4 再会 ーショウゴー
「なんで、声出さないんだ」
ショウゴは思わずぶっきらぼうに言ってしまった。
彼女はうつむいていて、少しだけ震えていた。白く細い指先が、カバンの取っ手をぎゅっと掴んで、震えていた。
学校からの帰り、いつもの様に席に座っていると、目線の先に見た事のあるケースがあった。ん? と顔を上げると数人離れた斜め前に彼女が居た。
向こうも気付いてそっと会釈をした。
(あ、ども)
ショウゴも首を振った。
すると、少し笑みがこぼれた彼女の顔が、急にこわばった。
(?)
じっと見るショウゴに、彼女がうるんだ目で見つめてくる。小さな唇が震えていた。
(……!!)
思うが早いか立ち上がっていた。
「何してんだよ」
彼女の背後にいたサラリーマン風の男に低い声を出す。
サラリーマン風の男はゴニョゴニョと何事か言いながら、丁度着いた駅で降りて行ってしまった。
「私も降ります……」
消え去りそうな声で彼女が言ったので、ショウゴも同じ駅で降りた。
そして冒頭に戻る。
彼女は何も言わない。
ショウゴはとにかく彼女を座らせる事にした。二人、ベンチに座る。
彼女の楽器を持つ手が震えている。
ショウゴは黙ってその手を握った。
緊張した、冷たい手を。
彼女は手を触れられた事にびっくりしたのか、びくっと震えた。
でも、ふーーっと深く息を吐くと、だんだんと手の強張りも無くなってくる。
「落ち着いた?」
ショウゴは彼女の顔を覗き込む。
「うん。ありがとう。大丈夫」
「降りる駅、違うだろ? どうする?」
又乗って行くか? と尋ねたら、さすがに彼女は首を振った。
「あと一駅だから、歩いて行くね」
ショウゴはうなずいて立ち上がり、改札へと向かう。
と、彼女が付いてきていない事に気付いて足早に戻った。
「どうした? まだ立てない?」
「え?」
ここでさよならだと思っていたのか、彼女はぽかんとする。
「一駅歩くんだろう? 送っていく」
「でも」
「いいから」
今度は返事も待たずに彼女を立ち上がらせて改札へ。
「……あのっ」
「今度はなに?」
ショウゴは少しイラッとして振り向くと、困ったような恥ずかしそうな顔をした彼女が居た。
「……手を」
「?」
「……手を離して、もう大丈夫だから……」
「あ、悪ぃ」
いつの間にか改札を出るまで握ったままだったらしい。
ショウゴは手を離して歩き出す。
彼女が付いてくるのを気配で察しながら。
何も考えずに線路沿いの小道を歩き出したが、彼女が大人しく付いてくるので方向は合っているらしい。
しばらく黙々と歩いていたが、彼女がおもむろに話しかけてきた。
「高校生、なんだね。気が付かなかった」
今日は制服を着ているので、学校帰りと分かったらしい。
「ああ、あんたは大学生?」
「そう」
「ふーん」
知り合いでも無いし、会話はすぐに途切れてしまう。
彼女が気まずそうにしているのを見て、ショウゴは疑問に思っている事を口にしてみた。
「その手に持ってるケースって何?」
「あ、これは……楽器が入っているの。フルート」
「へぇ。もしかして音大生?」
「あ、うん。下手だけど」
ショウゴはその物言いに、ぷっと笑う。
「大学行っといて下手も上手もあるかよ」
彼女は自分の謙遜をサラッと流したショウゴに気付いたのか、また黙ってしまった。
しまった、やっちまったか?
ショウゴはそんな事を思っている内に、等々力の駅の明かりが近付いて来た。
「ありがとう、ここでもう大丈夫」
「家まで送らなくていい?」
「うん、明るい道だから。いろいろとありがとう」
「いいよ。じゃ」
ショウゴも生気を取り戻した彼女の様子を見て、改札へと向かう。
ホーム脇の小道から、会釈する彼女を見て手の平をヒラヒラと振った。
「あ、ケーバン聞きそびれた」
ショウゴにしては珍しいポカ。
「ま、いいか」
なんとなく、また会えそうな気がして、苦にはならなかった。
ケーバンどころかも一つ大事な事も聞きそびれてやしませんか?お二人とも…
映画の題名にもなっているというのに。