて、くれるかな……)


 ふと気がつくとほとんどの人がもう準備を済ませて部屋を出ていた。


 ピシャンッ

(集中!)

 両手で頬を叩いた。





 楽器を持って舞台そでに。

 いつもはそれほど気にならない客席が、今日はそでから覗きたくてたまらない。


(集中、集中……!)


 楽器に息を入れて温めてみたり、指を動かしてみたり、普段何気なくやっている動作も意識してやらないと滞ってしまう程。


 舞台の先が、気になる。



 ビーー



 (いち)ベルの音がカエの耳にとてつもなく大きい音として聞こえた。


 開演前のアナウンス

 開演を示す()ベル。


 ステマネの拍手に導かれて出て行く出演者の波に乗り、眩しい光の中へ


 ティンパニの後ろを通り、少し高くなった台にドレスを引っ掛けない様に足を掛けて上がり、2nd(セカンド)の席に着席する。

 楽譜が正しく有るかチェックし、楽器を少し鳴らしながら客席を眺める。


 舞台上から人の顔は思いの外よく分かる。

 近くであれば、表情さえも。



 でも。


 一階、二階……脇の席も……


(いない……)


 もう一度。



 コンマスが立ち上がった。

 オーボエのA(アー)の音が鳴り、コンマスがAの音を引き受け、管楽器に合図する。


 管楽器が思い思いにAを引き受ける。

 カエもチューニングしながら目を皿の様にして探す。


(あの人? いや、違う……)


 再びオーボエのA

 今度はコンマスから弦楽器へ


(まだ、来てない……?)


 全楽器が音慣らし。弦の調整の音。管楽器の高い音。ティンパニのチューニング。複雑な音が絡む。


 やがてその音も止む。


(それとも……)


 いつの間にか指揮台には指揮者が立ち、拍手を受けてこちらを向いていた。


 ハッとして楽器を構える。



 その時、一番後ろのドアが薄く開いた。



 ジャン!



 ユニゾンの冒頭が若干ずれた。


 指揮者の眉がピクッと歪んだ。


(集中!!)


 カエは曲に意識を寄せ、自分の音をこの場に留めておくのに必死になった。


 何を吹いているのかも分からないくらい頭が真っ白になって、すがりつく様に楽譜を追う。


 音の波


 いつもなら緊張と共に楽しめる音の波が、真っ白に遠のいていく。





 気がついたら控え室のソファに座っていた。

 曲はもう三曲目の中盤に入っていた。

 カエの演奏する曲は最初の一曲だけで、もう今日はこれて終わり。

 今日のコンサートも、今流れている曲が終われば終わり。



 動悸がおさまらない。

 手が痺れる程。

 こんなに心が乱れた舞台は初めてだった。



 わ〜〜という拍手が聞こえる。

 ふらふらと立ち上がる。



 楽器を片付ける事も忘れ、舞台そでを走り抜けてロビーに出た。

 わらわらと会場から出てくる人達。

 一階、二階、目を凝らして探す。


 カエの震える手がギュッとこぶしを握った、その時。


 二階の階段から見た事のあるジーンズ。


 トントンとリズミカルに降りて来た足が、カエの前で止まった。



「よう。……って……え? どうした?」


 茶色の頭が戸惑う様に揺れた。


 緊張と動揺でカエの心はちりぢりに乱れてしまって、ショウゴの顔を見たら止めどなく涙が溢れ、まるで幼子の様に泣いてしまった。




奏者目線、楽しんで頂けます様に。

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